II.キミの声が聞こえてくる
僕はもうすぐ高校に行く。だけど、中学で変わったことといえば声変わりだけ。身長は小さいままで伸びることが無かった。てっきり成長と共に背も大きくなってくれると思ってた。これが僕のコンプレックス。
「行って来まーす」
まだまだ震える寒さがあっても、僕はあの場所で空を眺めたい。夜じゃなくても空を見るのが好きだから。
「しづ~きちんと防寒していくのよ。特に橋の上は風が冷たく吹くんだからね」
「うん、分かってるよ~お母さん」
僕のお母さんはよく外に出かけていくことを大目に見てくれている優しい親だ。外で何をするわけでもなく、空を見ているだけなんだけど。
春からの高校は丘の上にあって、通学路には星空を眺める歩道橋の他に、そこそこ大きな川に架かる橋がある。僕は橋の上、幅の広い歩道を歩くのも好きだ。橋は真下に水が流れていて真上には空が見える。僕は橋を渡っていると、人工物の橋のおかげでそこに存在している自然が身近にあるんだなと思えた。
SF的な考えかもしれないけど、星をいつも見ている僕にとっては探さなくても、近所には身近に感じられる自然がこんなにもあるんだということを実感した。
だからかもしれないけど、僕は少し不思議な子供なのかもしれない。歩道橋で出会えた星を眺める凛星との出会いは、星の下だからこそ出会えたんだ。
何てことの無い水の流れ。上流から下流に向かって流れる川を飽きることなく眺めていた僕は、陽が沈み込む前に通うことになる丘上の高校近くまで足を運んだ。
僕の家から見えないけど、あの歩道橋からは高校の外観がよく見えるくらいに、丘の上にそびえ立っている。ここに通うことになるんだ。そしたら凛星の声も聞こえてくるのかな。
待ちきれない僕はこうやってわざわざ、歩いて高校を見に来ている。それと同時に歩道橋も橋も渡ることが楽しくて、今か今かと感じることが出来ている。
そんな僕に不安なんてない。あるとすれば、会えなくなることだけ。だから僕は声を頼りに、彼女を探して高校のすぐ近くにまで来ているのかもしれない。
「凛星~帰ろ」
「おっけ」
僕は背が高くない。だからどうしても相手の顔をまともに見ることが叶わない。叶うとすれば、相手が僕の前でしゃがみ込んで、じっと顔を見つめてくる時だけだ。だからかもしれない。僕は相手の顔を見れなくても、声だけで分かるようになった。声を聞く……それは、その人なんだと区別が出来る唯一の方法。
夕方に差し掛かっていたということもあってか、学校からはちらほらと生徒たちが坂を下って来た。隠れることはないけど、まだ通ってもいないのに見に来ているなんて、何だかそれが恥ずかしく思えた。
恥ずかしさを感じながら、僕は彼女の声に気付けた。誰かと一緒に帰る時、1人じゃない限りは会話をしているだろうから、当然かもしれないけど彼女の声が聞こえて来る。
歩道橋で声をかけてくれた凛星はここに来ている僕を見て、気付いてくれるのかな。僕はキミの声が聞きたい。春から通うよりも前に、キミの声と僕の声とで交わしたいんだ。