勇者召喚
たまに充と雑談をしながら歩く。侍女に案内されるがままに幾つもの部屋を通り過ぎたものの、疲れは全くと言っていい程出なかった。体力のステータス値が影響しているのだろうか。
そんなことを考えていると、侍女が無駄な動きを一切見せずに止まる。
「アマクサ様は右の部屋を、サイトウ様は左の部屋をお使いください」
…いつの間に名前を把握したのだろう。身分証を発行したときか?
「じゃ、また明日な、蓮。おやすみ」
警戒心の欠片もなく充は部屋に入って行った。充に、おやすみ、と返し、蓮は部屋に入った。
蓮は部屋に入ってすぐベッドに倒れ込み、今日一日のことを考えていた。
龍皇のこと。勇者のこと。考えることは山程ある。
「アマン…何で俺を選んだんだ?」
誰もいない部屋で呟く。龍神である彼女は龍皇の魂を入れる器に蓮を選んだ。候補者は蓮以外にもいたにもかかわらず、わざわざ蓮を選んだのだ。王族たちが行った召喚に割り込み、時を止めてまで。
蓮にはアマンが何を考えているのかさっぱり分からなかった。何故、わざわざリスクを犯してまで器に蓮を選んだのか。
「…考えてもしょうがない、か」
蓮はそう呟き、目を閉じた。月は、もう夜空の高くまで昇っていた。
侍女に案内された客室と思われる部屋のベッドはなかなかの寝心地だった。ずっと寝ていたいぐらいに。
が、そういう訳にもいかない。侍女が起こしにきたので蓮は渋々起き上がった。用意された何処ぞの貴族のような服は蓮の体にピッタリのサイズだった。因みに生地は藍色である。
朝食を食べ終え、案内されるがままに歩く。ついた場所は昨日と同じ部屋だった。もう既に殆どの生徒が集まっている。部屋に入ってすぐにおかしいと感じ、蓮は眉を顰めた。貴族のような服を着ているのが蓮を含めた数人だけだったのである。
「蓮、おはよう」
充が笑顔でそう言う。充も貴族のような服を着ていた。
「おはよう、充。…ところで、ちょっとおかしくないか?」
「何故、俺たちを含めた数名だけが貴族みたいな服を着ているのか、だろ?」
「そういうこと」
まさかステータスがバレたのか、と思い、鑑定の魔眼を使いそこにいた全員のステータスを確認する。思った通り、貴族のような服を着ている生徒はステータスが周りより高かった。もしかして、鑑定を使える奴がいたのだろうか。
「なぁ、いま蓮の眼が赤くなったんだけど…何でだ?」
充がキョトンとしつつ聞いてくる。魔眼を使うと眼が赤くなるのか…覚えておこう。
「鑑定の魔眼を使ったんだよ。ステータスに違いがあるのかと思って」
充は納得したように頷いた。こういうところは子供っぽいな、と苦笑する。
コツコツと音を立てて一人の女子生徒が近づいてきた。制服のままである。スカートは履く意味あるのかと思うほど短く、かなり着崩している。染めていると思われる金髪はポニーテールにしていた。しかも、ピンクや水色のつけ爪やピアスまでしている。典型的なギャルであった。
校則違反しまくってるなー、と一目見て感じ、蓮が苦手になった女子生徒だった。確か、一週間に三回は生徒指導室に呼ばれていた筈である。
「あのさぁ、あたしらとアンタらの何が違うわけぇ?意味分かんないだけど~」
つけ爪を弄りつつ難癖をつけてくる。コイツの名前なんだっけ…。
「格好からして違うし、喋り方も違うね」
「何それ。あたしが言ってんのは待遇の差ってやつなんですけどー、アンタ頭だいじょーぶ?」
キャハハと笑う。馬鹿なのはお前だろ、と思ったが黙っておいた。
「馬鹿なのはお前だろ、篠原。蓮を悪く言うと許さないぞ?」
充がそう言いつつニッコリと笑う。昔から蓮に対して過保護な一面がある充は、蓮に敵意を向ける輩の精神を片っ端からへし折ったことがある。そのぐらい過保護な奴なのだ。
かなり重い空気が漂っているのにも関わらず、カツカツと音を鳴らしつつ誰かが駆け寄ってきた。その正体は充の双子の妹である凛だった。水色でフリルたっぷりの女の子感満載のドレスを着ている。
凛も充と同じくかなり顔が整っている。二卵性双生児なので顔は全く似ていないが。
「そうだよ、蓮君を悪く言っちゃ駄目だよ?滅ッしちゃうぞ?」
怖。蓮はそう思ったが、決して間違ってはいない筈である。何あの目、超怖い。
っていうか、凛もこっちに来てたのか。いつも遅刻ギリギリに登校してくるし、召喚には巻き込まれてないと思ってたのに…。此処に来てるのは教室に入ってた奴だけみたいだったし。
「蓮君ー寂しかったよー。あのとき教室に滑り込んで本当に良かった!神様ありがとー!」
そんなことを言いつつ、凛が結構な勢いで抱きついてくる。…うん、当の本人は嬉しそうだし、別にいいか。あまり考えないでおこう。
「凛、離れろよ。蓮が苦しそうだろ?」
「うわわ!?苦しかった!?ごめんね蓮君!馬鹿な私を許してくれる?」
「うん…っていうか、大袈裟…」
ハハハ…と苦笑いをした。どうやら、異世界にきても頭痛の種は消えてくれないらしかった。




