プロローグ:ダンジョンの奥地で現代日本へ
来る筈などなかった。誰もが思うだろうごくごく当たり前なこと。大切な家族の元で生きたい、自分の“今まで”を知る世界で──幸せになりたかった。
なのに。あたしは───…
…………。
「クロエ…クロエ~、…クロエ?おーい」
「……ん?何よ…サリナか。」
鬱蒼と生い茂るシクラメンの花畑の中眠っていた黒猫がぼんやり眼をうっすらと開く。
ふわぁあ~と呑気に欠伸で親友を出迎える少女の名前は『クロエ』。猫獣人のクロエと人族の少女、サリナはこの街に育った幼馴染み同士だ。
黒猫の耳と細くしなやかな尾を持つ黒髪ロング赤目のクロエと茶髪ショート茶目のサリナ。
クロエは魔法剣士でサリナは治癒術師。
二人は『冒険者』。それもB級冒険者だ。
…二人が冒険者パーティーを結成したのは共に12歳の時で、それから僅か4年で今の地位まで登り詰めた新進気鋭の新星と目されてる。
「“なんだ、サリナか…”じゃ、ないわよ。もぅ!」
「ふぁ…寝てたんだから仕方ないでしょ。」
言葉ほどには怒ってない親友の注意を右から左に受け流して再度一つ欠伸をする。
「良いじゃない、今日はオフなんだから」
「それは…、そうだけどさぁ~」
「なら良いじゃない」
「…じゃなくてっ!クロエ、今日ギルドに行ったらね新たなダンジョンが生えたらしいの!ギルド中その話で持ちきりで…」
「ほぅほぅ。新たなダンジョンか……新たなダンジョン…新たなダンジョンン゛ン゛~~…ッ!?○☆※㎝℃&%」
「…後半何言ってるか分かんないわよ、クロエ」
ダンジョンと言うのはある日突然に世界に魔力溜まりの中心で生える。洞窟型や森、山、峠、城、塔、遺跡型等々。そこには魔物が居て中では多くの金銀財宝や稀なる美食や美術品、見たことも聞いたこともない調味料や料理のレシピや魔道具の数々、武器防具の類いが宝箱や時に魔物を倒した後に死体は消えアイテムを“ドロップ”する。
それは倒した魔物の素材だったり装備品だったり、ポーションだったり。
確実ではないが、手に入れば億万長者も夢でない。
“冒険者”は非常に夢と浪漫に溢れた職業だと言えよう。
…その分身に付き纏う危険は並みではないが。
魔物と戦うと言う事は当然殺される可能性もあると言う事。
だが──そんな生活こそを生き甲斐とした愚か者…それこそが冒険者なのだと、二人の故郷でありこの街『メイリの街』のギルドマスターの言である。
「まだ誰の手にも触れられてない無垢なるダンジョン…!♡ああ、サリナ…あたし」
「今すぐ行きたいって言うなら却下よ、却下!」
「しょ゛んにゃ゛ぁあ゛~~ッ!?(泣)」
「貴女が壊した癒しの杖今月に入ってもう4本目よ?」
「…うっ!?」
普段はキューティクルな大きな垂れ目茶眼の眦が…恐いぐらいに吊り上がってる…、睨め付ける親友の的確過ぎる指摘にぐうの音も出ない魔法剣士は潤んだ瞳でそれでも、と眼で訴える。
「…サリナぁ~あたし、ダンジョン行きたい行きたい行きたい行きたいぃぃ゛~~ッ!!」
「貴・女・が・壊した癒しの杖の修理待ちでしょうがッ!!」
「…うっ!?」
…そうなのだ、この魔法剣士…前衛としては有能なのだが、優秀ではないのである。何せ今はルトヴィル暦500年5月7日。土精日。一週間は七日間で日本なら曜日の所を月精日、火精日、水精日、木精日、金精日、土精日、日精日と呼称する。1日は24時間で1分は60秒…と他は地球にいた頃と変わらない。
因みにこの呼び方はこの世界に満ちる精霊に因んだ呼び方だ。
…こほん。
「まだ5月7日よ?何でたった7日で4本ダメにするの!それも私の杖ばかりぃぃ゛~~っ!!(泣)」
「…あ、あは…あはは…そ、その…?なんとなく?」
「だぁああ~~ッ!!!?」
1本は使用用、1本は観賞用、1本は保存用、1本は予備…としようとしていたサリナの小さくも大きな野望がたったの7日で潰えたのだ。サリナこそを発狂してもし足りない。…そう、彼女サリナは──〝杖マニア〟なのだ。
「そ、それにほら…壊した癒しの杖の修理代はあたしの報酬から引いているんだし」
