プロローグ
「蓮、起きろよ!」
朝から馬鹿でかい声を耳元で聞かされる。不機嫌であることを剥き出しにして顔をあげた。
「んだよ、充…俺は忙しいんだけど」
そう言いつつ、目の前にいる茶髪の青年を睨んだ。制服の袖を捲り、日に焼けた褐色の肌を晒している。
廊下で女子生徒が甲高い声をあげていた。サッカー部のエースであり、結構顔も整っているコイツはこの学校でもかなり人気らしい。小学校からそうだった。
クラスメイトが好奇の視線を蓮と充に向けている。この毎日繰り返されるやり取りを見ているのだろう。
教室の隅にいた男子生徒がチッと舌打ちをする。この様子が気に食わないようだった。
「ただ寝てるだけじゃねーか…」
「そんなことより、アレ、どうにかしてくれよ。煩くて仕方ない」
「無理だな。お前目当ての奴もいるみたいだし」
サラッとこぼされた言葉に溜息をついた。こんな奴の何が良いのか、さっぱり分からない。
女子生徒の悲鳴にも似た歓声がまた大きくなる。煩ぇよ!と男子生徒がゴミ箱を蹴った。だが、歓声は収まるどころか更に大きくなった。蓮が廊下の方を見たからである。
「な?言ったろ?」
そう言いつつ、充がニカッと笑う。蓮は何となく眩暈がした気がして目を覆った。
_途端、周りの音という音が消えた。異変に一瞬もかからず気づいた蓮は手を退けて立ち上がる。周りに広がっていたのは見慣れた教室ではなく、真っ白な空間だった。
穏やかな風が吹いた。藍色の髪が風で揺れる。振り返ると、そこには一人の女性がいた。
ラノベでよくある異世界転移の話かよ、と蓮は心のなかで吐き捨てた。ニッコリと微笑んだ女が口を開く。
「急なことで申し訳ないのだけど、貴方だけ少し時を止めさせて貰いました。私はアマン、龍神です」
「龍神か…っていうか、男みたいな名だな」
「仕方ないでしょう?この世界の龍族がつけた名だもの。崇められる存在がいれば名前なんてどうでもいいんでしょうね、彼らは」
それ、結構大事なポイントだと思うんだが。…まぁ、異世界と地球は価値観が違うのだろう。
悲しげに微笑んだアマンは蓮の頭に手をやり、そっと撫でた。が、幼い子供をあやす母親のような目をしていることに蓮はいち早く気づき、手を払いのける。子供扱いされるのは嫌いなのである。
「時間もないことだし、早く説明を終わらせてしまうわね。貴方には死んだ龍皇の魂を授けます。龍族には神託をもたらしておくから敵対されることはない筈よ。その代わり、人間じゃなくなってしまうけれど」
「ちょっと待て!どういうことだ!?」
「貴方しか龍皇の魂を受け入れられる存在がいなかったんだもの!貴方に断られたら、また一から器を探さなきゃいけないのよ!?だから受け取って頂戴!」
何故か哀れに思ってしまい、蓮は口を噤んだ。蓮の様子を見てホッとした様子のアマンは火の玉のようなものを取り出し、蓮の胸の辺りに沈めた。
「これで良し…貴方のステータスは龍皇のものを受け継ぐことになるわ。年齢や経験、当たり前だけど記憶もね。戦い方は体が覚えてる筈だから心配しないで良いわ。姿は人間だけど、種族は龍皇ってことを忘れずにね」
蓮の足元に魔法陣が現れる。
「じゃ、頑張ってね!」
そして蓮は、魔法陣と共に消滅した。