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第二話

今回後半にシリアス入ります。また、ちょっと長いです。それでも問題なければご覧下さい。

「マスター、今のお客様でラストですよ」

「そっか。じゃあ翔子ちゃん、あがっていいよ。今日もお疲れ様」

「でも、これ洗ってからにしますね」


テーブルをパッシングしてシンクにおつまみの入った器を置くと、両袖のボタンを外し、ソレをまくり上げた。

洗剤を手に取りスポンジに含ませると器をてに洗い出す。


「後は僕がやるから翔子ちゃん着替えてきなよ。んで、今日は奢ってあげるから少し飲もう」

「本当ですか?やった!ありがとうございます!!」


あたしが次の日仕事がオフの日は、マスターがたま~にお店の中のお酒を奢ってくれる。

こう見えてあたしは甘い系のカクテルが大好きなのだ!

前回はスクリュードライバー。前々回はカシス烏龍。

その前は……カルーアミルクだっけ?

着替え終わったあたしはカウンター席のスツールに腰掛けた。


「今日はね、ノンアルコールのヤツなんだ」

「ノンアルコールのカクテル?」

「そ。はい、召し上がれ」


目の前に差し出されたそれは黄色い系のカクテルだった。

カクテルグラスに注がれたソレを一口含む。


「……甘い」


これがカクテル?フルーツジュースの間違いじゃないのか?

なんて考えが顔に出ていたのか、マスターはクスリと笑ってから説明してくれた。


「“シンデレラ”。オレンジとレモンとパインのジュースの分量をそれぞれ量ってシェイクするんだよ」


このお店は昼間は喫茶店で夜になるとバーになる。

マスター兼オーナーである目の前の彼の従業員は、あたしの他に大学生の男の子二人と専門学校に通っているという女の子が二人だ。

マスターは奥様に先立たれ、おまけに同僚に手柄を横取りされるという目に合った。

そしてショックを受けた彼はそれまで勤めていた大手IT会社を退職し、退職金を元手にしてこの店をオープンしたらしいと聞いた。

スラっとした細身でアイドル顔負けの可愛い顔立ちである彼は、何と御年38。

でもどう見てもアラサーにしか見えない謎のお方である。


「シンデレラですか。……あははは…あたしには似あわないカクテルですね」


そう。あたしにはガラスの靴も無ければかぼちゃの馬車も無い。それ以前に魔法使いのおばあさんすらいないのだから王子様に会う事が不可能なのだ。

―――――“灰かぶり”ならピッタリだけどね…


「ね、翔子ちゃんには王子様はいるの?」

「へ?な…ななな何言って……!そっ…そんなの居る訳ないじゃないですかっ!」

「くすくすくす……それなら、僕、立候補しても良い?」

「え?」

「僕、翔子ちゃんの事、好きだよ。こんなエリート崩れのおじさんで良ければお付き合いして欲しい」


正直この店の売り上げを占めているのは7割がマスター人気、2割が昼間に来る大学生二人の人気、そして1割が常連さんだ。

特に夜はマスター会いたさにやって来る女性客が大半である。


「そんな…あたしなんか………無理ですよ。だってお付き合いする余裕がないんですから」

「お祖父さんの事、出来れば僕にも手伝わせて欲しいな」

「駄目ですよ!マスターにそんな迷惑かけられません」

「………正直今の翔子ちゃんは辛そうで見てられないんだよ。僕は君の力になりたい」

「っ…!!」


これでも10年以上脇役でも女優を続けてきたのだから感情を表に出さない自信はあった。

でも、何時まで経っても脇役で、その上他の団員は有名な劇団のオーディションを受けさせて貰えるのにあたしはいまだそれが許されない。


………演技力と“花”がないという理由で


退団して田舎に帰る事も考えたけど、お祖父ちゃんの入院で精神的に参っているお祖母ちゃんを心配させるわけにはいかない。

いつまで自分は後輩の引き立て役なんだろう……そんな事を思いながらも必死で舞台を踏んできたのだ。


「……マスターにそんな事言われるなんて……あたし、女優失格ですね」

「僕以外誰も気づいてないから安心して?でも、今の翔子ちゃんの状態の原因がソレなら、僕は辞めて欲しいと思う」

「え?」

「翔子ちゃん一人なら十分養えるよ。それに、前の会社の退職金も殆ど手つかずで残っているからお祖父さんの治療費だって心配ない」


嘘!!だってこの店をオープンする為に使ったって………


「この店の資金はね、半分は僕の株とかで儲けたポケットマネーで半分は…慰謝料…ってヤツかな?とある間抜けな営業マンの親が息子のしでかした事の弁償だっていって送金して来たんだ。