「当・た・り・ま・え・よ・!!」
治癒術師にとって“杖”とは相棒、長年連れ添う女房。時にそれは親友をも超越した存在だ。回復魔法を素早く的確にサポートしてくれる相棒でありながら唯一無二の宝。
…特にサリナは治癒術師としての才に目覚めた時から寝食を共にするほど大切で大事な存在。最初の相棒は木の棒。そこから青銅の杖、銅の杖、鉄の杖、鋼の杖、銀の杖、金の杖…とレベルや冒険者のランクが上がる毎に更新してきたサリナの魂の友。
「…うわっ!?大声出さないでよ~寝起きなんだし」
「~~~ッ!!絶対に貴女に壊されないような杖をいつか手にするんだから…ッ!」
憤懣やるかたない…と言ったサリナに寝起きで働かない頭で「その為にもダンジョン…」「…ぁあ゛っ!?」「…ナンデモナイデス」
ギロリッ、と乙女にしては物騒な般若顔でクロエの発言は秒で撤回された。
…今の視線は共に三頭蛇とたった二人で対峙したBランクに昇格試験戦以来だ。覇気がある。歴戦の冒険者のそれと変わらない迫力を醸し出す治癒術師ーー誰得だろう?
「クロエ」
「…ッ!な、何でもない…何でもないわ。」
「間に合わせで良いなら付き合ってあげる」
「…ッ!?さっすが神様仏様サリナ様ぁ~!!♡」
「…杖壊されそうだから離れて戦闘してよ?」
「うん!!」
ウキウキワクワクと並んで冒険者ギルドへと向かった。
受付嬢…ジュリアさんから件のダンジョンの情報を聞き出す。
ジュリアの外見は金髪壁画のサイドテール。人族の20歳前半の女性でキリリとした美女だ。
その隣に居るのはここメイリの街支部一番人気の受付嬢アマリリスが通常業務に当たっている。
「本日はどのようなご用件でしょうか。」
「ああ、これからでも受けれる依頼<クエスト>はあるか?」
「はい、それなら……」
金髪纏め髪の緑色の瞳、“出来る秘書”のような美貌、細長くしなやかなに伸びた耳…エルフ巨乳の女性はアマリリスと言う名前で外見は人間24歳前後だが実際は400歳は越えている。
「じ、じゃあ私達は問題なくそのダンジョンに行っても良いのね…!?」
「ええ。『遠き翼』のお二人なら問題ないですよ。無論他のパーティーもCランク以上なら踏破できるとギルドは判断しましたから」
魔法剣士クロエと治癒術師サリナのパーティーはずっと二人だ。それは結成した当初から変わらない。にこやかに笑みを浮かべたジュリアが続きを話す。
「件のダンジョンは凡そ昨日明朝に現れ、魔力の凝固率を鑑みて斥候部隊を派遣。確認されたのは“30層”──ダンジョンの規模だけで言えば討伐難易度B級に相当します。確認された魔物はデスリザード、ゴブリンキング、オークキング、ヴァンパイアロード、ヴァンパイアクイーン、ハルピュイア、ミスリルゴーレム、毒竜、アラクネ、バブルスライムの10種。お二人なら問題なく対処できるでしょう。」
「まっかせなさーい♪」
「当然です…クロエの面倒も魔物の面倒もきっちり見ますから」
「はい、期待してますよ。サリナさん…貴女だけが便りです」
「ジュリアさん…!」
「サリナさん…クロエ──苦労をお掛けします」
「ちょっと…ッ!?」
悲壮感たっぷりにジュリアはサリナに追い縋るほどにクロエはやらかしの常習犯として認知されている。
危なっかしくてダンジョン以外では強力過ぎる魔法の禁止令がギルドから出されるほどだ。それは何もこの街のギルドのみならず、ギルド長から各地のギルドマスターに通達が行くほど。
「魔剣の使用もダンジョンでお願いします、クロエさん」
「名指し…ッ!?──グッ、ぐぐぐ~~!!」
… 否 定 で き な い のを誰よりクロエ自身が分かっているからこそ何も言い返せないのだ。この世界加護持ちは数は少ないがそこそこに居たりする。加護なしのLv.1剣士と加護ありLv.1の剣士。戦えば加護ありのLv.1に軍配が挙がるのは自明の理である。いや、加護なしLv.10と加護ありLv.1ならワンチャン…と言うほど人によっては差が出るのだ。理屈ではない、加護とは神の祝福…それは誰にでも与えられるもの恩寵ではない。“一つ”でも有り難がられ拝まれる存在…それが加護持ち。それをクロエは四柱から、サリナは癒しの神ティアリスの加護持ちだ。
