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【6】


【6】


 ルーウィンに声を掛けた男たちは三人組だったが、待ち合わせていたあの三人兄弟とはまったくの別人だった。

 なんとなくガラの悪そうな男たちで、ニタニタとした厭らしい笑いが気に食わない。そう思ったが、ルーウィンは何も言わなかった。今はそれよりも優先すべきことがある。


 村人もこの場所のことは数人が知っていると聞いていたので、おそらく薬草を採りに来たのだろう。 しかしこの場にないということは、先に独占されてしまったのだ。そう思って、ルーウィンは三人を見る。しかし薬草の入った籠を下げているわけでもなく、どこにもそれらしきものは持っていなかった。

 腰のベルトにサーベルやらナイフやらを吊っている。あまり関わり合いたくないと思って、ルーウィンは無視をして先に進もうとした。


 しかし、男のうちの一人がルーウィンの前に立ちはだかる。


「どいてよ。あたしここから先に用があるんだけど」


 早くあの兄弟と合流して、カレンとも落ち合わなければ。

 そう思い、ルーウィンは目の前の男を睨んだ。


「おれたちはお嬢ちゃんに用があるんだよ」

「あたしに?」


 ルーウィンは訝しげに返す。

 そして、しまったと思った。


 この手の輩が自分に何の用があるのか、ルーウィンは嫌というほどわかっている。この状況はなにも今回が初めてではない。

 この男たちはおそらく、ダンテに仕返しをしたい輩だ。


 ルーウィンは自分の愚かさを悔やんだ。

 数日前の話し合いを悪意のある者に見られて、計画がばれてしまっていたのかもしれない。三兄弟に頼んで役目を代わらせたか、あるいは彼らはそのあたりで伸びているのか。

 いずれにせよ事態はよろしくなく、ルーウィンはこの穴ぐらに一人だった。

 

 カレンはどうしただろうかと、ルーウィンに不安がよぎる。カレンはこの先の滝あたりにいて、まだこの事態は知らずにいるのだろうか。

 そう願った。カレンがこの男たちに見つかればややこしいことになる。

 自分だけでなく、彼女を巻き込むのは我慢がならなかった。

 なんとしてでも、ここでカタをつけなければ。


「お嬢ちゃん、ダンテの連れ子だろ? ちょっと顔貸してくれないかあ?」


 予想通りだった。

 弓を使うには間合いを詰められすぎていた。完璧に油断していた。

 計画を打ち合わせどおりにやれるか、それを気にしていたばかりに異変を即座に感じ取ることが出来なかった。

 ナイフを取り出す動作をすれば、その瞬間に捕まってしまう。しかし、大男を三人も目の前にして、ルーウィンにはどう対処したらよいのかわからない。相手は身の丈が自分の倍以上もある。男たちはルーウィンのすぐ近くにまで迫ってきていた。

 

 ここはさっきの抜け穴を辿って、逃げるしかない。

 

 こうなればもう計画など関係ない。あの抜け穴に逃げ込んでしまいさえすれば、男たちは追ってはこられないだろう。

 そこをくぐり抜けて、ダンテに助けを求めよう。こんな大男三人程度なら、ダンテは簡単にのしてしまうはずだ。

 しかし、穴に引き返すまでには少し距離がある。

 一か八かの賭けだった。


 ルーウィンは不意に踵を返し、脱兎のごとく駆けた。男たちがにやりと笑う。

 あの通路にさえ逃げ込めれば、なんとかなる。

 しかし、ルーウィンのそんな思いは打ち砕かれた。

 通路があった場所には大きな岩が置かれており、とても一人でどうにかできそうな大きさではない。


 男たちの仕業だと、ルーウィンは唇を噛む。退路はすでに塞がれていたのだ。

 背後からは男たちが迫ってくる。そしてルーウィンは、大男の一人にあっけなく捕まった。

 簡単に身体を持ち上げられ、足が地面から離れてしまう。


「放せっ、この野郎!」

「おうおうおう、女の癖に口が悪いぜ、お嬢ちゃん」


 ルーウィンは男の腕に噛み付いた。男は悲鳴を上げたが、ルーウィンは力を緩めなかった。

 男はルーウィンを片腕で捕まえたまま、噛むのを止めさせようと手加減なしでルーウィンの頭を強く殴った。あまりの強さに雷が落ちたかのような衝撃が走り、一瞬目の前が真っ白になった。

