表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

第三話 「愉快な住人」

「ねぇ、この人どこで拾ってきたの?」

「どこでもいいでしょう。

 この人は防影部に殺されそうになっていた」

「そうなんだぁ。

 ん?(まぶた)が動いた気がする!

 ニートの私はこれにて!」


 話し声が聞こえて、私は目が覚めた。

 目の前には、見慣れぬ天井。


「よかった。目が覚めたようだ」


 私の顔を薄緑色の髪をショートボブにした美人が覗き込んだ。

 

「うわぁあ!」


 私はびっくりして、逃げるように後ろへ飛び跳ねた。

 その美人は困ったように眉根を寄せた。


「私のことを覚えていないか。

 あなたと防影部の人間から逃げた者だ」


 言われて、思い出そうとする。

 頭に流れたのは、防影部の人間達を相手に戦った映像。


 何となく思い出せた。


「何となくですけど……思い出せました。

 私を助けてくれた人ですね?」

「同族の仲間は助けるべきだ。

 くれたなんて、そんな仰々しくする必要はない」


 その美人はそう言うと、持っていたマグカップを口にした。


「色々混乱してると思うけど、安心してほしい。

 少なくともここは、あなたの前の家よりは安全だ」

「安心、安全って……。

 あなたに何が分かるんですか!」


 語尾が少し強くなってしまった。

 この人の態度や発言が無神経に感じたからだ。


「あなたたちに分かりますか!?

 平和な日常が突然地獄に変わる絶望が!

 人間だと思っていたら、『影鬼(ゲンガー)』だと言われて、その事実を受け入れなければならない最悪を!」


 怒りと絶望で涙を浮かべながら、相手を強く睨む。

 

「こんなに悲惨なら大人しく殺されればよかった!

 醜い化け物だと知ってまで、生きたくなんかない!」


 思ったことを包み隠さず叫ぶ。

 こんなこと言ってもどうしようもないのに、言ってしまう自分がいる。

 無神経なのは自分の方だ。


「もう、元の日々には……戻れないっ!」


 大学での何気ない毎日。

 私はそのありふれた日々が大切だった。

 自分自身の一部だった。


 でも、もう戻ることはできない。

 人間の世界から私は消えていく。


 人間としての私は完全に死んだ。


 美人は黙って聞いてくれた。

 イラついたはずなのに、何も言わなかった。

 

 やがて、美人は口を開いた。


「言いたいことは全部言った?」

「……っ!?」

「あなたの怒りや絶望は私には分からない。

 知ることはできても、当事者じゃないから偉そうなことは言えない。

 経験もないのに語るのは烏滸(おこ)がましいから」


 だが、と美人は続けた。


「これからの日々を地獄にするかどうかはあなた次第だ。

 人間として生きることが地獄になっても、『影鬼(ゲンガー)』として生きることが地獄だとは、死ぬ瞬間までは分からない。

 私はせめて、その地獄が少しでも楽になるために、あなたを助けたつもりだ」


 美人は私の眼をしっかりと見つめてくる。

 綺麗で真っ直ぐな瞳。


「死にたい者を助けることは罪だ。

 その行いは善とは言わないし、自分勝手なエゴだ。

 ただ、先ほども言ったが、殺される同族を助けるべきだと思ってる。

 たとえ、自分勝手なエゴでも」


 美人はそのまま続ける。


「だから、私はその罪を自覚して、生きてるあなたを助けることで償おうと思う。

 無論、あなたが死にたいのなら、今度は止めない」


 私は死にたかったのだろうか。

 あのとき、確かに死にたいと思った。


 でも、今はなんだかんだ生きてることに安堵している。

 自分勝手なエゴで助けられたのだ。


「すみません、取り乱して罵倒してしまって」

「あなたは何も悪くない。

 悪いのは私だ」


 美人はまたマグカップを口にした。


 冷静になった私は起き上がって、部屋全体を見渡した。

 勉強机にクローゼット、ベッドがあるだけのシンプルな部屋だ。


 私は一体どこに連れてかれたんだろう。


「ここはどこなんですか?」

「『地下の家(エデン)』だ」

「『地下の家(エデン)』?」


 聞いたことがない単語。

 もっとも聞いたことがなくて当然なんだけど。


「私たち『影鬼(ゲンガー)』が防影部に殺されないために造られた地下にある家。

 人間たちの生活の場から隠れるようなところにある。

 加えて、地下では『影鬼(ゲンガー)』は人との接触が限りなく0だから見つかる心配もない」

「秘密基地みたいなものですか?」

「う〜ん、そっちの喩えの方が分かりやすい」


 美人は残念そうに肩をすくめた。

 

