格差婚~3高と3重苦の悲哀~
格差婚~3高と3重苦の悲哀~
登場人物
・法条 大河・・・いわゆる3高。会社をいくつも経営し、都心に100坪の一軒家を所持している。独身貴族。
・畠 みゆき・・・いわゆる3重苦。発達障害、精神障害に加えて、ペースメーカ―を入れており、仕事も休みがち。
第1章 交わるはずのない世界
世の中には、どうしても交わることのない世界がある。3高(高身長、高学歴、高収入)を地でいく法条 大河は、頭がキレて20代にして会社を複数経営し、エリート社員たちを操り、毎日何不自由ない生活を送っていた。
そのため、都内の自宅の一軒家は100坪を越して、悠々自適。誰もが一度は夢描く生活を早々に実現している起業家だった。
当然、多くの女性に言い寄られたが、そのほとんどがお金目当てだと見抜き、ばっさりと切り捨てていた。結婚することに興味がない訳ではない。しかし、野心家の女性たちばかりに言い寄られ、ピンと来る人がいなかったのだ。
人は、押されるとひいてしまう。ガツガツ押すとひかれてしまう事が、恋愛の難しい所だ。しかし、それを抜きにしても、法条の色眼鏡に合う女性はいなかった。
法条自身、ポテンシャルの高い女性やルックスに優れた女性に全く興味が無く、誰もが、
「帝王は、独身貴族として、遊びまわるつもりだ」
と、噂をしていた。
何せ、中々のエリートでも法条には中々会えない。そして、誰もが羨む美人を、法条は、「捨てていた」
その頃、畠 みゆきは日々の生活で精一杯だった。なぜなら、生まれつき心臓が弱く、ペースメーカーをいれていた。更に発達障害、精神障害に苦しみ、障害者雇用の中で、日々食べていく事も大変で、夢も希望もなく、「生きる」大変さをかみしめていた。
都会には住んでいるが、家賃は3万円。それすらも重くのしかかり、風呂・トイレ共同という、女性には酷なアパートで日々、女らしさを失っていた。当然、法条のようなエリートとは、街ですれ違う事はあっても羨む事しかできなかった。住む世界がまるで違うのだ。
最近は、都心で高級外車を見る機会が増えている。皆そんなにお金持ちなのか? と羨ましくなる。勿論、みゆきは車に興味があるわけではない。しかし、車にそれだけお金をかけるだけの余裕が欲しい。いつも、高級車を見る度に思う。この不景気の最中、何と羨ましいことだろう。
みゆきにとっては、普通のママチャリが、家賃に次ぐ大きな買い物だった。それくらい格差の下の方に居た。
唯一の救いは、「障害年金」だけであった。それでも、激しく動くことはしんどく、仕事も休みがちときているので、ある意味救済措置をいただいているだけで、「あなたは、それだけ稼げない体ですよ」
と言われているようなものだった。
みゆきの仕事は事務処理、文書作成のみで、それでも事業所の理解で、ゆっくりやらせてもらっていた。
この頃は、
「この会社に切られたら終わり」と思っていたため、毎日、少し無理をしていたようだ。そして手を抜くことができないまま、バテたら欠勤してしまう。そんな悪循環を繰り返した。
ある日、横断歩道をふらふらと渡るみゆきがいた。だが、歩行者信号は赤である。そこへ、一台のベンツが思い切り急ブレーキをかけ、ABS(急ブレーキ時にタイヤの空転を防ぎ、一番効率よくブレーキが利くように、制御する)をかけながら、みゆきを撥ねてしまった。そう。運転手は、法条 大河その人である。
途端に真っ青になり、車を飛び降り、みゆきの元へと駆け寄った。
この場合、悪いのは法条だけでなく、赤信号で渡ったみゆきにも責任がある。しかし、法条は経営者だ。時の人でもある。すぐに救急車を呼び、みゆきが運ばれる救急車を見送り、警察の現場検証にも真摯に応じた。
「少し、油断をした」
警察にはそう話し、病院へ急行すると、みゆきや家族に丁寧にお詫びもした。思わず、みゆきも両親も、法条を許してしまい、むしろ、
「みゆきが何故赤信号で飛び出したのか」
という話になったくらいだった。みゆきは泣き出し、
「会社で疲れて、ボーっとしていて、赤信号も分からなかった」
と話し、法条に素行を詫びた。車に撥ねられたみゆきは、出血が酷く、すぐに手術室に運ばれた。
