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落下症候群  作者: 冬風
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現実着地



 ふと気が付くと何時も高いところから落ちる夢ばかりを見る子供だった。


 足元が無くなった時の不安感。風を切って落ちる時の恐怖感。


 どれもが夢とは思えないほどにリアルで、ひどく恐ろしかった。


 それでも地面に落下する前には必ず現実に戻れていたし、気味の悪い浮遊感もすぐに消えていた。


 一日が始まれば何の問題も無く一日が終わる。


 それが当たり前だと信じて疑わなかったあの日に戻りたくて堪らない。



  ◆  ◆  ◆



 私こと神崎瑞穂はいつものように落下する夢を見ていた。


 足が着いていないことによる恐怖感と浮遊感に襲われはした物の、毎回のように目が覚めると思っていた。


 今度の夢では瑞穂は高層ビルの屋上にいた。


 どうして其処に居たのかは分からない。だが、分からないのが夢と言う物だろう。


 真下に広がる景色は不思議な事に何一つ覚えていない。


 確かに真下を見てから落ちたはずなのだが。


 ふわり…と宙に体が浮いたかと思うと一瞬のうちに恐怖で心臓が縮み上がった。


 不安で不安で堪らなかったが、その反面、ひどく冷めている自分が居た。


 「どうせ夢なんだから」


 そう思って遠くから見つめているような不思議な感覚。


 何もかもが恐ろしく感じる不安の中で…今回は中々目が覚めない。


 落下していく速度は徐々に上がり、呼吸すら難しいほどに。


 ギュッと身体を丸め込み、少しでも呼吸がしやすいように口元を外気から遠ざけるが意味は無い。


 速まる落下速度。何時までも覚めない悪夢。


 瑞穂は「早く覚めろ!覚めろ!」と悲鳴にも近い祈りと共に夢の中で意識を失った。



  ◆  ◆  ◆  ◆



 「…ぅ……ッ?!」



 悲鳴を上げなかっただけマシだろう。


 瑞穂はようやく悪夢から目覚める事ができた。


 何処までも落ちていく夢…。


 そこから覚めたというのにまだ浮遊感が身体を包んでいる。


 無意識のうちに自分自身の身体を抱きしめていた自分に驚きながらも、「今回の夢は長かったからな」等と冷静な判断を下す事ができて安堵の息が漏れる。


 …だが、安堵の時間は短い。


 ほっとしたのも束の間の事。


 瑞穂はまだ夢から覚めていない事に気付いたのだ。



 此方に押し迫ってくるかのような鬱蒼とした森の木々。


 膝まで届きそうなほど生い茂った草花。


 遠くから聞こえてくる今は(日本では)絶滅したはずの狼の声。


 近くの草むらを何かが横切る小さな葉音。



 「…ぇ…え…え……?」



 瑞穂はそれしかいえなかった。


 呆然として視界を動かすこともできなくなった彼女を誰が責められるだろうか。


 現実に追いついていけない彼女の頭の中を様々な事実が過ぎっては消えていく。


 昨夜は暖かいベッドで寝たはずだ。(そうよ。ちゃんとお布団も掛けたはずだもの…)


 いつもどおりに就寝して、夜中にも一度起きたはずだ。(寒いからトイレに行きたくなったんだよね)


 寝るときには愛用のパジャマを着用していたはずだ。(こんな民族衣装なんて持ってない…)


 薄手の色あせた布を何重にも合わせて作った様な不思議な衣装だ。


 瑞穂が身体を動かすたびにヒラヒラと緩い袖口が風と戯れれる。



 彼女が辺りを見回しても何も起きない。


 良くある小説とかでは何かしらのイベントが起きるはずなのだが、やはり現実(かどうかは分からないが)は違うらしい。


 小さな頭に詰まっている疑問に答えてくれるような生き物は視界に入ってこないばかりか、日は段々と落ち始めている。


 周囲には背の高い木々しかなく、身を落ち着けられるような場所は無い。



 「…どうしよう…」



 すでに癖のようになってしまっている爪を噛む仕草をしきりに繰り返し、瑞穂は「どうしよう」を繰り返す。


 前準備もなしに訳の分からないところに居るのだ。


 色々とやらなくてはいけないことが多くて頭が変になってしまいそうだ。


 それでも急を要するのはまずは一つ。



 「……水と食べれそうな物、後は安全に夜を過ごせる場所…かな…」



 ガリッと言う嫌な音を立てて噛んでいた爪が噛み切れた。


 何の味もしない硬い爪を噛み砕き、瑞穂は勢いよく立ち上がった。


 悩むのもいいが夜を安全に過ごせると言う保証は無い。


 出来るだけ早く安全な場所を見つけて身を隠す。


 考えるのはそれからでも遅くは無いだろう。


 瑞穂は小さく何度も首を振り、「これが現実かもしれないんだから」と自分に言い聞かせる。


 もし本当に夢で無かった場合。呆然としていて人生が終了してしまうのなんて寂しすぎるだろう。



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