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アルターダイス  作者: リム
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第一話:十一章

「大怪獣だ」

 目を見開いた燈の言葉。その一言で、十分だろう。

 怪物はガーゴイルを内包し、黄昏時に佇んでいた。まだ活動はしていないものの、恐らく時間の問題だろう。

 逃げ惑う一般市民を尻目に、燈と結衣は並び立ち、ただ漠然と怪物を見ていた。

「結衣、ほら見て。ジャパニーズ・サブカルチャー、怪獣。日本って、やっぱり怪獣大国なんだね」

「燈さん」

「ゴジラ、知ってる? 白黒のゴジラ、小さい頃観て怖かったなぁ。でも昔から、蛍はヒーローの玩具が好きで、私は怪獣が好きだったなぁ。懐かしいなぁ」

「燈さん、現実逃避してますよ。気を確かに持って下さい」

「……いや無理でしょ、無理。どうするのアレ! 怪獣じゃん、本物の大怪獣じゃん!」

「ええ、怪獣。日本ではその呼び方が、専ら通っているようですねぇ。目測で、全長五十メートル程度でしょうか」

「冷静過ぎるよ結衣……うん、終わった、何もかも。御影さんを取り戻す前に、私達がぺしゃんこだよ……」

「かつてアルターは星を廻し、世界を動かしてきました。そのような大業を行っていると、時には一国を滅ぼす、そんな抗争も存在しました」

「じゃあ、日本全滅……」

「いいえ、そうはなりません。では行きましょう、燈さん」

「え?」

「斯く言う私もアルターです。実は私――此方の方が得意なんですよ」

 結衣が軽妙に指を鳴らすと、校庭全体に光が走った。それは宛ら魔法陣のよう、幻想的な模様を描く。

 すると、光の陣に変化が。

 白亜の発色、巨大な様相。校庭へ刻んだ陣から喚ばれ、そこに高々と顕現したのは――他でもない、『ラプンツェル』の塔であった。

「戦闘用に切り替えます。燈さん、風圧に注意して下さい」

 塔の下から上目掛け、複雑な光のラインが駆ける。するとどうだ、白亜の外壁が開き、みるみる内に塔が形態を変えて動くではないか。強い温風と稼働の圧に、思わず燈も身体を庇う。

 そしてものの数秒で、塔は塔である事を辞めた。

 そこには塔に成り代わり、黒い長髪を靡かせた白亜の西洋甲冑が、()()()を待っているのであった。

「燈さん、口が開きっぱなしですよ」

「へ? あ、ゴメン、ちょっとついていけなくて」

「おや、そうでしたか。人型に変形しますと、予め説明はしておきましたが」

「……あれ、冗談じゃなかったの!?」

本気ガチでした。さぁ急ぎましょう燈さん! これで、敵を叩きます」


 甲冑内部へ乗り込むと、景観の一部は変化していた。

 現在、燈が立っているのは、上層のリクライニングスペース。但し、大きな窓は全て閉じてあり、下階への階段も撤去されている。外界を飾る景色も勿論、住み馴れた都内の宵闇だ。

 その代わり、新設された足場もあった。最も大きな窓へ向かって短い階段が伸びており、その先に円形のステージが。操作基盤と思しき機材や、小型モニターも据えられている。要するに、大窓を甲冑の視界と立てた、コックピットという訳だ。

「なんか、すごく緊張してきた……」

「燈さん、すみませんが、これを」

 設備へ目移りしていた燈へ、結衣がカードを差し出した。

「“エナジー”のカードです。私のダイスに使って下さい、ここまでの消耗を補填します」

 髪結いのダイスへカードを翳し、使用の意思を強く念じた。するとカードが発光し、絵柄が消えて白紙となった。ただし光は伝染し、ダイスに力を取り戻させた。

「ふぅ……ばっちりです、燈さん。激しい運動の後ともなれば、五臓六腑に沁み渡りますねぇ」

「そういうものなの? あっ、あれ!」

 甲冑の眼となる大窓の向こう、巨大な悪魔の傑作が、両翼を広げ吠え猛る。その眼は爛々と輝き、戦いの意思を滾らせていた。

「燈さん、衝撃に備えて下さい」

 結衣が円形の舞台へ上がると、巨大な悪魔は唸りを上げて、低く滑空し突撃して来た。しかし結衣は手慣れた様子で、機材の前で手を動かすと、巨人とも呼べる甲冑の腕が、迫る両腕を受け止めた。地震とも似た震動に、燈は階段の手摺りへしがみつく。

「近接戦、いいでしょう!」

 結衣が新たに指示を出す。

 塔だった物が勢いで後退し、校舎が瓦礫の山と化す。が、甲冑は腕に力を込めると、相手を強く押し返した。更に甲冑の髪が靡くと、そこから結衣(本人)同様に、巨大な鋏を取り出した。素早い動きで三撃を、敵の装甲へ刻み込む。

