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問題のある新入社員14 (SIDE:哲郎)

 指定された料亭へ行き自分の名を告げると、部屋へと案内された。比較的こぢんまりしてはいるが調度品は高そうだし、掛け軸に描かれた文言は達筆過ぎて読めそうにない。

 かろうじて窓から見える庭がきれいだということだけはわかった。それ以外については、知識も教養もないので良くわからない。


 そんな部屋の奥に、スーツのジャケットを脱ぎネクタイを緩めてゆったりと座る茶髪の男は、やけにこの場に似合っていて、やっぱり厭味臭くて嫌いだと思った。

 自分でも僻み・嫉みの類いだという自覚は十二分にある。本当にムカつく。っていうかお前が誘ったくせに自分が上座とか、何様だと思う。


「で、いったいどういう了見ですか、高坂先輩」


 ドッカリと座布団の上に胡座(あぐら)を掻いて座る。わざわざ着替えるのも悔しかったので、Tシャツとジーンズのままだ。しかもシャワー浴びた後だから靴下なしの素足である。

 この部屋には不似合いなこと間違いなしだが、知ったことではない。こんな部屋をわざわざ予約するのなら事前に先方に伝えておくのが礼儀だろう。この現状は、それを怠ったやつの責任だ。


 しかも家から車で二十分ほど掛かるような距離にあるのに、タクシーを使う羽目になった。おそらく帰りもタクシーになるだろう。いくら奢りと言われても、全く嬉しくない。

 だが、全額奢りだと言うなら足代も出せとまでは言い難い。文句を言う代わりに相手をジロリと睨み付けた。


「出会い頭にずいぶんな挨拶だな、鴻。まずはこんばんは、だろう。まずは乾杯といかないか? 俺のおすすめの純米酒だ。冷やでもいけなくはないが、温燗(ぬるかん)で飲んだ方が旨い」


 何が楽しいのかニヤニヤ笑っている高坂に、イラッとする。この男の何がそうさせるのかはわからないが、いちいち神経に触る男だ。

 おそらく馬が合わないのだろう。やることなすこと気に食わない。モテない男の僻みだろうが何だろうが、気に食わないものは気に食わないのだ。


 だいたい音無さんを引き合いに出せば俺が出て来るだろうと考えていること自体も腹立たしい限りである。

 この手の男には弱味を握られた時点でイニシアティブを取られたようなものだが、だからといって放置はできない。


 ほら、と言わんばかりに徳利を突き付けられ、不承不承ながら御猪口を差し出す。縁ぎりぎりまで注がれ、対面の高坂が掲げて飲み干すのに合わせて、一口だけ含んだ。


「強そうに見えるくせに、燗は初めてか?」


 日本酒は冷やまたは冷酒でしか飲んだことがないので、プンと香る匂いにやや眉を顰めたのに気付かれたらしい。

 図体がデカイから酒が強いというのは迷信だ。


 しかし、ザルではないが弱くもないと思う。面白がった常務に、ジンとウォッカとテキーラとラムをちゃんぽんさせられた時は四杯でダウンしたが、普通だと思う。


 全く知らずにカクテルで、意外と飲みやすいなと思って飲み干したのでやらかしてしまったが、以降はそんなバカなことはしていない。

 常務の人の悪さとタヌキっぷりは、課長とどっこいどっこいだと思う。あれ以来笑顔でにこやかに話し掛けてくる人間を警戒するようになった。


「あれから考えてみたんだが何か事情を知っているとしたら、音無さんじゃなくてお前だよな。彼女自身が知っているとしたら、ああいう言動にはきっとならない。

 入社式にお前が言っていたことをようやく思い出したんだ。確か、会社を辞めるつもりがないなら音無さんに手出ししようとするのはやめた方が良いとか言っていたよな。

 彼女には本人も知らない何か事情があるのか?」


 なるほど、それが聞きたかったのか。だとしても、それに気付いたきっかけは何だ? ただ時間が経過して頭が冷えたからようやく思い出したということなのか、他に何か理由があるのか。


「音無さんにどういう事情があろうと、部署の異なる高坂先輩に何か関わりがあるとは思えませんが、それともそうではないとおっしゃいますか?」


「色々あって面倒になってきたから、事情によっては引きが掛かってる先へ転職することも視野に入れている。

 だから、音無さんの事情を知ったからといってそれを悪用することは絶対にないと約束する。

 その上で、このまま会社に残るお前の体面を考えて、人目につかない場所を提供したつもりだが、まだ足りないか?」


「まずはそちらの事情を開示するのが先じゃないですかね。でなければ、高坂先輩がいったい何を知りたいのか、こちらもわかりませんから」


「チッ、イイ性格してるな、上司そっくりのやり口か」


 さすがに小清水課長ほど酷くはないと思うんだが。


「そちらと違って交渉ごとにはあまり慣れてないので、不都合がなければ早々にお暇したいのですが」


 そう告げると、高坂が苦虫を噛み潰したような顔になったので、溜飲がいくらか下がった。目の前には高そうで旨そうな会席料理が並んでいるが、夕飯を食べ終えた後で見せられても箸を付ける気にもならない。


