4 ガルグォインヴァーデンズィークの帰還と凱旋
ズィークにしろ俺にしろ、パンツ一丁なんだよね。どうにかならんものか。
とりあえずナイフを下げて歩いているけど、うーん……。
そんな俺の思考なんかお構いなしにズィークはさくさくと歩いていく。
「窒息・増強・範囲拡大」
地下牢に繋がる兵士詰め所へ窒息。小さな呻き声を上げ、やがて声が途切れる。
「魔術って、絶対成功するの?」
「……なるほど、異界の人間なのだな。基本的には発動するが対象者が望まない効果の場合は対象者が『発動しないことを望む』ために魔力での対抗が起こる」
「じゃ不意打ちじゃないとダメってことだね」
「そうでもない。曖昧な願いでの魔術の発動は魔力を大量消費することになる。対象の魔術の正確な発動を知らなければ打ち消すことはかなり難しい。逆に大きな望みも大量の魔力を使う。必ず当たる火炎、はかなりリスキーだ」
「でもズィークの魔法は確実に当たっているように見えるんだけど」
「増強しているからな。失敗出来ないんでリスクを取っているんだよ。できればケイタにも頑張ってもらいたいところなんだが……どこまでできるかわからんのだよな?」
「まあ、こんな状態だからねえ」
すべて非公開。だからなんなんだよ、って感じ。いつ燃料切れになるかわからない。
「逆に俺が燃料切れになるまでぶっ放す役のほうがいいかもしれない」
「……なるほど。それもそうだ。とりあえずやってみろ」
ズィークと入れ替わり、俺が前に立つ。同じようにやればいいはずだ。落ち着け、俺。
人の気配を感じる。
「気絶・増強・範囲拡大」
なぜか城全体が俯瞰でき、その全体を包み込む白い球が想像できた。
「おい、ケイタ! 範囲が広すぎる! ぶっ倒れるぞ!」
「耐気絶・増強」
自分を巻き込むのでカウンタースタンエリアをズィークと自分に置く。
世界が変容する。人の倒れる音が微かに聞こえた。
「行こう、ズィーク」
角を曲がると倒れている兵士が二人。ズィークは念のために兵士の喉を切り、殺害する。
「ケイタ、お前……いや、なんでもない」
何かを言おうとしてためらうズィーク。
「いやあ、俺もよくわからないんだよね」
「軽いな。少しは悩め」
「悩んで脱出できるなら悩む。出来ないでしょ? だったら悩むのは後、かな」
魔族のズィークは表情が読みにくいんだけど、微かに笑ったのはわかった。
「嫌いではないぞ、そういう思考は」
城全体が気絶エリアに入った上に増強されたので全員ノックアウト状態だった。結果脱出は簡単なんだけど、パンイチはなあ……ということで城内を探索。シャツやら靴やらの在庫がある倉庫を発見。衣類ゲット。
フラフラ歩いていると中庭に出た。久しぶりに空を見る。
「ケイタ、行くぞ」
「はい?」
「飛行」
あ、そういう。なるほど。自分が自由に飛ぶ姿を想像しながら真似をする。
「飛行」
緩やかに上昇する。面白いなあ。
ズィークは足を前に伸ばして座ったような姿勢をとる。
「この姿勢で足の方向へ滑るイメージで飛ぶ」
「えー、飛ぶならこうじゃないの?」
所謂ウルトラマンポーズで少し飛んでみる。
「そんな姿勢で高速飛行したら気絶するぞ」
ズィークの言葉を聞いて考える。
……ああ。そうか。
「頭の血が一気に下半身に流れ込んでのブラックアウトかー」
「行くぞ」
ズィークが加速する。その後ろについていく。振り返ると気絶のときに見た全景と同じ城が見えた。
飛ぶこと数十分。魔族の支配地域に近づく。
土地の雰囲気は変わらない。魔軍というからもう少しこうなんというか、ねえ。
「魔族といえど人類だ。そんなに過酷な地域では生活できぬ。だからこそ領土を争う」
ズィークが疑問に答えてくれた。そうだよなあ。
「迎えが来たぞ」
進行方向にいくつかの黒い点が見えた。それからしばらく飛んでいくと五人の魔族と合流。地面に降りる。
尖った耳と青緑の肌、銀色の髪は変わらないけども、頭全体に髪は生えてる……ってことはズィークは……ハ……ゲ……?
あと五人とも切れ長の目と通った鼻筋、細い顎とまあズィークと同じような特徴の顔をしている。ちょっと違うので見分けはつくけども。
「ガルグォインヴァーデンズィーク! よくぞご無事で!」
「異界の勇者ケイタのお陰だ」
「感謝します。異界の勇者ケイタ殿」
「いえいえ、私もズィークのお陰で生きてここまでやってこれました」
ちょっと緊張が走る。え? 何?
「ケイタは私の命の恩人だ」
ズィークの言葉に緊張を解く五人。
「えーと、もしかして、ズィークってとっても偉い?」
「ガルグォインが名前、ヴァーデンは国名、ズィークは、王……だな」
ズィークからとんでもないことを言われる。
「これは大変失礼なことを!」
大慌てで頭を下げる。
「何を言うケイタ! お前がいなければ今ここに私はいない」
ズィークは俺の下げた頭に跪いて語りかける。
「罠にかかり捉えられ更に卑劣な手で動けなくなっていたところをお前の力で脱出できたのだ」
迎えに来た五人は警戒状態に戻る。いや、まあそうだよね。測定がこんな結果じゃねえ……っていうか魔族でも結果は見えるの?
