第一話:四章
『アルターダイス』。まだ人類が神と共生していた、古時代の神秘の工芸品。
後世には、魔術や呪術と名残を見せる。他、時には宇宙の技術とも。
「創ったのは、神様と人類で……振ると、ダイスの霊魔『アルター』が出てくる……」
アルターは星を廻す、生命力の顕現者。異国の王や天賦の才に、使えて世界を動かしていた。最早、昔話だが。
現代に於いては、その想像力や空想に紐付け、より鮮明な姿を実体化する。
「“髪結い”と呼ばれるアルターは、現代では『ラプンツェル』の姿を模している……で、アルターは歴史を部分的に、改変する事が可能……」
燈は“歴史の改変”と、“リセット可能!”に赤丸を付けた。
また、ダイスには幾らかの種類がある。その他、特別な効力を秘めた、『カード』の存在も重要である。
「ここの説明は、また次回……っと」
そして最後に、燈の胸を最もときめかせた要素――ダイスロールによる、力の瞬間的解放である。
「出目の数で、僅かな間だけパワーアップ……つまり、必殺技っ……!」
「何をしているんですか、燈さん」
数冊の書籍を両手に抱え、ラプンツェルが戻って来た。
塔の窓から降りる日射しが、二人の少女を優しく照らすと、それはさながら上流階級、午後の会合と見違える程。
つまりは学生服の燈でも、塔とテーブルセットの様相、そしてラプンツェルに交われば、英国雑誌のピンナップとなる。
「ん、これ? 勿論、この前と、さっきしてくれた説明を、忘れない内にまとめてね」
生徒手帳への書き込みを、燈は開示して見せた。事細かく三色を用い、彼女の努力が窺える。
「私だって、勉強はするんだから」
「はぁ。ですが燈さん、今ここにいる藤咲燈は、所謂概念態なので……現実に戻れば、真っ白ですよ」
「……先に言ってよぉっ!」
「勤勉家とは知りませんでした。それより燈さん、周囲をご覧なさい」
言われて辺りを見回すと、空いた空間の端々に、設置された本棚が見えた。ラプンツェルは更に促し、燈を下階の見える位置、階段手摺りの前へと連れ立つ。
そこから見下ろす景色ときたら、まさしく映画の世界観。階段は螺旋と下界へ続き、円柱型の壁には書物が、隙間無く気品を持って並ぶ。
それらはまるで――。
「魔法学校だ……」
「はい?」
「魔法学校の図書室みたい! ほら、めちゃくちゃ有名なやつ。他にも近い題材の漫画とか、アニメとか……知らない?」
「……勉強しておきます。それより行きますよ、燈さん。私の塔を案内しましょう」
ラプンツェルは小刻みに、それでいて妙な速足で、カレッジ風味の黒いエナメルを、交互に繰り出して歩いた。
「ところでさ、こんな階段あったっけ? それに、本棚も」
段差を幾重と降りながら、燈はラプンツェルの背中へ問うた。
「いいえ。これらが増設されたのは、今しがたの出来事です。正式に、燈さんが私のダイスを振ったので、空間が解放されたんですよ」
「へぇ、そういうものなんだ。そういえば、改めてこのサイコロは、私が持ってていいんだよね?」
「ええ、勿論」
「やった。これ、デザインすごく素敵だよね。この螺旋階段の手摺りみたいに、曲線が……ほら、この空いたスペースの、何て言ったっけ、金の〜、伸ばし棒的なやつ」
「アールヌーヴォー」
「そうそう、アールヌー棒ね、アールヌー棒」
「……燈さん、あなたは実に、愉快ですねぇ」
実に他愛無い台詞の応酬、しかし時間も、時には疲れも忘れるようで。気付けば塔の最底辺、大理石の広間へと到着していた。
「それでは、解説します。塔は全高五十メートル、そして一階のここはエントランスホール。塔に入り口はありませんが、その様な位置付けとなっています。次に、二階から八階まで、書庫。以上です」
「……以上?」
いや、もっと絶対、あるでしょう!
「後は……人型に変形も出来ます」
「いやそういう冗談いいから……じゃあこっちから訊くけど、幾つかあった階段の踊り場から通路が伸びてて、その先に扉があったのは?」
「現在のところ、空室です。目障りになる様でしたら、削除も出来ますが」
「いや、そこまでは……」
「後は我々の面接した、リラクゼーションスペースですね。尤も、今は必要最低限の物しかありませんが。それでは、燈さん――」
田園風景の様な穏やかに、殺伐とする空気が生まれた。
「唐突な様ですが、これから我々が成すべき事を、ここで精査しておきましょう」
いつの間に用意したのだろうか、先程とよく似たテーブル類が、燈の背後にセットされていた。
そこで改めて対面すると、燈の顔に緊張が走る。
「我々の目的は合致しています。あの悪魔の様なアルターを、確実に始末する事です。御影榧さんもそうすれば、元の生活に戻れるでしょう」
「御影さん……」
酷く醜い断片に、燈は記憶で対面を果たす。同時に、額へ油汗が滲み出し、右手で口を押さえ込んだ。
「燈さん、大丈夫ですか?」
「ん、うん……ごめん、グロいのあんま得意じゃなくて。昨日の夜も思い出して、ちょっと、戻しちゃった……」
「貴女が謝る必要はありませんよ。では単刀直入に。我々の捜す相手は一人、あのアルターのダイスの所有者です」
「アルター自身じゃなくて?」
「はい。寧ろ今回、アルターには出会さない方がいい。何故なら私はあのアルターと、無作で戦っても勝てません」
「え、そんな事、ないよね? だってすごい強かったじゃん」
橋の上での戦闘を引き合いに、燈はラプンツェルへ訴える。
「あれは相手が弱かった、ただそれだけの話です。私の戦闘に於ける力など、アルターの中では下の上、でしょうね」
「下の、上……」
「……松竹梅の、梅です」
「いや大丈夫、伝わってるから。でも、私が襲われたって事は、その所有者はもう――」
「気付いていますね、燈さんに。さて、ここで疑問が二つ」
愛らしい指を二本立て、ラプンツェルは燈へ示した。
「何故、犯人は燈さんに気が付いたのか。そしてそのアルターは、どうして先触れを遣わせただけで、自らは姿を現さなかったのか。さて、どう思いますか?」
「え、私? ……偶然と、あと、私を消すのに、そんなに力は必要無いから?」
「ええ、その可能性もありますね。ところで燈さん、今日学校で、あなたは限られた数名の女子生徒に『御影榧』の事を訊ねましたね?」
「それは、うん。でもみんな知らないって――」
燈は思わず眉根を寄せて、ラプンツェルの微笑を見た。
「桐山千春、社葵、宮皐月、藍原菘。ほら燈さん、まずは四名に絞られましたね。そう、御影榧は大多数の中から一人だけ、殺害された。これは大きなヒントです。また、その動機ですが――」
「私、知ってるかも」
精神的なショックは大きい。でも、それ以上の希望を湛えて。
「動機、心当たりがあるの。だから明日、私と一緒に確認して!」
「ええ、その為の“髪結い”ですよ」
ラプンツェルはゆっくりと、それでいてしっかりと、右手を燈へ差し出した。
「……ありがとう」
瓜二つの右手と右手が、確かに今、固く結ばれた。
涙腺に少し込み上げたものを、誤魔化し燈はふと気付く。
このアルター“髪結い”は、髪を変幻自在に手繰り、巨大な鋏も扱える。
けれど最大の武器はきっと、研ぎ澄まされた智慧なのだ。