 ちなみに夕飯の内訳はエンドウ豆ご飯に、山盛りにされた甘酢あんをかけたミートボールと付け合わせのサニーレタスにプチトマト、里芋の味噌汁に、菜の花の酢味噌和え、おからの煮物に大根・人参・蓮根の煮物である。


 これらを全て残さず食べた後で、いくら高級とはいえ懐石料理を食えるやつがいたら、是非ともお目に掛かりたいものである。


 これが嫌がらせだとしたら、実に効果的な嫌がらせだと思う。

 この透き通るような白身の刺身なんかは、腹が減っていればさぞおいしかったのだろうが、食べ終えてから一時間半ほどしか経ってない状態では眺めることしかできそうにない。

 たぶんきっと今飲んでいる辛口の酒とはさぞや合うんだろうな。どう頑張っても食えそうにないけど。本当ムカつく。


「……まぁ、良い。ぶっちゃけると、今、中岡課長に嫌がらせされている。ちょうど入社式のすぐ後くらいからだ。

 タイミング的には、おたくの小清水課長が中岡課長に話があると式の途中で呼び出して以降だ。

 鴻、お前、何か心当たりはないか?」


 まさかと思うが、俺と小清水課長のせいだと言いたいのか。疑問形だが確信持って口にしていそうな様子だ。ということは、ある程度情報入っているんだろうか。

 それよりもまず、懸念事項を潰しておこうか。


「知り合いから俺の番号を知ったって言うのは嘘ですよね、高坂先輩」


 俺がそう切り出すと、高坂は嫌そうに眉を顰めた。


「どうしてそう思った?」


「社内で俺の私物スマホの番号を個人的に知っているのは、総務部の田上、システム開発課の浦谷、石田、下村、小田、後は第一営業課の河西(かさい)、経理課の仲井(なかい)です。

 いずれも高坂先輩に尋ねられて洩らすような連中ではないので」


「へぇ? ずいぶん信頼しているんだ?」


「信頼もしていますけど、それ以上に連中を良く知っているので。

 うちの課の連中はそもそも人見知りで知らない人間と話したがるようなやつらじゃないし、田上はふわふわして見えるけどぬらりひょんのようなやつだし、河西は仮に教えるとしても俺の番号だと偽って一桁間違った番号を教えるでしょうし、仲井に関しては親しくない人間に対しとても面倒臭い男なので有り得ません。


 で、俺が気になるのは、高坂先輩が選択した情報の入手方法です。アナログか、デジタルか。後者だとうちの仕事の管轄になるので、今週分のログを全部総ざらいして洗わなければいけませんからね。

 アナログであればそれはそれで問題なので、社内の監視カメラを増やす必要がありそうですが」


「はいはい、総務部の人事担当の女の子誑し込みましたっと。とは言っても、俺が情報を抜いたことに当人は気付いてないから、全面的に俺の責任です。本当に悪かった、ごめんなさい。はい、録音できた?」


 高坂が何故かとんでもなく嫌そうに顔をしかめて、やけっぱちな口調で吐き捨てた。


「別に録音はしてませんよ、面倒だし」


「へーえ? 鴻はそれで良いの? 証拠取って置いたら後々使えるかもしれないよ?」


「だから俺はそういった面倒なことに係わり合いになりたくないんですよね。できればしがらみとか闘争とか人間関係のゴタゴタに巻き込まれずに、自分の仕事だけしていたいので」