 巨大な悪魔が、僅かに怯んだ。しかし負けじと巨体を捻ると、尻尾で甲冑の脇腹を打ち、姿勢を大きく崩させた。

「中々やります。ねぇ燈さん!」

「ごめん私今それどころじゃないぃ!」

 揺れと恐怖で半泣きのまま、燈は圧し折る勢いで、階段の手摺りに組みついていた。

 だって、手放したらこれ死ぬもん。

 と、悪魔の頭突きが甲冑頭部へ。直撃を受け、激しく揺れる。

「いぃやぁあああああああ!? もうダメ死んじゃうぅ! 早く倒せないの結衣ぃい!?」

「ふむ……やってみましょう」

 悪魔の拳を回避して、甲冑は腹部へ蹴りを加えた。すかさず、得物の鋏を中央分割。宛ら宮本武蔵二刀流、手数で相手を翻弄す。

 悪魔が巨翼でそれを阻んだ。しかし甲冑の突き出した刃は、鋭利に羽を貫いた。ただし、五体まで届かない。続けて左太刀を突くと、悪魔は右の翼で守った。

 だがしかし、押している。

 両翼を刃が貫いたまま、巨大な悪魔は錐揉みし、大きく後方へ飛び跳ねる。すると甲冑が長髪を伸ばし、悪魔の首へと巻き付けた。解くか解かれるか意思は違えど、巨大な甲冑と悪魔は、髪を捕り綱を引き合った。

「硬直状態のまま、髪で相手を精査します。構造上の差異はあれ、必ず動力部があります。そこを破壊し、お終いにしましょう」

「う、うん、頑張って結衣! 何も出来ないけど、応援して――」

 バリン! と硝子の砕け散る、大きな音に鼓膜が震えた。

 咄嗟に燈が音源を見る。するとどうだ、甲冑の視界とは違う、別の窓を突き破り、小型の悪魔の彫刻が転がり込んで来たではないか。

 その数、三体。コックピットか動力源か、主要な箇所を探っていたのは、相手も同じだったらしい。

「私とした事が――燈さん!」

「あっ……あ……――」

 生まれて始めて、燈は腰が抜けてしまった。いや、既にそうだったのだろう。だが、それはどちらだっていい。

 逃げる力が、脚に入らない――!

 燈は逃げる事を放棄し、本能的にポケットを探った。そして黄緑色のダイスを、目の前へ弱々しく振った。が、ダイスは反応を示さない。校舎のプールで敵を討ち、消えてからまだ時間が浅い。燃費の悪さが、ここで祟った。

 つまりもう、打つ手が無い。

「私、詰んだ……」

 同じ言葉を似た状況で、ポツリと呟いた気がした。

 奇声を上げて三体の悪魔が、宙から燈へ降下して来る。瞳に映ったその光景は、正しく終焉そのものだった。

「ごめん、結衣――」

 しかし、天来は訪れた。

 燈の瞳に映った彫刻、その全てに向けて忽然と、黒い何かが直撃したのだ。悪魔の横から放たれたそれは、水弾の如き飛沫しぶきと共に、彫刻を暗く染め上げた。それから三体はフラフラと、まるで重石でも付いたかのよう、建物の下階へ墜ち消えた。

「“黒”はね、重いんだ。だから注意しなくちゃいけない」

 どこか大人しく丁寧な、しかして生意気そうな口調。

 そう、そこに現れたのは――

「グレイ君!」

 肖像、ドリアン・グレイであった。

 その手のパレットと絵筆には、深い黒が乗っている。

「やっぱり持ち主(オーナー)不在の今は、一色だけが限界か……。さて、もう上がって来れないよ、黒で染めてやったからね。それよりキミ、キミだよ燈。何だよその『グレイ君』って」

「あ、ゴメン、思わず。いやそんな事より、どうしてここに!? って言うか、どこ行ってたの!?」

「特に行く宛も無いから、力が回復するまでの間、塔の一室を間借りしてたんだ。此処へは物見高に来た。そしたら何だ、随分と盛り上がってるじゃないか。思わず絵筆が乗るぐらいにね」

 グレイの薄い笑みを見て、燈の顔に安堵が灯る。

「ありがとう、グレイ君……」

「フフッ、間借り賃金はチャラかな。ところで、ここまで追い詰められておきながら、どうしてボクのダイスを振らない。忘れた訳じゃ――いやもういい、その眼で解った」

燈の遠くに泳いだ視線を、グレイは賢しく見逃さなかった。

「ゴメンナサイ……」

「全くキミは、いい加減にしろよ。それじゃ、ボクのダイスを返せ」

「それもゴメン、自分の部屋に置いて来ちゃった……」

「……せめて持ってろよ」

「お取り込み中すみませんが、燈さんをお借りします」

 結衣は黒髪で燈を掴むと、ステージ上まで連れ出した。いつの間に用意したのだろうか、そこには機材だけじゃなく、ラウンドテーブルまであった。

「解析の結果が出ました。動力源は人間と同じ、心臓部です。丁度、斬撃の傷痕もあります。狙い目と言って良いでしょう。これから、とっておきの一撃で狙撃します」

「狙撃……じゃあ、銃とかビームで狙うって事?」

「いえ、残念ながら非搭載です。私が直接弾となり、敵の動力を破壊します」

「えっ、結衣が――」

 不安が再び立ち込めて、燈の顔に陰りが見えた。

「ねぇ燈さん、例え二メートルの成人でさえ、心臓に弾丸を撃ち込まれたら、それで全てはお終いです。既に髪を引き合った姿勢で、自動操縦に切り替えました。さぁ、私に最高の力を――今こそ、ダイスを振る時です」

