34 第二ラウンド
エシュリア発見。戦場での彼女は率直に言えば敵に回したくはない。さすがフェーダの英雄。
判断は正確。鎧の厚いところへの打撃は無理に回避せず角度調整で表面を滑らせることで余計な動きを減らす。
まずいところの打撃は楯で止めるか、普通に回避するか。同時に3~4の攻撃を捌きながら相手の攻撃の隙間を掻い潜りきっちり打撃を与える。
振り回しているのは巨大なハンマー。あれは金属鎧殺しだ。
物理防御発動。
「いざ、推して参る」
ナイフを左手に逆手持ち、突っ込む。
金属鎧の兵士たちがざっと30人。撤退戦で殿は竜人族に任せ、さらに本隊を逃がすための重装歩兵。決死隊と言えば聞こえはいいが、捨て駒、だ。
振り下ろされる大剣をナイフの峰で受け、流す。リミッターをさらに抜きながら右ストレートを胸に叩き込む。大音響をあげ、潰れる鎧。
「がはっ」
フェイスガードに血を吐きかけられる。なければもろに鼻と口にかかっていただろう。
エシュリアが四人捌いている。その脇を抜け、本体へ向かおうとする私の前に2メートルくらいの大男が立ちふさがる。その大男の手には戦斧が握られている。
「ここはグンダール軍重装歩兵長ザディールの名にかけて通さん」
「我が名はグァース。覚悟はいいな?」
「グァースだと! ダレッダの!」
激昂し戦斧を振り回すザディール。踏み込み、ザディールの右手首を篭手ごと右手で掴み、絞る。
「いい腕だが、そこまでだ。お前では足りぬ」
限界を超え潰れる金属篭手。弾け飛ぶ右腕。落ちる戦斧。
「戦士の慈悲だ。受け取れ」
左手の中でナイフを回転。順手に持ち開いていた喉の部分を正確に突き、抉る。吹き出る血と、ヒューヒューという呼吸音。失った右手と左手で喉を押さえ、そのまま後ろへぶっ倒れるザディール。
「カイルハーツ殿! 私はこのままグンダール軍本隊へ向う!」
死体を避けてグンダール軍を追いかける。
10分ほど走ったところで本隊を発見。200メートルほどの密度のバラバラな長い隊列。国境の手入れされていない森の近くを抜ける街道を移動している。馬車4台は最前線。物資を失った遠征軍の先行きは最悪だからだろう。ならば、絶望をくれてやる。
馬に向けて窒息・増強・範囲拡大。御者も巻き込まれて窒息死し、急停止。馬車は無理な力がかかったからか破損し、物資が散乱する。水、食料、その他。金属鎧や天幕類はおそらく捨ててきたのだろう。
最前列から動揺がさざ波のように広がっていく。兵士は軽装で、革鎧すら着ていない。完全な撤退モード。
ナイフに先鋭化と硬化を与え、突っ込む。
驚愕に震える若い兵士。一閃。腹を引き裂く。倒れながら腹を抱える兵士。
首への一閃。呆然とする兵士。
反撃の体勢を整えさせず一方的に虐殺する。
「どうした、どうした軍事国家グンダール。それがお前らの実力か? 情けない兵士しかいないのか?」
赤黒く染まる革鎧。20を超えたあたりから数えるのをやめた。
そこから何人切り倒しただろうか。刃についた脂を振って飛ばす。
全体に恐慌が広がっていく。こうなると組織だった抵抗はできない。さらに兵を薙ぎ倒し、切り払い、戦力をすりつぶしていく。
隊列を乱し森へ逃げる兵士がそこそこ出てきた。補給も武装もなく荒れた森林に逃げ込むのはかなりリスクの高いギャンブルだ。頑張れ、と見送る。残っていたら私に殺される。確実に死ぬより自分の運に賭けるその意気は嫌いじゃない。
隊列の先頭に近づく。馬車を諦め、移動している軍服姿の男。
「見つけたぞ!」
おそらくこいつがフェーダ侵攻の長だろう。
青ざめた顔のその男は、腰に細身の剣を吊って小さな円形楯を着けていた。緊急の撤退でだいぶくたびれてはいたがかなりよい軍服で、おそらく階級は一番上、だろう。
まわりを護衛兵が取り囲む。後方の兵士たちと違い、多少の武装はしたまま撤退していた。それでも、楯と剣と兜程度で、鎧はなし。
その護衛兵を手で制し、青い顔色のまま前に出る。
「フェーダ征伐執行官ヴァルファンだ」
「なるほど。征伐、ね……人の領域にズカズカと踏み込む山賊が征伐とは、ね」
青い顔色のまま、私を睨みつけるヴァルファン。
「こちらは正式に名乗りをあげたのだ。名を名乗れ無礼者!」
「どっちが無礼者だ野蛮な山賊め! ルヴァートに踊らされた馬鹿者に教える名などない!」
「なっ……!」
絶句するヴァルファンを無視し、提案してやる。
「提案は2つ」
親指を立てる。
「1、自決する」
人差し指を立てる。
「2、私に殺される。好きな方を選べ」
「……抵抗し、お前を殺すという選択肢はないのかね?」
