第三話
今回もちょこっと長いです。でも、クライマックスです!!
天候に恵まれた入間基地は絶好の飛行日和。
去年や一昨年は民間機やバードストライキなどの理由でブルーインパルスの演技を満足に見る事が出来なかった。
その分今年は来場者数も例年以上で、パイロットが大空に描く芸術作品を少しでも形に残そうとデジカメを構える人達で一杯だった。
………勿論あたしもその中の一人だけど
あの後マスターは「そっか…翔子ちゃんが『航空ファン』を愛読していたのは“彼”が原因だったんだね」と言い、「なぁんだ。“王子様”ちゃんといたんだ」と言って笑った。
それであたしはと言うと、結局マスターへの返事を有耶無耶にしたままアパートへと帰り……今に至る。
今日の展示飛行は素晴らしかった!
昨日泣きすぎて目が腫れている状態にもかかわらず、ここに来て本当に良かった!
あたしはやっぱりブルーインパルスが大好きだ!夢は叶わずとも生涯一ファンでいる事は出来るだろう。
最後の演技が終わると6機の飛行機が地上へと降りてきた。
それを見つめながら感動の余韻に浸っていたあたしだったが、突然声をかけられ、いきなり現実に戻された。
「ねぇ君、ショーちゃん?成田 翔子ちゃんだよね?」
「柾おじさん?わぁっ!お久しぶりです!!」
20数年ぶりに会う懐かしい顔に思わず顔が綻ぶ。
学生時代にウチの父親と人気を二分していたくらいモテていた柾おじさんは齢60歳とは思えない程に若々しい。
が、端正な顔立ちでありながらも年月を重ねた渋さも加わり某国の俳優顔負けのダンディーっぷりである。
「それにしてもショーちゃん、随分綺麗になったね?俺、声かけるまで余裕で1分は迷ったよ?………そっか。アイツの頼み事って…成程。そーゆー事か」
「???今何て?」
「いや。何でも?それより、ほら、パイロットが機体から降りて来たよ?」
「え?あ………」
6号機から降りてきたアイツはとても誇らしげに見える。
背が高いのによくあんな狭い所に長時間入っていられるな…とか、あんなにぼーーーーーーっとしていたのに何時の間にあんな事が出来るようになったの…とか、疑問に思う事は沢山あるけど……。
でも、一番気になるのは昨日のアイツの発言。
――――――――――続きは入間の航空祭で
続きって?20数年ぶりに会った幼馴染に対してたったあれだけの挨拶しかないの?
複雑な気持ちのまま見つめていると、アイツがクルーの人達への挨拶を終え、仲間のパイロット達に合流して行進し始めた。
私より高い身長のアイツは、やはり一人だけ頭が飛び出る。
そして1号機のパイロットである編隊長さんが前に出ると皆が彼に向かって挨拶し、そしてそれが終わるとそれぞれが一斉に握手し出した。
それまでの真剣な表情や緊張感漂う空気が一変する瞬間。
まさに破顔一笑。
ああ。あの笑い方は昔と変わらないなぁ………。
何て、あたしらしくもなくぼーーーーーーっと見ていたら、何故かアイツと一瞬目があった気がした。
………まさか…ね?
あたしは気のせいだと思う事にし、知り合いに別れの挨拶をした後会場を抜け出す為に回れ右をしたのだが……
ガシッ
「お…おじさん?」
「おじさんの一生のお願い!ショーちゃんもうちょっとここにいてくれるかな?」
幼馴染の父親である柾彦おじさんは片手をあたしの肩に、もう片方の手を上にあげて何やらパフォーマンスを始めた。
180cm以上あるおじさんが手を上に伸ばすと、いくらあたしでもこの混雑の中見る事は難しい。
誰か知り合いでもいたのかな?それでサインか何かおくってるのかな?
「嘘っ!」
「っきゃあ~っ!こっちに来るよ!!」
「写メ写メ!!」
その直後、あたしの周囲が騒ぎ出した。特に目立っているのは女の子の黄色い歓声だ。
でもあたしは目の前にある柾おじさんの胸や腕に阻まれて周りの状況が把握出来ない。
言葉から推測すると誰かがこっちに来るらしい。
恐らくそれは目の前の人の知り合いだろう。
柾おじさんの知り合いだから相当なイケメンなんだろうな……
何て暢気に考えていたあたしは、自分から見える位置に“彼”の一番身近な人物がいる事を忘れていた。
トン
突然肩を叩かれた。
柾おじさんの知り合いが今私の真後ろにいるんだろう。そして、間違いなくその人物はあたしの知り合いでもある。
「よくわかったな」
「……当然」
へ?誰?おじさんの知り合いの割には声が若いような……
あたしの頭上で交わされる会話に頭がついていけない。
ってか!何故か振り向けないんですけどっ!!
棒の様に固まった両脚は言う事を聞いてくれず、ただ目の前にある立派な胸板を見つめるあたし。
すると……
【お集まりの皆様、わがチームが誇る若き精鋭、千歳 真飛路2等空尉が今、23年に渡る長き片思いに終止符を打とうとしています!
皆さん、どうか彼を応援してやって下さい!!】
突然流れたアナウンスに会場がどよめく。
そしていつの間にかあたし達の周りにいた人達は後ろに下がったか移動したかで、二人の周囲にちょっとしたスペースが出来ていた。
ガシッ
クルッ
両肩を捕まれ無理やり方向転換させられる。
思わず見上げるとそこにいたのは、あの、ここにいる誰もが憧れる紺色の制服を身に纏った幼馴染であり………。
ヒロ…真飛路はあたしの姿を認めると、グラサンをはずして胸ポケットにしまい、にっこり笑った。
/////////いきなりそんな笑顔見せないでよっ!!
