IV.静かな月の願い
凛星が来てくれるのかなんて僕には分からない。それでも僕は星空に浮かぶ満月を見たい。まだまだ防寒が必要な季節だけど、春の手前は空気が澄んでいて、星も月もよく見えるから僕は好きだ。
お母さんからは「風邪だけはひかないようにね」と何度も言われながら、僕は歩道橋のあの場所に向けて玄関を飛び出した。これから何度も通る道だけど、あの歩道橋だけは僕にとっては特別なところになりそうな気がする。
少しずつ、日は長くなってきているみたいだけど、それでも夕方の遅い時間には辺りはすっかりと暗い。歩く速度はたぶん普通だけど家と通う高校の中間に位置する歩道橋に着いた頃には、丁度真上の月が明かりを照らしてその位置を教えてくれていた。
絶好の満月日和と言ってはおかしなことなのかもしれないけど、僕は僕の目に映り込んで来る満月から視線を外せないほど、綺麗な輝きをずっと眺めていた。歩道橋の欄干に手を付けながら、ただ黙って空を眺め続けていた。
通り過ぎる人の流れは、何となくの感覚で気になってはいたけれど、僕の様に立ち止まって月を眺める人はいるはずもなく、夢中になって眺めていた。近くに誰かが来たことにすら気付かないほどに。
「遠いはずなのに、こんなに近いように見えるなんていい場所だね」
この声は凛星だ。来てくれたんだ。この場所のことを褒められると、どうしてか僕のことも褒められたような、そんな感じがしてすごく嬉しかった。
「うん、今夜はとっても綺麗に輝いているんだ」
「1人で眺めていたの?」
「そうだよ。でも、凛星が来てくれてますます輝きが増したようにも思えるよ」
「わたしのこと、待ってたんだね。静かな月くん」
待っていた。それは彼女の言葉通りなのかもしれない。でも僕は何となく自信があったんだ。ここで月や、星空を眺める為に足を止める人なんてそうはいない。だけど、彼女は違っていたから。
「もうすぐ同じ学校になるね。静月くんは、高校で何を見つけたい?」
「僕と同じ星を眺める人に会いたい」
「そっか、きっとたくさんいると思うんだ。静かな月くんと一緒の光景を眺められる人を見つけられたら、教えてね。わたしもまたここでキミと星を眺めようって思えるから。だから、次に会うのは学校の中になるかもしれないけど、また会えたらいいね」
「うん。凛星に会いたい」
「……そうだね、それじゃあわたし、行くね。静かな月くん、風邪ひかないで真っ直ぐ帰るんだよ?」
「バイバイ、凛星」
「バイバイ」
僕はたくさんの人じゃなくていいんだ。同じ声、同じ言葉をかけてくれるキミだけがいいんだ。