だからさ、今とは言わない。でも、それ以上傷つく前にいつでも僕のところにおいで?」

「マスター………」

「あれ?翔子ちゃん、僕の名前知らなかったっけ?」

「東郷さん……」

「真也だよ。って…まぁ“マスター”よりはいいか」


そう言って笑いながらマスターは俯いたままのあたしの頭をいつまでも撫でていたのだった。



************



「はい駄目ぇ~っ。翔、アンタは今回もオーディションから外すわ。次の舞台の方を頑張って頂戴」

「はい」

「それじゃあユキとサユミ、マリカはあたしと一緒に来てね?オーディションの課題とスケジュールをこれから渡すから」

「「「はぁ~い」」」


無表情でとぼとぼと歩くあたしとすれ違うようにキャピキャピとはしゃいで団長の後を追う後輩達。


「翔、気にすんな」

「そうだぜ?オレはさっきの翔の芝居良かったと思う!」

「少なくともサユミよりはマシだったよねぇ」

「そうよ!あんなのと比べたらそれこそ翔がかわいそう」


そう言いながらあたしを慰める為に集まって来た彼等は元同期の仲間達。

あたしと彼等の違いは帝劇や日劇の舞台を踏んでいるかいないか…だ。


今日は彼等が所属する大手プロダクションが企画したミュージカル『ミス・ハムレット』のオーディションにエントリーする団員を選出する事になっているのだ。

その為に彼等は審査員としてここに…自分の古巣…に来たのだが、あくまでも決定権は団長にある。


「っつーか、ぶっちゃけ本当はオレ達翔を連れに来たんだよ。それなのにあの強欲腹黒カマ男……」

「ね、翔、ここ辞めない?私、上にかけあってでもアンタを推薦してやるわよ」

「そうよ!いつまでもここにいてあげる義理なんてないんだからね?」

「同感!いつまでもカマ野郎をつけあがらせるな!翔!」


え?皆、いったい何を言ってるの?


「団長は良い人だよ?あたしに住む場所を提供してくれたし…」

「住むとこないならあたしとシェアしよ!」

「そうだよ!あんなボロアパート!」

「あんな物件に住んでやってるだけで十分だっつーの!」

「翔が何も言わないのを良い事にメンテをしねーばかりか毎年更新して家賃ぼったくりやがって……」


何それ?家賃ぼったくるって?

そりゃあ築ウン十年の木造建築で、今時珍しくトイレはあるけどお風呂なしで、鍵はどこかの蔵みたいに上からカチャンとおろしてくるタイプだけど……


「皆…ちょっとごめんね。あたし、今度の舞台の台詞覚えなきゃいけないし…」

「「「「翔!!」」」」


皆さっきから何言ってるの?

“いてあげる義理?”

“住んでやってる?”

それに、団長の事を強欲って………


あたしは結局さっきの彼らの言葉が気になって台詞が頭に入って行かず、打ち合わせが終わったであろう頃合いを見計らって団長の部屋の前に行った。


『今回はいくらなんでも成田が気の毒ですよ!』

『甘いわね。こっちは田舎の小娘に就職を斡旋してあげたどころか住む場所まで与えてあげてるのよ』


うん。それで路頭に迷わずに済んだんだもん。

しかし、頷いていたあたしはその後に聞こえてきた会話に思わず目の前が真っ暗になった。


『住む場所を提供って……借主がいないオンボロアパートの住人を騙して連れて来ただけじゃないですか……』

『だって家賃収入が途絶えると困るのよ』

『それで恩を着せて自分のところに縛り付けるなんて……貴方はどこまで鬼畜なんですか?』


騙して連れて来た?恩を着せる?

どういう事なの?


『ふん。騙される方が悪いのよ。それに翔は良い収入源なんだから。何たってこの劇団の収入の半分は翔の人気よ!そりゃあ差し入れの大半を巻き上げてるのは、ちょっと、悪いとは思うけど…。

でもさ、アンタだって会計やってて助かってるでしょうが!』

『それはそうですけど……でも団長、彼女だってもう三十路ですよ?一度くらい主役やらせてあげるとか、大手のオーディションを受けさせてあげるとか……いい加減ここから解放してあげないと…』

『ふふ…だってこのアタシが“アレ”を見つけたのよ?ええ!絶対に手放すモノですか!翔を大手に取られるくらいなら大根サユミにユキとマリカっていう熨斗つけてくれてやるわ!翔はアタシのモノよ!

