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問題のある新入社員3 (SIDE:哲郎)

「あっれ~? ずいぶんと珍しいな~。鴻が自発的に総務部に来るなんて~、どういう風の吹き回し~?」


 いつも通りのヘラヘラした笑顔と気の抜けるような声で話しかけてきた田上に、真顔で答える。


「総務部にセクハラ対策のマニュアルがあると聞いて来たんだが」


「あ~、あれね~、総務部フォルダの中に社員向けPDFマニュアルっていうフォルダがあってそこに入ってるんだけど、ちょっと見つかり難かったかな~? 一応ナンバリングで一番上に表示されるようにしておいたはずなんだけど」


「それ、できれば持ち帰って読みたいんだけど社外秘扱い? それとも持ち出しOK?」


「社外秘でも何でもないから問題ないよ~。それで印刷とPDFどちらが良い~」


「PDFで良い。私物のスマホで読む」


「了~解~。すぐ出せるけどどうする?」


「じゃあ、このSDに保存してくれると助かる。あと今日の夜、暇か?」


 そう尋ねるとピンと来たらしく頷いた。


「本当なら礼も兼ねてキャバクラ連れて行ってあげたいけど、金欠だから居酒屋でも良いかな」


「キャバクラは勘弁してくれ。ちょっと相談したいこともあるから」


「ふ~ん、わかった。じゃあ店とかはそっちで決めてよ。僕は十九時まで仕事するから、その後でもかまわない?」


「問題ない。連絡は業務用と私物、どちらに入れておく?」


「私物の方でよろしく~。あっ、さっき別れ際にも言ったけど、本当設営準備ありがと~、マジ助かった~。三人もドタキャンされるなんて本当最悪だよ~。

 当てにならないバイト頼むより、今度からイベントの設営は鴻に頼んじゃおうかなって思うくらい助かった~。

 プロジェクターの箱を小脇に抱えて、更に三脚と撮影用のLEDライトの入ったバッグを逆側の肩に掛けて、危なげなく同時に運べるやつってそうそういないよ~」


「あれ? もしかして別々に運ぶんだったか?」


「普通はね~。しかもあれ、台車で運ぶつもりで同じ車に積んであったでしょ~。あと別の部屋に運ぶっていう指示を貼っておいたはずだけど~」


「通りで重いと思った。隣の部屋だから、一度に運んだ方が早いと思って運んだけど」


「あんな重量物運ぼうとして実際に運べちゃうのがすごいよね~。ジムでバーベル何キロまで挙げられるの~?」


「最近行ってないからなぁ。百三十挙げたのが最高だけど、たぶんもう無理だ。七十キロ台なら軽いけど」


「それじゃ僕もかる~く持ち上げられちゃうな~」


「バカ言うな、お前が酔い潰れなきゃわざわざ意味も無く持ち運んだりしないから安心しろ」


「それは安心?なのかな~。はい、SD。で、そっちの仕事は大丈夫なの? なんかさっき小清水課長が楽しそうな様子で大量の資料と書類抱えて歩いて行くのが見えたけど」


「あー、うん、まぁな。じゃあ、また後で」


 課長が何を始めたのかは数日後にはわかると思うが、まさか俺が何気なく返した一言で即アイディアを思いついて当日の内に行動に移るだなんて、思いも寄らなかったからなぁ。


 五月頭とか言ってたから、ゴールデンウィーク中盤から後半辺りだよな。マーケティング部とうちが絡んでゴールデンウィークに狙うことって一体何だろうか。

 今日が三月三十日の金曜日だからあと一ヶ月。四月二日は入社式だから課長はほぼ一日身動きが取れないはずで、時間はそれほどないのに何を考えているのか全く謎だ。

 具体案がまとまったら、教えてくれるとは思うけど。


 小清水課長は、つくづく敵にしても味方にしても厄介な人だと思う。


 一応尊敬しているし有能で能力面ではとても信頼してはいるのだが、彼のちょっとした思い付き(アイディア)は良くも悪くも周囲を振り回す。