「測定はそもそも神々の下賜の一つだからな。蛮族のものではない」
ズィークは俺の心を読んだかのように答えてくれた。っていうか、ガルグォインヴァーデンズィークと言うべきなのかなあ……。
「ケイタ、グァースという称号を与える。私に与えてくれた恩にはとても足りぬが、ケイタヴァーデングァースよ、その恩の一部として受けてくれ」
「……は、はあ……お受けいたします……」
たぶんなんか称号とか言うから偉いものなんだろうけど、よくわからず受けてしまった。五人がざわめく。事情がわからん。なんなのよー。
「ケイタ、ズィークというのも敬称でしかないのでな……そうだな、ケイタヴァーデングァース、というのも今更だし、今後もケイタと呼ぶ。ケイタは私をガルと呼んでくれ」
五人がざわめく。え、なに?
「ガルグォインヴァーデンズィーク、それを許すのですか⁉」
「ケイタがいなければここ私はいない。ならばこそ、だろう?」
「……ズィークの仰せのままに」
五人が跪き、礼をする。いや、何?
「では城に戻ろう。ケイタ」
「ズィーク、それでいいのですか?」
「よい。それと私のことはガルと呼べ、と言ったはずだが」
「……はい、ガル」
ズィーク、じゃなかったガルはにっこり微笑む。あら、この人笑顔かわいいのねっていやそうじゃなくてだね。展開が速すぎてさっぱりわからん。
飛行で城まで戻る。グンダールからの逃避行に比べ高度を下げ、ゆっくり飛行していると、途中の村や町から魔族が出てきて手を振る。
「ガルグォインヴァーデンズィーク! ご無事でよかった!」
「ありがとう、伝説の勇者グァースの協力が合ってこそ帰還できた。諸君らもグァースへ感謝を!」
「グァース、ばんざーい」
……見世物かなあ……。
こんなやり取りをしながらゆっくりと数時間掛けて城へ戻る。城下町の大通りに沢山の人だかりができていて、そこへズィー……ガルが降り立つとものすごい歓声に包まれていた。俺もその隣に降り立つと一気に静まり返る。ここに降りろってガルに言われたんだけど、いいのかなぁ?
「ガルグォインヴァーデンズィーク、今戻った! 蛮族と再び戦い、ヴァーデンの地を守護するために!」
静まり返った民衆に向けて張りのある声で宣言するガル。
「我に力を与えてくれたのはこの異界の勇者ケイタ!」
ここでガルは俺を差し示し、タメを作る。
「いや、グァースである! 皆の者、我がヴァーデンにグァースが今再び降り立ったのだ! 我らヴァーデンの守護神、グァースが現れたのだ!」
いやだからグァースって何……? と思いつつ、言われたとおりに胸を張って立っている。
「皆の者、グァースの身体値を見よ! 伝説のグァースの再来ではないか!」
歓声が爆発する。
『ヴァーデン! ズィーク! ヴァーデン! グァース!』
……えーと、いやだからグァースって何……?
大通りを手を振りながら城に向かうガルの後ろを神妙に歩く俺。キョロキョロするなと言われていたので胸を張ってゆっくりついていく。
『すまないな、ケイタ。戦争の道具にもしてしまったがグァースの肩書はおそらくお前の役に立つ』
『いやそれはいいんだけど、グァースって、何?』
『我ら魔族の歴史にある、窮地に陥るときどこからともなく現れるとされる英雄に与える称号だ。魔族でなくても良くてな、実際先代のグァースは人族だった』
『へぇ……』
『前回の登場からすでに500年は経っている。そろそろ現れる時期だ』
『あれ……? ルヴァートは魔軍との戦争で苦戦中って言ってたけど……』
『ああ、彼奴等はヴァーデンだけではなく周囲の国全部と戦争中だからな。ヴァーデンは領土を侵攻しないのならば中立の立場でいる。だがグンダールはヴァーデンの資源を欲し、攻めてきた』
人混みの中に停められていた馬車からなんかきらびやかな衣装の魔族が出てきてガルの手を両手で包み込み、握手する。
「ガルグォインヴァーデンズィーク! ご無事で……ご無事で……」
ここで感極まったのか俯いて泣いている。ガルはその手をしっかり握りしめて答えていた。
「ボルジョディグヴァーデンザース! 危うく命を落とすところだったがグァースの力添えがあって今再びヴァーデンに戻ることができた」
ボルジョディグヴァーデンザースと呼ばれた魔族は顔を俺の方に向けた。涙を流しているが、泣いていない。それが俺の印象だったがポーカーフェイスを維持。
「はじめまして、ヴァーデンの方よ。異界の民の若輩者ゆえ礼儀を知りません。ご無礼ございましたらご容赦いただきたい」
右手を胸に当て、深々と礼をしてみた。ボルジョディグヴァーデンザースはガルの手を解き、慌てて俺の前にやって来て跪く。
「グァースがそのような……そのような!」
……芝居ががっている。
『ガル……この人、いつもこんな感じ?』
『ああ、そうだ。常に人の目を気にしている。気にするな。だからこそザースでありながら私からボルジョと呼ばれぬのだ』
多分貴族だけど、王との関係はそれほど親しくない、ってことかしら。
「ボルジョディグヴァーデンザース、すまぬが先を急いでいる。妻と子たちが待っているのでな」
「ああっ! これは大変失礼いたしましたガルグォインヴァーデンズィーク! また後ほど」
ボルジョディグヴァーデンザースは慌てて馬車に戻っていったが馬車の前に立ち、我々が立ち去るのを待つようだ。もっとも人混みがひどすぎて動けないんだろうけども。
『ああいうところがボルジョディグヴァーデンザースの悪いところだ』
呆れ返ったガルの精神通話が響いた。