37 アルピナ王都
翌朝、夜明け前。天幕から這い出す。
彼女たちはまだ眠っている。バックパックからカップ、メッシュ袋と茶葉を取り出す。
カップに向かって湧水、その後沸騰を発動しお湯を沸かす。
メッシュ袋に茶葉を入れたものを放り込み、暫く待ち、メッシュ袋を取り出す。
半発酵茶、所謂烏龍茶だな。
のんびりお茶をすすっているとアリサたち5人がのそのそと天幕から出てくる。装備一式装着済みだった。
「ケイタ様、朝ご飯どうしますか?」
「俺はいい。君たちは食べて準備しな。その間に天幕撤収するから」
メッシュ袋の中身の茶葉を霧消で処理。彼女たちがワイワイと朝ご飯を食べている間に全員の天幕を畳む。
「少しは回復した?」
アンナとエレーナに話しかける。赤くなってもじもじしながら頷く。昨夜のことを思い出したんだろう。
「そう、それはよかった」
微笑んでサムズアップする。2人は微笑みを返してくれた。
「アリサさんにミラーナさん、シーナさんもどう? 気分は良くなった?」
俺の質問にやはり頷く3人。
「よし、じゃあさっさと王都に行こう」
街道に戻り、のんびり歩く。回復したと言うがスタミナはまだまだ。失った血液が多すぎるのだろう。休憩を頻繁に入れて昼前に到着。
ちょっとダレてる門番。アルピナはグンダールと戦争中とはいえ王都と戦場まではそこそこ距離があるからまあしょうがないだろうなあ、と思う。
そんな門番にアリサが近づく。アリサが兜を外し剣の柄を見せると門番は直立不動。柄には紋章が入ってたからそれ見て大緊張、ってところか。
アリサがこっちを指差しなにか言う。門番はコクコクと頷き、道を空ける。アリサが戻ってくる。
6人でスタスタと中に入る。彼女たちはまっすぐ進もうとしている。そっちは王城、だな。
立ち止まって見送ると、アリサが振り返り、そして全員戻ってきた。
「さ、参りましょう、ケイタ様」
「あー、いや、俺はここで」
「え? ケイタ様なにかここで用事があるのですか?」
「まあ、うん」
言葉を濁して返答。
「そうですか……残念です」
アリサはがっくり肩を落とし、エレーナがアリサの背中を撫でて慰めている。
「じゃあ、また何か縁があったら」
俺が手を出すとアリサは慌てて篭手を外そうとする。エレーナが苦笑してアリサの篭手を外すのを手伝う。
「わざわざ篭手外さなくてもいいのに」
「いいえ、それは無礼ですから」
アリサはほっそりとした指をしていた。冒険者のような荒事には向かない手。両手で俺の右手を包み込むように握手する。
「ケイタ様、何かの縁でまたお会いできましたら、そのときは星の導き……と考えてもよろしいでしょうか」
「その、星の導き、とは?」
アリサは真っ赤になって俯いてしまう。エレーナが口を手で隠し、その後俺を見て、聞く。
「ケイタ様はアルピナの民ではないのですか?」
「そうだよ」
エレーナも俺の返答を聞いて困ったように俺とアリサを見る。
「アリサ様、その……恐れながら、まず、月の導きではないのですか?」
「だって、ケイタ様は……」
「それからそもそもアルピナの民ではないケイタ様と星の導きというのは難しいかもしれません。いや、でも……それなら、私も……」
「えー、あたしも! あたしも!」
とアンナ。
「わ、私だって」
「そんな! 私もです」
ミラーナとシーナもほぼ同時に声を上げ盛り上がっている。5人がワイワイやっているので頭を下げて離れる。
しばらくしたあと、遠くで「ケイタ様ー! どこですかー!」という叫びが聞こえてきた。恥ずかしいのでやめてくださいお嬢様たち。
アルピナ王都をウロウロして、大通りから一本裏に入ったところにある品の良い宿屋を見つける。字は読めないが、看板に綺麗な月のイラストがある。
中に入る。バンダナで頭を覆い、ロングスカート姿の立派な体躯の肝っ玉かあさんがこっちを見る。
「いらっしゃい、お泊りかい?」
「そのつもりでいます。一晩どれくらいですか?」
「夕飯と朝飯つきで180ピノだね」
ピノはアルピナの通貨。ヴァーデンはリギル。
この世界、一応金本位制で運用されている。まだ国の保障もそれほどしっかりしていないので通貨だけではなく物々交換もよくあるけどね。
食料品で考えた場合だいたい1リギル100円前後くらいの価値、っぽい。リギルとピノはだいたい1:2くらいのレートが普通、だったはず。2食付きで9000円前後。うん、これはいい。
ヴァーデンを出るときにガルから1500リギル貰っていた。ヴァーデンでは金を使う必要はないだろうけども、国外ならなにかと入用になるだろう、と。フェーダではエシュリアたちとともに正規軍にくっついてたからお金使わなかったけど、今は違う。ガルの心遣いに感謝する。
「そうですか。すみません、両替商はどこにあるんでしょうか?」
「あー、国外の旅人かい。どこから?」
「ヴァーデンからです」
人族でヴァーデン出身と聞いて片眉が釣り上がる。
「珍しい、人族だよね?」
「ええ。まあ人族ですね」
ジロジロと上から下まで見られる。
