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【5】


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 つい昨日の朝、カレンのところへやって来て計画を実行すると言ったばかりだった。しかし恐ろしいことに、カレンはもうある程度の手はずを整えていると言う。

 まずは、ならず者役を引き受けてくれた人物をあらかじめ紹介すると言って、ルーウィンはカレンと共に村外れを歩いていた。


「さてはあんた、よっぽどヒマだったのね」


 ルーウィンの言葉に、カレンは頬を膨らませて反論した。


「失礼ね。大事な友達が大切な人と別れちゃうかもしれない、その瀬戸際なのよ。ここでわたしが一肌脱がなくてどうするの!」


 ルーウィンとカレンは、とある畑へとやってきた。そこには忙しそうに働く三人の男の姿があった。 カレンはルーウィンをその場に待たせて、男たちに声を掛けに行った。カレンの姿が目に入ると、男たちは仕事の手を休めたようだった。


「紹介するわ、ルーウィン。こちら、お隣さんの三兄弟」


 カレンは三人の男たちを紹介した。


「「「どうも」」」


 揃った元気の良い返事が返ってくる。歳は二十から三十前半の男たちだ。彼らの後ろには刈り入れられた麦の穂がうず高く詰まれ、三人の頭は藁が乗っていた。

 これが「ならず者役」の三人だろう。しかし、どこからどう見ても農夫の、しかもどちらかというと優男だ。

 ルーウィンはちらりとカレンに目配せした。


「本当に大丈夫?」

「大丈夫よ。こう見えても、日々の農耕で三人とも腕っ節はあるし。若い頃には街の修練所にも通っていたのよ」


 兄弟たちは、人の良さそうな笑みを浮かべてにこにことしている。とてもそうは見えなかったが、致し方ない。

 ルーウィンはため息をついた。こんなくだらないことを引き受けてくれるというのだから、多少のことは妥協しなければならないだろう。


「カレンちゃんひどいなあ。若い頃って、ぼくたちまだ十分若いじゃないか」


 一番年上の兄が言って、他の二人もはははと笑う。

 これで大丈夫かと心配になって、ルーウィンは三人に念押しした。


「カレンからだいたいのことは聞いてると思うけど、あんたたちが思ってるより、あたしの連れはけっこう強いわよ」

「大丈夫さ! いざとなれば、奥の手があるから」

「奥の手?」


 ルーウィンは怪訝そうに眉をひそめる。下の弟らしき男が言った。


「兄さんご自慢の土下座だよな。あれをやられて許さないやつは、ちょっといないよな」


 三人は声を揃えてまた笑った。どう見ても強そうには思えず、ルーウィンは肩を落とした。

 あくまで役であるので本当に強い必要はないのだが、やるからには強そうな大男を倒した方がルーウィンの株も上がるというものだ。それに万が一何か手違いがあってダンテと拳を交えるようなことがあれば、この三人はただでは済まないだろう。


「ほんとに大丈夫かしら」

「まあまあ。三人のことはわたしに任せておいて。間違いなくうまくやるから。で、これが滝の裏の見取り図よ」


 カレンは紙に簡単に書いた地図をルーウィンに手渡した。

 ルーウィンは首をかしげる。


「あたしは下見に行かなくていいの?」

「心配しないで。道は一つだし、中は大したことないのよ」


 カレンは畑の柵に腰掛けた。地図の上に指を走らせながら、カレンは説明する。


「ルーウィンはここからダンテさんと一緒にやってくる。そして、ここに女子供しか入れないような抜け道があるの。ルーウィンはここから中に入るのよ。ついでに言うとここに薬草が生えてるから、そのつもりでね。そのタイミングを見計らって、わたしが滝の先に現れる。わたしにナイフを突きつけるこの人たちも一緒にね」


 カレンは地図から顔を上げて悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ダンテさんはわたしをなんとか助けたいと思うけれど、それには三人の兄弟がいて手が出せない。そんな時に、抜け穴から滝の先へ回り道したルーウィンが現れる! 不意を疲れた悪者はルーウィンに驚き、あっという間にやっつけられる」