「あれ? 鴻って仕事熱心でストイックながらも小清水課長の腰巾着で陰険根暗傲慢野郎だと思ってたけど、違うんだ?」


 高坂が意外そうに言うのに、思わず額を押さえた。どうなってんだ、俺の課の外での評価。


「言っておくけど、出世なんかしても面倒なことが多そうだから、俺は一生ヒラのままプログラミングしていたいので昇格試験も受ける予定はないですよ」


「じゃあ、上司や上役への義理とかしがらみとかないよね? だったら知っていること教えてくれても良いんじゃないの? こんなにしてるんだしさぁ」


「もてなしがしたいのなら、遅くとも前日までにアポ取っておくのは常識じゃないんですか? 夕飯たらふく食った後で御馳走見せられても胸焼けするだけなんですが」


「でも、酒は旨いだろう?」


「俺はグルメじゃないので、生憎とサッパリですね」


 嘘だ。たぶん俺がこれまで飲んだ日本酒の中でもたぶん一、二を争う味と香りだと思う。ただこれが初めて飲んだ温燗なので、比べようがないけれども。

 好みの問題なのかもしれないが、冷酒の方が好きなんだよなぁ。次点で冷や。あとたぶん、辛口って飲めなくはないけど、別に好きでも嫌いでもないかな。


 友人と駄弁りながら飲むならビールや発泡酒やチューハイ、静かに楽しむならブランデーやウィスキーを生のままで、かな。

 カクテルもまぁ嫌いではないんだけど、舌に乗せた感じでアルコール度数を計れないのは正直困る。強いのをうっかり気付かずに飲んで、後で急に酔いが来るのは本当に困る。


「お前、奢りがいがないやつだな、鴻」


「そう思うならせめて空腹時に呼んで下さい。夕飯は腹一杯になるまで食う派なんで」


「……お前、いったい何が欲しいの? 次は何を差し出せば情報出す気になるんだ? 金か?」


「金は別にあなたから貰おうとは思いませんね。自分が貰ってる分で十分満足しているので」


 でもまぁ、これ以上焦らすとかえって面倒なことになるかもしれないか。


「俺の知っていることなんてたいしたことじゃないですよ。音無さんの伯父さんが、大川専務の大学時代からの知り合いらしいってことくらいで」


「大川専務? ……マジか、そういうことか」


 あれ、これでわかるのか。ってことは俺なんかよりもずっと色々手掛かりとか情報持ってそうだな。


「そういうことなら、入社式のあの時に教えてくれたって良いだろう、鴻」


 キッと睨んで言う高坂に、俺は肩をすくめた。


「あの時の高坂先輩は俺がそれを話したとして、聞く気がありましたか?」


 俺が言うと、高坂は心底悔しげに顔を歪めた。


「……くそっ、あの野郎……っ! あの時点で俺をハメる気満々だったのか……!」


 そう吐き捨てて、高坂は舌打ちした。


「納得できたなら、俺はお役御免ですよね」


 そう言って立ち上がろうとしたら、グイと腕を掴まれた。


「もうしばらく付き合え」


「はぁ?」


 思わず顔をしかめてしまった。


「そんな顔するなよ、鴻。俺はもう少し飲みたいんだ。だけど一人で飲む気にはなれないから、俺が満足するまで付き合えよ」


 ニヤリと笑って言う高坂に、その心情が心底理解できず内心首を傾げる。


「俺とあんたはそれほど仲は良くないはずだが」


「そうだな。だけど俺は生まれてこの方、一人酒とかヤケ酒なんてものは一度もしたことないんでな。お前の仏頂面でも多少は酒の肴になる。飲みたい酒があるなら奢ってやるから、好きなのを頼め。

 あと二時間もしたら解放してやる」


 ゲンナリした顔になった俺を見て、高坂はケラケラと愉しそうな笑い声を上げた。


 ……うわぁ、こいつ最悪だ。


「俺はあんたのことが嫌いだ」


「奇遇だな、俺もだ。気が合うな」


 嫌いな男を対面に置いて肴にして飲むとか、こいつの神経、いったいどうなってるんだ。


 ムスッとした顔になる俺を見て、更に腹を抱えて笑う男の姿に、溜息をついた。


「帰ります」


「そんなこと言うなよ。折角ここまで来たんだから、好きなだけ飲んでいけって」


「どう考えてもマズイ酒にしかならないんですが」


「今更取り繕ったようなこと言わなくても良いだろ。お前に敬語や丁寧語で話されると、むず痒い上に気持ち悪い。上から目線でバカにされている気分になる」


「そうですか。そんなやつと酒が飲みたいとか、高坂先輩はドMなんですかね。ちょっと趣味・嗜好が合いそうにないです」


「あははっ、その反応どこかで見た!」


 人の腕を掴んだままケタケタと笑い転げる高坂に、諦めてその場に座り込んだ。


「本当にあと二時間だけですからね」


「そう来なくちゃ! さぁ、飲め!」


 ……もしかしてこいつ、俺が来る前から飲んでいたのだろうか。いくらなんでも素面でこのテンションとか言わないよな? 本当、勘弁してくれ。

以下修正


×事態

○自体


×システム開発課の石田、

○システム開発課の浦谷、石田、

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