表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/19

問題のある新入社員5 (SIDE:哲郎)

 土曜は表通りの○タバで田上と待ち合わせして、家にある服を確認してから服や靴とかを買いに行った。今着ているTシャツとジーンズも駄目出しされたので、何本か買い直して古いのは捨てるようにと厳命された。

 まだ穴は空いてないしそんなに汚れてもいないのにと思ったけれど、田上基準ではゴミに見えるらしい。俺にとってはそのゴミがこれまでの標準装備だったんだが。


『とにかく白い衣類は着たらその日の内に洗濯しなよ。じゃないと汗染みとか袖が擦れたりとかで、襟元とか袖口の汚れが残っちゃうでしょ。もちろん洗濯用石けんとかで汚れを擦り落としてからだよ。

 鴻もいい加減大人なんだから、何でもかんでも親任せにしないで少しは自分でやってみたら? 白いのに限らず他の色物柄物もなるべく早めに洗った方が良いけど、白いのは特に汚れが目立つから。


 あと、洗濯物を干す時はきちんと伸ばしてシワにならないように。勿論乾いた衣類をたたんで仕舞う時もだよ。

 そういう細かいことが積み重なって清潔感とか身綺麗に見えるかどうかのボーダーラインになるんだから気を付けなよ』


 とか真顔で言われるし。……俺はそんなに駄目人間だったのか、マジか、全然自覚なかった。前々から感じてたことではあるが価値観も考え方も違い過ぎて、やっぱり田上は異星の住人だと思った。


 折角の休日なのに精神的にも肉体的にもなんだか色々疲れて──例えるなら肉体ごと精神をおろし金で力一杯、骨だけ残す勢いでガリガリ削られた感──日曜出勤なんか絶対したくない気分だったけど、頼まれたというか期待されてるらしきマニュアルくらいは作っておいた方が良いかなと思って出勤した。


 俺だけの問題ならともかく、新入社員の音無さんにとっても俺以外のシステム開発課所属の社員達にとっても、これがあるかないかは結構重要だと思うし、先に延ばせば延ばすほどマズイだろう。


 それに何より、自分のしたことで誰かが喜んでくれる姿を見るのが一番嬉しいから。あと、事前に新入社員向けに作ったマニュアルとかも色々手を入れておきたい。


 これまでうちに配属された連中と同じくらいの知識や能力を想定しておけば十分だろうと思っていたけど全然畑違いのとこから来るみたいだし、商品開発課からうちへ移ったばかりの頃の石田あたりを参考にして一部作り直したり修正しようかな。


 そう言えばバリバリ理系の女の子って生まれてこの方一度も会ったことないけど、どんな感じなんだろうか。

 うちの姉なんかは数理系で、義姉はほわほわした癒やし系な元経理事務員だし、全然想像つかない。


 姉は賢いけど色々尖ってて論理(ロジカル)を信奉する七面倒臭い女だから、あの手の子が来たらすごく憂鬱なんだが。

 はっきりきっぱり自己主張してくるのはわかりやすくて明快で良いんだが、自分より賢い女に容赦なく論理的にバッサリザックリ斬られるのは色々痛いから勘弁して欲しい。


 見た目だけなら義姉系なんだけどなぁ。ちっちゃくて可愛くてほわっとした、いかにも女の子って感じで。写真は緊張していたのか無表情だったけども。


 実の姉は身長百七十超えで胸は脂肪か筋肉かわからないような胸だし、趣味は登山とキャンプとバーベキューという名の野外料理──ヘビを捕まえて屋外で料理しようとするのだけはマジで勘弁して欲しい──で出された肉の正体に脅えるレベルだし。


 義兄は良くもまぁあんな女と結婚したよなとつくづく尊敬する。絶対真似はしたくないけど。そう言えば性別は違うけど性格とか印象とか容姿とか、義兄も義姉も似たようなタイプだよな。


 ということは遺伝子レベルであの手の感じが好みなのかな、俺ら。その割には両親ともそれからは外れてるんだが。

 あえて言うなら祖母がそのタイプかな。


 身近に姉という例があるから異性にそこまで夢は見てないつもりだけど、できれば良い子であって欲しい。もしかしたら脅えられるかもしれないけど、最低でも会話ができるレベルなら文句は言わない。