「ふうん」


 簡略化された見取り図を見る限り、出来なくはない計画だった。あとはダンテとカレンたちとの距離を、自分が現れるまでに詰められないことを願うだけだ。

 ルーウィンは三兄弟を見た。


「あたしは、あんたたちをある程度は殴っていいわけ?」

「もちろん。でも頃合を見計らって滝壷に身を投げるよ。昔から夏になると、内緒であそこから飛び降りて遊んだもんだ。それならお嬢ちゃんがぼくたちをぼこぼこにするまで、大変な思いをしなくても済むだろう? おれたちのヒゲかなんかで、手を傷つけでもしたら大変だからな」


 真ん中の弟らしき男が言った。今この瞬間、三人の不意をついて殴るくらいならルーウィンにも出来るのだが、それは敢えてしないでおいた。なにしろこれから面倒くさい頼みごとをするのだから。

 それにルーウィンも所詮十歳の少女、非力なことに違いはなく、弓がなければそのあたりの子供と何一つ変わらない。

 カレンは続けた。


「わたしはルーウィンに助けられ、一件落着。ダンテさんは思うはずよ。小回りも気も利くルーウィンがいて助かった、やっぱり自分にはルーウィンが必要なんだって」


 カレンはその情景を思い描いているようだった。この作戦を成功させるつもりしかないらしい。


「ダンテをうまく呼び出せるかはわからないけど、やるだけやってみるわ」


 ルーウィンは言った。

 自分からやると言っておいて何だが、実はこの場に来るまではいまいち乗り気がしていなかった。昨日は焦燥感に任せてああ言ってしまったものの、一晩考えて撤回しようと思ってやってきたのだ。それが一日のうちにカレンはこんなにも色々と揃えてくれてしまって、正直今から止めるとは言い出せなかった。


 それに、カレンが自分のためを思ってここまでしてくれたのが、単純に嬉しかったのだ。

 ダンテ以外でここまでルーウィンのために心を砕いてくれるのは、カレンが初めてだった。

 ルーウィンはカレンを見て言った。


「あたしなんかのためにこんなにしてくれて、ありがと、カレン。この計画、上手くいってもいかなくても、薬草たっぷりとってくるからね。カレンのお父さんが早く良くなるように」


 ルーウィンは歯を見せて笑った。その言葉にカレンは微笑み、ルーウィンに抱きついた。


「ルーウィン、ありがとう!」


 カレンの笑顔を見て、ルーウィンはまた嬉しくなった。

 計画の流れも決まり、いよいよ決行日は数日後に迫っていた。













「こら、ルーウィン!」

「朝から何よ。うるさいわね」


 陽が山並みから顔を出す頃、ルーウィンは宿屋に近い洗濯場で洗い物をしていた。おばちゃんたちのラッシュは過ぎて、ルーウィンは小さな川でゆうゆうと洗濯をしていたところに、ダンテが物凄い剣幕でやってきた。


「お前またおれのパンツ勝手に洗っただろ! 自分の分は自分でやるって何回言ったらわかるんだ。お前はおれの母ちゃんか!」

「あんたは思春期まっただなかのバカ息子か」


 ルーウィンは怒るダンテをはいはいと受け流した。最後の一枚を洗い終え、強く絞って洗濯籠の中に入れる。あとは宿屋の裏のスペースを借りて干すだけだ。ここまでは、いつもの日課だった。

