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問題のある新入社員9 (SIDE:哲郎)

「おいお前、いったいどういうつもりだ!」


 会場外に出てドアから離れた窓際まで運んでから高坂を下ろすと、開口一番そう叫んだ。


「それは俺の台詞ですよ、高坂先輩。ずいぶんと俺とシステム開発課に喧嘩を売って下さいましたよね。それだけ言うっていうことは、覚悟は十分できているんですよね?」


「なっ、いったい何をするつもりだ!?」


 そんなに真っ赤な顔で僅かながらも身体を震わせつつ睨むように見上げられると、なんだかこちらが一方的にいじめているような気分になってしまう。


 おかしいな、最初は向こうの方から噛み付いてきたような気がするのだが。俺はそう思いつつ、己のこめかみをゆっくり揉む。

 仕方ないので笑みを浮かべて、出来うる限り穏やかな口調で話すよう心掛ける。ちょっと色々感情的になりすぎたか。


「嫌だなぁ、高坂先輩。そんなに脅えなくても乱暴なことはしませんよ、そうする必要もありませんし。

 しかしうちに配属される新入社員の前で、良くもまあ上から目線でお前らは俺達営業の下僕なんだからこちらを立てろと言わんばかりに、『システム開発課ごとき』だとか言って下さいましたよね?


 ねぇ、高坂先輩。先輩が同様のことを他の課の人間に言われたらどう感じますか?

 あるいはもし誰かのうっかりミスで先輩のアカウントを使用不可になってしまったり、先輩の今月計上した分の売り上げ伝票が全てコンピュータから消去されてしまったら、どうなると思います?


 いえ、ただのたとえ話で、実際にそういうことがあるっていう意味ではないですし、そういうことがあったら先輩がどう対処するのか、少々気になったもので」


「……っ! 脅しのつもりか?」


 脅しというよりは、彼が俺の立場になった場合どう感じるか、あるいはそれがなくなったらどうなるかを想像して欲しいだけなのだが。

 それともまだ己の感情を消化しきれず、顔や口調などに出てしまったか。嫌いな相手に親切にするのは苦手だ。


 だけど彼は単に想像力や理解力が足りないだけで、懇切丁寧に説明・説得すればそれらが得られる可能性も十分ある。

 所属先は違っても同じ会社に勤める同僚なのだから、できれば互いに理解し合い協力できた方がずっと良いはずだ。


「だからたとえ話です。実際にそうなることはありませんし、そうならないように常日頃からバックアップを取っているので、我々が自らの職務を怠らない限りそれが現実になることはまず有り得ません」


「ふざけんな! わざとらしいんだよ!! だいたい何なんだよ! あれは!! いったいどういうつもりなんだ!! あんな、公衆の面前で人を担ぎ上げて、荷物のように運んだりするなんて!」


「俺は先輩の立場も考えてできるだけ手っ取り早く穏便な手段を取っただけなんですが。

 それとも新入社員や平社員だけでなく重役陣や管理職の方々もいるような席で、派手な口論をして人目を引いても良かったんですか?

