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東西南北ダマシアンズ  作者: 久慈あみだ
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西の章

見て見て、うちのお風呂からは富士山だって見えるのよ、と誇らしそうにのどかが東を案内したのは、天井までのガラスに囲まれた、真っ白なタイルの浴室だった。


「無駄口はやめましょう。臓器は一分一秒がカネになります」


短く叱責する東に、はぁい、とのどかは呑気な声をあげた。

彼女が医者というのも伊達ではなかった。エプロンにニトリル手袋を身に着けて、その指先にはメスが鈍く光っている。

敷かれたブルーシートの真ん中には、ましろと悟朗、蒼白に果てた二体のボディ。

消毒液を塗りたくられた腹から胸に、躊躇なく金属の切っ先が走らされた。


「すごい! 二人ともキレイな臓器してるわぁ」


指先からぼだぼだと血を落としつつ、のどかはうっとり脾臓を見つめる。


「今回は二人分すべての臓器を売り払えば、一億にはなりますね。大切な商品ですから、傷つけないでくださいよ」


バスタブの淵から身を乗り出し、東は小さくけん制した。


「まかせて。こう見えても腕の鳴る外科医さまよ?」


「結婚だけは、できませんでしたけどね」


冗談とも取れぬ東の悪辣な言葉を、のどかはあっさり受け流した。


「結婚 OR DIE。籍入れないなら死ねばいい。『ここ』もちょん切ってやろうかしら」


その価値はありません、と真顔の東。


「東さんも食えない男。わたしが臓器売買に関与してる、って探り当てたことにもびっくりだけど」


「ましろがあなたに目をつけたとき、失礼ながら『調査』させていただきましたからね」


「ふふふ、人が悪い。ところでさっき、悟朗さんがどこかに電話して、このニセ霊能者のことを刑事って信じたみたいだけど、どんなカラクリ?」


二つの肝臓をぶら下げながら、のどかが訊く。


「答えを知ると、ガッカリしますよ。北悟朗の使っていた三人の情報屋の全員に、こっちがカネを握らせた、ってだけですから」


「なるほどね、『カネでなんでも売る人間は、より大きなカネに転ぶ』かあ」


「北のスマホを預かるチャンスが一度ありまして。サクッと情報屋を突き止めて。そこからは、まぁ、ね」


東はシニカルに唇をゆがめ、のっぺりとした声で訊いた。


「ところで、『桐山つらら』の臓器もキレイでしたか?」


「え?」


「バラしたの、のどかさんでしょ?」


一瞬の間をおいて、のどかが可笑しそうに笑う。


「やだ、なんでも知ってるんですね、東さん。ええ、わたしがバラしたの。彼女のは、ちょっと薬で肝臓が痛んでたわね。なれそめは……って言ったら言葉がおかしいかな? まあいいや、それね、たしかダークウェブのサイト」


「サイト」


「うん。自殺サイトって、いまでも臓器を手に入れるには最高なんですよ。だって死にたい若い人たちが、自分でほいほい遺体になりに来るんだから」


臓器を格納するボックスを整頓しながら、東がため息交じりに呟いた。


「のどかさんに掛かったら、自殺志願者は臓器をぶら下げた袋でしょうね」


「いやだ人聞きの悪い。そんなことより東さん、ようやく解体が終わりましたよ。今日はよく働いたから、お腹が減りました。焼肉、食べにいきません?」


「いいですね」


さてと、と血まみれのエプロンと手袋を床に落とし、うーんとのどかは伸びをした。

東は臓器ボックスを厳重に締め、晴れ晴れとした表情で、胸元の封筒を手渡した。


「ご苦労さまでした。臓器は自分が預かりますね。これ、代金」


「ありがとうございま〜す。そういえばガソリンってもう積みましたっけ? 残骸は、シートにくるんで山に運んで、二人とも燃やしちゃうのよね」


「いえ、違います」


東の声に、にっこり笑ったのどかの顔が凍りついた。

銃口。


「実は自分、本当に刑事でしてね……。日本の正義を司る身として、ニセ霊能者も、結婚詐欺師も、臓器売買も見逃すわけにはいきません。燃えるのは、『二人』ではなく『三人』です」


引き金を支える指に力が篭もり、銃声が浴室にこだました。

役目を終えた東は、ゆっくりとスマホを耳にあてた。


「あ、もしもし署長、東です。ただいま凶悪犯三人、被疑者死亡で逮捕しました」



なんてね。


から笑いを止めた東は、スマホをばきっと踏みにじった。

それから臓器ボックスの重みを肩に確かめ、一葉の紙焼き写真をいとおしげに取り出す。


「終わったよ」


その紙片には、ダイアモンドのティアラをつけて屈託なく笑う、一人の女性が写っていた。


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