冷笑混じりに返答するヴァルファン。後方の戦士は体力的に問題があって武装がない。その非武装兵士を数百人切り倒して疲弊した軽装歩兵が一人、さらにはまわりに8人の軽装とはいえ手練の護衛がいることを考慮して気が大きくなったようだ。
「10人に満たぬ軽装歩兵で私を止められると思うとはだいぶ舐められたものだ」
指を鳴らす。一人頭が消し飛ぶ。爆散・増強・範囲縮小。
もう一回。また頭が消し飛ぶ。残り6人。
「戦場で潜在魔力性能だと……」
絶句するヴァルファン。
「はて、ここは戦場かな? 逃げ出した臆病者の立つ、この地は戦場なのかな?」
私の安い挑発に乗る6人。潜在魔力性能を使おうと集中するが、空撃ち。
「おやおや、下手ですね、こうやるんですよ?」
指を二回鳴らす。二人の頭が飛ぶ。
護衛は残り4人。まわりにいた一般の兵士たちは腰砕けになりながら森へ逃げ出す。
これでグンダールの軍人の残りはこの4人の護衛とヴァルファン。化け物を見る目で私を見る。
「さて、どうする?」
「投降、投降する」
「お断りだ。自決か、殺されるかを選べ。自由選択だぞ」
指を鳴らし、また一人消し飛ばす。
三人の護衛が一斉に飛び掛かろうとしてきたので爆散・増強・範囲縮小をそれぞれに。空中で頭が、手足が爆ぜ、そのまま痙攣した体がドサリと落ちる。何の感慨もわかない自分に少し驚き、そうか、私は今グァースなのだな、と自覚する。
「さあ、最後の一人だな。どうする?」
声にならない悲鳴を上げ、佩いている剣を抜いたヴァルファン。実際にはそこそこ使えるのだろう。だが、恐怖で震える手の揺れがそのまま切っ先に伝わっている。
「さて、覚悟はよいかな? 辞世の句は用意してあるかね」
ヴァルファンが飛ぶ。大上段からの振り下ろし。躱してからの手加減した左ショートパンチをボディに叩き込む。というか、ただ拳を置いておいただけ。
自らの勢いで自らの腹を叩くヴァルファン。左手で腹を抱えて転がる。剣を握ったままなのは褒めてやろう。
見下ろしながら右拳を手の甲を下に出し、人差し指でクイクイっと立ての合図。ゆっくりと立ち上がるヴァルファン。
一発貰って少し冷静になったようだ。肩の力が抜け、切っ先を私に向けて固定。脱力かつ緊張の達人の境地。ヴァルファンはこの立ち振る舞いを見るに手練れの類なのだろう。私と出会った不運を恨め、というのは傲岸か。
「ほう。グンダールは精鋭揃いながら英雄はいないと思っていたが、その考えは改めたほうがよさそうだ。ヴァルファン、と言ったな。認めてやるぞ」
「偉そうに……」
「実際偉いからな。我が名はグァース。ケイタヴァーデングァース。ヴァーデンの英雄にして守護者。グァースの名においてヴァーデンの敵グンダールのヴァルファンを討つ」
両手にナイフを逆手持ちで構える。潜在魔力性能でツブすのは容易だが、それではつまらん。たまにこういう愉しみがなければ人生に彩りがなくなる。
ヴァルファンはノーモーションで突いてきた。何万回も鏡の前で繰り返し練習した賜物だろう。キレのあるいい突きだった。左へ躱す。
剣が九〇度まわりこっちに刃を向ける。そのまま振ってくる。ダッキング。前へ飛ぶ。体の前には丸楯を置いて防御しているが、剣を振り回した結果右脇のガードが甘くなっている。そこへナイフを滑らせ、駆け抜ける。
服を切り裂くもののヴォルファンは右足を引いて体を開いて刃を避けた。皮一枚切ったかどうか。3mほど距離をとって反転。
「なかなかいい動きと予測だ、剣士ヴァルファン。皮一枚か」
「あの突き振りを躱す。グァースってのは化け物、か」
「それで構わんよ。お前らにとっては化け物のほうが都合がいい」
遠くからガシャガシャと金属鎧の音が聞こえる。フェーダ軍が追いついてきたようだ。私の愉しみはここまで、か。
「さて、終幕、だ。愉しかったよ、剣士ヴァルファン」
ナイフを両太ももの鞘に戻し、胸に手をやり、礼。姿勢を戻す。後ろ腰と左太もものナイフを引き抜き、顔めがけて両方投げる。いい反射神経のヴァルファンは楯でそのナイフを受ける。視線が切れる。
そのまま前へ飛びつつ、右太もものナイフを逆手に抜く。刃を上に水月へ。差し込んだらそのまま上へ切り上げる。胸骨と心臓を切り裂き、抜く。鮮血の噴水。返り血が私の鎧を染め上げる。
呆然としたヴァルファンの表情。
「ルヴァートに踊らされなければ出会えなかったが、踊らされたがゆえに敵となってしまった。もしかしたら好敵手になれたかもしれない剣士ヴァルファン、その武に敬意を」
再びナイフを仕舞い、礼。後ろにゆっくりと倒れるヴァルファンを見送ったあと、楯に刺さった投げたナイフを回収した。