 しかし、それでも噛み付くのをやめない。男はついに耐え切れなくなり、ルーウィンを捕まえていた腕を大きく振り払ってルーウィンを叩き落とした。

 むき出しの地面に顔面から勢いをつけて落とされて、ルーウィンは額を打ち付ける。


「痛ってえええ! このクソガキ!」


 大男の腕からは血が流れていた。それを見てルーウィンは、血の混じった唾をぺっと吐き捨てる。

 その不遜な態度にとうとう堪忍袋の緒が切れた大男は、倒れているルーウィンを掴み上げると頬にありったけの力をこめて平手打ちした。


 痺れるような衝撃だった。

 痛いという次元ではない。ルーウィンは耳がボソっというのを聞いた。鼓膜が破れてしまったかもしれない。

 大男は続いて何回もルーウィンを殴った。痛みでなにがなんだかわからなかった。

 それが十何回か続いて、仲間の男が声をあげる。


「そのへんにしとけ。ガキの顔が変わっちまったら、人質としての価値がなくなっちまう」

「それもそうだな」


 ルーウィンの顔は痛々しく腫れあがった。瞼を切ったのだろうか、うっ血していて周りがよく見えなくなる。歯が折れなかったのが不思議なくらいだった。

 鼻の奥が、鉄臭い。生暖かい液体が、鼻腔の奥から流れ出すのを感じた。


 ルーウィンはぐったりとしたまま、地面に転がっていた。体中に、痛みが重く響く。

 突然振るわれた激しい暴力に、頭がついていけずにぼんやりとしていた。


 しかし、男の言った「人質」という言葉が鮮やかに耳に残った。男たちは自分を人質として、ダンテに一泡吹かせてやるつもりなのだ。なんと卑劣で、なんと浅ましい行為だろう。