 燈は“髪結い”のダイスを取ると、しかし投げる事も無く、静かにじっとそれを見つめた。それから不安を湛えたままに、結衣の双眸を瞳へ宿す。

「帰って来てね、絶対に」

「ええ、その時は勝利と一緒に。この私が約束しましょう」

「……うん!」

 燈は右手に、ダイスを構えた。

「……あのさ、“一”とか出たら、マズいよね……?」

「ダイスの効果は様々です。一概に、大きなマス目が最適解とは限りません。が、今回は最も派手なもの――“六”がベストと言えるでしょうねぇ」

「そ、そうだよね……」

 一種異様の緊張に、燈は願わずにはいられない。

 嗚呼、神様! 幸運を!

「お願いっ……!」

 落とした白亜の賽子は、テーブル上へと転がった。一瞬、燈は世界の終わりと、錯覚する程張り詰めた。

 そうして、結果は――

「燈さん、やはり貴女は――最高です」

 “六”の面が、天を仰いだ。

 刹那、結衣の黒髪が一気に躍動。天使と見紛う大きな翼を、しかして艶めく漆黒の羽を、六枚背中へ携えた。それを広げた雄々しき姿に、燈は凛と頷いた。

「結衣」

「ええ……どうやら我々は、全く同じ考えを持っているようですねぇ」

「うん、そうみたい」

 甲冑の視界となる窓が、全面的に開け放たれた。強い風が吹き込むが、結衣は的を捉えている。

 一歩、結衣が跳躍し、外の世界へと飛び出した。六枚翼で滑空し、心臓部までの動線へ入ると、翼は捻れて身体を包み、一つの等身大の錐――即ちドリルを形成し、標的へ向けて射出された。回転を加え突っ切る様は、正に“必殺”の一撃。

 舞台上から見守る燈と、傍らへグレイがやって来た。

「あの一撃は防げない。いよいよあいつも終わりだな」

 グレイが言ったその直後、再び破壊音がした。脊髄反射で振り向く二人、その前に堂々と君臨したのは、他でも無い、ガーゴイルの姿であった。

「ッ――お前!」

「動くな、肖像。……私の尖兵さくひんを壊したのは貴方ですか? だとしたら何故です、協定を放棄したとでも?」

「放棄はしてない。ただ、ボクの下宿に賊が入った。だから斃した、それだけだ」

「なる程、相変わらず口先が回る。しかし、私自身を前にして、その言い訳は通用しない」

「…………」

 グレイは絵筆とパレットを、無言で静かに放棄した。

「それで良い。では、いよいよお別れです、藤咲燈」

「…………」

 燈もまた、無言でガーゴイルを睨む。

「あの超大な傑作は、このまま破壊されるでしょう。しかし此度の一勝は、それ程の値千金です。さようなら、藤咲燈。ここで貴女を消した事、私が憶えておきましょう――!」

 細かな破片を綻ばせ、罅割れたガーゴイルが吠える。

 だが、燈は臆しない。静かにただ、こう言い切った。

「だったら、憶えなくていい」

 傾斜角から速度を加え、悪魔の彫像が飛来する――!

「消す為に憶えるぐらいなら、私は――憶えられたくない!」

 その一瞬、燈にはそれだけあればよかった。

 右手に持った友人のダイスへ、カードを一枚差し入れた。

 瞬間的な距離移動――あの日渡された、“ポート”のカードを。

 光がダイスを照らすや否や、ガーゴイルが目にした者は、固唾を呑んだグレイの顔でも、燈の終局でもなかった。

 黒く輝く螺旋の先端、一撃必殺の反撃(カウンター)だった。

「何ッ!?」「もらった!」

 悪魔の驚愕、燈の情動、それらがぶつかり合うと同時に、結衣の攻撃が敵を捉えた。外装鎧を貫通し、腹部へ風穴を開けて尚、その勢いは止まらない。

 遂には破壊された外壁を、更に大きくぶち壊し、星が瞬きを始めた空へ、敵影と共に突き抜けて行った。

「先に小型の悪魔が入って、こっちの急所はバレていた。それに怪獣とロボットじゃ、貴方は劣勢だったから。読んでたよ、私達」

 開いた外壁の大穴から、宵闇の空を見つめる燈。

 それと思わぬ舌鋒に、驚きと関心の意味を込め、グレイは小さく吹き出すのであった。

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