 どうせ話し合うなら会場内で行うより、こちらの方が良いのではと配慮したつもりでしたが、浅慮でしたかね、高坂先輩」


「いや、絶対違うだろ! お前全部顔や口調に出てるんだよ!! 何だ、俺に何の恨みがある!? 文句があるなら言ってみろ!!」


 何がどう出ているのか。やはりあれか、目の前にいる男を嫌いだと思い、全く尊敬できないと思っているそれが全部ダダ漏れになっているということか。

 一応感情を抑えようと努力しているつもりなんだが、俺、ポーカーフェイスとか演技とか愛想笑いとか苦手なんだよな。


 何故か頑張って愛想笑いを浮かべてみても、ラスボス・黒幕が何かを企んでいるような顔とか言われるし、普通に笑うと更に凶悪で命の危険を覚えるレベルとか言われるし。


 石田には目がランランギラギラしていると言われたが、ではどうすれば穏やかな笑みになるのだろうか。自分ではそういうの見られないし、良くわからないんだよな。

 確認するために鏡の前で笑ってみてみようと思っても上手く笑えないし。不自然な引きつり笑いしかできないんだよな。


「……高坂先輩、ちょっとヒートしすぎなんじゃないですか?」


 溜息交じりに言うと、噛み付くように怒鳴り返してくる。


「はぁ!? 誰が怒らせたと思ってるんだ!! だいたい、お前年下でキャリアも下のくせに偉そうなんだよ!! 図体が馬鹿でかいからって調子に乗ってるんじゃないぞ!!」


 へぇ。


「そうですか、高坂先輩には俺が調子に乗っているように見えるんですか。事情を知ったら先輩は俺に感謝して下さると思いますけど、俺の親切は通じなかったみたいですね。


 先輩に破滅願望があるのかどうかは知らないけど、この会社を辞めるつもりがないなら悪い事は言わないので、音無さんに手出ししようとするのはやめた方が良いですよ。

 きっと死ぬほど後悔することになると思いますから。


 そうはならないように俺が間に入って対処するつもりなので大丈夫だと思いますが、万が一のことがあれば、俺も上役の皆さんも、きっと先輩を許しませんから気を付けた方が良いですよ」


「……何を言ってるんだ、ちょっと新入社員の一人に声を掛けただけだろう?」


「それは果たして入社式の最中、しかも終わりがけとは言え相談役の訓示の最中にやることですかね? 

 高坂先輩が話し掛けたうちの音無さんは、あなたがどれだけ話し掛けても反応一つしなかったのにあれほどしつこく話し掛けて、いったい何がしたかったんですか?


 先輩は場を弁え、自身と相手の立場や状況を慮るといったことはできないのでしょうか。だとしたら、あなたの目で見て俺が不調法でしたか。

 でも、新卒の新入社員にとって入社式というのは大事な人生の節目であり記念日だと思うので、その辺り考慮して彼らの邪魔にならない場所でお話する方が良いのではと愚考したのですが」


「おい、不遜な態度でその口調は気色悪くて寒気がするんだが、その演技はいつまで続けるつもりだ」


「俺達は曲がりなりにも立派な成人で社会人であり高坂先輩は一応仮にも先輩ですから、敬語と最低限の礼儀は必要でしょう。

 で、俺の方こそ聞きたいんですが、高坂先輩こそいったいどういうおつもりですか? あのような場で、その場の空気を乱すようなことをして、いったい何がしたかったんですか?


 だいたい、女性を口説くのであればあのような公共の場ではなく、あまり人目に触れないプライベートな空間で行うのが筋ではないでしょうか。

 そもそも一部を除き、一般的な女性達は人前で羞恥心を覚えるような行為を働かれることを良しとしないのでは?


 相手と本当に親密になりたいのであれば、相手に最低限配慮し時・場所・状況を弁えるのは、至極当然のことではないのでしょうか。

 それとも俺が間違っていますか? でしたらご指摘・ご指導いただきたく思います」


「……っ」


 俺の質問に高坂はギリッと唇を悔しそうに、あるいは不本意そうに噛みしめ、そっぽを向いた。

 あれ、これはもしかして彼の本意ではないんだろうか。


 てっきり噛み付いてくると思ったのに、そのまま黙り込んでしまった彼に対し、どうしたものかと肩をすくめた。

 さて、どうしたものかな。


「高坂先輩、喉は渇いてないですか? そちらに総務部が用意した暖かいお茶と冷水があるので、良ければ口にして落ち着きませんか?」


「……貴様の指図を受ける筋合いはない」


 聞く耳持たないのか、本格的に嫌われたか。さて、どうしたものかな。


「別にこっちはあなたに指図したつもりは毛頭ないんですがね。気分を切り替えて、落ち着いたところでお互い誤解がないよう話し合いをしましょうと提案したつもりですが」


「……失礼する」


 そう言って高坂は俺に背を向け、階段の方へ向かって去って行った。


 今のは短気を起こしたのか、それとも何か不都合があったのか。なんか変だな。

 これっていったいどういうことだ? 俺が思っていたようなことじゃないのか、どうなのか。どうも俺には判断つかないな、これ。


 元々人の思惑だの心情だのには疎い方で、そういうのは考えるより直接相手から聞き出した方が手っ取り早いとばかりに勢いで突っ込んで行くタイプだから、それほど親しくない人間の気持ちや心の動きなんてものは良くわからない。