 彼は正論しか言わないし実利を伴わない無駄なことは一切しないから、文句は言えないし多少の不満があっても言い難い。


 本人は自覚あるのかどうか不明だが、喜々として良い意味でも悪い意味でも人の嫌がることを精力的に行う姿はすごいとは思うけれど、より強く畏怖や恐怖を感じてしまう。


 たぶん当人は、意見その他があるならお構いなくどうぞとか言うだろうけど、あの笑顔が恐くて正面切って喧嘩売るようなことができる人はあまりいない気がする。

 実際、俺も恐いし。なんだか得体の知れない迫力があるんだよな。


 あの人が上司で良かったと思うことも時折あるけど、彼の部下でいることは色々と心臓に悪くて、なんとはなしに据わりが悪い。

 小清水課長にずっとうちの課長でいて欲しい気持ちは嘘ではないのだが、目の前にいると落ち着かない気分になるとても恐い上司だ。


 できる人で頼りになる人でもあるが、たぶんうちの課に配属された社員がなかなか居着かないのは、業務内容以上に彼が一因なのだろう。

 無碍なことや無体なことはしないし、人も物事も不当に扱うようなこともないけど無駄を極端に嫌う人でもあるから、暇が出来たかなと少しでも思えば即座に仕事を振ってくるので、ちっとも油断できない。


 決して悪い人ではないけど良い人かと問われてYesと答えられないのは、やはり彼のキャラクターのせいなんだろうな。



   ◇◇◇◇◇



 近所の居酒屋の個室を電話予約して、田上と待ち合わせた。ビールをピッチャーで、料理は一人二千円くらいで適当に頼んだ。


「それにしても思ってたより遅かったね、鴻。小清水課長の思惑がわからないから言えなかったけど、もっと早い段階で動き始めるだろうと思ってたのにちっとも反応がないから、たぶんまだ聞いてないんだろうと思って色々ヒントや助言してあげたんだよ。本当感謝して欲しいよね」


「あんなヒントで性別までわかるか。だいたいヒントにしろ助言にしろ、もっとわかりやすいのを出してくれよ。今日、課長に聞くまで全然知らなかったんだからな」


「それは僕のせいじゃないよ、鴻が抜けてるだけだと思うな。だいたい僕が教えてあげた時に課長に直接聞いていたら、その時点で教えて貰えただろうに」


「なっ……!?」


「そういうところでうっかりしているのが鴻らしいっちゃらしいんだろうけど~、そういう油断は足をすくわれる元だよ~。

 だいたい鴻は自覚ないだろうけど~、上の人達は鴻のことを小清水課長の子飼いの秘蔵っ子で、常務の派閥の陣営に属していると思ってるよ~。

 あと新入社員の受け入れの件で、常務の娘婿で次期ポスト狙ってる小清水課長が~、ライバル陣営筆頭の大川専務に恩を売って何か画策していると思われているから~。


 おかげでここ四ヶ月程は部長クラスの人達がピリピリしてるよ~。何かで因縁付けられ降格されて代わりの後釜に小清水課長が潜り込むつもりでいるんじゃないかって~。

 上が詰まっているから、小清水課長が部長職狙ってても現状じゃ難しそうだからね~」


「そんなの初耳なんだが」


 なんか色々驚愕っていうか身に覚えがないこと過ぎて、正直勘弁して欲しい。なんでそんなことになってるんだよ。


「じゃあ今聞いたからもうわかるよね~。そういうわけで、疑心暗鬼に陥った幾人かの人が小清水課長のミスや失脚を狙っていて、そのついでに鴻のことも警戒しているみたいだよ~。

 大変だよね、すっごく災難だよね、鴻自身は何もしてないし考えてないのに大ピンチ。でも僕はただの平社員だから愚痴を聞くことと応援しかできないけど、頑張ってね~。

 鴻がいなくなると僕も困るから~」


「ちょっと待て! 見捨てるつもりか?」


「そういうことではないけど、実際僕にできることなんてないよ~? 知ってるかどうかはわからないけど、うちの部長は先代の大川専務の時からの太鼓持ちで、それ以外にもとにかく小清水課長を嫌っているから、鴻と仲良くしている僕にそうそう情報洩らすようなことはしないしさ~」


