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46 魔族と家族と詰問と

 翌朝、朝食を摂っているとサリーンオーリアがおずおずと俺に話しかける。

「グァース様、あの……」

「ん?」

「あたしは、どうしたらいいの?」

 間を取るために茶を一口含む。

「自分の生き方を決めるのは自分自身だ。父や母は嫌いかい?」

「えっと……」

「ちなみに、俺は両親が大っ嫌いだ」

 びっくりした顔でサリーンオーリアが俺を見る。

「そして壊れた俺の出来上がり。この選択を後悔はしていないが、他の人生があったかもしれないと夢想することはある。無駄だがね……いやそれも後悔の一つかもしれないな」

 左隣にいたフィーラさんがそっと俺の肩に右手を置く。

「とはいえ、俺はこう育って、今ここにグァースとして居る。自分の選択の結果こうなったと思っている。そしてやらねばならぬことをやる、それが責任を取るということ、だ」

「ケイタさん、大人げないです……」

 少しフィーラさんに責められた。フィーラさんに向いて少し声のトーンを落として話しかける。

「ああ、そうだな……まあ後で話そう」

 ガルとルテリアさんは涼しい顔で俺たちを見ている。俺も多分同じ表情。フィーラさんだけ少し怒っている。サリーンオーリアは俯いて考え込んでいるようだ。

 しばらく沈黙。ゆっくりと茶を飲む俺。フィーラさんはそんな俺をじっと見ている。

「サリーンオーリア、少しお散歩しましょうか」

 ルテリアさんがサリーンオーリアを連れ出す。

 しばらくしてフィーラさんが俺に詰め寄る。

「あんな小さい子に!」

「だからだよ」

 俺はテーブルの上においた自分の拳を見ながら答える。

「おそらく、ゲインドレッジヴァーデンとオーリアエフィナヴァーデンの関係はもう壊れている。そう見せないのは魔族である二人……いやゲインドレッジヴァーデンの矜持だろうなと思う。家族はとても重要なんだろうと、ガルとルテリアさん、フィーラさんを見ていて理解した」

 茶を一口含む。ゆっくり嚥下。

「俺は自分の家族が異様で壊れているということをうっすら理解したのが3歳の頃、確信したのが6歳、だった。俺のいた世界では6歳にになると義務教育が始まる。その前に幼稚園などの幼児教育があるんだが、まあ大抵の親はその開始の式典、入園式とか入学式というのだが、そこに参加する」

 ガルは席を外した。多分気を利かせてくれたのだろう。

 じっと聞いているフィーラさんを前にポツポツと生い立ちを語ることにした。


 今でも覚えている。幼稚園の入学式に一緒に行って欲しくて夜更しして両親が帰ってくるのを待っていたこと。ばーちゃんの手配した地域の幼稚園だったから参加する気はないと一蹴されたこと。

 言葉の意味などわからないと思っていたようだが、そうではない。お前ら、頭だけは良かったよな。それを色濃く引き継いだ俺。発言をまるごと暗記していた。後でお前らの発言の意味を理解したよ。

 次に違和感を覚えたのは初めての運動会のときだった。ばーちゃんのご飯も美味しかったが特別な日なので母親の手作り弁当をねだるためにやはり夜更しして帰ってくるのを待った。弁当をねだって、拒絶された。その時の言葉がこれだ。

「何食べたって一緒なんだから弁当なんてなくていいでしょ!」

 これ以降、味覚を失った。食べられるのは大量生産され人の手がかかっていないなにかか、ばーちゃんの料理だけ。

 何を食べても味がしないってのはなかなか辛いものだ。

 スナックバーなんかねっとりとした気持ちの悪いものだし、栄養食品とかただの粉っぽいなにかだ。

 ばーちゃんの料理はかろうじて塩気とか甘みとかうっすら分かるんだけど、それだけ。でもうまいうまいって食べてたなあ。だって他のものは粘土だったり木くず食ってるようなもんだからね。味がないって凄いよ。

 でも食わなければ死ぬし、死ねば両親が喜ぶことを理解していたので意地で流し込んでいたな。

 俺の国では義務教育は小学校、中学校というシステムで行う。前述したとおり6歳になると小学に入学する。もう期待していなかったので夜更ししてのおねだりはしなかった。

 いや、少しは期待していたんだよな。朝起きたら両親がいて、パリッとしたスーツ姿で一緒に入学式に行ってくれるって。

 現実は残酷だ。朝起きたら両親はすでにいなかった。これで諦めたよ。

 学校給食は全く食べられなかった。学校ではいつも空腹だったな。

 家庭としては裕福だったと思う。

 でも家族はばーちゃんと犬しかいなかった。両親は家族ではなく家庭に所属している人でしかなかった。

 そう理解した途端、随分楽になったのを覚えている。

 前にも言ったと思うんだけども、今俺がここにいて両親のことを気に病んでいないのはそういうこと、なんだよ。

 犬もばーちゃんも死んじゃったから、俺のことを気にかけている人はいないんだ。


 テーブルの上においた俺の左拳に手がそっと載せられる。視線をフィーラさんに向けると俺を見ながら泣いていた。

「あー、えーと、泣かれると困るんだよなー」

 右手でそっとフィーラさんの頬を包み込む。

「もともと壊れている上にこっちに来て更に壊れたんだけど……そうだなあ、まだ引き返せるよ?」

 冗談めかして言ってみた。

「ばか! ケイタさんのばか!」

 ものすごく怒られた。高木のときは利用して斬り捨てた。少し心が痛んだ。フィーラさんを斬り捨てたらどうなるだろう。多分俺は確実に壊れるだろう。でも今の壊れた俺と一緒になって幸せになれるんだろうか。