 とりあえず異性との話し方的なことも調べておこうかな。結局田上の話はあまり参考にならなかったし。


『女の子はそれぞれ皆、千差万別だから考えるより感じろ!精神だよ。頭でああだこうだと考えている内は絶対ダメ。

 女慣れしてないお前みたいなやつが付け焼き刃の理論その他でどう武装しようと、そういうの全部見透かされるに決まっているから準備とかするだけムダ。相手を見てその場で臨機応変に判断しろ』とか何なんだ。


 一言で説明しきれるようなものじゃないから、とりあえず最初は距離感保って業務会話交わしつつ観察しろとか言われたけど、その業務会話の仕方が他の連中相手と同じで良いのか悩んでいるわけだが。


 確かに男相手でも一つ二つの定型的なやり方でどうにかなるものじゃないし、結局のところは観察や会話で得た知識に加えてこれまでの経験を足して、その中でできるようにやるしかないわけだが、正直こんなので大丈夫なのか不安しかない。


「ちはっす、鴻先輩」


「おはよう、下村。お前、先週も当番やってなかったっけ?」


 出勤すると下村が自分の席でPCを立ち上げ、何やら作業していた。


「いや、それがなんか昨日の夕方、急遽浦谷先輩に当番変わってくれと言われて替わったんすよ。浦谷先輩はついさっきまで課長とミーティングルームで話してて、二人で何処か出掛けたみたいっす」


 あ、何となく察した。


「ところで鴻先輩はどうしたんっすか?」


「ああ、ちょっとやりたいことがあって出て来た」


「なんか疲れてるっぽいっすけど、大丈夫っすか?」


「……いや、たいしたことはない。たぶん何か作業していた方が気が紛れるし」


 考えてもどうしたら良いかわからないのだから、もう運を天に任せよう。それにしてもセクハラ対策か。

 そんなもの結局はどう防ごうと対策しても、その対策をくぐり抜けようとする輩が一人でもいたらどうしようもないし、そんなこと知ったことじゃないと思うやつがいても同様だ。


 存在していても誰にも読まれないマニュアルに価値はない。だいたいそんなものが総務部にあるとか今の今まで知らなかったし、折角作ったのならもっと広く周知したり、学習会もしくは外部講師とか招いて講習会的なものを行って、社員それぞれの自発的努力や自浄作用を促す方がずっと役に立つと思う。


 その内暇ができたらそう提案してみるか。課長に言って政争絡みに利用されるのは嫌だし、田上に直接言おう。

 どうせ課長に言ったら例の笑顔で『では詳しい内容を議案書にまとめて下さい。ついでに分かりやすい資料やマニュアルを付けて貰えるとなお有り難いです』とか言われるし。


 作業している途中でふと思った。自分にもまだ良く理解できたと言えないままマニュアルをまとめて、実際にそれは使えるんだろうか、と。


 そう考えて読み直してみたら、読んだ資料やマニュアルのコピペの切り貼りで全くオリジナリティも創意工夫もなかった。

 新卒ほやほやの新人にだって作れそうなクソみたいなマニュアルだ。うん、これは考えるまでもなくゴミだな。こんな物を読むくらいなら、総務部で策定されたマニュアルの方がずっと使える。


 どうせ作るなら、同僚達が読んでなるほどと思えるものじゃないと意味が無い。


「下村、お前、セクハラってどう思う?」


「なんすか先輩、薮から棒に」


「課長に作るよう言われたんだけど、お前ならどんなセクハラ対策マニュアルが読みたい?」


「そういや、総務部で毎年改訂してPDFで公開してるって話は聞いたことがあるっすけどそれを読んだ同期が言うには、やたら小難しい用語や言葉回しが多くて読みづらかったらしいっす。

 一応専門用語っぽい解説は別項目であるらしいっすけど巻末で一応注釈は付いてるらしいんで、PCや紙で読む分には良いけどスマホで読むと無茶苦茶読みづらいそうっす」


 そういや俺もスマホで読んだな。俺は視力に問題ないから横表示にしてそのまま読んだけど、うちの課は眼鏡・コンタクト率滅茶苦茶高くて、遠視・近視・乱視やその複合率も高い。