「とにかく、ここはかなり安全安心だ。

 あなたもゆっくりするといい」

「……分かりました」


 コーヒーを淹れてこようと言って、美人は部屋から出ていった。

 部屋に私一人きりになる。


 今の状況を改めて整理しよう。

 私はあの美人な『影鬼(ゲンガー)』に助けられて、地下シェルターのような場所にいると。

 そして、今はゆっくりしていい時間だと。


「理解はできても、これは混乱するな……」


 ここは安全でも、この人たちは危険かもしれない。


「ブラックで構わないだろうか?」


 両手にマグカップを携えた美人が部屋に戻ってきた。

 コーヒーの芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。


「構わないです。

 ありがとうございます」


 マグカップを受け取っても、私は口をつけなかった。

 先ほどの考えに加えて、よく知らない人から貰ったという事もあり、まだ少し警戒している。


 そんな様子を見て悟ったのか、ショートボブの美人が私に言った。


「毒なんか入れてないから、飲んでほしい。

 もちろん警戒するのも分かるけど、私たちはあなたの敵じゃない。

 こうやって、あなたを助けてコーヒーを淹れたのが、その証拠だ」

「それは……わかってますけど、でもやっぱり不安になります」

「そこまで言うなら、分かった。

 安心して飲みたくなったら、飲んでくれていい」


 美人は美味しそうに自分のコーヒーを飲んだ。

 よほど幸せなのか、キリッとした顔がほんわかしていた。


 なぜか、それを見て安心してしまった。


 直感なんて基本信じないけど、この人は悪い人じゃないと思う。

 そんな気がする。


 私は意を決してコーヒーを一口飲んだ。


「ん!?」


 コーヒー好きの私にはよく分かる。

 これ、いい豆使ってる。


「そういえば、自己紹介がまだだった。

 私は清水(しみず)紫明(しめい)

 清らかな水の清水に紫の明かりで紫明。

 知っての通り『影鬼(ゲンガー)』だ」


 紫明さんが自己紹介をしてくれた。

 これは私もするべきだろう。


「私は(たまき)鏡花(きょうか)です。

 円環の環に鏡の花で鏡花です。

 ……最近、自分が『影鬼(ゲンガー)』だと知りました」

「鏡花か……。綺麗な名前だ」


 紫明さんが口角をわずかにあげた。


「まだまだ、私たち『影鬼(ゲンガー)』について知らないことも多いでしょう。

 それについては、()()()が教えてくから大丈夫」

「ありがとうございます」


 私は頭を下げて礼をした。

 

「起きたようだな!

 俺の新たなファミリーの一員が!」


 男性の大きな声がしたと同時にドアが勢いよく開けられた。

 中に入ってきたのは大柄なアフロ頭の男性。


 私は少しビビってしまって、ベッドの隅に移動した。


 普通に怖い、こういう人!

 絶対よく物壊すタイプの人だ!


乱歩(らんぽ)さん、普通にうるさいので口針で縫っていいですか?」

「わーお!紫明ちゃん、中々に辛辣ぅ!

 おじさん、結構ナイーブなんだから!」


 乱歩と呼ばれた男性は大袈裟に悲しんで見せた。

 

 何なんだ、この人。

 めちゃくちゃ怖い。


「お!俺、いい謎かけ思いついた!

 聞いてくれよ、紫明ちゃん!」

「勝手にどうぞ」

「では、遠慮なく。

 紫明ちゃんとかけまして、武器がない防影部の人間ととく!

 その心はどっちも()()()()()がないでしょう!」


 乱歩さんが決めポーズをして言った。

 紫明さんはあからさまなため息をついた。


 申し訳ないけど、全然面白くなかった。

 発想は素晴らしいけど。


「鏡花、このハイテンションお化けは平井(ひらい)乱歩(らんぽ)

 こう見えて、この『地下の家(エデン)』の家長だ」

「どうも、『影鬼(ゲンガー)』歴三十九年の中年でーす!

 人生のモットーは『仲間を笑顔にさせるおふざけを』です!」


 乱歩さんがダブルピースを向けてきた。

 

 一言で言って、なんかウザいな。

 紫明さんがそんな顔をしてるし。


「こんなウザい人だけど、頼りになるし信用できる。

 そんな身構えなくていい」


 紫明さんが弁明するように説明した。

 それに便乗して、乱歩さんも謝る。


「ごめんな、第一印象こんな感じになって。

 怖い思いさせたかもしれん」

「大丈夫です。

 最初は怖かったけど、もう平気です」


 ついでにウザいも付け足しておこう。


「さて、新たな家族が目を覚ましたところで、昼食にするか。

 鏡花ちゃん?だっけ、聞きたいことが山ほどあると思うから昼食のときに質問してくれ」

「……分かりました」


 私の返事に満足したように頷くと、乱歩さんは腕を回した。


「じゃ、紫明ちゃんは昼食の用意を頼む。

 俺は、碧葉(あおば)ちゃんを引っ張りだしてくる」

「碧葉なら、さっき起きてましたよ。

 今頃、部屋でソシャゲでもやってるんじゃないですか?」

「うーん、このままだと駄目な大人まっしぐらだな。

 スマートフォンのスクリーンタイム設定するか」


 碧葉ちゃん?

