表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
多々木さんの受難  作者: 大原英一
第一章 転生しまっしょい
8/25

カミング・バック

 ペテロの話によれば、オレらガリラヤ人がこのアウェーの地サマリアで水を頼めるようになったのも、瓶を持った女性とイエスの会話がきっかけだったという。

 そして、その会話の一部始終を聞き後日ペテロに話して聞かせたのは、誰あろうヨハネだった。オレが転生する前のヨハネ。だからオレは憶えていない。

 まあ、ここまでは別にいい。問題は今日のことだ。オレがさっき出会った瓶を持った女性。彼女はかつてイエスと話した女性と同一人物だろうか?


 可能性その一、同一人物である。

 すると、かなりおかしなことになる。彼女は相手がイエスであれその偽者であれ、同じ話を二度していることになる。だからこそ彼女は腑に落ちず、首を傾げていたのかもしれない。彼女のぼんやりは、そういう意味だったとも考えられる。

 可能性その二、同一人物ではない。

 これは、まあまあ、ありそうだ。復活したイエスが姿をあらわし、ランダムに人びとを教え導いている。そしてその奇跡のしるしを、弟子のオレらに見せようとしているのだ。

 可能性その三、単なるオレの幻覚。

 悲しいことだが、その可能性は否定できない。オレはふつうの人間ではない。前世の記憶を持ったまま他人に転生してしまったという、特殊な状況なのだ。

 なんらかの要因で(たとえば喉がめっちゃ乾いていたとか)、転生以前のヨハネの記憶がフラッシュバックしたのかもしれない。


「きみの記憶が、一時的に戻ったんじゃないのか?」

 ペテロも可能性その三に近いことを考えたようだ。もちろん彼は転生のことなど知らず、オレを単なる記憶喪失だと思っている。

「そう……ですね。そう言われると、自信がなくなってきました」

 弱気なオレにペテロのおっさんが笑いかける。

「はっは、まあいいじゃないか。少しでも記憶が戻ったのなら」

「……ええ、まあ」

 オレは苦笑した。このおっさんは、へんなところでポジティヴだ。

「ところで、私に水は?」

「あっ」



 一週間ぶりにナザレに帰ってきた。ナザレとエルサレムを往復するだけで、大体それくらいかかる。このパターンにも慣れてきたが、さすがに疲れた。

「お疲れさまです」

 マリアがオレの部屋に来てそう言った。

「学ぶことが多すぎて、疲れます」

 オレは笑いながら答えた。

 このナザレで、オレはいまマリアと母マリアの三人で暮らしている。この奇妙な同居には、もちろん理由がある。

 ここはかつてイエスとその母マリアの家だった。そこにサポート・メンバー的なかたちで、マリアが同居していたらしい。ふつうはお嫁さんのポジションだと思うのだが、くわしい事情はよくわからない。マリアも教えてくれようとしない。

 イエスは、自分が天に召されたあと、愛弟子ヨハネをこの家に迎え入れなさいと言い遺したそうだ。ヨハネの変調も主は予見していたという。

 そしてその通りになった。ヨハネは記憶を失った、と表向きはそうなっている。実際はオレがヨハネに転生したのだ。

 この事実を知るのは目の前にいるマリアしかいない。彼女はオレの数少ない「仲間」だった。

「サマリアで、主を見たかもしれません」

 オレがそう言うと彼女は目を輝かせた。

「えっ、本当ですか」

 多々木さんを見たかも……と、オレがどれだけ言いたかったか。その気持ちをマリアも察してくれたらしい。

 前世に関する会話は、オレらのあいだで禁止事項になっている。そのほうが、お互いにとっていいのだ。オレらは着実に、この世界に染まりつつあった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