 確か下村もコンタクトだったはずだ。内容の読みやすさや明解さも重要だが、読みやすさも考慮した方が良いだろう。


「総務部の方から男性社員も女性社員も読んで確認するように、社内掲示板で通達があったらしいっすけど、あれ確認しているやつってあまりいないっすよね。

 前に確認したら昔作ったっぽいグループウェアとかもあるみたいっすけど、今はもっと便利で使いやすいツールがあるから誰も使ってないんじゃないっすかね、あれ」


「ああ、そういやあったな」


 たぶんあれが作られたのは課長が平社員の頃だよな、きっと。


「自分は鴻先輩が作るマニュアルなら間違いがないと思うっすから、鴻先輩が思うように作るのが一番じゃないっすかね」


「いや、今さっきクソみたいなゴミマニュアル作りかけて破棄したところなんだが。なんだろうな、まだ内容消化し終えてないからとか、それを作る意義や目的が見えてないのかな。

 できるだけ早く作りたいと思ったけど、なんか今日は調子悪いっぽくて駄目みたいだ。上手くまとまらないし良いアイディアも下りて来ないし、サッパリだ」


 PC前に突っ伏した。


「今日はもう帰って明日以降にしたらどうっすか? 無理してもダメな時は何してもダメっすよ」


「うーん」


 未練はあるけど、今日はもう諦めるか。なんか気力体力も集中力も欠けてるっぽいし、何より気ばかり焦っていてモチベもイマイチだし。


「うん、下村の言う通りそうするわ。なんか良い資料がないか帰りに書店寄って飯でも食って帰るかな。あ、下村、何か差し入れいるか?」


「ああ、じゃあ飲み物と適当に摘まめる軽食頼んで良いっすか?」


「わかった。ところで何か手伝うことあるなら手伝おうか? どうせ今日は予定ないし」


「いや、良いっすよ。疲れてるんなら休んだ方が良いっす。先輩が体調崩すと皆困るっす」


「そうか。悪いな、かえって気を遣わせて。でもこれって別に仕事とかの疲れじゃなくて、ちょっと慣れないことしたせいだからたいしたことじゃないんだよ」


「そっすか。あれ、そう言えば鴻先輩、珍しく髭剃って髪も切ったんっすね。しかも新しいジーンズ穿いてる。先輩は足が長くてスタイル良いから、スキニーの方が似合いますね」


「ユ○クロで買ったやつだけどな」


「俺もそうっすよ。服にそんなに金掛けたくないし、これで十分間に合うし。

 ダチに骨董品のビンテージ収集が趣味のやつがいるっすけど、穿けないジーンズ集めて額に入れて、光当てると劣化するからって倉庫レンタルしてるらしいっす」


「すごいな、それ。稼いでるのか?」


「いや全然っす。昨日もおれん家で飯食って帰りました。そろそろもう家に飯狙って飯時に訪ねて来るなって言おうと思ってるっす」


「それはキツイな」


「はい、自分が親と住んでるからって小学生の頃と同じようなつもりで甘えてるっす。

 妹もなんで手ぶらで来てうちで飯食って帰るんだって言ってるし、お袋も自宅で食べないのは何か悩みでもあるんじゃないかとか言い出したっす。

 自分ももう我慢の限界なんで引導渡すっす」


「そうか、何か困ったことがあればいつでも連絡しろよ。車あるから酒飲んでる時以外はいつでもすぐ駆け付けられるから」


 俺がそう言うと、下村は苦笑した。


「いや、そこまでは必要ないっす。あと差し入れの件っすけど、もし調子悪いようならそのまま帰っても大丈夫っすよ。元々休憩がてら自分で買いに行くつもりだったっすから」


「いや、なんか気分転換に歩きたい気分だから良いよ。今日は天気も良いし」


「そっすか。気を付けて行って来て下さいっすね」


「おう、下村も程々に頑張れよ。あと、ヤバイなと思う前に助け呼べよ」


「心配性っすね、鴻先輩は」


 笑われてしまったが、まぁ仕方ない。たぶん本当に俺が心配で不安なのは自分自身のことなんだろう。仕事のことだけならそうはならなかったんだろうけど、わからないこと、これまで経験のないことっていうのはすごく不安だ。


