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問題のある新入社員13 (SIDE:哲郎)

 帰宅すると、白が出待ちしていて扉を開けた瞬間、飛びついて来た。


「待て、白! 頼むから待て、落ち着け! こら、邪魔するな。靴くらい脱がせろってば」


 何とか転倒することなく白の身体を受けとめる事ができたが、予告なしにいきなりだとびっくりするから焦る。とりあえず扉閉める猶予くらいは欲しい。

 白のテンションがやたら高くて、忙しく尻尾を振りながらフンフン匂いを嗅いだり、前に突き出した腕を舐めるのをなかなかやめてくれない。


 白が若干前のめり気味に後ろ足で立つと、ちょうど頭が太股のちょい下辺りになる。ジーンズやカーゴパンツの時は良いが、おろし立てのチノパンの時は爪を立てないで欲しい。


「なぁ、頼むから白、少し離れてくれってば。靴を脱ぐまで待て」


 そう言い聞かせようとしても、お構いなしである。


「……帰宅早々玄関先でうるさいわね、哲朗。早い時間とは言え近所迷惑になるんだから、もう少し静かにしなさいよ。あんた、いい加減大人なんだから、そういうことは気を付けなさい」


「俺のせいかよ。だいたいこれは白が俺が扉開けた途端飛び掛かって来たせいで、大声上げたくて上げたわけじゃねぇよ。

 いつもはこんな出待ちとかしてないのに、どうして今日に限ってこんなことしてるんだよ、こいつ」


「なんかあんたが帰ってくる気配か匂いを感じたらしくて、あんたが玄関入る少し前くらいに飛び出して行ったわよ?」


「なんでそれ見てて止めないんだよ」


「あのねぇ、哲朗。夕方の主婦は夕食の支度で忙しいの。あんたの夕食が冷凍のお好み焼き単品か、おかずやサラダなしのレトルトカレーになっても良いって言うなら話は別だけど」


「ああ、絶対、今着ている服毛だらけだ。危うく転倒だけは避けたけど、マジビビった。おい、白、心臓に悪いから俺が玄関上がるまでは飛びつくの禁止だ。わかったか?」


「犬にそんなこと言っても理解できないわよ、哲朗」


「そんなこと言い切れないだろう? 何度も話し掛けていれば、白も言葉を覚えて理解できるようになるかもしれないじゃないか」


「それはどうかしら。この子おバカだから、たぶん無理だと思うわよ」


「やってみないでそんなこと断言できないだろう。白、いいか? 俺が着替えて居間へ行くまでは飛び掛かるのは絶対禁止だ。わかったな?」


 俺が白を窘めるように言うと、それに対して返事をするように、白は一声鳴いた。


「良し、わかってくれたんなら良いぞ。これから頼むぞ、白」


「哲朗、絶対それ通じてないわよ?」


「母さんは黙ってて。じゃあ、行け、ちょっと待ってろ、白」


 そう言って白の尻をポンと軽く叩くと、白は居間へと駆け戻って行った。


「ほら、白はちゃんとわかっているだろう?」


「……時折、あんたっていう子はとんでもないバカに見えるわ。なんでこんな子に育っちゃったのかしら」


 なんでそんなこと言われなきゃならないんだ。


「とにかく、俺はすぐ着替えるから。母さんも夕飯の支度の続きしたら?」


「珍しく早く帰って来たんだから、たまには家事の手伝いしてくれても良いのよ。いずれあんたもこの家を出て行くんだから、その時のために簡単な料理くらいできるようになっておいた方が良いんじゃないの?」


 別にチャーハンとかオムライスくらいなら作れるし、言われるほどひどくはないと思うんだが。市販のルーや調味料を使って良いなら、カレーとシチューとハヤシライスにおでんもいける。


「母さん、手伝って欲しいなら素直にそう言えば?」


「あんたは本当に可愛くないわねぇ」


 二十四歳の息子が可愛く振る舞う必要が何処にあるのだろうか。すごく謎だ。


「着替えて白のご機嫌取ってからで良いなら手伝うよ。夕飯は何?」


「ミートボールよ。挽き肉丸めるの手伝って」


「わかった、後で行く」


 そう言い置いて二階の自室へ向かう。以前は一部屋だけだったが、兄貴が出て行った後は続き間を貰って書斎兼PCルームとしている。

 以前の自室が寝室で、箪笥やクローゼット兼シューズロッカーなどもそこにある。いらない紙袋に着ていたジャケットを放り込む。

 これは明日、クリーニングに出さないとな。ついでに入社式に着たスーツも一緒に出す予定だ。ジーンズとTシャツに着替えて階下へ降りると、ちょうど玄関から祖母が入って来るところだった。


「おや、珍しい。今日はずいぶん早かったんだね、おかえり哲郎」


「ただいま、祖母(ばあ)ちゃん。それとおかえり。何処かへ行ってたのか?」


「お隣に回覧板を持っていったんだよ。お隣のみっちゃん、大きくなってたよ」


「へぇ、(みつる)が戻ってきてるのか」


「ああ、奥さんと子供も一緒だったよ。先月生まれたばかりだって」


 あ、これは嫌な予感がする。


「確かみっちゃんは哲郎の一つ上だったよねぇ」


「あっ、ごめん、祖母(ばあ)ちゃん、母さんに夕飯の支度の手伝い頼まれてるんだ、もう行くよ」


 そう言い置いて、急いで台所へ向かう。


「母さん、手伝いに来たよ」


「あら、思ったより早かったわね。椎茸刻むから少し待ってて」


「先に挽き肉だけ混ぜておいた方が良いだろう、やっておくよ」


 そう言って手を洗って、腰に着けるタイプのエプロンを巻く。


「なら、頼むわ。そういえば、さっきの玄関の音、おばあちゃんが帰って来たのかしら」


「そうみたいだ。祖父(じい)ちゃんの声が聞こえないけど、出掛けてるのか?」


「夕方に白の散歩に行って、帰宅してからシャワー浴びて上がってから、ソファでうたた寝しちゃったのよね。で、おじいちゃんにかまって貰えない白がさっきから家の中ウロウロしていて。

 台所へは入って来ないけど、廊下を走る音だけは聞こえて来るから、さっきから落ち着かないのよね」


 白、淋しがってるのかな、それとも暇と体力を持て余している?


