人滅1:人類滅亡のご提案
「人間族の滅亡を提案いたします」
主要種族連合会議の場でそう発言したのは、エルフ族を代表して会議に出席していたエルフの王女メルフィーナだった。
エルフ族は最も知性に優れると云われる種族で、メルフィーナは王女でありながらエルフ国の国立研究機関の研究員を務める才女であった。
「それは『人間族に対するエクスターミネーション実行の審議を開始してほしい』ということか?」
しばしの沈黙の後にそう答えたのは、議長である天使族の代表、オッポネンだった。
天使族は身体能力に優れる種族で義に厚いことでも知られている。オッポネンは長い顎鬚が印象的な軍人で、とりわけ強靭な肉体を誇る老練の強者であった。
メルフィーナはオッポネンの問いに、各種族の代表の反応を確かめるように全員の顔を見渡してからゆっくりと頷いた。
『エクスターミネーション』とは、先の大戦において勝者となった5種族、いわゆる主要種族にのみ許された、世界に害をなす種族を根絶するための権限である。主要種族が全軍を持って対象となった1つの種族を滅亡させるという残虐な行為。連合会議において主要種族の一つが提案し、1年におよぶ審議の後に全会一致をもって実行に移される。
これが実行されたのは過去に一度、巨人族に対してだけだった。エクスターミネーションは巨人族を滅ぼすために作られた仕組み、というのがほとんどの者の認識だっただろう。1つの種族を滅ぼすということがどれほどの軋轢を生むか、それを考えれば軽々しく提案できるようなものではない。
対象が世界を我が物にすることを画策して大戦を引き起こし、敗北の後にも争いの種を撒き続けていた巨人族だったからこそ、この仕組みは作られ、そして実行されたのだ。
「嬢ちゃん。そんな物騒なもんを提案するからには、それなりの根拠があるんだろうな?」
円卓に大げさに片足を乗せて、威嚇するようにメルフィーナを睨みつけながらこう言い放ったのは魚人族の代表、隻眼のホオジロザメの魚人、ブレットだった。
魚人族は先の大戦において獣人族を裏切って主要種族の一員となった種族で、最も判断力に優れた種族ということになっていた。ブレット個人にその判断力が備わっているかは定かではないが、主要種族側に寝返るための条件として魚人族が得た権利によって、彼らの種族が主要種族内でも大きな影響を持っていることは彼の態度からも明らかだった。
「もちろんです。こちらをご覧ください。これは我々エルフ族が開発した世界シミュレーターにおけるシミュレーションの結果です」
メルフィーナが魔法で投影した映像には世界に人間族が存在した場合と、それ以外の場合での今後百年におけるシミュレーション結果が示されていた。
「人間族が存在した場合は6割の確率で世界は滅亡。3割は滅亡までいかずとも世界が深刻なダメージを負う。残り1割は……人間以外の全種族が滅ぶ? プッ……ちょっとメルフィーナ、これ本気で言ってるの?」
溢れる笑いを必死で堪えながらそう言ったのは妖精族の代表、ジュリオだった。
妖精族は自然を愛し、自然から愛される種族で、自然の力を得ることができる場所ではその愛の大きさによって絶大な力を発揮する。ジュリオは妖精王の子息であり、見た目こそ小さな羽精とさして変わらなかったが、その実力は天地を覆すほどのものだと云われてた。
エルフの王女であるメルフィーナは幼少時から彼と親しくしていたようで、ある時にその力の片鱗を見て以来、彼のことを強く意識していた。
「私が言っているのではありません。これはシミュレーションの結果です。確実にやってくる未来なのです」
「『確実にやってくる未来』ね。確かに貴方たちのその装置は素晴らしいわ。だけど、シミュレーターで予測できるのって、せいぜい1年くらい先までだったわよね? 3年も先になれば的中率は半分以下にまで落ちたはずよ。どうして急に百年も先の話をあたかも真実のように語るのかしら?」
食ってかかるようにメルフィーナを問いただしたのは悪魔族の代表、サキュバスのアマンダだった。
悪魔族は魔力に優れた種族で、先の大戦が起こるまでは最も警戒すべき種族、と云われていた。実際に大戦を起こしたのは巨人族だったが、背後に悪魔族がいるという噂は大戦が終結するまで絶えなかった。アマンダは悪魔族の宰相で、先の大戦において当時は女官の一人に過ぎなかったにも関わらず、主要国側に付くことを魔王に進言したことで知られていた。
「シミュレーターの予測精度についてはアマンダさんのおっしゃる通りです。しかし、人間族が存在しない場合は何万回試行しても出なかった百年後の世界滅亡という結果が、存在する場合には六割もの確率で起こっている点は看過できるものではありません。人間族は百年以内に世界に害をなす存在である、これがエルフ族が出した結論です。エルフ族は連合会議に、人間族を世界から排除すべき種族と認定し、エクスターミネーションを実行するための審議を開始することを要求します」