 そうか、親しくない相手には正面からお前は何を考えているんだと問い質しても、相手が聞く耳持たなかったり話す気がなければ、こうなるんだな。

 これから追い掛けて無理矢理にでも聞き出すってのは、北風と太陽を例に出すまでもなくどうも逆効果になりそうだしな。


 まず俺と高坂の間には信頼関係がないのだから、腹を割った話し合いなんてものができるはずがない。失敗したかな、と思う。ちょっと感情にまかせて突っ走り過ぎたか。


 たぶん別のやり方で接触したとしても彼と俺でわかり合える気がしないんだが、これって俺一人でどうにかなるものかな。

 相手が暴発したり破れかぶれになって自棄になる方が恐いし、どうしたものかな。


 っていうか、結局システム開発課の意義と重要性についてきちんと説いてなかった。

 後日、その内容で長文メール送ってみようか。前に大川専務用に作った資料があるからそいつをそのまま添付してやるか、でなければ印刷して手渡してやろうか。

 いや、いずれにせよ読まずに破棄されそうだな。


 音無さんのことも心配だし、とりあえず今は会場に戻るか。



   ◇◇◇◇◇



 当たり前と言えばそうなんだが、音無さんに異常などは見当たらなかった。それにしてもなんだろう、ずいぶんおとなしいというか、まるで精巧に作られた人形のように挙動が静かで、例えば身じろぎしたり溜息をついたり、髪を掻き上げたり爪をいじったりなどといったことがない。

 壇上で辞令を受け取る時もほとんど無表情で無駄な動きがほとんどない。動きがリアルでなめらかに動くロボット、あるいは3DCGのようだ。


 それは覇気がないとか意欲的でないとかいった言葉から受ける印象とは異なっていて──上手く言えない。なんだろうな、喉元まで来ているような気がするけど、出て来ない。


 つやのある美しい栗色の髪はきちんと整えられ、内巻きにふわっとカールされている。

 伏し目がちな目蓋から伸びる長くカールした黒々とした睫毛。その瞳は天井から落ちる人工の光を受けきらめいていて黒曜石のように艶やかなのに、熱も感情も感じさせない。

 彼女の周囲は静寂に彩られていて、その一帯だけ清浄で静謐な空気が流れている。


 何を考えているかはわからないが、柳に風とばかりに何事があっても動じることなく悠然と佇む姿は、芍薬(しゃくやく)にも似ている。


 『立てば芍薬、座れば牡丹(ぼたん)』とも言われるが牡丹は春に咲く低木で、芍薬は初夏に咲く多年草だ。

 何故そんなことを知っているかと言えば、近所の家の庭で育てていて良く目にするからだ。

 一度気になって花の名前を調べてみた。というのも、うちの白が興味深そうにしていたので毒性がないか調べたのだ。

 そしていずれの花も犬が決して食べてはいけない植物であるということが判明した。


 当時、白の散歩をする時は、絶対にリードを緩めてはいけないと、気持ちを新たに引き締めた。

 白には生存本能とか野生の勘というものはないのだろうか。お腹を見せるようにしてうたた寝するところを見ると、そんなものは欠片もないんだろうな、きっと。


 それにしても小さくて華奢でふわっとしていて可愛いな。両手を膝の上に置き、伏し目がちではあるもののそれでも視線を揺らすことなく真っ直ぐ前を向いているけど、いったい何を考えているんだろう。

 ああ、駄目だ。見れば見るほど好みのタイプだ。そんなことを考えている場合ではないというのに。気持ちを切り替えて、オリエンテーションと懇親会に備えた。


 これは仕事だ、業務時間内だ。会議に赴く時の心構えでいよう。平常心、平常心。余計なことは考えるな、雑念を払え。心頭滅却して心安らかにせよ。

 ……駄目だな。大川専務の顔を思い浮かべて、ようやく落ち着いた。若干肝が冷えたけど、冷静になれたと思う。軽く汗を拭った。かく必要のない汗をかいた気もするが、きっと気のせいだ。