この時、初めて法条は、みゆきの心臓が弱い事。ペースメーカーを付けて生活していることを知った。両親から話を聞けば聞くほど、病気や障害を持つ、底辺の実態を知った。自分が今まで成功し続けた事は奇跡だとみゆきが教えてくれたのだ。
あとは、手術が成功するのを待つだけ。法条も両親も、思わず手を合わせて祈った。法条のその好青年ぶりに、両親は感動した。やはり上へ行く人なんだと感心した。
もう法条への恨みはない。この青年のためにも、みゆきにもう一度、元気になってもらいたい。そう思わされるほどだった。
手術を待つ法条は、普段は愛煙家だが、一本も煙草を吸わず、常にその目は「手術中」のランプに向けられていた。両親でさえ、耐えきれずに売店に行き、法条に食べ物を渡そうとしたが、それも断り、石になったかのように手術室を見つめていた。
3時間後、医者が手術室から出てきて、
「お嬢さんは一命を取り留めた。もう少し遅ければ危なかった」
そう告げた。法条は、その時初めて息をつき、待合室のソファーに沈み込んだ。頭を抱え、主治医にお礼を言った。
みゆきの両親も、一歩遅れて続いた。何という人の良さ、何という教養を得た好青年。まさに、絵にかいたような男。こんな事故の、「加害者」と「被害者」の関係で無かったら、お家で夕飯をごちそうする所であった。
みゆきは入院したが、法条は自責の念に駆られてか、毎日のようにお見舞いに訪れた。その度に花を買い替え、菓子折りも欠かさなかった。みゆきは、
「毎日来ていただけるのはうれしいです。でも、会社とかは、大丈夫でしょうか?」
と、心配の声を掛けた。
しかし、法条は幾つかの会社の経営者であること。そして、自分がいなくても上手く循環するシステムを作り上げ、その上で毎月の収入を得ていることを、みゆきに話した。
その話は決して嫌味ではなく、みゆきも、雲上の世界に憧れた。もっと法条の話を聞きたい。そう思い、面会の時間は、そのほとんどが互いの身の上話になった。
法条は法条で、みゆきの住む世界をみていたかった。その儚い生きざまに引き込まれた。今までは、何不自由のない生活を送ってきたエリート人間としか関わらなかった。それ故にみゆきの話は新鮮で、そして、多分に同情の余地があった。
例えば、家賃の安い部屋に住んでいること。女性でありながら、風呂・トイレ共同のアパートで苦労していること。時には、食費を削って、ようやく生活が出来ている事。
何もかもが、法条の胸を打った。自分が雇っている社員の中にも、こんな生活をしている人がいるかもしれない。
それなのに自分は会社の利益、存続さえ考えていれば雇用を守り、従業員やその家族を守れていると信じていた。そして、自分は雇用を作り出していることで、大きな社会貢献もしていると思っていた。
だが、自社に務めるパートさんたちはどうだろう? ちゃんと生活できているのか? 目の前の女性みたいに、食べることも、プライバシーもままならない生活をしているのかも知れない。
だが、みゆきは法条のサクセスストーリーばかりを聞きたがった。夢が見られる。それだけで、法条との接点を持って良かったと思っている。確かに、法条の車に吹っ飛ばされた時は痛かった。死ぬかも、と怖い思いもした。
ただ、病院の方が住みよく、何年かぶりに両親にも会えて、そして、自分にはない夢物語を、嫌味なく話してくれる人もいる。おまけに会社から、長い休みをいただいた。
「災い転じて福となす」
そんな、人生における休憩と、充実した毎日がずっと続けば良いのにと思った。
しかし、現実はそんなに甘くない。体も元気になり、退院の日が迫るにつれて、みゆきは憂鬱な気分になっていった。両親も安心したのか、あまり来なくなった。
法条は毎日顔を出してくれるが、それも退院の日までだろう。その後は、またあの侘しいアパートで、日々を生きるのに精いっぱいな生活を送るしかないのだ。
「このままずっと入院していたい」
思わず、そんな言葉が口を突いて出た。奇しくも、法条と両親が一緒にお見舞いに来ていた手前だった。
すぐに両親は怒った。これ以上、法条さんに迷惑を掛けるんじゃない。毎日お花と菓子折りを持ってきて来ることがどんなに大変な事か?