 しかし、今日はもう一つ、やらなければならないことがあった。


「ところでさあ、あんた今日は仕事なくてヒマよね。ちょっといい話あるんだけど」


 カレンとの計画を実行させる。その日がついにやって来たのだ。

 ルーウィンが上流の滝の裏手の薬草の話を聞かせると、ダンテは怪訝そうに顔をしかめた。


「万能薬の元になる薬草だあ?」

「そう。怪我にも効くのよ。ジヨウキョウソウニコウカテキメン、だって」

「お前、どこでそんな熟語覚えてきた? 全部カタコトじゃねえか、相変わらず頭悪いな」


 ルーウィンは内心、しまったと思っていた。カレンが教えてくれた言葉を音だけでそのまま覚えてしまったのだ。

 しかしそれを表情に出さぬよう、あくまで落ち着き払った様子でルーウィンは続ける。


「で、どう? けっこういいお金になるらしいわよ」

「うさんくせえ」


 ダンテは下唇を突き出して答えた。

 こうなったら情に訴えかけるまでと、ルーウィンはとっておきの一言を口にした。


「病気のカレンのお父さんに持っていってあげたいの。あんたが来ないんなら、あたし一人で行くつもり」


 その言葉に嘘偽りはなかった。ダンテを誘い出さなければ意味がないが、万が一失敗してしまった場合にはカレンに申し訳ないことになる。ダンテが来ても来なくても、その日ルーウィンが滝の裏へ行くことは決まっていた。

 しかし、ダンテは首を横に振った。よしきたと、ルーウィンは内心ほくそ笑む。


「いや、おれも行こう。お前に一人でうろうろされるより、面倒くさいが腰を上げた方が良さそうだ」

「決まりね! じゃあ、さっそく弓をとってくる!」


 ルーウィンは晴れやかな顔で、洗濯籠をひっつかむと宿屋の方へと駆け出した。

 その場に一人取り残されたダンテは、ぼりぼりと頭を掻いた。










 ダンジョンは久しぶりだった。

 最も、村外れの川の上流の滝の洞窟など、ダンジョンのうちに入らないかもしれなかった。しかしまだ幼いルーウィンにとっては、ちょっとした冒険だった。

 ダンテと出歩くこと自体久しぶりで、ルーウィンは浮き足だっていた。しかし極力ばれてしまわないよう、そっけないふうを装ってはいた。そんなルーウィンの心境を知ってか知らずか、ダンテは先頭きって歩くルーウィンの後ろに大人しくついて来た。


 しかし、いつまでもうきうきしてはいられない。ダンテを連れ出すことに成功したということは、作戦はこのまま決行される。とにもかくにも、約束の最深部まで辿り着かなければならないのだ。

 ルーウィンとダンテは、村を流れる川を遡った。村を出て、林を、そして生い茂る緑の中を進んだ。 川を辿ればいいのだから、道に迷うことはなかった。川の流れは次第に細くなっていったが、それでも向こう側まで飛び越えられるような幅ではなかった。

 川の横に平行して走る獣道を進みながら、ダンテが言った。


「おい、大丈夫か。つい最近人の通った気配があるぞ。行っても根こそぎ取られちまってるかもしれない」


 こんなところだけ気がついて面倒くさい男だと、ルーウィンは舌打ちしそうになる。

 事前にカレンたちが待ち伏せしているのだから、人が先に行った跡があるのはおかしくない。

 しかしそれを知らないダンテが言うことは最もだった。


「大丈夫よ。カレンから穴場を聞いてるから」

「本当かあ?」


 そうぶつぶつ言いながらも、ダンテはルーウィンの後をついてきた。

 いよいよ滝壷に辿り着いた。もっと小さいものを想像していたルーウィンは、思わず声を上げた。瀑布は大きな音を立てて翠の淵に雪崩落ちている。滝の飛沫が宙を舞っていて、冷やりとした瑞々しい空気が漂っていた。