 まだ、もう一人住人がいるのかな。


「鏡花、昼食の準備を手伝ってくれないか?」

「いいですけど、私料理あんまり上手くないですよ」

「別に構わない。基本は私がやるから」


 紫明さんと一緒に部屋を出る。

 部屋を出て、紫明さんについていく。

 

「ここがキッチン兼リビングだ」


 リビングは広く、テレビやテーブル、ソファなどが置かれている。

 そんなリビングを眺めれるようにキッチンが隣接されていた。


「私のアパートと比べ物にならない……!」

「そんなことはいいから、昼食を作ろう。

 私は腹は空いてないが、乱歩さんが空いてるだろうから」


 タイミングよく、紫明さんの腹からぐ〜という間抜けな音が聞こえた。

 

 紫明さんの方を見ると頬を赤らめていた。

 私と目線が合い、恥ずかしそうに目を逸らす。


 一番腹ペコなのは紫明さんか。


「昼食といっても何を作るんですか?」

 

 紫明さんを気遣いながらも、大切なことを訊いた。

 

「そうですね……まだ、言ってなかった。

 今日の昼メニューは鶏肉の唐揚げだ」

「唐揚げですか。

 分かりました。早速作りましょう」

「鏡花は唐揚げのタレを作って。

 私は唐揚げを作る」


 私と紫明さんは料理を始める。

 料理といっても、私は大さじ3の醤油と砂糖と酢を混ぜて、更にごま油とねぎ、いりごまを適量入れてまた混ぜるだけの幼稚園児でもできる作業だ。


 紫明さんのいう通り、基本ほぼ全て紫明さんがやってる。


「紫明さん、私の担当終わりました」

「終わったなら、米六合分炊いておいて」


 返事をして、炊飯器で米を炊いた。

 しばらくするとふっくら温かい白飯ができるはず。


「あと、やることはありますか?」

「引きこもってる碧葉を部屋から引っ張り出して。

 じゃないと、また地上のコンビニ飯で済ませる気だろうから」


 まるで現代社会にいる自宅警備員じゃないか。

 人間も『影鬼(ゲンガー)』もそこは同じなのかも。


 廊下に出ると、乱歩さんがとある部屋のドアを執拗にノックしていた。

 そのドアには『ばーあお♡』と汚い字で書かれたプレートがぶら下がっている。


「碧葉ちゃーん!出てきなさーい!

 出てこないと、碧葉ちゃんの分のご飯も食べちゃうからなー!」


 乱歩さんが必死にドアを叩いている。

 気のせいか、ミシッミシッという音がたまに聞こえてくる。


「紫明ちゃんから聞いたけど、さっき部屋から出てきたんだろー?

 それをもう一回やるだけだから、出てくるんーだっ!」

「私は日本が忘れたニート魂を背負うJK。

 昼食ごときに屈しては、他のニートに真人間の烙印を押されてしまう!」

「ニート魂って何!?大和魂みたいに言っちゃダメだろ!

 良いから、出てくるんだ、よー!」


 我慢できなくなったのか、私のときと同じように勢いをつけてドアを開けた。


「な、貴様。我が聖域(サンクチュアリ)に許可なく侵入するとは!!

 さては貴様、人間の姿をした悪魔(デーモン)だな!」

「悪魔じゃなくて『影鬼(ゲンガー)』だ!

 ほら、ゲームはやめて昼食だぞ」

「いやっぁあああ!!!部屋から出さないでぇええ!!」


 断末魔のような叫び声が聞こえて、乱歩さんが部屋からその()を引っ張り出した。


「クソぉお!いいもんね!グレてやる!

 全力で反抗期に入ってやるもんね!」


 ギャーギャー喚いたのは、紺色の髪をツインテールにした小柄な美少女だった。

 同じ紺色のジト目が愛らしさを醸し出してる。


 その子は逃げるように、這って移動すると、私の後ろに隠れた。

 

「助けて、ねーねん!」

「ねーねん?」

「ねーねん、“炎の息(フレイムブレス)”!」

「いや、ポケモンか!」


 独自の言葉に驚きながらも、どうしたらいいか分からず混乱する。

 

「ご飯ができましたーーー」


 紫明さんがみんなに知らせにきた。

 私にしがみついている手の力が少し弱まった気がした。


 紫明さんはその子を軽く睨んで、厳しい口調で言う。


「碧葉、次乱歩さんを困らせたら、スマートフォンを粉々に砕く」

「はい……大人しく下僕になります」


 碧葉ちゃんがしゅんとうなだれた。

 それは、まるで母娘(おやこ)のような会話だった。


 


 


 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