秘密 【月夜譚No.82】
夜道を横切っていった狸の親子は、山の中へ消えていった。男は思わずブレーキをかけた車中から、行ってしまった彼等の姿を追うように草むらの闇をじっと見つめる。十数秒してからはっと我に返り、ハンドルを握り直した。
再び車を走らせ始めた山道は黒に沈んで、ヘッドライトの僅かな間隔しか視認できない。音も、エンジン以外には時折動物の鳴き声が微かにするだけだ。淋しい、というよりは恐怖すら感じるその道をひた走る。このまま走り続けたら、闇に飲まれて異界に辿り着きそうな気さえする。
こんな場所、頼まれたって来たくはない。それも草木も眠るという丑三つ時に。
だが、男にはここに来なくてはならない理由があった。――誰にも知られてはいけない、大きな秘密を隠す為に。
もう少し行けば、この山の中腹に到着する。そのことにほっとしつつ、男は後部座席に横たわらせた〝秘密〟にちらりと目を遣った。