それに主役なんてやらせたら自信つくでしょ?それじゃ駄目なのよ。一生アタシの元で脇役で使ってやるんだから!』


もう何が何だかわからなかった。

そんなあたしの頭の中にあったのは、この場から一刻も早く逃げ出す事だけ。

極力足音を立てない様にそこから離れると、あたしは大急ぎで自分の荷物を纏め、同期達に碌な挨拶もせずに劇団事務所を飛び出した。



*********



「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

「あれ?翔子ちゃん、今日はバイト休みじゃなか………」


ぐいっ


「とりあえず入って!」

「え?」

「そこに腰掛けて待ってて?すぐ戻るから!」


そう言うと東郷さんは慌てて店の外に出て行った。

あたしは彼に言われたとおり、イスに座って荷物を置いた。


「ごめん!今臨時休業の札を出して来たから!」

「え?」

「翔子ちゃんのそんな顔見たらとても店なんて開けてられないよ。それに今日は元々バーが休みの日だし、客足も少ないから早めにクローズしようと思ってたんだ」

「え…でも」

「あの二人もとうに帰ったし…ね?とりあえずミルクティーでも淹れようか?特別に今日のスイーツもつけようね」

「マスター…あたし…あたし……」

「あらら。また“マスター”に戻っちゃった」


ぐーーーーーーーーっ


「くすくす……お茶よりもランチセットの方を所望だね。了解」

「/////////すみません」


やばいっ!今日は朝もお昼も食べられなかったんだっけ!

時間的な余裕や金銭的な理由じゃなくて単純に食欲が無かったんだよね。

マスターはあたしの大好きなBセットをすぐ用意してくれた。


「セットのドリンクはミルクティーだっけ?」

「ありがとうございます」


あたしはあつあつのオムライスをスプーンで一匙救うと口に入れた。


「おいひい……」

「時間はたっぷりあるからゆっくり食べて?その後話を聞いてあげるから」

「ふぁい……」


グリーンサラダはしゃきしゃきとしていて、トマトもキュウリも美味しい。しかもかかっているドレッシングはマスター特製である。

そしてこのセットにはコンソメスープがつくのだが、人参と玉ねぎが甘くてとろっとろ状態だ。

あたしは食欲を思い出したかのように、マスターが作ってくれた遅めの昼食を食べたのだった。


「で、どうしたの?何があったの?」

「………実は……」


あたしはさっきまで事務所で遭った事をマスターに話した。

途中で涙が出て来てしまい、しゃくりあげながらだったが、マスターはあたしにハンカチを渡すと、その後はずっと黙って聞いてくれた。


あたし、団長の真意を知って悲しかったんだ。


今になってソレがわかり、よけい涙が止まらなくなった。

マスターのハンカチはどれだけの涙を吸い取ってくれてるのだろう?洗って返さなきゃ……そう思った時、突然温かい何かに包まれた。


「翔子ちゃん、今すぐ僕のところにおいで」

「ふぇっ?」

「話を聞いてると、君は芝居が好きで続けてるって風には思えない」


確かに。あの同期達に比べるとあたしがあそこに入団した理由なんて団長に拉致られたの一言で済む。

脇役や男役で舞台を踏み続けたのだって仕事だからで、あそこを退団しなかったのは……………今思うと馬鹿馬鹿しいけど団長に恩義を感じていたから。


「……ま…マスター」

「ねぇ、翔子ちゃん。僕さ、これ以上傷つく前においでって言ったよね?」

「………………」

「住むところがなければ僕のマンションにくればいい」

「………………」

「店は今までどおり手伝って貰うけど」

「………………」


マスターの腕の中で泣きながら頷くあたし。

そっか。このヒトはあたしの事を受け入れてくれたんだっけ。

だったら、もういっそ、夢やプライドなんて捨ててこのヒトに…………


ぐいっ


「いいね?翔子ちゃん、ほら、僕の手を取って?」


両肩を捕まれ引き離されると同時にマスターが顔を覗き込んできた。

そして私の目の前にあの細くて長くて、でもとってもあったかかった右手が差し出される。

おずおずと自分の右手を重ねようとしたその時……


カラン


「残念ですが彼女の結婚相手の条件はブルーインパルスのパイロットなんですよ」


誰かが店に入ってくると同時に一方的に話し始めた。

マスターは思わず入って来た人物を確認する為にあたしから離れたのだが……


「へ?あ!お客様、今日はもうクローズでして……って!君!まさか…!!」

「しょーこ、久しぶり」


雑誌やTVで何度も見たかつての幼馴染が、今、あたしの目の前に立っている。

これは……夢?


「………ヒ……ロ…?何でここに?それよりさっきの」

「続きは明日。入間の航空祭で」


それだけ言うと制服姿のイケメンパイロットはスタスタと店から出て行ってしまった。

呆気に取られたあたしとマスターは、彼が去って行ってもしばらくそのまま佇んでいたのだった。


ご愛読ありがとうございます。まだまだ続きます。

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