人滅7:対処方針
メルフィーナとアリシアの2人は日夜、プロジェクトEに関する作業に追われていた。アリシアの研究室が広い個室でプロジェクトに必要な魔法具も揃っていたことから、この研究室で連日、泊りで作業をしていたのだった。
(そろそろ次のプロジェクトEの会合が近いからその準備に専念すべき時期だけど、せめて各種族に対して賛成票を得るための方針だけは固めておきたい……)
『次のプロジェクトEの会合』というのは、メルフィーナが連合会議の場で示した『審議員は1ヶ月後にこの場に再度集まり、選定した協力者を他の審議員に知らせること』という条件による集まりのことである。彼女が会合を設けたのには、3つの目的があった。1つは各国が選定した協力者を知ること、もう1つは各国のプロジェクトに対する現在の立場を知ること、最後の1つは主要種族に情報を提示して人間族の脅威を改めて認識させること、である。
(次の臨時会議で必要な票は主要種族の過半数である3票。先の連合会議で賛成した2種族が立場を変えていなければエルフ族の1票と合わせて乗り越えることはできるけれど、何らかの思惑であの場で賛成しただけであればマズいことになるかもしない……やっぱり方針だけでも決めて、その場合に備えていち早く動けるような体制だけでも整えておくべきか)
プロジェクトが本格的に動き出した今であればより多くの情報を開示できるが、それでも今ある情報だけで各種族の考えを賛成に傾けることができるとはメルフィーナには思えなかった。メルフィーナは各種族から賛成票を得るための方針を固めるべく、アリシアのところへ向かった。
「アリシア、ちょっといいですか?」
「メル姉さま、なんですか?」
「開発している次世代型世界シミュレーターについてですが、次の臨時会議までに完成させることは難しいですか?」
世界シミュレーターはエルフ族が開発した未来の世界情勢を把握することができる魔法具である。その精度は入力された情報の精度が高いほど高く、正確な情報を入力すれば、およそ1年先までの未来を見通すことができると云われていた。ただし、結果としては分かるのは各国の人口や資源、資産といった大まかな数字の増減だけだった。
メルフィーナが『次世代型』と呼んでいる物はアリシアが研究している極めて精度の高い試作品で、完成すれば『世界そのものを再現できる』と言ってもよいほどの代物だった。しかし、今はまだ1つの種族しか世界に存在しない場合によるシミュレートまでしかできていなかった。
「あと2ヵ月ちょっとで完成はさすがに厳しいよ、メル姉さまー。1年あっても、もう1つ種族を増やすこともできるかどうかだよ」
「そうですか。次世代型が完成すれば魚人族に対しては大きな材料になると考えていたのですけど……」
判断力に優れる魚人族であれば、人間族が世界を脅かす確かな証拠さえ提示できれば賛同するというのがメルフィーナの考えだった。次世代型の完成はそのための最も確実な方法だったのである。
(次世代型が無理でも、魚人族に対してはこの提案が世界の利となることを示すことが1番有効な手段であることに変わりはない。次世代型に頼れないとなると何らか別の方法でそれを提示する必要が出てくるか)
言葉を止めて思案にふけっているメルフィーナを見てアリシアが顔を曇らせ言葉をこぼす。
「メル姉さまのお力になれなくて、アリシアしょんぼり……」
「いえ、もともと完成は流石に厳しいと思っていました。ですが、未完成のままでも次世代型を使ったシミュレートは今後のプロジェクトにおいて必ずまた必要になるはずです。そのためにアリシアをプロジェクトに呼んだのですから、しっかりサポートしてもらいますよ」
「良かったー。アリシアちゃんとお手伝いできるから!」
「よろしく頼みましたよ」
それからメルフィーナは立ったまま、また考えに耽った。
(天使族と悪魔族に対するアプローチ方法も考えておく必要があるけれど、悪魔族は何を考えているのか不明なところが多すぎるから探りを入れつつ最後に回すつもりで動いた方が良いか。天使族には実際に彼らの力を人間族が大きく上回ることを示すのが早いと思うのだけれど、正直これは私も半信半疑なところがある。アリシアの次世代型シミュレーターを疑うわけではないのだけれど、今の人間族の印象とどうしても結びつかない。次世代型のシミュレーション結果と現状の人間族の技術を照らし合わせて、それらが結び付くことを示すことができれば、納得させられる材料になるかもしれない)
考えがまとまったメルフィーナは意見のすり合わせをするために再びアリシアに声を掛けた。
「……アリシア、各種族に対して賛成票を得るための方針が固まりましたので話をさせてください。それで、何か気になることや分からないことがあったら随時言ってください」
「はーい」
「現状、妖精族は賛成で間違いないと考えてよいです。他に前回の連合会議の場で賛成した種族が他に1種族いますが、どの種族かは不明ですし、次も賛成に入れる保障もありません。ですので、現状は他の3種族は全て反対のつもりで、賛成票を得るための計画を練る必要があります」
「エルフさんはどうして賛成なの?」
「人間族の使う電気という技術を嫌っているためです。電気は簡単に言えば自然の力を雷の力に変換し、その雷の力をさらに別の力に変えて利用するもの、と言ったところでしょうか? 自然の力の化身である妖精からすれば、その存在を脅かすものになるという考えなのでしょう」
首を右に左に傾げるアリシア。
「そんなのアリシアが住んでる時にあったかなー?」
「人間の成長の速さは私達の比ではありません。アリシアが人間の世界を離れてからこれまでに、新しい技術がいくつも開発されていても不思議ではないのです」
「そういえば人間の国に住んでた頃、遊んでた友達がどんどん大きくなって行ったの覚えてる。アリシアはずっと小さいままなのはなんでなんだろう? って思ってた」
エルフの寿命は千数百年で、人間のおよそ20倍。成長の早さは寿命と反比例するように人間の方が20倍程度早いと云われていた。
「そういう事です。次に各種族へのアプローチ方法ですが、魚人族には人間族が世界の脅威となる確かな証拠を、天使族には人間族が彼らを超える力を手にする証拠をそれぞれ提示する方針です。悪魔族は現状、アプローチ方法を固められるだけの材料がないので、最後に対処する前提で情報収集をしつつ方針を固めていきます」
「アリシアは他の種族のことはそんなに詳しくないから、そこはメル姉さまにお任せするよ」
「何か他に気になったことや聞いておきたいことはありますか?」
「うーん……今は大丈夫。なんか思いついたら後ででもいい?」
「分かりました。では、ひとまずこの方針で進めましょう。これで方針も固まりましたし、次のプロジェクトEの会合の時期も近いので明日からはそちらの準備に専念します」
「はーい」
そして、会合へ出発する日の朝になって、ようやくメルフィーナとアリシアは会合の準備を終えた。2人は女王に出立の挨拶をして、慌ただしく会合の場へ出立したのだった。