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あいさつが人を殺した話。

作者: はばたけ
掲載日:2016/06/10

私は小学校が嫌いだ。

いや、小学校が嫌いなわけではない。

あの場所に朝から飛び交う言葉が嫌いなのだ。


「おはようございます」


この言葉を聞くたび、私の胸は音を立ててすくみ、嫌悪感が口から汚物となってあふれ出る。

これには一つの思い出がかかわっている。

その話を、今からしよう。


           

とある丁字路で。


「おはようございます!」

そんな言葉が、すぐ隣から響いた。

大声だったので、私は少し肩を震わせた。

知らない中学の男子だった。

答えるのも面倒なので、すっと顔を伏せて通った。

眠たい朝の通学路、そのことが小さな思い出となって心に残った。

名前も知らない中学生からのあいさつは、ほんの少し、私の心を潤した。

なんだかうれしい気持ちになって、ほんの少し上機嫌で、私は通学路を歩いた。


「おはようございます!」

またしても例の中学生だった。

私はひらっと手を振って答えた。

彼は少し顔を伏せて、そのあと笑顔で駆け出して行った。

「おはようございます!」

彼は道行く人全員にあいさつをしているようだった。

よくやるねえ、と思いながら、私は通学路を歩いた。


「おはようございます!」

彼が毎朝こういうのは、もはや日常となっていた。

私はひらっと手を振って返した。

最初に素直にあいさつできなかったから、今になって声に出し言うのも恥ずかしかった。

彼はいつものように笑顔で、通学路をかけていった。

私は彼の少し遠くから聞こえるあいさつを聞きながら、通学路を歩いた。


「おはようございます!」

私は彼の心地いいあいさつを聞いて、こちらもひらっと手を振って返して、通学路を歩いた。

「おはようございます!」

彼は井戸端会議中のおばちゃんたちにあいさつをした。

するとおばちゃんたちは、いや、クソババアどもはこんな事を抜かしたもんだ。

「最近の若いのの朝は、どうしてこんなにうるさいのかしら。頭に響くわ」

「そうね、朝から大声を出されたら、たまらないよ」

「うるさい、うるさい」

私は信じられない思いで振り返った。

そのおばさんどもは、不快そうな目で彼を観た。

彼は目を見開いて口を結んで固まっていた。

手は固く握られ、肩は少し震えている。

「すいませんでした」

彼らしくない小さな硬い声で、彼はつぶやいて、去っていった。

「頭を下げることもできないのかねえ」

「ほんと、なってない人たちが多いわねえ」

「うるさい、うるさい」

なってないののは貴様達きさまらだ。

そう心の中で吐き捨て、私は通学路を歩いた。

今日はなんだか、ろくでもないことがありそうだ。



曇天だった。

彼は私のすぐ横を通り、声を出した。

「おはよう」

妙に力のない、なれなれしいその声に、私は何となく力が抜けた。

すると彼はすたすたと道を歩いて、去っていった。

彼にだって調子が出ない時もあるんだろう、うん。

私はそう思って、通学路を歩いた。



晴天だった。

私はいつもの丁字路で、ひらっと手を振った。

誰もいない、誰も声をかけてないのに、手を振った。

おかしい。

私はこの時気付いた。

彼がいない。

いつも大きな声で、少しうるさいくらいのあいさつをしてきた、彼がいない。

どういうことだ。

彼はこれまで、私に毎朝あいさつをしてきた。

毎朝、毎朝、飽きることなく。

そんな彼がいない。

ここから始まる私の一日は、今日は始まらなかった。

始まらないまま、違和感をかみしめながら、通学路を歩いた。



私は家で母親に聞いた。

「〇〇さんの××くん、自殺したんだって」



「何でも、その子あいさつをよくする子だったんだって」

「それで彼、道に座っているヤンキーに、あいさつ、しちゃったそうなの」

「案の定絡まれて、ぼこぼこにされて、そのあと、財布を持って行かれたんだって。

「それが引き金になって、『あいつから金を取れる』って、なっちゃったらしいの」

「それから、毎日毎日、お金を取られ続けて」

「それでも、カラ元気出して、自分は大丈夫だって、周りにあいさつをしたそうなの」

「自分を不幸のどん底に追いやった、あいさつを」

「うっぷん晴らしみたいにその声はだんだん大きくなっていって」

「で、昨日」

「彼は家で首を吊って」


「死んだんだって」


もしあの時、私が彼にあいさつを返していたら。

そもそもあの時、私が彼のあいさつに声を出して答えていたら。

思いかえせば、彼は人にあいさつをするだけだった。

あいさつをしても、みんな頭を下げたり、手を振ったり。

声を上げて挨拶を返した人は、誰もいなかった。

もし私があいさつを返していたら、彼を元気づけられたかもしれない。

もし私があいさつを返して居れば、彼は絶望しなかったかもしれない。

もし彼があと少し元気なら、彼は誰かに相談してたかもしれない。

もし、もし、もし・・・





私はその日以降、誰かに会うごとにあいさつをしている。

狂ったような大きな声で、あいさつをしている。

先生からはいい子ですね、と褒められる。

友達からは、元気いいね、と喜ばれる。

胸の中で荒れ狂う嫌悪感に耐えながら、さながら復讐のように、私はあいさつをする。

そうだ。

これは彼が信じたあいさつに対する復讐だ。

何もできなかった分を取り返すように、『幸せを作る』はずのあいさつを、私は続ける。


私は吐きそうになりながら言う。


「おはようございます!」









この作品はフィクションです。


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