人滅8:プロジェクト会合
連合会議から一ヶ月後の会合の日、メルフィーナとアリシアはいち早く会合の場へ赴き、整理した情報の最終確認を行っていた。そこへ、やや時間が経ってから妖精族のジュリオがやって来た。
「やあメルフィーナ、久しぶり」
「ジュリオ、お久しぶりです」
「この場にいるってことは、この小さなエルフの女の子がエルフ族の補佐官?」
そう言いながらジュリオはアリシアの周りを飛び回った。アリシアはその様子を首を左右に振って追いかけていた。メルフィーナが頷くと、ジュリオはアリシアの前で止まってお辞儀をした。
「はじめまして、僕はジュリオ。こう見えて妖精族の王子なんだ」
「えっと、アリシア、です。こう見えて、魔法具の研究者、です!」
「よろしく、アリシアちゃん。この髪の色……いや、会合が始まれば分かることかな。ちょうどみんな来たみたいだ」
そう言ってジュリオが手を伸ばした方向へ目をやると、他の主要種族の代表と、補佐官と思しき面々が揃っていた。各種族が選定した補佐官にはその種族の思惑が見え隠れしていて、場の緊張が一気に高まったように思えた。ピリピリとした空気を裂くようにジュリオが手をパチパチ叩きながら口を開いた。
「みんな、とりあえず席について会合を始めよっか?」
ジュリオが促すと各人は各々の席へと着いた。メルフィーナは全員が席に着いたことを確認すると会合を開始した。
「皆様、お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。プロジェクトEの議案を提出したエルフ族のメルフィーナが今回は取り仕切らせていただきます。まずは確認ですが、全種族とも種族長の協力は得られたと思ってよろしいでしょうか?」
メルフィーナの問いにいち早く反応したのは魚人族のブレットだった。
「なーにが『協力は得られたか』だ。情報を漏らさないって指輪の縛りのせいで碌に説明もできずに、とにかくまずは指輪を着けてくれって頼むしかなかったよ。そんで、付けたら後はもう協力せざるを得ないんだ。『ペテンにかけられた気分だ』って王は言ってたぜ」
天使族のオッポネンはブレットに同意するように深く頷いて応えた。
「天使長に指輪をはめていただくのは随分苦労したが、プロジェクトへの協力については前向きな返事をいただけたよ」
悪魔族のアマンダは魅惑的な動作で髪をかき上げながら応えた。
「魔王様は私からのプレゼントって言ったら喜んで身に着けてくれたわ。プロジェクトへの協力も惜しまないそうよ」
最後にジュリオがクルっと一回転して親指を立ててから応えた。
「妖精王は喜んで協力するって言ってくれたよ」
メルフィーナは一礼してから話を先に進めた。
「安心いたしました。では、最初にプロジェクトEについてエルフ族が持っている情報を開示させていただきます」
そう言うとメルフィーナは魔法具で情報を投影しながら、プロジェクトE発案の経緯とその必要性について事前にまとめていた内容を説明した。メルフィーナが話した内容は概ね次のようなものだった。
・極めて精度の高い世界シミュレーターの次世代型が開発されていること
・次世代型はまだ未完成だが、種族を1つに限定すればすでに実用レベルのシミュレートが可能であること
・次世代型で各種族毎に100年のシミュレートをした結果、人間族のみ高い確率で世界が深刻なダメージを受けたこと
・この次世代型での結果を受けて、現行型の世界シミュレーターで全種族による100年のシミュレートを繰り返した結果が、連合会議で示した『六割で世界が滅亡する』という結果であったこと
・これらを受けて現在の人間族の技術水準を調査した結果、すでに彼らの技術がいつ世界に影響を及ぼしてもおかしくないレベルにまで達していたこと
「―――以上が、エルフ族が持っている情報です」
メルフィーナが話を終えると、すかさずアマンダが軽口をたたく。
「次世代型世界シミュレーターね。エルフ族は本当におもちゃ遊びが好きなのね」
「お疑いであれば実物をお見せすることも可能です。プロジェクトEの件は伏せていただくことになりますが、学者や研究者の方に確認いただいても構いません」
「エルフ族の最新の魔法具なんて見てすぐに分かるような人材がいれば苦労しないわよ。まあ、嘘をつくメリットがあるわけでもないし、その話については信じましょう」
アマンダがそう言うと、他の審議員も納得した様子で軽く頷いた。次に口を開いたのはブレットだった。
「しかし、これはあくまで連合会議で提示された情報の信憑性が増した程度の話に過ぎないぜ。魚人族は態度を変えるつもりはねぇぞ」
「はい、情報を基にどう考えるかは各種族の自由です。質疑等は最後にまた時間を設けさせていただきますね。では、次に各種族の現在の立場と補佐官の紹介に移らせていただきたいと思います。まずは私たちエルフ族から」
そう言うとメルフィーナは立ち上がり、隣に座っていたアリシアにも起立を促した。
「エルフ族は『賛成』の立場です。補佐官は次世代型世界シミュレーターの開発者でエルフ族と人間族のハーフであるアリシアです」
「アリシア、です。よろしく、お願いします!」
アリシアの経歴を聞いて会場はざわついた。先ほど話にあった次世代型世界シミュレーターの開発者が小さなエルフであったこともだが、彼女がエクスターミネーションの対象である人間族とのハーフだったことに会場の面々はより強く驚いている様子だった。
(この反応は想定内。でも、次世代型世界シミュレーターを先に印象付けたことで、人間族とのハーフを任命したことへの反発までは起こらないはず。どよめきもすぐ収まるでしょう。後は何らかの思惑を持ってアリシアが人間族とのハーフであるということを利用しようとする種族がいないか、私が監視しておけば済むこと。特に悪魔族には注意しておく必要がある)
ほどなくして、メルフィーナの予想通りに会場はすぐに落ち着きを取り戻したのだった。