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落下症候群  作者: 冬風
3/3

騒音静寂混乱



 カラカラに乾いた喉が変な音を立てる。


 食堂と気管が合わさってしまうような緊張感が肌を粟立てる。


 足元で騒ぎ立てる狼達。


 彼等はどうにかして木の上に居る獲物みずほを捕まえようと果敢に幹に爪を立てる。


 猫のように鋭い爪でないおかげで上までは登ってこれないようだが、それも何時まで持つ事か。


 食事を前にした肉食獣の行動は予想が出来ない。


 獲物が口に入らなければ彼等は餓死してしまうのだから必死にもなろう。


 だが、狙われる獲物とて生きるために智恵を絞る。



 「…っは…っ…ぁ!」



 少しでも狩人達から距離を取ろうと木の上を目指す。


 恐怖で震える身体を叱咤しながら彼女も必死の形相で頭を働かせる。



 (き、基本的に肉食獣は無理な狩りはっ、しない、はずっ!)



 届かない位置に居る獲物より近場の獲物に視線が動くはずだ。


 最低でも朝まで膠着状態を維持できれば瑞穂自身の安全は確保される。


 身代わりに犠牲となる獲物は可哀想だとは思うが、瑞穂とて自分の命は惜しい。


 見ず知らずの生き物の為に犠牲になってやるほど御人よしではない。



 もう空が易々と望めるところまで登ってきた。


 此処まで来ると耳は良いと自認している瑞穂にも狼の声は聞こえない。


 先ほどまで恐ろしいほど感じていた狼達が幹に爪をかけている音も聞こえない。


 小刻みに震える身体を抱きしめなおし、瑞穂は涙で潤んだ目を拭った。



 今日は無事に生き残れるだろう。


 だが、明日はどうなんだろう。


 飲み水の確保だって難しくなってしまった。


 朝になっても狼たちがいれば食料探索どころか、水の確保すら困難だ。



 「泣いてたって何にもならないって分かっているのになぁッ」



 涙でぐしゃぐしゃになった顔を膝に押し付け、引きつったような嗚咽が漏れる唇を噛み締める。


 何のために此処にいるのかも分からない。


 元の場所に戻れるのかも分からない。


 そんな不明確な現実の中で瑞穂はついに声を上げて泣き出した。


 他の肉食動物達が泣き声に誘われてよってくるかもしれないとは考えなかった。


 ただただ嬉しかったのだ。


 狼と言う絶対的強者から逃げ切れた事が何よりも。



 「し、にたくッ…無い、よ…ッ!!」



 静かな世界に響く切実な叫び。


 それを聞いてくれるのは天に瞬く星々と月だけだった。



  ◆  ◆  ◆  ◆



 瑞穂は久しぶりの土の感触に頬を緩ませた。


 狼に襲われた次の日の朝。


 予想していなかった事に狼達はまだ瑞穂を待ち伏せていた。


 水場の近くに寝そべっており、とてもじゃないが近づけなかった。



 その翌日。


 さすがの瑞穂も食べ物と水に餓えてきていた。


 途中までは狼の姿も見えず、内心狂気狂乱していた瑞穂だったが、あと少しで地上と言うところで狼の尾を見つけてしまった。


 草陰に隠れていたので見つけにくかっただけで狼はその一頭だけではなかった。


 冷や汗をかきながらも無事に木の上に戻って来れた時は安堵の溜息と共に睡魔が襲ってきた。


 満足な食事も取れないばかりか、水すら飲めずにいるので身体が衰弱しているのかもしれない。


 無駄に冷め切った思考で瑞穂はそう判断を下すと迷う事無く意識を手放したのだった。



 「それから待つ事丸一日! ようやく水が飲める!!」



 透明感溢れる水を両手いっぱいに掬い上げ、一気に喉の奥へと流し込む。



 「っうん! 美味い!」



 味も何もないはずの水がどうしてか甘く感じる。


 数日振りの水に瑞穂の勢いは止まらない。


 今飲まなければ何時飲めるか分からないのだ。


 安全が確保されているうちに飲むに限る。



 「…でも。食料も探さないと。出来れば果物がいいんだよなぁ」



 腹も膨れて水分も補給できる果実。


 また探さなくていけないのかと溜息をついた瑞穂を居るかどうか分からない神は見捨てはしなかった。


 水場からそれほど離れていない場所に橙色の木の実がなっていたのだ。


 瑞穂よりも先に来ていた猿が美味しそうに頬張っていたので食べれるはず。



 「持てるだけ持っていこう。次は何時採れるか分からないし」



 それから瑞穂は「一人だと独り言が多くなって困る」と呟いた。


 返事をしてくれる人など居ないのに言葉が口をついて出てくるのだ。


 自分でも女々しいと感じずには居られない。


 こんなにも自分が寂しがり屋だとは知らなかった瑞穂は少し落ち込んでしまう。



 それでも、と思うのだ。


 誰も居ない空間で生きていくためには言葉を発するという事は重要なのだ、と。


 誰とも会話せずに過ごしている人は呆け易いと言う。


 死ぬその瞬間まで事故を保つことができるというならば独り言も悪くない。


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