戦神アルバトロス、魔法神ミラ、秩序神マカベル──そして最後の神こそが問題であった。
「邪神アザナエルの加護持ち…」
「ああ、間違いねぇ…あの黒猫の嬢ちゃんだ」
「豪運と悪運の両方を引き寄せる…厄災猫…ッ!」
「誰が二頭身猫っぽい生き物かッ!?」
▽以下がクロエの“ステータス”である。▽
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名前:クロエ・ルェン・ビーンズ 年齢:16 性別:女
種族:猫獣人 身分:B級冒険者
職業:魔法剣士 属性:時空・風・水
称号:杖破壊者
加護:戦神アルバトロス、魔法神ミラ、秩序神マカベル、邪神アザナエル
【スキル】
戦闘10種、生産5種、補助7種
【魔法】
攻撃魔法全種(火水風土雷無闇時空癒し光)の10種、
防御魔法全種(火水風土雷無闇時空癒し光)の10種、
支援魔法7種、生活魔法全種(治癒、浄化、点火、給水、浮遊、乾燥の6種)、
召喚魔法(召喚魔):神狼、天兎、ヒールスライム、闇黒竜
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[装備]
頭:なし
左手:ミスリルタガー(短剣)・右手:ダマスカスソード(片手剣)
胴体:隠者の外套(※フード付き)
脚部:隠者のレギンス、暗殺者のショートブーツ
アクセサリー1:月女神の寵愛
アクセサリー2:竜の絆
[所持武器]
魔剣レーヴァテイン(両手剣)、魔剣ミストルティン(片手剣)、浮遊する魔導書、ミスリルソード(片手剣)、ダマスカスソード(片手剣)×3/4、ダマスカスダガー×4
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ミドルネームの“ルェン”はクロエの両親の里名で、家名はB級冒険者に昇格した時に一代限りの男爵位を得た時その街の領主(伯爵)から授けられた家名だ。種族の猫獣人…『ケットシー』は先祖の猫精霊から来ており、どちらも『ケットシー』と発音する。猫並みに嗅覚に優れしなやかな体捌きと身体能力、高所から落ちてもしなやかに着地する膂力を持つ。
職業とは誰もが最初は“空白”で始まり、教会で行う10歳の洗礼の儀の日に職業やスキル…魔法等を授かる。(これを教会関係者は『祝福の儀』と呼称している)
…神像の前で瞳を閉じ手を祈りの形に組み真摯な心で神へと祈りを捧げる…そうすれば何かしらのスキルか魔法、武器の技能を得る。
洗礼の儀は必ず司教以上の階級に有る者が行い結果の有無に関わらず外部への如何なる情報の流布は原則禁止だ。違反すれば加護を失う=情報の重要度や流出具合、また悪辣性から鑑みてこれまで得た全ての経験値の没収&徴収、財産の没収。当然階級も2ランクダウン、場合に由っては破門。
冒険者ギルドへの登録は10歳から可能だが12歳までは街の外には出られない=見習い期間だ。本格的に“見習い”が取れて『冒険者』を名乗れるのは12歳から。
マスクデータは有るのだろうが、それは<鑑定>では明かされない。当然だ、HPMP何て言う概念は“なんとなく”あるぐらいでそれはクロエの前世ですら死の瞬間まで視えた試しはないのが普通である。これはゲームでもアニメでもない、現実のクロエの人生…そんなもの知らなくとも生きてこれたのだ、これからも視えないままでいい。
ただ、魔法を使えば“なんとなく”の目安であとどのくらいMPが残っているか、HPはどのくらいか…魔法を鍛えれば自ずと分かるものだ。
属性…それはその者の適性属性の事であり、適性だと魔法攻撃力の威力や操作性、範囲や魔力消費量減少等に効力を及ぼす。
無論属性で示された属性以外の魔法も使用可能(鍛練次第)だが。
称号…その者の今までの行動から神が鑑みて“相応しい”称号を与える。モノによっては筋力や体力の増加や、特定の武装に補正を与えたり、生産活動の効率や閃きを与えるものもある。特に効果はなく記念称号なんかもあって誠に遺憾だが。