 隣室に用意された懇親会会場のテーブル席の一つ、その中央部に立てられたボール紙製三角錐状のテーブル札にシステム開発課と黒々とした墨字で明記されており、それぞれの席には席札のプレートがある。

 それぞれ席について、新入社員達の入場を待つ。


 音無さんがゆっくりと美しい女性らしい歩き方でこちらに歩いて来るのを、固唾を呑んで待ち構えた。何だかすごく絵になる様子で、きちんとした躾を受けた良いとこのお嬢さんなのかなと思った。


 彼女は、感情を映さない瞳でこちらを真っ直ぐ冷静に観察しているように見える。

 どちらか一方をそれぞれ注視するのではなく、広い範囲を見るとも無しに見ているようにも、歩く方向の先に我々がいるからそちらを向いているようにも見えたが。


「……はじめまして、音無澪(おとなしみお)です」


 椅子の傍らで立ったまま挨拶し礼をする彼女に、こちらも立ち上がって挨拶する。


「システム開発課課長の小清水(こしみず)宗生(むねお)です」


「同じくシステム開発課所属の鴻哲郎です」


 共に挨拶をし終えて目が合ったところで、課長が一呼吸置いて口を開く。


「鴻くんは、音無さんの教育係になる予定です。わからないことがあれば、聞いて下さい。彼に聞けないことで何かあれば、わたしに話して下さい。

 あと、必要になるかどうかはわかりませんが、いじめやセクハラ・パラハラなど同じ部署の人間には相談しにくいことがあれば、総務の田上(たがみ)くんか長瀬(ながせ)さんに相談すると良いでしょう。

 田上くんは本日の司会役で、長瀬さんは総務部内で部課長を除いて一番のベテランです。きっと頼りになるでしょう」


 微苦笑を浮かべて俺の紹介の直後に続けてそういうことを言うのは、ちょっとやめて欲しい。何か含むところがあるように聞こえたらどうしてくれるんだ。


「ちょっと、課長。その言い方じゃ俺がいじめやセクハラ・パラハラやらかすのかと勘違いされそうだ。もう少し、言い方に気を付けて貰えませんか」


 俺が抗議するとニッコリ微笑んで課長が朗々とのたまう。


「大丈夫です、鴻くん。わたしは君を信頼しています。君が無愛想かつ不器用で、他の部署の人達から『システム課の主』だの『第六天魔王様』だの『山から降りてきた熊』だの噂されていても、理由なく人に理不尽な振る舞いはしないと信じています。

 音無さん、彼はこんな恐い顔をしていますが、怒っているわけではなく素の顔なので、恐がらずに普通に接してあげて下さい。

 こう見えても面倒見が良く、頼まれ事を嫌と言えないお人好しなところがある好青年なので、多少口が悪くとも、言動が荒くても、顔が恐くても、許してあげて下さい。

 しかし、どうしても無理そうなら早めに言って下さい。他に教育係をやってくれそうな人を口説き落とさなくてはいけませんから」


「ぶっちゃけすぎだろ、課長」


 思わずボソリと呟き、舌打ちしてしまった。っていうか、そんな噂知らねぇよ。他もどうかと思うけど『山から降りてきた熊』って何だよ。俺が熊に見えるとでも言いたいのか。

 すると課長はやれやれと言わんばかりに首を左右に振った。


「折角わたしがフォローしてあげたのに、そういう態度はいけませんよ、鴻くん。ただでさえ勘違いされやすいのですから、言動には気を付けて下さい。

 先程、第二営業課からクレームが来ましたよ。『そちらの勘違いでしょう』と返しておきましたが、火のない所に煙は立たないと言いますからね、後は自分でなんとかして下さい」