 俺、本当に新入社員の女の子と上手くやってけるのかな。初対面で泣かれたらどうしよう。


 実際に経験あるんだよな、中学の頃。クラス替え早々気の弱い女子がたまたま俺の隣の席に座ることになって、俺の顔が恐いという理由でトイレの個室で号泣されたことが。


 いや、本当、そんなの知らねぇよって思ったけど、クラスの女子全員に囲まれて謝れと詰め寄られて不承不承ながら謝ったら、クラス替え早々何もしてない女子──しかも結構可愛かった──を泣かせたと噂されたのだ。


 すげぇ理不尽だ。俺自身は相手のことを認識もしておらず、目が合ったわけでも挨拶や会話を交わしたわけでもないのだ。

 彼女が個室で泣いていた時、俺は隣に座る予定のやつまだ登校してないのかな、なんて思ってたし。


 当時の俺はまだ中学二年で身長はまだ百六十cm台にも届いていなかったが、父親譲りの三白眼でひょろっとしたガキだったこともあって、やたら目付きが悪かった。

 今だって十分過ぎるくらい目付きが悪いと言われるが、当時は顔の肉付きが今より更に薄かったせいで凶悪な顔に見えたらしいのだ。


 いや、その話聞いた時、俺の方が泣きたかったよ。だって俺がいったい何したって言うんだ。

 俺の顔が恐く見えるのは父から受け継いだ遺伝子のせいで、それは俺自身にはどうしようもないっていうのに、顔が恐いのが罪だと言うなら、その恐く見える顔を何とかする方法を俺に教えてくれよ。


 そう思って、なんとなく女子全般が苦手になった。できるだけ目が合わないようにして、何か用事があって話さなくちゃいけないことがあっても、目線をずらして相手の鼻や口元辺りを見るようにした。


 おかげで、その後しばらく話をした相手でも異性の顔が覚えられなかったけどな! そして俺は男しかいない高専を受験することにした。……全く嫌な思い出だ。


 思春期真っ只中、異性がいない生活はすごく気が楽で開放された気分になったのも事実であるが、良く考えたら俺の暗黒期の始まりでもある。


 高専在学中にすくすく背が伸びた俺は、百八十cmを超えるまでは予想通りだったが、百九十を超えたあたりであれと気付き、二mを超えた時点でなんでこんなに伸びたんだとちょっぴり思った。

 最初は俺を羨ましがっていた友人達も「お前はいったいどれだけ伸びたら気が済むんだ」とか言いやがったが、何故こんなに身長が伸びるのか、理由があるのなら聞きたかったのは俺の方だ。


 だって親父は百八十三cmで、兄貴にしたって百九十には一cm足りないんだ。

 兄貴のお下がりが着られなくなった時、しばらくはそれを喜んでいたが、その内自分の行動圏内に自分の着られる服があまりないということに気付いた時は、愕然とした。


 高身長のやつならたぶん皆だいたいそうだと思うけど、俺は手の平や足のサイズもデカイ。そのせいで自分の手に合う手袋や、足に合うサイズの靴を探すのにも苦労した。

 面倒なのであちこち探すようなことはせず、靴は近所にある同じ靴屋で購入することにして、スニーカーとかもその店で欲しい型を取り寄せて履いた。


 着たいと思った服が着られないことが何度かあると、もう考えるのも嫌になった。そして惰性に流され、楽な方へ楽な方へと流れた結果が、現状だ。


 結局ただの自業自得ではあるんだが、どうやら俺は忘れていたかったことを仕舞っていた箱の蓋を開けてしまったらしい。


 まぁ、これくらいはそんなに深刻でもない。俺は生きているし、死にたいほどツライわけでもない。概ね元気で健康で、心身共に異常はない。


 ちょっと一時的に、落ち込んでいるだけだ。それも今日でお終いにして、明日からはきっちり切り替えないとな。


 だって、俺が面倒見る予定の新入社員には何の関係もないことなんだから、迷惑掛けるようなことだけはするわけにいかない。

 例え相手が苦手なタイプの女の子だったとしても、普通に接しよう。俺にはそれくらいしかできないし苦手だからってそれで教育係が逃げ腰になってちゃどうしようもない。


 できれば可愛くて素直で、俺の指示には真面目に率直に従ってくれる子だと良いなぁ。


 希望的観測や願望ばかり考えていても仕方ないんだが。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