「えっ、それは大丈夫なのか?」


「その辺はまぁ気にしないで~。僕は皆と広く浅く仲良しだから~、いずれの派閥にも属さないコウモリ野郎って思われているから全然大丈夫~」


「それは本当に大丈夫なのか? というか広く浅くなのかよ」


「え~、だって深く付き合うと色々面倒だし~。悩み事相談とか仕事で聞く分だけでお腹いっぱいっていうか~? それで相手に依存されたら迷惑~みたいな~?」


「えっ、じゃあ俺も悩み事相談とかしない方が良いのか?」


「やだな~鴻ってば~、今のは浅く広くな人達の話で鴻は友達でしょ~? 鴻には色々恩義もあるし、こっちの負担にならない程度なら聞くってば~。

 ああ、でも借金の申し込みと保証人はNGね~。即断即決即解決とは行かないけど~コネと社内の表に出てくる情報収集なら任せて~」


「なら、そのふざけた口調やめろよ。わざとらしいんだよな、それ。どうせ俺には効果無いんだから無意味だろう」


「まぁ別に良いけど、重くなりそうな話をゆるい口調でマイルドにしてあげようっていう僕の気遣いなんだけどな。ほら、普段おちゃらけ担当の僕が急にシリアス口調で真面目に話し出したら、心臓に悪いでしょ」


「いらねぇよ、そんな気遣い。しかもちっともマイルドになってねぇし」


「あれ、そうだった? おっかしーなぁ、できるだけ印象を和らげたつもりだったのに」


「しかも俺、今日は服や見た目に関する相談するつもりだったのに、いきなり陰謀とか知りたくなかった社内の暗部聞かされて、ただでさえゲッソリしてたのが更に落ち込みそうだ。

 何、俺の普段の行いが悪いの?」


「鴻を少しでも理解してたら、陰謀とかそういうのとは全く縁の無いやつだってわかるんだけど、そもそも引きこもり過ぎててたまにしか出て来ないから、同じ社内でも情報が少ないんだよね。

 権力闘争に巻き込まれたくないなら、もっと積極的に外に出てきて仲間を作らないと。


 で、鴻にとっての本題はこっちの話じゃなかったんだ。てっきり大川専務が口を出した新入社員の雇用と受け入れの件だとばかり思っていたよ」


「それも聞きたい話の一つではあったけど、そんな話が出て来るとか思わないだろう。本当、マジで勘弁して欲しいよ。俺はプログラミングできれば、出世も権力争いもどうだって良いのに」


「高専時代にフリーのツール作って広告費で小遣い稼ぎしていたんだろ? 起業は考えなかったの?」


「プログラミングは好きだけどそれで食っていける程の才能あるわけじゃないし、兄貴が先に下請け会社でSEやってたからな。

 うちの会社は給料は少ないけど、兄貴の職場に比べたらクリーンで残業・休出も少ないし」


「それ、比較対象が良くないんじゃないの。良いとこはもっと良いでしょ。鴻は頭良いのに、そういうとこすっごくバカだよね」


「まだビールしか飲んでないのに、絡み酒かよ」


「鴻は本当、人の悪意や思惑に鈍感だよね。そのくせ妙なところで聡いというかバカというか、同期の石田がいじめで悩んでトイレに隠ってたのを見つけてなだめて、いつの間にか懐かせて自分のところへ引っ張って来て面倒見たりとか。

 僕はあれ、研修の時から見ていたけど、絶対あいつは一年保たずに辞めると思ってたからビックリだよ。たまに鴻はとんでもないミラクル生み出すよね」


「え、お前もしかして俺が知るより先にあいつがいじめられてるの知ってたのか?」


「僕は鴻と違って、直接助けを求められてもいないのにわざわざ自分から介入したりしないから。助けてくれと言われたならともかく、そうでもないのに係わらないよ。

 当人が求めてないのに手を出しても当人自身が何も動かなければ、解決にはならないでしょ。感謝されない上に恨みを買うようなことになったら、次は自分がターゲットになりかねないからね」


