人滅4:誓約の指輪
メルフィーナは持ってきた『もう1つの提案』のための資料を魔法で投影して、全員にその説明をした。資料には次のような内容が記されていた。
1:人間族のエクスターミネーションに関する審議は今後プロジェクトEと呼称すること
2:プロジェクトEに関する一切の情報を審議員5名と協力者10名以外の者に漏らさず、また故意に漏らすような行いをしないこと
3:審議員は1ヶ月以内に2名の協力者(種族長と補佐官)を選定すること
4:審議員は1ヶ月後にこの場に再度集まり、選定した協力者を他の審議員に知らせること
5:審議員または協力者に欠員が発生した場合は1ヶ月以内に代替の人員を補充し、他の審議員に知らせること
6:審議員と協力者は以上の内容が記された誓約の指輪を身に着けること
7:誓約の指輪の効力はプロジェクトEの審議が完了するまでとする
オッポネンが手を上げて質問する。
「その『誓約の指輪』というのは?」
「エルフの魔法具です。刻まれた内容に反する行為ができないように、身に着けた者を縛ります」
「なるほど。今回のようなケースで情報漏洩を防ぐには有効な手段だな。しかし、長にこれをはめていただくのはいささか苦労しそうだ」
「他に質問がある方は?―――特になさそうですので議長、投票の開始をお願いいたします」
オッポネンの進行で投票は滞りなく進み、議案は全会一致で可決された。投票結果が表示されると、からかうようにジュリオがブレットに絡んだ。
「あれれ~? 今度は反対しないの?」
「うるせぇぞ羽虫野郎! これを反対して何の意味があるんだ?」
「羽虫なんて口が悪いなぁ。でも魚人族が最も判断力に優れた種族ってのは伊達じゃないんだね」
「けっ!」
アマンダは席を立ってメルフィーナに声をかけた。
「この議案、まるでエクスターミネーション……いえ、プロジェクトEの件が通ることは分かってたような用意周到さね」
「もちろん、否決されると思って議案を提出したりはしませんよ」
「あら、でも最初にリスクを抑えることにこだわって最小限の情報しか出せないとか言ってたのはあなただったわよね? 議案の内容から考えて、すでに誓約の人数分の指輪を用意してあるんでしょう? 事前にそれだけのものを用意するなんて、ずいぶんリスクが高いように思うのだけれど」
「最小限の情報でプロジェクトEの議案が通って、次のステップへもスムーズに進めることができた。私にとっては最高の結果です。リスクを負う価値はありました」
「……まあいいわ。さっさと誓約の指輪を渡しなさいな。宴会の時間がなくなっちゃうわ」
メルフィーナが全員に3つずつ誓約の指輪を渡し、その1つを各人が身に着けたことを確認して、今回の会議でのプロジェクトEに関する活動は終わった。その後、オッポネンが他に議題がないことを確認して連合会議は幕を閉じたのだった。
連合会議閉幕から少しの時間が過ぎた後、メルフィーナとジュリオはいつものように2人で馬車に乗って宴会場まで移動していた。
「この指輪、面白いねー。体のサイズが全然違う僕がどうやって身に着けるんだろうと思ってたけど、指のサイズにピッタリ合うように小っちゃくなるんだもん」
「魔法具ですからね。誓約に従うことに同意すれば指に勝手にはまるようにできているんです」
「魔法ってすごいなー」
「私たちから見たら妖精の自然を操る力の方が驚異的ですよ」
「そうかな? そう言われるとちょっとうれしいかも。それにしてもメルフィーナ、君にはいつも驚かされるよ。予定されてた議案の審査が全部終わって、みんな後は宴会を楽しむだけって思ってたタイミングで、突然あんな議案をぶっこんで来るんだから」
「『宴会を楽しむだけ』なんて思ってたのは、あなたとブレットくらいですよ。みんな宴会でも外交やらなんやらで忙しいんですから」
「ふーん、そうなんだ。ところでさ、プロジェクトEの議案についてちょっとだけ聞いてもいいかな?」
ジュリオの雰囲気が少し変わったことを察し、メルフィーナは少し時間をおいて、身構えてから返事をした。
「……答えられることでしたら」
「じゃあ1つだけ。どうして議案を提出した君自身が反対票を入れたんだい?」
自分が反対票を投じたと断定するようなジュリオの発言にメルフィーナは少し動揺していた。誰かに悟られる可能性があったことは承知していたが、それがジュリオであったこと、そして、こうまではっきりと自分に向かってそれを聞いてくることまでは予期していなかったのだ。
(私が反対票を入れたことを確信してはいるようだけど、証拠があるわけでもない。ここは受け流すのが最善か)
メルフィーナはなるべく平静を装ってジュリオの質問に答えた。
「ジュリオ、その質問は賛否を明らかにしない連合会議の原則に反しています。私が答えられないと分かっていて悪戯しているんでしょう?」
「……ふーん、なるほどね。そういうことにしておこうかな。ところで、今日の宴会は天使族の持ち回りだったよね? あいつらの国の肉料理は美味いんだよなー」
宴会の話をしだしたジュリオはいつもの無邪気な様子に戻っていたが、彼の底知れなさを再確認したメルフィーナはより一層、彼を強く意識せざるを得なかった。