 ルーウィンは奥歯を噛み締めた。自分でも呆れたことに、痛みに対する恐怖よりも、目の前の男たちに対する怒りが先行した。


 人質になるわけにはいかない。

 自分はなんとしてでも、ダンテの足手まといになるわけにはいかない。それでは本末転倒だ。

 ルーウィンは叫んだ。


「殺せばいいじゃない! 足手まといになるくらいなら、いっそのこと死んでやる!」

「ああ?」


 ルーウィンを殴った男が不快感をあらわにして振り返る。そして地面に転がっているルーウィンを見下した。

 ルーウィンは、思わず動けなくなってしまった。

 男の目は冷たかった。

 こんな子供、今すぐここで殺しても構わない。

 そう思っているのがありありと窺えた。


「ほらよ。お望みどおり、短剣だ」


 男の一人がルーウィンに短剣を寄越した。ガシャンと音を立てて、刀身がむき出しのまま刃物はルーウィンの前に落とされた。危うく顔に突き刺さってしまうところだった。


「どうした? お望みどおり、自分に突き立ててみろよ。喉でも腹でも、好きなところに」


 そう言って、男たちは下卑た笑いを立てた。

 小さな洞内に、その笑いは響く。

 それを聞いて、ルーウィンは世界中の人間から嘲笑されているような錯覚に囚われた。目の前に転がる砥がれたナイフが、松明に照らされて妖しくルーウィンのほうを見ている。


 できなかった。


 怖いし、痛い。

 痛いのはもうたくさんなのに、どうして自分から痛みを選ぶ必要があるだろう。

 自分の手で、自分の肉に刃を突き立てる。それは想像するだけでもおぞましい行為だった。


 ルーウィンは悔しさに涙を流した。

 自分の愚かさが、力のなさが、幼さが、ただただ辛く悔しかった。

 涙が頬を伝って、余計に顔が土で汚れる。

 ルーウィンのみじめな様子を見て満足したのか、男たちの狂ったような笑いは収まった。


「連れて行け。今日こそあいつも年貢の納め時だ」


 ボロ雑巾のようになったルーウィンにもう一蹴り入れると、男はルーウィンの髪の毛を掴んで無理やり引きずり立たせた。











 ダンテは一人大人しく、ルーウィンの消えていった小さな抜け穴の前で待っていた。

 先には滝の流れ落ちる気配がしている。足元の岩が湿っているのは、滝の水滴が辺りに漂っているからだろう。

 こういった場所には何度も訪れたことがあったが、やはり冒険者の性だろうか、滝や断崖絶壁や洞窟などに来ると心が掻き立てられる。どこかおかしな様子のルーウィンに連れられて渋々来てはみたものの、なかなかに見事な滝だった。

 通路の先はやや明るく、滝の裏というからには、この通路の先には上から水が流れ落ちる場所があるのだろう。

 ダンテは先に進みたい気持ちを抑え、愛弟子の帰りを待った。


 しかし、いつまで経ってもルーウィンは戻らない。

 ダンテはしゃがみこみ、抜け穴の先に向かって声を掛けてみた。


「ルーウィン! どうした?」


 様子がおかしい。

 この声の通り具合からすると、穴は向こう側に抜けていない。

 先は塞がっているような気がしたのだ。


「おーい、ルーウィン。どうした? 尻でも詰まって抜けられなくなったかあ?」


 うんともすんとも返事はなかった。

 やはりおかしい。


 ダンテの顔は険しくなった。まさか、という思いが胸をよぎる。

 とにかく、ここでこうしていても始まらない。他に回り道はないかと、ダンテはとりあえず先に進もうとした。

 