「お前、ずいぶんドライだな」


「鴻と比較したら大抵の人間がドライだよ。誰だって自分が一番可愛いから。

 まぁ、普通に多対一でいじめやるような連中が、鴻に正面切って喧嘩売れる度胸があるはず無いから、鴻本人が問題ないならそのままでも良いんじゃないかな。

 不都合なければ、自分の思うとおりやれば良いよ。鴻のそういうとこ、バカだとは思うけど嫌いじゃないし」


「あまりバカとか言うなよな。俺よりお前の方がずっと毒舌で辛辣じゃないか」


「やだな~、照れ隠しだよ~」


「嘘臭ぇよ。ところで新入社員の件はどこまで知っているんだ?」


「知っての通り、僕は一次も二次も評価はしてないけど同席して見ていたし、三次の時は直接顔は合わせてないけど裏方してたし、たぶんだいたいのところは知っているよ。

 悪い印象はなかったけど覇気はないし意欲的でもないし、グループ面接でも直接質問されない限りは口を開かないし、これは可哀想だけど落ちるなと思ってたよ。


 むしろどんな事情や思惑があろうと、小清水課長がシステム開発課で引き取るはずがないと思ったから、鬼の霍乱だと思ったね。

 で、できれば聞きたいんだけど、小清水課長どうしちゃったの? やっぱり噂通り大川専務に恩を売りたかったわけ?」


 一瞬悩んだけど、田上のことだから悪いようにはならないだろうと、口を開いた。


「彼女に同情したらしい」


「は? あの小清水課長が? 仏の皮を被った陰険粘着ドSとか陰口叩かれてる小清水課長が?」


 うわぁ、思ってたより酷いこと言われてるな。実際、言われるようなことはしているんだろうけど。


「でもあの人、容赦なくて恐ろしいところもあるけどちゃんと人を見ているし、部下を育てることとプログラミングは大好きだぞ。

 同じくらいかそれより若干落ちる程度に、権謀術数も嫌がらせも好きだけど」


「やっぱりあの人、悪いけど僕は苦手だな。得体が知れなくて掴み所なくって、遠くにいると茫洋とした生気を感じない幻みたいなのに、目の前にいるとものすごい強烈なオーラ感じるし」


「それで田上が見た彼女の印象はどうだった?」


「鴻が面倒見ることになったんだろう? だったら、鴻が自分の目で判断すると良いんじゃないかな。

 鴻はたぶん僕が感じたのと別なものを見る目を持っているんだろうから、予断や先入観がない方がきっと上手く行くよ」


 田上はそう言って笑った。


「色々準備したいから聞いたのに」


「で、まさか入社式に着ていくスーツがないとか言わないだろうね?」


「それは大丈夫だ。五年前に着たのがまだ着られたから問題ない。だけど、それ以外の服がかなりヤバイ。よれよれの作業着着たゴツイ男に指導されたら、やっぱり普通の女の子は怯えるよな?」


「あー、そういうことか。まさか鴻、まともな服は一枚も持ってないの?」


「休日に着てるTシャツやジーンズがあるけど、それ以外は全滅だ。早急になんとかしないとまずい」


「えっ、でも鴻のサイズって3L、下手すると4Lくらいだよな? そんなサイズで着られる服って、あんまり無いよな?」


「そうだよ、だから今まで作業着とか身体にぴったり合わなくても誤魔化せるような服とか着ていたんだ。

 探すの面倒だし見つけても高かったりするし、しかも俺が頑張ってオシャレしてもどうせ女の子には初対面で逃げられるし、だったら楽な方へ流されるよな」


「あのな、鴻。お前みたいな人一倍大きいやつに合うのは大抵は海外ブランドか、あるいは色々な年齢層や体格の客を想定しているショップだ。

 海外ブランドはだいたい高い。国内ブランドで一番大きいのはそっち系を専門にしていないと、大抵XLが最大だ。


 したがって、お前が安く手頃な価格の服を欲しいと思ったら、対象年齢が老若男女の店を選択する以外の選択肢はほぼない。

 スーツやジャケットなら紳士服量販店、あとはミリタリーものを狙ったり、○ニクロとか郊外にある大型店、それとスポーツ用品店だ。


 古着屋やリサイクル店は期待するな。いざという時は大型サイズ向けの通販を利用しろ。通販は色物柄物を避け、黒か白を選ぶのが無難だ。

 でも鴻、俺達の勤める会社の本業は?」


「スポーツ用品の仕入れ・販売・自社製品の製造だな」


「そう。自社でウェアは作ってないけど、取り扱いのある商品であれば小売店で買うより安く買える。とりあえず何着か外でボトムやジャケットを購入して、インナーは良さげなものがないなら社内で買え。

 商品なら社員割引で購入できる。箱が破損した場合は更に安く買えることもあるが、期待はするな」


「わかった、有り難う。参考になった」


「で、服を選ぶのは手伝った方が良いか?」


「できれば頼む」


「了解。じゃ、これで貸し借りなしだよな」


「ああ、恩に着る」


 俺は深々と頭を下げた。

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