今でさえ、そんな迷惑をかけ続けているのに、これ以上法条さんを困らせるなら、もう見舞いに来ないし、法条さんにも、以前の生活に戻ってもらう。そうはっきりと言われた。
法条は困った顔で笑うしかなかった。みゆきの気持ちも分かるし、両親の遠慮もありがたい。実際、会社を毎日抜けて、ここに通い続けているのだ。いくら会社を束ねるリーダーであっても、いや、そういう身分だからこそ、この見舞いの時間を取る事が、段々と難しくなっていたのだ。
第2章 それぞれの日常
みゆきは、無事退院した。法条や両親とも別れ、久々に住んでいるアパートへと帰った。空虚な気持ちしか浮かばなかったが、それだけ、あの入院生活が充実していたということだ。そうやって、自分を納得させた。
何も取られる物などない。だから、帰ってきたときも、部屋は6か月前と何も変わらなかった。その空虚感と無力感が、みゆきを忙しく、貧しい日々へと帰らせた。
掃除、洗濯、激安調理。たっぷり休んだおかげで、体はちゃっちゃと動いた。しかし、この生活は日々の己の維持でしかなく、得るものなどない。その中でも、止まることなく、走り続けた。自分が生きるためには、義務を果たさなければならない。もう、子供ではないので、すぐに切り替えた。
しかし、心は正直だった。忙しい合間を縫って眠る度に、法条との楽しい日々が浮かんできた。子供の時以来、あんなに長い休みを取ったのは久々だった。プライバシーは守られ、夢の様な話を聞けて、両親も心配してくれた。
でも、これ以上あの生活を続けると、会社をクビになる。それでも、貴重な体験だった。これを糧に生きていこう。そう誓った。
法条も、忙しい日常へと帰って行った。むしろ、あまり会社に顔を出していなかったため、どこへ行っても決済の話に追われ、難しい決断を幾つも迫られた。そんな日々の中で、
「あの子はちゃんと食べられているだろうか? 」
と、みゆきの事が心残りだった。
世の中には、あんなギリギリの生活をしている人が何人いるだろう? 今まで想像すらしていなかった世界を見たことで、法条の中で何かが変わり始めていた。それは、世界観であり、倫理観であり、価値観でもあった。
その年の冬、法条は初めて私財を投げ打ち、公園で炊き出しを行った。自社の社員、そして、近くの大学に通う大学生も動員し、1000食近いおにぎりと豚汁を浮浪者達に振舞った。法条はそれだけで満足したが、その事実はマスメディアにも取り上げられ、会社のイメージアップに繋がった。
その結果、例年よりも多くの学生が、法条の経営する会社に就職活動に訪れたのだ。
この頃から法条は、人を助け、感謝されることに生きがいを見出し、自分の経営する会社のベア(ベースアップの略。社員の基本給を一律で上げる事)にも取り組んだ。それまでは、労働組合からの要求を断り、あまつさえ、
「そんなことをすれば、会社は無くなる。それでも良いのか?」
と警告し、安定経営だけを目指してきた。ベアを実行することにより、売り上げの上昇、社員のモチベーションアップにも繋がり、法条の会社は、更に経営が安定するという好循環に入った。
奉仕の精神が、こんなにも世の中を、そして自分までを変えてくれるとは思わなかった。やはり、世界は善意で回していかなければならない。みゆきに教わった事だった。
法条は、昔から悪い人間ではない。ただ、自分磨きに全てを捧げて、お金の回し方、社交辞令、人の使い方を早くに覚え、「自分の成功」を体現したばかりの、まだ若い青年だった。そして、神様はこの時初めて、法条に
「自分の幸福から、他人の幸福へ」
という概念を、みゆきを通して伝えたのだ。
その概念ですら、素直に受け入れる。すぐに自分のものにする。それが法条の良い所であった。普段は仮面をかぶる時もあるが、その胸の内はまだ純粋な、全てを吸収できる無垢な青年だったのだ。
一方、みゆきはというと、6か月間会社を休み、家賃を滞納していたため、仕事をクビになり、ネットカフェで夜を過ごしながら新しい仕事を探していた。生活保護も受給し、何とか食べていきながら、不安定な日々を過ごしていた。
それでも、どんな境遇に置かれてもへこたれない。それがみゆきの強さであり、何にも勝る長所だった。小さいころから体が弱く、体育の授業はいつも皆が動き回る姿を見ているだけだった。
生まれつき心臓が弱いみゆきは、運動を避け、そして体育の授業も出たことが無かった。それが気に入らない同級生たちにいじめられて育った。
彼らからすると、みゆきは、「サボっていた」からだ。それでも、学校に通い続けることで、みゆきの強靭な精神力は培われていった。
しかし、幸が薄いのもみゆきの特徴と言っても良いだろう。
「何もいいことが 無かったこの街で」
この歌の歌詞がいつも胸に刺さり、自分を癒してくれた。
「私にも、そろそろ良いことがあってもいいのに」
神様にそう言い続けながら、最後には耐えてきた、立派な女性だ。しかし、美人でもないし、学校生活の中でいじめられてきたせいか、少々根暗なところがあり、社会人になっても友人はいなかった。結婚なんて、地平線の先にも見えない遠い目標だった。相手の人に寄生して生きるしかないのは目に見えている。
