人滅5:エルフの女王
連合会議後の宴会を無難に終えてエルフの国へと帰ってきたメルフィーナは結果報告のため、女王であり母であるヒステリアに謁見していた。
「―――以上が今回の連合会議の結果となります」
「ご苦労だったわね、メルフィーナ。それで、例の件はどうなったのかしら?」
「はい、陛下にはこの指輪を付けていただきたく存じます」
「……そう。つまりはそういうことね」
ヒステリアは人払いをしてから誓約の指輪をはめ、プロジェクトEについて問いただした。
「メルフィーナ、事前に聞いていた話では『議案が可決される可能性は1割以下で、世界にとっては可決されない方が望ましい。しかし、可決されてしまった場合は確実に成功させなければならない』ということだったわよね?」
「はい、ですが今回は悪い方に転んでしまいました。私の読みが甘かったと言わざるを得ません」
「全てを読み切るなんて誰にも不可能よ。『人間族がかつての巨人族のような世界の脅威となる可能性がある』というのを主要種族連合に知らせる必要があったから実行したこと。他の方法じゃ鼻で笑われて終わりだったでしょうけど、エクスターミネーションなんてものを持ち出せば真剣に考えざるを得ないでしょう」
「はい、そして提示した情報だけで賛成する可能性が高いのは妖精族だけで、他の種族が賛成する確率は極めて低いと考えておりました」
「だけど、何れかの種族が賛成に回ったことで可決されてしまった、と……」
(そう、本来なら今回は人間族の脅威を知らせて、警戒を強めてもらうだけのはずだった。だけど、審議が開始されればそうもいかなくなる。いくら対策しても情報は漏れ、大戦の火種は撒かれてしまう。まだ人間族だけで世界を滅ぼすほどの力はないとは思うけれど、他の種族と手を組むことがあればどうなるかは分からない、というところまですでに来ている可能性は高い。何としても今回の審議で可決まで持っていかなくては……)
メルフィーナが険しい表情を浮かべて思案していることに気付いたヒステリアは玉座を離れ、彼女の肩にそっと手を置いて語りかけた。
「可愛いメルフィーナ、そんなに思いつめた顔をしないで。あなたは昔から何でも独りで抱え込む悪い癖があるわ」
「母上……ご心配をおかけして申し訳ありません。もう大丈夫です。続けてください」
「……分かったわ。だけどメルフィーナ、私はいつでもあなたの味方だってことを忘れないで」
ヒステリアは名残惜しそうに彼女から離れ、玉座に戻って話を続けた。
「話を戻しましょう。妖精族以外で、どの種族が賛成したか検討はついているかしら?」
「確実なことは言えませんが、悪魔族は1番確率が低いかと存じます。彼らは欲望を糧とする種族。人間を最も必要としている種族です」
「となると天使族か、魚人族ね。どちらも会議の出席者は軍人だったわよね?」
「はい、天使族代表のオッポネンは最高司令官、魚人族代表のブレットは大将軍の地位にあります。何れもそれぞれの国の軍事部門のトップです。彼らは巨人族殲滅の際には軍を直接指揮していたと聞きます。特にブレットはその件で心を痛めていた様子で、今回の件が提案された時には激しい拒否反応を見せました」
「なるほど。すると、賛成した可能性が一番高いのは天使族ね」
(陛下の言う通り天使族の可能性が高いのは事実だけど動機が見当たらない。悪魔族は人間族が滅亡すると困るのは確かなはずだけど、最も狡猾と云われる種族。何か考えがあってアマンダが賛成票を投じた可能性もある。ブレットの反応が全て演技だったとは思えないけど、魚人族の可能性も捨てるべきじゃない)
メルフィーナは考えを巡らせてから慎重に回答を続けた。
「私も同意見です。ですが、天使族だと言い切れる確証まではありません。我々が認識できていないだけで、他の種族にも妖精族のように、どうしても人間族と相容れない何かがある、という可能性もあります」
「妖精族が相容れないものっていうのは、少し前から人間族が使いだしたっていう『電気』のことよね? 自然を愛する彼らが、その力を強制的に雷の力に変換して利用する技術に反発するのは分からなくもないわ。これと同じ様に他種族の怒りを買うことを人間族がやっている可能性は大いにあるわね」
「はい、人間族が現在持っている技術の中に他種族の反感を買うようなものがないか、調査する価値はあると思います」
「そうね。何かわかったら報告してちょうだい」
「かしこまりました」
この世界に人間族の技術について詳しく知っている者は少ない。肉体的な強さも、魔力などの神秘の力も持たない、ただ数が多いだけの種族と侮られているからだ。実際、世界シミュレーターの予測によって人間族の脅威を知るまで、メルフィーナも同程度の認識しか持っていなかった。
妖精族は自然の変化に敏感だったため人間族が電気を利用していることにいち早く気付いていたようだが、国の外での出来事なので直接的な干渉ができずにいた。メルフィーナはプロジェクトEの事前調査で電気の存在と、それが原因で人間族と妖精族が水面下で揉めていたことを知ったのだった。
「メルフィーナ、私の方から聞いておきたいことはあと1つよ。補佐官には誰を選ぶつもりなの?」
「はい、補佐官にはアリシアを選任したいと考えています」
「アリシア……彼女の頭脳が天才的なことは認めるけれど、今回の件を任せるのは酷なんじゃないかしら。彼女は人間族とのハーフ。すでに亡くなっているとは言え、彼女の父親は人間なのよ」
異なる種族が恋に落ち、つがいになることは珍しくないが、異種族間で子供ができることは通常はない。だからこそ、各種族は種族毎に国を作っているのだ。しかし、ごく稀に例外が発生する。アリシアはその例外の1つ、エルフ族の女と人間族の男の間に生まれた子供だった。
「彼女が人間族の血を引いていることは承知しております。しかし、プロジェクトEのきっかけとなった次世代型世界シミュレーターの開発者である彼女の力は、プロジェクトを成功に導くためには必要不可欠と考えています」
「まあ、この件はあなたに任せるって決めてるから、あなたがそう決めたのであれば反対はしないわ。それから最後に、必要なら私のことも遠慮せずに利用すること。これは王としての命令よ」
「仰せの通りに」