人滅10:アリシアとカルラ
会合の後、宴会の席に場を移した面々はエルフ国の料理と美酒に舌鼓を打ちながら交友を深めていた。ただ1人、人間族の娘カルラを除いて。
賑わいを避けるように1人で酒をちびちびと飲んでいたカルラに話しかけたのはアリシアだった。次世代型シミュレーターの件などでひっきりなしに声を掛けられて、逃げるように人の少ない方へ来たところでアリシアは偶然1人でいるカルラを見つけて声を掛けたのだった。
「あの……こんばんは!」
「こんばんは、アリシアちゃんだっけ?」
「はい、アリシア、です。カルラさん、でしたか?」
「そうよ。アリシアちゃん、慣れてないなら敬語で話さなくていいのよ。それに見た目は私の方が年上に見えるけど、エルフの寿命から考えるとあなたの方が年上なんでしょう? それともハーフエルフは人間に近い寿命なのかしら?」
「私まだ100歳とちょっとだよ」
「それ、人間ならみんなとっくに寿命だから」
何かを思い出すように首を傾げるアリシア。そのまま数秒が経過してから彼女はカルラに応えた。
「そう言えば昔、人間の街で暮らしてた時はアリシアはずっと子供のままだったのに、他の人達はどんどん大きくなってた」
「そういうこと。あなた、すごく頭いいのにそういうところは子供なのね」
「体はほとんどはエルフなんだけど人間のスピードで頭の一部だけが成長してるんだって。だから魔法具の研究がすっごく得意なの」
「それが本当なら、あなたが生きている間に数千年先までエルフ国は魔法具の技術水準を上げることが可能かもしれないわね」
「アリシアはおもちゃ作って遊んでるだけのつもりなんだけどなー。そう言えばカルラさんは向こうのみんなとはお話しなくていいの?」
カルラは困ったようにアリシアから少し目線を逸らして返答した。
「私は……ほら、人間族だから……プロジェクトEがどんなものかは知ってるでしょ? 腫れ物に触るのをみんな避けているのよ。それに主要種族とそうでない種族の間には見えない深い溝があるの。主要種族は対等に扱うと言っているけれど、今回のように一方的に種の根絶を決められる権限を持った相手を対等になんてとてもじゃないけど見れない」
「私の作ったおもちゃだと人間は悪いことすることになってるけど、カルラさんとお話した感じだとそんな風には見えないなー」
「おもちゃで滅亡を決められた私達は本当にたまったもんじゃないわ」
「えっと……ごめんなさい……」
カルラは片膝をついて、うつむくアリシアの肩に優しく手を置き目線を合わせて応えた。
「こっちこそごめんなさい。別に責めるつもりじゃなかったの。あなたのそのおもちゃがどういう仕組みで人間族が世界に害をなす存在になる、って結論を導き出したかは知らないけれど、そういう未来を描かせる何かが今の私達にあるってことなのよね? だとしたら、あなたがこの会議に参加してくれたことは私達人間族にとってはそれを覆すチャンスになるかもしれない」
「アリシア、メル姉さまのお手伝いがあるからそんなに時間作れないかもだけど、カルラさんが何かやって欲しいことがあるならちゃんと聞くよ? だから、これ持っておいて」
そう言うと、アリシアは小さな貝殻のようなものをカルラに手渡した。
「これは?」
「それは私が作った魔法具で、どんなところにいても同じ貝殻を持った相手とお話しができるの。メル姉さまともっとお話ししようと思って作ってたんだけど、しばらくは一緒にいられるみたいだからあげる。お話したいことがあるときは軽く振ってから貝殻を耳に当ててね」
「それはすごいな。人間族も遠距離通信の技術は持っているけれど、まだ持ち運びができるようなものじゃない。これはありがたくいただくておこう。どうやら宴もそろそろ終わりみたいだし私はこれで失礼するよ。今日は君と話せてよかった。また会えるのを楽しみにしているよ」
「はーい。じゃあ、またねー」
ほどなくして主催のメルフィーナの挨拶を最後に宴会は幕を閉じた。
宴会の会場を後にしたメルフィーナとアリシアは宿泊場所へ向かう馬車に乗っていた。馬車の中でメルフィーナは会合での現状を整理するために思案していた。
(賛成はエルフ族と妖精族の2種族だけだった。予想はしていたけれど、どこかの種族が1ヶ月前から意見を変えたか、あるいは1ヶ月前の賛成が何らかの思惑によるものだった可能性がある。何れにせよ2ヶ月後の次の臨時会議までにもう1票、何としても賛成票を増やさなければ。そのためにまずは人間族の現状をもっと正確に知っておく必要がある)
「アリシア、近いうちに人間族の国へ視察に行きますよ」
「メル姉さまと旅行?」
「プロジェクトEの件の情報収集です。ですが……そうですね、アリシアにとっては久しぶりの故郷ですし、少しくらい楽しんでも問題はないでしょう」
「やったー!」
こうして2人は人間族の国へ行くことを決めたのだった。