 高坂か。直接問い質しても何故あんなことをしたのか答えなかったくせに、課長を通してクレームしてくるとは。

 あちらが態度を改めて謝ってくるなら内々に済ませた方が良いだろうと考えていたのに、そんなに大事にしたいのかな、あいつ。


 確かに強引なやり方で会場から連れ出したけど、大川専務とその取り巻きの部長達に気付かれずに退出することを優先したんだが、それがまずかったのか。

 あちらの被害者意識が強くて、こちらの言ったことは通じなかったか。自分以外の人間が何故そんなことをしたのか考えられないんだろうか。


 やっぱりあいつ嫌いだ。好きになる要素なんてなかったけど、本当最悪。自分が何をしたのかも理解できないのか。それをしたら周囲の人間がどう思うのか考えられないのか。

 自分が間違っているはずがないと疑いもしない自己中心的で傲慢な、俺の一番嫌いなタイプだ。


「……俺のせいかよ。入社式の最中にナンパして女を口説くのはアリなんですか、課長」


 俺がそうぼやくように言うと、課長の瞳が一瞬キラリと光った。


「業務時間中に業務に支障が出そうなことをするのはいけませんね。そういうことであれば、後ほど抗議しておきましょう」


 あ、ヤバイ。何かのスイッチが入ったか、小清水課長が愉しげに笑っている。中岡課長、すみません。直接謝れないけど、心の中で謝っておこう。


「……有り難うございます」


 音無さんがそう言って深々と頭を下げた。課長が一瞬、不思議そうに首を傾げたのに慌てて補足する。


「課長、口説かれていたのは音無さんです」


 それを聞いて課長は「ほう」と呟き、頷いた。


「わかりました。今後同様の事がないよう、厳重に抗議しておきます。それでよろしいですか、音無さん」


「はい、心より感謝いたします」


 音無さんがそう言ってまた礼をすると、課長はふむと頷き、こちらに向き直った。


「……鴻くん、そういうことなら事前に伝えて下さい。こういったことは時間を置けばおくほど厄介ですから。余計な話が広がる前に対処するには、速やかに的確な報告が必要です」


 冷えた声音でニッコリ微笑む課長に、慌てて急いで頭を下げて謝罪した。


「申し訳ありません、課長」


 向こうが反省してこれ以上手出しして来ないなら報告するつもりはなかったんだが、課長にはきっとそれもバレていそうだな。少々肝が冷える。


「少し、席を外します。すぐ戻りますがそれまでの間、簡単にシステム開発課について説明してあげて下さい」


「了解です」


 課長がそう言って、会場の奥の方へ歩いて行く。こんなことなら相談しておくべきだったか。だけど確実にこれ、課長に使われそうだよな。


 課長の背中を見つめたまま立ちつくしている音無さんに気付き、声を掛けた。


「そろそろ席に着こうか、音無さん」


 俺の言葉に音無さんは慌てて椅子に座った。そんなに慌てなくても良いのに。それにしても迷惑に思われてはいないようで良かった。


「余計なことをしたかと思ったけど、そうでなくて良かった」


 俺が言うと音無さんは心持ち眉を下げ、不思議そうに顔を僅かに傾げた。ああ、言わなきゃわからないのか。


「さっきの、営業の高坂先輩の件。その、あの人結構モテる人だし、もしかしたら邪魔したのは俺の方だったかとも思っていたから。式とか周囲の邪魔になりそうだから、間に入ったけど」


 そう付け足すと、音無さんは僅かに眉をピクリと震わせ、納得したように頷いた。表情の変化があまりない子だな。良く観察しないと、この変化はわかりづらいかもしれない。


「いえ、その節は有り難うございました。お礼を言うのが遅れてすみません。係わり合いになりたくなくて無視したのですが、空気を読んではくれない人だったみたいで、助かりました」


 音無さんが真顔でそう言って頭を下げた。


 えぇと、『係わり合いになりたくなくて無視した』? そして『空気を読んではくれない人だった』から助かった、と──あれ、もしかして音無さんって、


「……えっと、音無さんって、おとなしそうに見えて結構毒舌?」


 しまった、うっかり口に出してしまった。音無さんは無表情のまま一瞬固まってしまった。

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