そういう訳で、一生貧乏で孤独の道を歩むしかないことは、20代前半にして悟っていた。それでも、こうして安全で、大人になってからは周りも優しい(社会保障含む)だけで良かった。
子どもの頃はもっとひどかった。だからこそ、貧困にあえいでも、毎日安全に生きていられる事に、感謝していた。
そして、年末に公園で炊き出しがあると知り、これ幸いと駆け付けた。しかし、そこには充実した表情で豚汁を配る法条の姿があった。
みゆきは、その充実した法条の姿を見て、思わず逃げ出した。今会う訳にはいかない。6か月の入院で良くしてもらったのに、その果てに、全てを失った事を知られて、法条に悪い思いをさせたくなかった。ひもじい年末だった。今年初めて降った雪に体温を奪われ、思わず泣きながらその場を立ち去った。
その日もネットカフェに入り、スマートフォンを充電していると、電話がかかってきた。母親からだった。
「あんた、ちゃんと食べてる?」
「こっちは大丈夫。電話の要件は?」
散々泣いた後の八つ当たりだった。しかし、次の一言。
「さっき法条さんから連絡があってね。あんた、炊き出しに行っていたそうじゃない? 生活に困っているなら、実家に帰ってらっしゃい」
そう。法条は、みゆきがふらふらと炊き出しに引き寄せられていったのを、見つけていたのだ。そして、おそらく法条の姿を見て逃げたことも。
畠 みゆきが上京して、生活苦にあえいでも実家に帰らないのには訳がある。一つは、地元にあまり障碍者雇用の仕事がない事。
二つ目に、公共交通機関を使わなくても、東京は狭く、生活県内の移動であれば、自転車で事足りること。地方や東京も含めた朝の通勤ラッシュでは、皆がスマートフォンを使用する。ペースメーカーを付けているみゆきには、危険地帯だった。
三つ目に、地元には何一つ良い思い出がない事。一八歳まで地元にいたが、友達もおらず、両親にいつまでも頼るまい、と一人暮らしをする決意をした。
四つ目は、東京に居れば、レベルの高いお医者さんが多い事。ペースメーカーのメンテナンス程度なら、それこそ生活圏内で事足りて、遠くの病院に行く必要もない。また、毎月「タクシー券」を交付されたり、割引運賃でタクシーに乗れたりすることができ、それを通院に充てていた。
特に、東京はタクシーの街である。ちょっとした移動でもタクシーを使えるほど町中にタクシーが走っており、みゆきもよく利用していたのだ。
そういう訳で、地元に帰る気は、さらさらなかった。母親との電話では、
「生活保護を受給できたから、大丈夫」
と告げて、一方的に電話を切った。元来、人に頼る事が嫌いなところが、みゆきという人間であり、時には、それが欠点でもあった。
結局、一般企業への就職は難しく、障害者の雇用形態の一つである
「就労継続支援Å型事業所」
への就職が決まった。
一般の就職と何が違うかというと、市が事業者に補助金を出し、「職業指導員」を雇用し、一般企業への就職の手助けをする「仕組み」を組んだ雇用形態だ。
みゆきはそこで、1年契約で、最初は1日6時間、週5日の契約で雇ってもらえる事となった。
社会保険の費用を引かれると、あまり残らなかったが、なりふり構わずに飛び込んだ。そんな未来の事も見えなかったほど、事態は切迫していた。また、8時間働けないほど、体力も落ちていた。
こんなことなら、法条の炊き出しに行って、思う存分食べればよかった。法条は事実を知ったら悲しむかも知れない。しかし、そんなことも言っていられないほどに、金銭的に困っていた。住む場所もなく、満腹まで食べられない期間が続いた。早く一般就労をしないと、以前の生活レベルにも届かない。
結局、内定を頂いて新しく働き始めた職場を早々に去り、夜の街で飲み屋のアルバイトを始めた。料理には自信があったため、主に、裏でおつまみやお酒を準備していた。その職場はペースメーカーを装着しているみゆきに理解があり、ほとんど客前には出ることなく、黙々と働かせてくれた。
昼夜逆転生活は想像以上に大変だったが、毎日「帰る家」を見つけた。もらえるお金が増えたことで、またアパート生活に戻る事ができた。
そのアパートの住人の多くは独身が多く、規則正しい生活をしているため、昼も夜も生活音は少なく、
「これなら、やっていける! 」
そう思った。両親にも報告して安心させようとしたが、
「夜の街で働くために東京へ出た訳ではないだろう? 」
と正論を返された。ほっといてよ。そう思いながら、意地でも田舎へ戻る気は無かった。
そんなある日、飲み屋でのアルバイトを終えたみゆきは酔っていた。たまたま料理を出したお客に、一杯奢られたのだ。元々こういうものを飲まなかったみゆきは、下戸で、アルコールが体内を回り、帰りに道端で眠ってしまった。まだ寒い冬。正に、自殺行為ともいえる行動だった。
そこまでの記憶が無いみゆきは、いつの間にか、通行人に肩をゆすって起こされた。ぼやけた視点で相手の顔を見ると、何と、あの夢にまで見た法条だった。
「やっと気づいたようだね。大丈夫か? 」
第3章 囚われの恋