「ケイタさん、私のこと見くびってますね。あなたを幸せにしてみせます」

 泣きながら俺を睨みつけるフィーラさん。なんで俺の考えていることを読み取れるんだろう。

「あなたは確かに頭はいいかもしれないけれど、でも……うん、大丈夫、私があなたを幸せにします。だから拗ねた考えは捨てて。サリーンオーリアだって幸せになれると思うの」

 フィーラさんはガルとルテリアさんという素晴らしい両親のもとまっすぐ育った純粋な人なんだな、と思う。おそらく俺やサリーンオーリアが抱え込む問題は想像つかないのだろうと思う。

 時々、その眩しさが疎ましいときもある。今がそうだ。お前に私の何が分かる。私はグァースとして……。

 右手で額を覆う。頭を振る。違う! 違う! 違う‼

「ケイタ……さん?」

「なんでもない、大丈夫……サリーンオーリアよりオーリアエフィナヴァーデンとゲインドレッジヴァーデンの問題の方を先に片付けよう。結果サリーンオーリアの問題の解決方向も決まるはずだ」


「夫婦ってのは片目をつぶって見守るもの。両目を見開いても、閉じてもいけない」

 ばーちゃんに教えられた言葉をフィーラさんにも伝える。首を傾げるフィーラさん。

「夫婦とはいえ、プライベートな部分が必要ってこと。相手が目を閉じているところでやったことは、最後まで隠し通す覚悟もあわせて持たなきゃ駄目だよ、ってばーちゃんが言ってた」

「え、じゃあケイタさんも秘密があるんですか?」

「さて……そういうことを詮索するのも駄目よ、ってことなんだけどね……今の所秘密は……まあないわけじゃないか。生い立ちは秘密みたいなもんだからねえ。俺こっちの人間じゃないし」

 ウィンクする。

「代わりに、俺もフィーラさんの子供の頃の話は知らない。お互い様、ってところかな。とりあえずそれはいい。問題はあの夫婦だ」

 腕を組んで天井を睨む。おそらくあの夫婦は破綻する。

「なあ、フィーラさん。魔族において家族というのは多分何より大切なもの、だよね?」

「ええ」

「そっか……となると破滅しか見えないなあ」

「え?」

「オーリアエフィナヴァーデンは本意ではないにせよゲインドレッジヴァーデンを裏切ってしまっている」

 あれが本当だとしたら、だがね。と心のなかで付け加える。

 真実ならスリーヴァ村は忌むべき村となる。嘘だとしたらオーリアエフィナヴァーデンは救いようがない。自らの快楽のために家族を裏切った母親。できればそんな母親はいないに越したことはない。

 多分、俺は人の心を無理やり読むことが出来るだろう。でもそれはやりたくない。思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。そういうことだ。

 今はオーリアエフィナヴァーデンの告白が真実だと仮定した上でこれから先の行動を構築すべきだろう。嘘なのだとしたらオーリアエフィナヴァーデンを処罰すれば良い。そっちは悩まなくていい。

 考えを纏めるために声に出していく。

「現状の問題点は三つ」

 親指を立てる。

「スリーヴァ村の問題。これは後で調査結果を見てからガルと詰める。今は考えなくていい」

 人差し指を立てる。

「ゲインドレッジヴァーデンとオーリアエフィナヴァーデンの関係性の調整。おそらくは離婚だろうが、ヴァーデンにそのシステムが有るのかどうか。離婚後の生活についてはどうするのか」

 中指を立てる。

「さっきの件にも絡むがサリーンオーリアの養育問題。家庭は壊れるだろう。そして、壊れた両親のどちらが養育するにしても問題が出ると考えられる。とはいえ王族がそこに介入していいものか。スリーヴァ村の問題を放置していた責任という形で割り込むか……」

 何れにせよ頭の痛い問題だ。俺が首を突っ込んだせいだが、放っておけなかった。

「あの、ケイタさん」

「ん?」

「スリーヴァ村の問題ってなんですか? 裏切りって?」

「あー……そうか……うーん……」

 暫く考える。

「つかぬことをお伺いいたしますがね……フィーラさん、恋愛経験ってある?」

「え? その……ケイタさん以外にはありません……」

 びっくりした後俯いて小さな声で言うフィーラさん。可愛い。

「俺もあんまりないんだけどさ、まあ俺はぶっ壊れた家庭の出身だから『へー』で終わったけども……フィーラさんは、うーん……」

「そんなに、酷いことなんですか?」

 頷く。

「少なくとも、ここにいたときに感じていた魔族のイメージがひっくり返る話だった。とはいえ人間だからそういう人もいるよね、という納得はある」

 そう、魔族は高潔な人物が多い。兵士たちと交流して思ったことだ。兵士たちの言葉遣いは荒っぽいが、相手を思いやり、高い倫理観を持って行動する。

 考え込んでいると、フィーラさんが立ち上がって俺の後ろに立ち、覆いかぶさるように抱きついてきた。首に手を回され、耳元で囁かれる。

「ところで……()()()()()()そうですけども、どんなご経験が?」

 え、そこ? そこなの? 気になるとこそこ?

 高木とちょっとあった話をすることになりました。なんの拷問だよ……。


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