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「ほら、来ましたでしょ?」


ユスティアの言葉に、少し驚いたように目を見開くユージン。

声のする方へと目を向ければ、ドレスを持ち上げ走る女性が見えた。


焦げ茶色の癖毛を揺らし、緑色の瞳は期待と必死さが滲み出ている、が・・・ユージンから見ても令嬢らしからぬその姿に、秘かに眉を顰めた。

だがライラにはそうは映らなかったらしく、わざとらしく立ち止まり髪とドレスを直し静々とテーブルへと寄ってきた。


「お姉さまにお客様がおみえだと聞いて、ご挨拶に伺いましたわ」

ユージンとエドワルドを交互に見る眼差しは、よく見る媚びたもの。


そこら辺に転がっている令嬢と同じじゃないか。一体、何が楽しめるんだか・・・


どちらかといえば嫌悪感が勝る、ライラへの第一印象。

表情には出さないが、かなり引き気味なのが見て取れるが、ユスティアはちらりとユージンに視線を送りそしてライラへと顔を向けた。

「ライラ、お行儀が悪いわ。お客様に失礼よ」

ユスティアの注意は、至極真っ当なもの。なのに、ライラは突然「酷いっ!」と叫んだかと思うと、器用にも一瞬で目に涙を溜めてみせた。

「またそうやって、私をいじめるの!?お姉さまと仲良くしたいだけなのに・・・・」

またも突然始まる、三文芝居。

ポロポロと涙を流しながら、エドワルドとユージンに助けを求めるようにチラチラと見ている。

ユージンは、これが巷で噂の「悲劇のヒロイン」か・・・と、感心したように眺め、エドワルドに至っては完全に無視。

エドワルドは基本、ユスティア以外には興味がないのだから、いくら媚びても意味がない。


ライラお得意の三文芝居「悲劇のヒロインごっこ」は有名だが、わかっていてもその愛らしい容姿から騙される男が未だにいるのだという。

正直、この手の女をたくさん見ているユージンには、あまりに幼稚な芝居につい笑いそうになってしまう。

「ライラ・・・この間も言ったけれど、今ここで泣く必要があるのかしら?」

「またそうやって私を悪者にしようとする・・・酷いわ・・・」

「あら、自分でわかっているんじゃない」

「え?」

「大切なお客様がいらっしゃっているのにも関わらず、無作法にも乱入しこの場を台無しにしたんですもの。悪人以外に何と呼べばいいのかしら?」


―――辛辣だ・・・・


ユージンは凛と言い返すユスティアに感心しつつも、ライラを注意深く観察した。

始めはユージンとエドワルド二人に色目を使っていたが、今では涙目を向けるのはエドワルドにのみ。

無反応なエドワルドに、必死に訴える様に視線を送るが、その表情はピクリとも動く気配がない。

徹底しているな・・・・と、ユージンは感心する。

茶番だとわかっていても、多少は感情が動くものである。

だが彼は、全くの無関心を貫いたのだった。

それでも続く、茶番劇。

言葉はユスティアに向けられ、その目はエドワルドに。

そして、その視線の熱量にどこか懐かしさを覚え、ユージンはぞくりと背を震わせた。


恍惚と焦がれる様な嫉妬と、何故振り向いてくれないのかという焦燥。

必死さと無様さと哀れさと・・・なんとも言えない表情。


そしてユージンは理解した。

これを言っていたのか、と。

ユージンが傍にいても、決してこれと同じ熱を向けられる事はないだろう。

一緒に居ればきっとユージンをも好きになるはずだ。だがそれは、綺麗な物を見せびらかし自慢したい心理と同じで、決して愛ではない。


この人は俺を愛さない・・・・

永遠に実る事のない気持ちを燻ぶらせ、俺の隣に立ち続ける。

そして俺も、手の届かない光を見つめ続けるんだ。


あぁ・・・最高じゃないか・・・・


快感に打ち震えながらユスティアを見れば「どう?楽しめそうでしょ?」と満面の笑みを浮かべた。


そして、その笑顔を向けられたユージンは、手に入らない(エステル)を深く胸の奥に刻み込むのだった。


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