みゆきは、まだ夢の中にいるようだった。逢いにきてくれた! あの、優しくて痛い思いを蘇らせた法条が。それでも、みゆきにとっては王子様だった。思わず、ボロボロと涙がこぼれた。寒い中、ずっと寝ていたせいで鼻水も大量にこぼれ、お腹はぐるぐると鳴っていた。それでも構わない。
「助けてくれたのね。ありがとう、ありがとう」
そう言って、法条に抱き付いて泣いた。ベタな言い方をすると、一生分の涙が出た。大きく声を上げて泣いたため、繁華街を練り歩く人々は、なんだなんだと足と止めて、これから先の展開を待っていた。
法条は、困った顔で、
「家まで送っていくよ。さあ、行こう」
そう言ってみゆきを立ち上がらせ、肩を貸しながら、繁華街を出た。沢山の野次馬にとって、二人は恋人のように見えたことが法条を更に困らせ、みゆきを喜ばせた。静けさに包まれた繁華街の出口で、二人はタクシーに乗り、みゆきは家の住所を告げた。
道中、まだ夢見心地なみゆきは、酔っているせいか、社会の不公平さを愚痴として吐き続けた。その中には、当然お金持ちへの嫉妬も入っていたが、法条はじっと黙って、みゆきの話を聞き続けた。ネットカフェの事、仕事の事、ペースメーカーの事。
「こんなに頑張っているのに、何故私は成功できないの? 正社員くらい、なれたっていいじゃん」
そんな感じの、今までの不平不満がどっと出た。目的地であるアパートに着いたら、タクシー代を法条が精算し、みゆきは法条に部屋番号を伝え、また肩を貸してもらいながら、何とか我が家に着いた。玄関先に座り込むと、法条は、
「ここまでくれば大丈夫かな? では、体に気を付けて」
そう言って、そそくさと帰ってしまった。せっかく会えたのに・・・。
物音ひとつしない夜闇の中で一人佇んでいたが、睡魔が襲ってきたので、その日はシャワーも浴びずに、ベッドで寝てしまった。
翌朝は、体がとても重かった。勿論、昨日はお酒を飲みすぎた。しかし、それだけではいない。法条が逢いに来てくれた。
しかし、アパートの玄関まで来ると、あっけなく去ってしまった。もうちょっといてほしかった。今度また会ったら、しっかりと思いを伝えよう。そうやって気持ちを切り替え、せわしない日常へと帰っていった。また、法条に会えたら良いな、と思いながら。
その日からだ。みゆきが本格的に法条に恋をしたのは。朝起きた時から、法条のことを考えている。今日は来ないかな、繁華街で会えないかな? そんな事ばかりを考えていると、気が散って、仕事でミスが増えた。
店長にも、片思いをしている事を見抜かれ、
「考えるのは自由だが、うちで働くなら、しっかりやってくれ」
と注意された。
それでも、彼はこの繁華街に来ていた! またどこかで逢えるのではないかと、毎日期待していた。気が付けば、ほとんど仕事を休むことなく、期待感からか、ウキウキ気分で繁華街を歩いていた。白昼夢の中でも法条の事ばかり思い浮かべ、正に、「恋する乙女」だった。
法条がお金持ちである事は知っていた。しかし、みゆきの希望は、高いものを買ってもらうことではなく、ただ、そばにいたい。輝く彼を見ていたい。そして、それを支えられたら、と思うだけだった。
お金を使わない生活には慣れている。だから、もう一度、あの優しさに触れ、そして自分も優しさを返せたら、と夢を描いていた。
また、法条にも、お金の使い方を考えてほしい。自分みたいな、使えるお金が無い生活を続けてきた人間には、外車は違和感がある。そこにお金を使わず、法条のように優しさがある青年ならば、日本の、そして世界の貧困層を助けられると信じていた。それを、そばで支えたい。勝手な思い込みと、注文だった。
実際、法条の心理も、みゆきに影響されて「社会奉仕の精神」へと変わっていった。労働組合によるベアに応じたのも、社員の生活の事を気にしなくても良いようにするためだった。そして、空き時間や、浮いたお金を活用するために、たちまちNPO法人(利益を求めない、国内の非営利団体)を立ち上げ、ホームレスやネットカフェ暮らしの人が入れる「グループホーム」を作り、自分だけの「家」が決まるまで、1日3食と寝床を与えた。
これも慈善事業としてやった事だが、脳裏にはみゆきの悲惨な現実が浮かんで消えなかった。そして、あの時のみゆきと同じような、悲惨さを纏った人々が入居して、段々と「働きたい」「自分だけの住所が欲しい」と、前向きに活動していく様を見ると、とびっきりの外車を我が物にしたときよりも喜びを感じた。法条は、その内実、人の心が分かり、喜びの気持ちに触れたい思いが、今まで心の奥底に眠っていた事に気づいた。
日本が潤えば、次はNPO法人をNGO法人(国際的な問題を解決する非営利団体)に変えて、この希望の輪を世界に広げるつもりでいた。メンバーの報酬は高く設定できなかったが、それでも、自分より積極的に動き、優しい笑顔を見せ続ける社員には、内心頭が下がる思いでいた。
世の中には「引き寄せの法則」というものがある。自分が変われば、自然と周りには同じような人たちが集まってくる。そういうものだ。法条は、初めてその意味を知った。図らずとも、今までのように「富」だけでなく、名声まで手にして、色々な団体からその功績を称えられ、表彰された。
