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多々木さんの受難  作者: 大原英一
第三章 勧誘しまっしょい
18/25

説教、っていうかスピーチ

「じゃあそろそろ、きみにもやってもらおうかなヨハネ」

 人びとが帰った後の教会で、ペテロのおっさんが急に言い出した。

「何をです?」

「マリアや、ほかの弟子たちがやっているように、きみも人びとの前で話をするんだ。そうして、ここが重要なんだけど、より多くの人に我われの仲間になってもらう」

 ようするに勧誘か……。たしかに、あたらしい信者を獲得していかないかぎり教会の維持はむずかしい。下世話な言い方をすれば、オレらは食っていけない。

「……」

 オレは戸惑った。はっきり言って自信がない。けれど、そうそう甘えてばかりもいられない。

「……わかりました。基本的に、教典に書いてあることに沿って話せば、いいんですね」

「うん、でもただ読むだけじゃダメだよ? ちゃんと自分の言葉にして、面白おかしく、聞いている人たちを惹きつけないと。じゃないと退屈しちゃうだろ」

「面白おかしくって……」

 おっさんが妙なことを言い出したので、オレは首をかしげた。

「べつに主の教えだからといって、ガチガチに硬くなる必要はない。ときには笑いも必要だし、実際笑える話もある」

「え、マジですか」

 そんなエピソードが、はたして教典にあっただろうか。まあ、これを編纂したのはおっさんなんだけども……。


「はい、これ」

 訝るオレにおっさんが数枚の文書を手渡した。

「これは……」オレはそれらの文書に目を通しつつ言った。「追加分ですか」

「そういうこと。教典は日ごと進化する。人びとの反応を見ながらね」

 まるで視聴率を気にする放送作家のような口ぶりだ。ギャグでも盛り込んだのか?

「それじゃ明日からやってもらうから、よく読んでおいて。……まあ、ぶっちゃけ、最初のうちは誰しもぎこちないものだから、ラクにやればいいよ」

「マリアみたいに、うまく話せるかなオレ」

 すると、おっさんが笑って言った。

「たしかに彼女はいいお手本だ。気持ちが伝わってくるだろう? 究極的には、そういうことなんだ。主のことが大好きで、みんなにもおなじ気持ちになってもらえれば大成功さ」

 オレは先のおっさんの言葉を思い出した。おかえり、と彼は言ったのだ。オレのなかの感情的な何かが甦ったということだろうか。

「ペテロさん、オレって以前はどんなキャラだったんです?」

 オレがそう聞くと、おっさんはくっく、と笑った。

「天然かな、ひと言でいえば」

 ええーーっ! いやいやいや……あなたにだけは言われたくないっす。っていうか、マリアも基本は天然だからね?

 天然のパーセンテージが高いのかこの職場、いや教団。


 明日の本番にむけて、オレは追加分の教典に目を通していた。

 内容は「ゲツセマネの祈り」についてだった。主がユダヤ僧たちに捕まった当夜のエピソードである。

 主は自らが逮捕され磔刑に処されることを予見していた。そのことが主を苦しめた。そして主はゲツセマネの園で父なる神に祈ったという。

 ……どう見てもシリアスな場面だ。が、たしかに変なシーンが混ざっていた。

 ペテロ、ヤコブ、ヨハネの三人が主と同行しているのだが、あろうことか彼らは主が血のような汗をかいて祈っている最中に居眠りをしている。

 笑える話って、これ? どう考えてもこれっぽいよなあ……しかも、ご丁寧に三回も以下のようなやりとりを繰り返している。


主「寝ないで起きていなさい」

弟子たち「ぐう……はっ!」

(×3)



 コントか。

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