 しかし、ダンテは足を止めた。

 通路の先から、不審な影かやってきた。

 相手は三人。男。

 そして一人はなにかを引きずっている。


 最初は荷物か何かかと思っていたが、だんだんと近づいてくる男たちを見て、ダンテはその目を見開いた。

 長い髪の毛を捕まれ、身体を引きずられているのは、ぐったりとしたルーウィンだった。


「ルーウィン!」


 ダンテは怒鳴った。

 血相が変わった。

 その様子を見た男たちは、楽しそうに笑う。


「このガキがあんたの弱点だってのは、どうやら本当だったらしいな。稀代のギルド潰しがガキ連れて行脚とは、世も末だぜ」

「お前たちは、何だ」


 ダンテは低く唸った。

 男のうちの一人が、楽しそうにそれに答える。


「おれたちゃあんたの同業者よ。あんたの首をいただいて、ちょっくら名を上げようってわけだ」

「……クズめ」

「おっと、口には気をつけろよ。なんせこっちは、大事な人質がいるんだからなあ」


 男はルーウィンの腹を蹴った。

 ルーウィンは呻き、そして身体を丸めてむせ込んだ。

 ダンテは怒鳴った。


「やめろ!」

「こりゃあんたのガキか? それともコレか? あんた意外と面白い趣味してるんだな」


 男たちは下卑た笑いを浮かべた。

 リーダー核の男が、ルーウィンの髪を引っ張る。


「おらクソガキ。お前もなにか言えよ。ダンテぇとか、助けてぇとか、色々あんだろ!」


 言うと同時に、男はルーウィンを再び蹴った。

 ルーウィンは唇を引き結んで、襲い来る痛みに必死に耐えた。別の男が感心したように言う。


「しかし、大したガキだな。まだ十かそこらだろ。今まで悲鳴らしい悲鳴一つも上げやしねえ」

「腹に入れるからいけないんだろうが。鈍痛じゃ呻くので精一杯だろ。悲鳴を上げさせるのはな、こうやるんだよ!」


 ナイフで左腕を刺されて、ルーウィンはとうとう甲高い悲鳴を上げた。

 鋭い痛みに、洞窟を裂くような声が反響する。

 それを聞いて、男たちは満足そうに腹を抱えて笑った。


「やめろ!」


 ダンテは叫んだ。

 ダンテが取り乱したのを見て、男たちは互いに目配せをする。


「お前さんたちの望みは、このおれの首だろう。察しの通り、その子がそっちにいる限りおれは手出しできねえ。さっさとおれを始末したらどうだ?」


 リーダー格の男が満足そうに腕を組んだ。


「その心意気や良し。泣かせるねえ。だが、勘違いするな。無抵抗なお前をいたぶるのも、またおれたちの愉しみだということをな! お前ら、おれに構わず遊んでこいよ」

「じゃ、お言葉に甘えて」


 リーダー格の男とルーウィンを残し、二人の男がダンテに向かって歩いていった。


「このガキを殺されたくなかったら、言うことを聞け。わかってるよな」


 ダンテは弓をその場に捨てた。

 男たちはゲラゲラと品のない声をたてて笑う。


「いいぞぉ、それでいい。これこそ長年思い描いてきたおれたちの夢! おれたちはギルド潰しのダンテを超えるんだ!」


 二人の男たちはダンテに向かっていく。ダンテとの距離を詰めていく。

 ダンテは無抵抗だった。

 胸倉をつかまれ、まず殴られる。

 二人の男たちは、まるで新しく手に入れたオモチャを試すように、ダンテの反応を見て笑った。


 自分の前で、自分のせいで、あの強いダンテが、ぼろぼろにされていく。

 そんな悪夢のような光景を、ルーウィンは無理やり見せ付けられていた。


 ルーウィンは泣いた。

 悔しかった。自分の愚かさがどうしようもなく恨めしかった。

 

 ルーウィンが無力さに打ちひしがれて涙を垂れ流している間にも、ダンテは痛めつけられていた。

 二人の男たちは容赦なかった。

 殴る。蹴る。殴る。斬りつける。殴る。時々締める。その繰り返し。

 顔から鳩尾、腹、急所という急所はすべて的にされた。手をつけなかった箇所などないだろう。ダンテはなにも言わず、なにもせず、その暴力にされるがままにされていた。身体の自由を奪われても、縛られてもいない。


 ダンテを縛っているのは、ルーウィンの存在だった。

 ルーウィンのせいで、ダンテは目の前で痛めつけられている。

 ダンテの顔面に膝蹴りを入れられ、ルーウィンは思わず叫んだ。額がぱっくりと割れて、おびただしい量の血が溢れ出す。


「ダンテ! もうやめて! 闘って、反撃して!」


 ルーウィンは泣き叫んだ。

 声が掠れてしまって、届いたかはわからない。

 

「ダンテ! もういいから! お願い!」


 ルーウィンは再び叫んだ。すると髪を強く引っ張られ、背中を強く踏みつけられた。

 背骨が軋む音がして、ルーウィンは反射的に悲鳴を上げる。


「あんたが手ぇだしたら、わかってるんだろうな。このガキの命はないぜ」


 男がそんなことをせずとも、相変わらずダンテは殴られ続けていた。


 どうしようあたしのせいだ、なにもかもあたしのせい、どうしたらいいどうしたらダンテは。


 ルーウィンは目の前の凄惨な様子を見ていることしかできなかった。

 ルーウィンにはそれは真っ赤な光景に映った。後悔はぐるぐると頭の中を巡り、この状況を打開する術などない。

 ダンテが痛めつけられる度に、ルーウィンの心は裂け、悲鳴を上げた。






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