みゆきは、新聞でその事実を知った。早く法条に逢いたい。恋の為ではなく、称えるため。そして、共に働きたいという思いが強くなった。やはり、私の王子さまは白馬の騎士だった。憧れを通り越して、とても尊敬するようになった。
そして、みゆきは法条と会うタイミングを計っていた。自転車を持っているとはいえ、ペースメーカーを付けているみゆきは、体力がなく、移動範囲も狭かった。その生活圏内で、法条が活動を行いに来る、その時を待っていた。
それは、突然訪れた。なんと、みゆきのアパートの近くで法条が炊き出しを実施するという告知が、みゆきの耳にも入った。奇しくも、その日はクリスマスイブ。みゆきは、あまりお金が無い中でも、精いっぱいのおめかしをして、法条の元へ向かった。
第4章 積極的なアプローチを
居た。指定された公園で、法条は中心となって、てきぱきと動いていた。こちらには気づいてない様子だが、充実感が、その表情から見て取れた。そして、その姿に見とれた。
15分経った頃だろうか。準備をしていた法条が、ベンチに座っていたみゆきに気づいたのは。思わず、
「あっ」
と声を上げ、駆け寄った。みゆきが家を失い、食べ物に困ってやってきたと思ったのだ。
顔面蒼白になり、
「大丈夫か? 」
と、みゆきの心情を推し量る法条に、
「違うの。ちゃんと仕事にも行っているし、アパートも変わってない。ただ、そばで応援させてほしいの。お願い。これでも、精いっぱいお洒落をしてきたつもり。理由は、貴方の気を惹きたいから。ダメかな?」
法条は、突然の告白に狼狽した。自分は、仕事とボランティアだけで生きてきた。そして、みゆきに対しては、未だに加害者だと思っている。しかし、ここで断れば、皆の前で泣かせてしまうだろう。そして、受け入れるだけの心の準備も出来ていない。
思わず出てきた言葉は、
「炊き出しを手伝ってくれるかい? 話は、後でしよう」
という、時間稼ぎの言葉だけだった。それでも、みゆきは、
「うん。手伝う! 飛び入り参加でごめんね」
と嬉しそうに応じ、手際よく調理班に溶け込んでいった。
告白されるなんて、思ってもみなかった。法条は、その場に佇み、皆が楽しそうに準備するのを、ただ見ていた。
一心不乱に悩んでいた法条を他所に、炊き出しが盛大に始まった。どうやら、みゆきはとても楽しそうに、おにぎりを配給していた。法条は、慌てて合流した。みゆきがこちらに笑いかけ、法条はみゆきの隣に入り、共同作業の濃密な時間を過ごした。
それまでは、一般的に美人でスタイルの良いとされる女性にも、全く目もくれない法条だったが、人生で初めて心が揺れ動いた。何とけなげで、思いやりがあり、沢山の事を教えてくれただろう。そんな彼女といれば、多くの事を学んでいけるかも知れない。
炊き出しが終わると、皆余韻に浸りながら、片付けをしていた。やはり、笑顔の人が多く、充実した一日を過ごし、後は、帰るだけ。その中で、法条は迷っていた。勿論、みゆきの事だ。せっかく逢いに来てくれたのに、炊き出しを手伝わせるはめになった。そして、自分の気持ちは、まだ固まらない。このままさよならをするのは気が引けたので、飲み屋に誘う事にした。
「ちょっといいかな? 今日は、せっかく来てくれた上に、炊き出しも手伝ってくれたから、お酒を奢らせてほしい。今からどう? 」
法条は、初めて自分から女性を誘った。努めて冷静に誘ったつもりだが、
「はい! どこでもついていきます! 」
と、みゆきはニンマリとしながら、OKの返事を出した。その一言が、まるでプロポーズを受けた時の答えみたいで、法条は、照れくさくて思わず頭を掻いた。
炊き出しの片付けが終わり、皆にねぎらいの言葉をかけた法条は、すぐにみゆきを連れ立って夜の街へと向かった。普通の居酒屋さんに入り、法条は生ジョッキ、みゆきはカルーアミルクを注文した。そう言えば、みゆきは前にも酔って寝ていたな、と心の中で苦笑したが、再会に、そして炊き出しの成功に乾杯した。
お酒に強い法条は、ジョッキを傾けて、グビグビと浴びるように飲んだ。それを見たみゆきも、カルーアミルクをジュースのように、ゴブゴブと飲み進めた。
「無理をして飲まなくても良いよ」
と法条は注意したが、みゆきはふくれっ面で、
「貴方もね。肝臓には大ダメージなんだから」
と返した。
これは一本取られたと、法条は額に手を当てた。
「ゆっくりお酒を楽しもうか」
そういって、2人とも飲むペースを落とし、色々な話をした。今日の炊き出し。そして、生い立ち。段々と夜が深まるにつれ、質問は踏み込んだものとなっていった。
好きな俳優、音楽。理想のタイプに、将来の目標。話せば話すほどお互いの嗜好の違いが面白く、違う回答なのに大変盛り上がった。自分の知らない世界を共有しあった夜だった。
そして夜も更け、法条はみゆきをタクシーで家まで送った。タクシーからみゆきが降りるとき、
「ねえ、今日家に泊まらない? 」
と、勇気を出して法条を誘った。しかし、
「すまない。まだ、女性の部屋にあがる心の準備が出来ていないんだ」