「ま、あんた悪い人に見えないからいいか。両替商はここ出て左、最初の十字路を右。その後はまっすぐいきゃ突き当りの丁字路のところにあるよ」
「ありがとうございます」
宿を出て歩くこと10分ほどで両替商につく。看板は天秤。なるほどね。
「すみませーん」
中に入るとがっしりとした鉄格子が重たそうなテーブルにはめ込まれ、その鉄格子には小さな差し出し口がある。その差し出し口にピッタリ合わせた大きさの頑丈そうな鉄の箱がついている。いかにも現金を扱っています的な作りの部屋になっていた。
鉄格子の向こう側ではパイプでタバコを燻らせている初老の男性が一人。こっちを見ている。
「なにか、用かね?」
「はい、両替をお願いします。リギルをピノへ」
「1リギル2ピノのレートだ。手数料として100ピノにつき7ピノ貰う」
レートは適正、手数料7%はリスクを考えればかなり誠実なレートだと思う。手持ち全部両替してもいいんだけど、とりあえずは700リギル。足りなければまた後で両替すればいい。
「では700リギルをお願いします。1400ピノですので98ピノ手数料、1302ピノになる、んですよね」
「……そうだ。計算速いな、お前」
小さな鉄の箱はこちら側にある。
「その中に700リギル入れろ」
言われたとおりに10リギル硬貨70枚を入れる。箱が向こう側に引かれていく。
取っ手はこちらがわにないので引っ張り込むのは向こう側しかできない。まあ安全第一よね。
「……700リギル、確かに」
両替商はコインストッカーに70枚を並べ、今度は1302ピノ分、10ピノ硬貨130枚と1ピノ硬貨2枚を別のストッカーに並べる。
「1302ピノ、あるな?」
「はい」
箱にコインストッカーから1302ピノをザラザラと落とし込み、こっちにスライド。両替商は後ろに2歩下がり、手が届かないことを示す。なるほど。
箱からピノを取り出して数えることなく革袋へ詰め込む。
「確かめないのか?」
「投資が嵩むわりにリスクの高い商売。信用第一じゃなきゃ長くやってられないと思うんですよね。そして壁に染み込んだタバコの香り。これがあなたの信用を表している」
ウィンクしてサムズアップ。
そっぽを向いてタバコを燻らせる両替商。照れているのかもしれない。
「ありがとうございました。それでは、また」
挨拶し、両替商を出て、宿に戻る。
「おお、おかえり」
肝っ玉かあさんのお出迎え。
「えと、180ピノでしたよね。これで」
10ピノ18枚と、1ピノ2枚を出す。
「あん? これは何?」
1ピノ2枚をつまみ上げるかあさん。
「両替商を教えてもらったお礼です」
「あらそ。部屋は階段上がってすぐの左側、鍵は一応かかるけども貴重品は置いておかないようにね」
ポケットから取り出した鍵を渡される。
「ありがとうございます」
階段移動、部屋に入り、荷物を置く。バックパックに入れておいた血で汚れたシャツの血について【移動】を試みる。移動先は手洗い桶の中。
「……きれいになった」
ついでに服の汚れも手洗い桶へ。洗剤いらず。便利だなこのスキル。
シャツを吊るしてシワを取る。そう言えば昨日から何も食べていなかった。外に出てなにか食べ物を手に入れよう。
階段を降りてかあさんにこのあたりの飯の旨い店を聞いて、昼を食べに行く。
かあさん推薦の店は煮込みスープのうまい店だった。真っ赤なスープは初めて見たものだが、ほのかな酸味、牛肉のような感じの肉、玉ねぎ、人参、色々の旨味。大変美味しく頂いた。パン食べ放題がついて20ピノ。お値段以上でした。
ほくほくしながら戻る。アルピナかあさんが腰に手を当てお出迎え。会釈を返す。
「どうだい? アルピナの伝統的な料理だけど」
「美味しかったです。助かりました」
「そりゃ良かった」
「あ、また出かけます。夕食は日没直後くらいですか?」
「そんなもんだねえ。気をつけて行っておいで」
「はい、行ってきます」
アルピナかあさんに手を振って宿を出る。目指すは、王城。まあ、門番に追い返されるかもしれないけど、それでも、ね。
王城は都のど真ん中に建っている。とはいえ、その隣の魔法学院のほうがデカい。そしてその魔法学院から少し離れたところにアルマと呼ばれたミスリルゴーレムの残骸がまだ残されている。
ディングトゥの左肩と肘を壊した暴走ゴーレム。ミスリル製のためにバラせない、と記録にあった。
まずは門番。近寄ると警戒モードに。素晴らしい練度。
「失礼、私はケイタヴァーデングァース。アルピナ王アラム・アルピノフ陛下にお目通り願いたく参上いたしました」
門番は硬直しつつも問いかけてくる。
「ヴァーデンの英雄が何の用ですかな?」
「ディングトゥ様と以前会見したときに申し上げたとおり、我が仇敵グンダールを殲滅するためアルピナまで参りました」
二人いる門番のうち、一人が詰め所のようなところに入り、何かを操作する。しばらくすると門が開き、中からパリッとした服を着た若い色男が出てきた。
「アラムは今多忙でな。代わりにマルク・アルピノフが来てやったぞ、ケイタヴァーデングァース。さあ、中に入れ」