そう内心毒づくあたしに気づいているのか、いないのか、彼はその直後に再び真剣な表情を浮かべると会場中に聞こえるくらいの大声で話し始めたのだ。
『貴方の条件にあう男になりました!』
「おおーーーーーーーっ!!」っという声…まるで地面が揺れてるんじゃないかと思うくらいの歓声が響き渡る。
突然の事に何も言えずただ立ちすくむあたし。
だが、彼はそんなあたしを無視するかのように続ける。
『貴方の望み通り、最高の“バーティカルキューピット”を描きました!!』
「いいぞーーーーーーっ!」という声とヒューヒューという口笛が響き渡る。
確かに彼が言った通り最高のハートと矢だった。
……そう。あたしが今まで見た中で一番素晴らしかったと断言出来る程に。
『多分、俺は俺ん家でしょーこと一緒に寝ていた………赤ん坊の時から貴方の事が好きです』
「きゃあ~~っ!それって初恋?」
「でも初恋にしちゃ早くない?」
今度は女の子達の声が聞こえてきた。
それなのにあたしの脳はいまだこの状況についていけない。
――――――人間頭が真っ白になると何も出来なくなるんだ
四半世紀以上生きて来て初めての経験である。
『ガキの頃はしょーこが俺の面倒を見てくれた。でも……』
『これからは俺がしょーこの面倒を見る!しょーこの生活費もおじーさんの治療費も全部俺が出す!』
『だから俺を貰って下さい』
「おい!台詞が違うぞっ!」
「そこは『嫁に来い』だろっ!」
「どっちでもいいじゃん!」
「そうよそうよ。ねぇ彼女ぉ~っ!!彼に応えてあげて!!」
彼の台詞に突っ込みを入れる声とそれに反対する声。
彼等の声で漸くまわり始めた脳の指令に従って、あたしは重い口を開いた。
「……あたし、こんなん、だけど?」
「“こんなん”って?」
「………ルックス」
「十分綺麗だよ?」
「高卒だし、一応女優だけど脇役専門…っつーか半分以上男役だし、貧乏暮しが長いから所帯じみているし……」
「家事が得意で節約上手な良い奥さんになれそうだと思うけど?」
「でも…でも…釣り合わないんじゃ…」
本当は彼の差し伸べてくれた手を取りたい!
でも、つい最近どん底にまで突き落とされた経験が、マスターが差し伸べてくれた手を一瞬でも取ろうとした事があたしを臆病にさせる。
本当はあたしだって物心ついた頃には真飛路の事が好きだった。
だから恋心も手伝って何かと彼の世話をやいてきたのだ。
彼が忘れ物をした時は一緒に家まで取りに行き、宿題を忘れ居残りさせられていた時は終わるまでずっと廊下で待っていた。
そして町会のイベントも幼稚園や学校の行事でも、いつも彼と一緒にいたのだ。
「彼女ぉ~っ!千歳2尉の気持ちに応えてやれよ!!」
「そうよぉ!私は、貴方達はお似合いだと思うよ?」
「「「「「「「「「「私もっ!」」」」」」」」」」
「私も……ってか、彼、赤ん坊の時に一目惚れしたって言ってんじゃん!自信持ちなよっ!」
「そうそう!でなきゃ23年も思い続けてられねぇーって!」
あたし達の周囲にいた人達だろうか。
自信の無いあたしの背中を押してくれているようだ。
「ほら、皆さんもそう言ってる。それに俺、“しょーこの夢かなえる為に”ここまで頑張ったんだぜ?」
もうっ!あの“6歳児の戯言”をしっかり聞いてたのねっ!
はぁ~~~~っ!しかもこんな状況でそんな事言われたら断れないじゃないっ!!
「……はい。こちらこそお願いしま(ひょい)って!ちょっ!ヒロ!」
【おおーーーーっと!お姫様だっこで今の喜びを表現か!?Congratulation!!千歳2尉!】
湧きおこる歓声。鳴り止まない拍手。そしてずっと後ろであたし達の様子を見守ってくれていた柾おじさんがそっとあたしの頭を撫でてくれた。
「ショーちゃんの事情は全部知ってるよ。今までよく頑張ったね?まだまだ頼りないかもしれないけど、これからはコイツと俺らを頼りな?
ってか泉希さんも水くさいんだよっ!俺にもカミさんにも一切相談しないで自分で勝手に決めて勝手にどっかに行っちまうんだから!!
ショーちゃん追いかけて転校するって言い張るコイツを俺とカミさんでどんだけ苦労して宥めたか………。
ま、結果オーライってとこか?何せ漸くショーちゃんがウチの義娘になるんだから」
柾おじさんの言葉に何も言えなく、思わず俯くあたし。
「父さん達の長年の願いを叶えたんだから、俺達って親孝行な子供だろ?」
「ああ。全くだ」
恥ずかしいやら居た堪れないやらで、思わず真飛路の広い胸に顔を埋める。
すると奴はあろうことかあたしの耳に口を近づけ、息がかかるように囁いた。
―――――――もう、離さないから…
…………理性を総動員して意識を手放さない様にしていたあたしを誰か褒めて欲しい。
結局あたしはその日は真飛路が住んでいるマンションへとお持ち帰りとなったのだった。
ご愛読ありがとうございます。
明日『おまけ』を投稿する予定です。