この時、みゆきは初めて、法条に恋愛経験が無いことを知った。みゆきもそうだが、こんな白馬の王子様だと、もう飽きるほど言い寄られ、交際経験があるものだと思っていた。
法条の乗ったタクシーが去っていくのを、半ば茫然と、そして半ば寂しい気持ちで見送った。家に帰り、お風呂を沸かしながら、これからどうすれば法条のそばに居られるのかを考え始めた。お金目的ではない。それは、今日一日で分かってもらえたと思う。しかし、法条は恋愛に奥手すぎる。お湯を指でかき混ぜながら、今日、法条の名刺をもらった事を思い出した。あぶないあぶない。危うく無くすところだった。
法条の名刺を洗面台の横に貼って、毎朝見られるようにしながら、もっと自分からアクションを起こさないと、今の関係は消えてしまうと思った。自分には武器がないが、真心で伝えるしか、方法はないと決心した。相手が、どれほど雲上の人で、どれほど釣り合わないかは、分かっている。そして、相手が「加害者」であることも。
それでも、この恋に懸けるんだと決めた。何故なら法条は一人で、幸せな一生を終えようとしている。しかし、誰かとつながる事で、見える景色は大きく違ってくる。そして、逢う度に、自分の事を心配してほしくなかった。勿論、気遣いはありがたい。だが、いつまでもそんな関係でいたくなかった。たまには、私が法条さんの心配をする日があっても良いじゃないか。
第5章 惹かれあう二人
翌日から、みゆきは早速メールでデートや飲みのお誘いをした。法条が忙しく、返事が数日遅れたり、全く返事がないときもあったが、根気強く週末にお誘いを申し込んだ。
それと共に、自分の使える少ない交際費の中から、料理教室に通うお金を念出した。元々、居酒屋で料理を作っていたため、すぐに馴染めた。家に帰ると、調理をして、無いかもしれない「結婚」に備えていた。こうした時間がみゆきを充実させていた。
法条はというと、相変わらず、幾つもの会社を回すのに忙しかった。それに加えてNPO法人の打ち合わせもあり、中々自分の時間を取れないでいた。それでも、お金を稼いでは、世の人の為に使う。この意義を見出せたことで、人生は充実していた。みゆきから度々誘われて、断る羽目になっても、一人で十分な幸せを手に入れていた。
しかし、みゆきの好意には気づいていて、空白の時間には、悩んでいた。元はと言えば、加害者と被害者だ。みゆきと付き合うには、二度とみゆきを傷つけない覚悟。そして、みゆきを轢いたあの車を、買い替える必要がある。みゆきは、あの車には乗りたがらないだろう。法条自身も、あの出来事は、思い出したくもなかった。
一方で、「自分はずるい」という罪悪感にも悩まされていた。被害者であるはずのみゆきは、炊き出しの日、真正面から想いを伝えてくれた。それなのに、自分はごまかして、うやむやにしてしまった。
自分は、NPO法人を立ち上げて、辛い人たちのために活動をすることで、「良い人」になれたつもりでいたが、そうではなかった。それを、またみゆきが教えてくれたのだ。彼女といると、いつも自分の知らないことを教えてくれる。
腹を決めた。今までどんなに綺麗で「淑女」と呼ばれる女性にも惹かれなかった法条が、あまり特徴のない、いや、むしろ悲哀すら纏っているみゆきに結婚を申し込もうと決めた。婚約指輪には、0.5カラットの、60万円越えの物を選んだ。本当は、1カラットでも買えるのだが、みゆきは派手なものは好まないだろう。
車も、国産車に乗り換え、準備万端でみゆきを誘った。
「ご飯を食べに行こう。家まで迎えに行く」
とだけ伝えたため、みゆきも、普通のデートだと思った。それでも、法条から誘ってくれたことが嬉しく、また服にお金をかけてしまった。これで、また当分遊べないな、と苦笑しながら。
みゆきがアパートの前で待っていると、中々法条の車が見えてこない。そして、突然横で名前を呼ばれてびっくりした。そこには、痛みを思い出す車は無く、国産メーカーの高級車に乗る法条の姿があった。
「あっその車は」
思わず、そう呟いた。法条は、
「前の車では、君が嫌がるだろうと思ってね」
と肩をすくめた。そして、
「乗るかい? 」
と助手席を指さした。みゆきは頷いて、小走りで助手席へと向かった。
「車を何台持っているの? 」
「いつも一台だけだよ。君がトラウマにならないように、乗り換えたんだ」
「なんか悪い気がしてきた。ごめんね」
「気にすることはない。あれは僕が悪かったんだから」
みゆきは嬉しそうに助手席に乗った。普段から車に乗らないみゆきは、他の車との違いは分からなかったが、落ち着けるスペースだと思った。
「今日は、お誘いありがとう。凄く嬉しかった! 」
「僕が断ってばかりだったからね。悪い気はしていたんだ」
「そんなの、気にしなくて良いのに」
傍から見ても、みゆきの上機嫌さは分かった。
やはりみゆきに「返事」として、婚約をせまるなら今日か? と観察していた。こういう事には全く慣れていないため、あの炊き出しの日のみゆきの一言が、帰りの部屋へのお誘いが、如何に勇気のいる事だったか、思い知らされた。そんな事が自分にできるだろうか?