「うっかり白にかまうの忘れてこっちに来たから、あいつの機嫌損ねないように、ミートボールこね終わったら相手して来る。もしかしたら運動が足りなかったのかも」


「白も大きくなったものねぇ。今度から夕方の散歩も哲郎に頼んだ方が良いのかしら」


「休みの日はともかく平日は無理だろ、それ。散歩の他に玩具やボール遊びで発散させてやれば良いよ」


「そう? しかし、白も誰に似たのか落ち着かない子よね。もう成犬になってるはずなのに」


「もしかして俺に似てるとでも言いたいの?」


 そう返して軽く睨むと、母は肩をすくめた。


「あんたが構いすぎるから、子犬気分が抜けないんじゃないの?」


「俺のせいにするなよ。だいたい白の飼い主は祖父(じい)ちゃんだし」


「哲郎、挽き肉はどうなったの?」


「このくらい混ぜれば十分だと思うけど」


 そう言って、ガラス製のボウルに入った若干白くなった挽き肉を見せる。母はそこへ刻んだネギと椎茸、生姜のすり下ろし、酒、塩コショウ、片栗粉にとき卵を入れる。それを均一になるよう混ぜ合わせた。


 無言で差し出されたパッドの上に、丸めたミートボールを乗せる。


「どうせならミートボールより焼売か餃子が良かったな」


「そう思うなら、昼間の内にメールか○INEで連絡しなさい。そうしたら考えてあげるから」


「どうせ挽き肉の安売りしてたとかそういう理由だろう」


「そうよ、あんたが良く食べるから、肉類はたくさん買わなきゃならなくて大変なのよ。今日使わない分は冷凍してあるから、なくなるまでは挽き肉料理のリクエスト受け付けるわよ」


「家に五万入れるだけで足りないならあと三万ほど追加した方が良いのか?」


「別にそんな心配いらないわよ。私もお父さんも働いているから十分よ。あんたは将来のためにしっかり貯金しておきなさい。

 結婚するにしろ、一生独身で過ごすにしろ、貯金はいくらしておいても無駄にはならないから」


「俺の貯金総額、かなり多いらしいぞ」


「あんたが今、マンション買ったら頭金であっという間に消えるわよ。マンション買わなかったとしても、この家にあんたしか住まないようになる頃にはリフォームか修繕が必要になるから、取っておきなさい」


 そりゃマンション買ったりリフォームしたら、誰だって貯金があっという間に消えるよな。家計に入れなくても良いというなら、そうしておくか。


 ボウルの中の材料を全て丸め終えたので、手とボウルを洗って片付ける。


「じゃあ、俺、もう行くから」


「ええ、有り難う、哲郎。助かったわ」


 たぶん母さんが面倒だからやりたくないだけなんじゃないかとも思ったが、口には出さないことにした。居間へ行く前に洗面所でもう一度爪の中まで手を洗ってから向かった。


 お待ちかねの白が俺の姿を見た途端、尻尾を振りながら駆け寄って来る。口にはお気に入りのボールがくわえられている。

 やっぱり遊び足りないらしい。とりあえず、白の定位置で全身をワシワシ撫で回してから、白が飽きるまでボール遊びに付き合ってやることにする。


「そーれ、取って来い、白」


 ボールを壁に向かって軽く転がすと、嬉しそうに取りに行く。その様子を眺めながら、明日は少し遠出して公園でキャッチボールに付き合ってやるべきかと考える。

 今日は早々に寝て、寝坊する代わりに朝から白に付き合ってやることにしよう。そんなことを考えつつ、白の遊びに付き合った。



   ◇◇◇◇◇



 その日の二十時過ぎに、知らない番号から電話が掛かって来た。無視してみたら、六回コールで一度切れてもう一度掛かって来たから、とりあえず出てみた。


「はい」


『俺だ』


 その声を聞いた瞬間、眉が跳ね上がるのを自覚した。


「……電話番号を教えた記憶はないんですが」


『悪いな、ちょっとお前と二人で話がしたくて、知り合いから聞き出した』


 俺の私物のスマホの番号を知っているやつは同期の中でも限られているはずだが。


「で、何かご用事ですか、高坂先輩」


『今、外に出られるか?』


「シャワー浴びたとこなんで、できれば外には出たくないんですが」


『最初は音無さんかと思ったけど、本人に当たってみたけど違うらしいんだ。ってことはもう一つの手掛かりはお前だと思ってな』


「……音無さんに何かしたんですか?」


『残念ながらしてないよ。むしろ酷い目に遭ったのは俺の方だ。あの子、見た目によらず結構恐いよな』


「いったい何の話がしたいんですか?」


『屋外では話したくないから、個室で話そうか。防音設備まではないけど料亭を予約している。全額奢りだ。お前が来てくれないなら、音無さんを誘おうかな』


「わかりました、行きます」


 そう答えるしかなかった。やっぱり俺、こいつが嫌いだ。つくづくそう思った。

以下修正


×音無

○音無さん


×お手掛かり

○の手掛かり

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