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多々木さんの受難  作者: 大原英一
第二章 聖書的なものを作りまっしょい
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三位一体(トリニティ)

「ペテロさん、超絶基本的なことを聞いても、いいですか」

「んーっ?」

 おっさんは目もくれずに返事する。彼はいま、書き物で忙しい。議論ばかりしていても仕方ないので、とりあえず章立てみたいなものを書き出す作業をしていた。

しゅは人ですか、それとも神ですか?」

「神だよー」

 この人、ちゃんと考えて答えているのかな……。

「でもさっきの説明では、神が救世主の出現を約束したんですよね。救世主はイエス様で、だから、神とは別個の存在ですよね?」

「あー、はいはい……とてもいい質問だ」

 そう言っておっさんは、いましがた書いた紙の一枚をオレに寄越した。そこには「三位一体トリニティ」という文字と、簡単な図形が描かれていた。三角形の、それぞれの頂点に丸が付け足されたものだった。


「なんですか、これ」

「ひとつの頂点に『父』、もうひとつに『子』、残りに『聖霊』と書くんだ」

「どういう順番で?」

「順番はどうでもいい」

 そう無茶ぶりされて、オレは震える手でペンを持った。一度だけ砂の上で練習したことはあったが、紙にペンで書くのは、この世界へ来てはじめてだった。

「どうした、読み書きは大丈夫なんだろ?」

 緊張するオレにおっさんがプレッシャーをかけてくる。この人、ほんとヤコブ兄さんがいないと絶好調だな。


 ええい、と覚悟を決めてペンを走らせた。父、子、聖霊と三角形の各頂点に書いていく。

 自分のなかでは漢字を書いているつもりなのだ。ところが出来あがったものを見てみると、まったく知らない異国の文字……。この現象ばかりは、慣れるのに時間がかかりそうだ。

「うむ、よろしい。以前と変わらないヨハネの字だ」

 及第点をもらって安心した……いやいやいや、いまは書き取りの時間じゃない。オレは自前の図表を眺めつつ質問した。


「『父』って、なんです?」

「神のことだ」

「『子』は?」

「我らが師イエスだな」

 オレは、はーんと言って、

「イエス様は神の子なんですね?」と確認した。

 カエルの子はカエル、神の子もまたおなじ理屈だろう。おっさんが頷くと同時に、オレはさらに聞いた。

「じゃあ主は、イエス様は、人間ではない?」

「人間さ。人間でなくて、どうやって人類の罪を贖えるというんだ」

 おっさんの言っていることが、だんだん難しくなってきた。

「とりあえず、主は神であり人であるってことで、いいですか」

「そうだね」

 おっさんは、にっと笑った。


「じゃあ残りの『聖霊』ってのは?」

「よくわからん」

 ペテロのおっさんはバッサリ言った。

「えっ、よくわからないものを教義の柱にして、いいんですか?」

 オレはぶ然として聞いた。

「よくわからないほうが神秘的じゃないか」おっさんは悪びれもせずに言う。「とにかく、聖霊がマリアという女性の胎内に舞い降りて生命を宿した。そうして生まれたのが、我らが師イエスだ」

「そんなバ……」

 バカなと言いそうになって、慌てて口をつぐんだ。あっぶね、もう少しで教義を全否定するところだった。


「そんな話は、はじめて聞きました」

 信じられません、というニュアンスを匂わせてオレは言った。

「ヨハネ」おっさんが諭すような目でオレを見る。「主は特別なお方だ。そういう方には特別な出自が必要なんだよ」

「つまり……ウソ?」

「あははっ、言っちゃったよ」

 彼は笑いながら咳込んだ。それから背筋を伸ばしてオレに聞いた。

「きみは、あのご婦人に『それは本当ですか』と尋ねることができるかい?」

「……できません」

 イエスの母マリアの、わが子に対する慈愛とそれを失った哀しみは、果てしないものがある。他人のオレらがどうこう言えるものではない。

 いや彼女は、イエスの弟子であるオレらのことも、わが子同然に扱ってくれている。理屈じゃないのだ。


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