「ほう、こりゃなかなかの滝だな!」

「そうね!」


 ダンテとの会話も少し声を大きくしなければならなかった。しかし、ここで滝に見入っている暇はない。目的はこの奥にあるのだ。

 滝の裏に回る道はすぐにわかるとカレンから聞いていたが、本当に分かりやすかった。滝は切り立った絶壁から流れ落ちているが、その岩壁の左手に小さな穴が開いていた。

 周りの草が踏みしだかれていることからも、入り口はそこだろう。岩壁の中は一本の空洞がくねくねと続いており、その出口が滝の裏へ続いているのだという。


 暗い洞内に足を踏み入れ、ルーウィンはカンテラをつけた。

 足元を見る。一見土のように見えるものだが、わずかに匂う。

 ルーウィンはダンテにカンテラを黙って持たせ、自分は背中から矢を取り出す。地面にさっと擦って鏃の火薬に火花を散らし、小さな鏃は手のひら大の炎に包まれた。


 狙いを定めて、矢を放つ。


 天井に待機していたパイヤーたちは突然の襲撃に驚く。黒い塊がどっと押し寄せてきて、ルーウィンとダンテは身体を縮めた。頭上をおびただしい数のパイヤーが逃げ惑いながら散っていく。

 行ってしまった後でダンテがカンテラを照らすと、天井に逆さまにいたパイヤーたちはきれいにいなくなっていた。


「よく気がついたな」

「洞窟に入るときはパイヤーの糞に気をつけて、やられる前に追い払う。基本中の基本よ」


 ルーウィンは得意げに言ってのけた。


「さあ、先に進むわよ。中はそんなに入り組んではいないはずだから」


 ルーウィンは歩き出し、ダンテもそれに従った。

 大したモンスターもおらず、道に迷うこともなく、二人は順調に道を進んだ。

 しばらく歩いて、ルーウィンは通路の横に穴が開いているのを見つけた。そして通路の先は仄かに明るい。ということは、この先は滝で外に通じているのだろう。

 カレンの言っていた抜け穴は、ここで間違いないようだった。

 足を止めたルーウィンに、ダンテが話しかける。


「ここがそうなのか」

「この幅じゃあんたには無理ね。ちょっと採ってくるから、そこで待っててくれる?」


 ルーウィンは早速穴をくぐろうと小さくなった。ダンテは通路の先を見ている。瀑布の流れ落ちる音がかすかに聞こえていた。


「先には滝があるんだな」

「行っててもいいけど、滑るみたいだからお勧めはしない」


 あまり先に滝の方へ行かれてしまってはまずい。そこにはカレンが待機しているはずだ。

 ルーウィンは怪しまれない程度にぎりぎりの言葉でダンテが先に進むのを阻止したかったが、ダンテはあっさりとその言葉を受け入れた。


「わかったよ。ここで待ってる。気が済むまで摘んで来るといい」


 ルーウィンはほっとした。もちろん、ダンテに気づかれないようにである。


「悪いわね。じゃあ、また後で」


 ルーウィンは細い穴を這い這い進んだ。

 これは子供でなければ通り抜けることなどできないだろう。身を小さくするのは辛かったが、しばらくするとぽっかりと空いた空間に出た。少し明るい。


 洞内の奥には松明が一つ灯されていた。あの三人の兄弟が先に来ているはずだ。

 ルーウィンは身体の土ぼこりを払い、辺りを見回す。ここに薬草もあるということだったが、それらしきものはどこにもない。足元が暗くて見えないせいもある。

 もっと奥の方にあるのだろうか。そう思って、ルーウィンは奥に進もうとした。


「待ってたよ。お嬢ちゃん」


 洞内の陰から声を掛けられ、ルーウィンは振り向いた。
















 一方、村では宿屋のマスターが表に出て空を見上げていた。

 先ほどまでは雲ひとつなく晴れ渡っていた空が、今にも泣き出しそうな様子になっている。かすかに吹く風は湿った匂いの、雨の訪れを告げるものだ。

 ぽつりと一滴を額に感じて、慌てて洗濯籠をひっつかむ。


「おやおや、どうやら」


 その間にもぽつり、ぽつりと雨粒は落ちてくる。

 マスターは洗濯物をいそいそと取り込みながら呟いた。


「雲行きが怪しいぞ」








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