そわそわしながら、イタリアンのお店に着くと、法条はみゆきをエスコートしようとしたが、みゆきはびっくりして、
「こんな高そうなお店、入れないよ! 私作法とか知らないし」
と、一歩引いてしまった。
法条は、優しく背中を押し、
「大丈夫。分からないときは、僕のマネをしてごらん」
と、語りかけ、ようやく二人はお店に入れた。
入口で頭を下げる店員に、
「2名で予約をしていた、法条です」
と伝えると、窓際の席に案内された。店員が、
「ご来店ありがとうございます。2名でお越しの法条様。スペシャルフルコースでよろしかったでしょうか? 」
と確認を取った。法条は笑みを浮かべて、
「はい。お願いします」
と、肯定した。みゆきは、両頬を抑えながら、
「えー、スペシャルー? そんなに贅沢な料理でなくても良いのに」
と顔を赤らめた。法条は、
「良いんだ。たまにしか都合が合わないからね」
と優しく微笑んだ。ここまではバッチリだ。
料理が運ばれてくる前に、法条は、「マナー」についての説明を始めた。ここは、学校ではない。だから、手短に。
「スマートフォンはマナーモードになっているかな? ナプキンは膝の上ね。ナイフやフォークは外側から使うんだ。席を立つ時は、ナイフとフォークを八の字になるように、皿の上に置くこと。とにかく、マナーはこれくらいにして、楽しもうじゃないか」
そう言うと、アンティパスト(ラテン語で、前菜の意味)が到着した。どうやら、肉の塩漬けのようだ。それにしても、フルコースって、何でこんなに一品ずつが少ないんだろうと、みゆきは苦笑した。それに、法条は高そうな服を着ているが、自分はチェーン店の「普段着」だ。周りの目が気になるのも不思議ではない。
みゆきは、この心臓の鼓動、そして体が火照る感覚を、恋だと楽しんでいた。ちょっとクラクラするけど、悪い気はしない。そして前菜も、量こそ少ないが、今まで食べたことのない味! ボルテージは最高潮に達していた。
それだけではない。法条が、嫌な思いをさせまいと、高い車を乗り換えてまで、逢いに来てくれた。
「もう、私幸せ! 」
前菜が片付けられ、メインのパスタが到着したときだった。みゆきは、椅子から崩れ落ち、胸を掻きむしった。
法条は、その仕草ですぐに心臓が原因だと分かり、
「誰か、お医者様は! 救急車を呼んでくれ‼ 」
と、血の気が引きながら叫んだ。涙も出てきた。
どうして、どうしてみゆきは、と愕然とした。
数分後、救急隊が到着し、心臓マッサージを行おうとしたが、法条はみゆきがペースメーカーを装着している事を伝えた。急いで病院に搬送されたが、心不全のため、亡くなった。
さっきまで、あんなに楽しそうにしていたのに何故? 法条は、到底立ち直る事が出来なかった。みゆきの両親にも連絡を入れたが、罪悪感は消えず、頭をかかえて、涙を流すしかなかった。自分の知らない生き様を、教えてくれた世界で唯一の人。自分に、真心だけでアタックしてくれた、唯一の人。もう、二度と逢うことは叶わないのだ。
何故、心不全になったのか。医者の見解では、慢性的な心不全は元々あったが、そこへ、ペースメーカーを通して細菌が入り、徐々に体温の上昇、動悸などの症状が出たはずだが、それをデートのドキドキだと勘違いして、苦しさに気づかないほどであったため、処置が遅れたとの事だった。
法条はがっくりとうなだれた。自分が、デートで高級イタリアンなんかに連れて行かなければ、まだみゆきは生きられたかもしれない。病院に到着した両親に、かける言葉も見つからなかったが、事情を聞いた両親は、法条を咎めずに、むしろ娘に目を掛けてくれてありがとう、と言った。
法条は、両親に婚約指輪を見せ、告白するつもりだったと伝えた。両親は、
「こんな良い人と・・・。でも、せっかく買った婚約指輪だから、次に懇意になった人にあげてください」
と返した。
しかし、法条には、みゆきしかいなかった。だからこそ、この指輪と車は大切にしよう。そして、何年経っても、みゆきから学んだことを大切にしようと決めた。
その後、法条はNPO法人をNGO法人に切り替え、念願だった海外でのグループホームの建設。炊き出し。その他諸々貧困にあえぐ世界中の人たちに、衣食住を提供し、ノーベル平和賞を受賞した。更に、会社でもほとんどクビを切ることなく、安定経営をし、自分の資産も十分形成したが、生涯独身を貫いた。
「みゆき以上の人はいない」
それが、彼の口癖だった。




