【4】
【4】
数日後、その日もダンテは再び村人たちと仕事へ出掛けていった。ルーウィンは留守番で、暇を持て余した彼女は村外れのカレンの小屋へと出掛けた。
ルーウィンは道中で手に入れたリンゴをカレンに差し出した。木の高い位置になっているのを矢で射落としたものだった。もちろん、リンゴの実は傷一つない。
カレンは嬉しそうに微笑んでルーウィンを中へと通した。
「今日はどう? お父さんの調子」
「ありがとう、さっそく剥くわね。今日は調子がいいみたい。たまに鼻歌なんか歌ってるわ」
「そう、良かった」
カレンの父親は数年前に病にかかっていた。働けなくなった父親の代わりに、カレンは家で糸を紡いで稼いでいる。
カレンの父親は奥の部屋にいてルーウィンの目の前には滅多に現れなかったが、時折具合が悪くなり静かに唸っているのが聞こえることがあったのだ。耳を澄ませば確かに鼻歌らしきものが聞こえ、ルーウィンとカレンは顔を見合わせて小さく笑った。
「あれからどう? 別れ話は」
カレンが少し笑いをこらえながら言ったのが気に食わなかったが、ルーウィンは我慢した。
「別に。この三日間は何も言ってこないかな。でも、やっぱりいつもとなにか違う気がする」
「気になるなら聞けばいいのに」
「聞けないの、わかってるくせに」
ルーウィンは唇を尖らせる。そんなルーウィンを見ながら、カレンはせっせとリンゴの皮を剥き始めた。
「意外と意気地なしね。じゃあこの前言っていた作戦、やりましょうよ」
「えー、あれ?」
ルーウィンは声を上げる。ダンテにルーウィンが必要であることを思い知らせるという、あの茶番の案だった。カレンはリンゴの皮を器用に剥き続けている。
「あれからわたし、ちょっと考えたの。ここから少し森のほうへ行くと、滝があるの。村を流れている川の上流に当たるんだけどね。その滝の裏にちょっとした洞窟があって、たまに冒険者が出掛けていくの。なんでも、万能薬を作るのに必要な薬草が自生していて、それを目当てに行っているんだっていう話なんだけど」
「ふうん」
ルーウィンは気だるげな返事を返した。テーブルの上に転がっている糸の玉を転がして、リンゴが剥けるのを待っている。
「でね、そこに近所の人たちに冒険者に扮してもらって、待機しててもらうの。ルーウィンとダンテさんが滝の裏まで行くと、そこにはならず者が待ち構えてる」
「ダンテならやっつけちゃうわよ」
「話は最後まで聞く! そこでわたしの出番なわけ。わたしが人質に取られていて、ダンテさんは手出しが出来ない。そこへ、こっそり裏へ回ったルーウィンが悪い人たちをやっつけて、ルーウィンが勝つの!」
リンゴを剥き終えて話も終わると、カレンは得意げにルーウィンに顔を近づけた。
「どう? どう? 完璧じゃない? ルーウィン頑張ったね、おれひとりじゃどうすることも出来なかったよ、ってことになって。やっぱり弟子として傍においておきたいと思うんじゃないかしら?」
「考えとく」
ルーウィンはリンゴを一つつまんで口に入れた。
子供の考えた案としては、ありきたりだが、まあ悪くはない。しかしそれを本当に実現させられるかは別の話だ。
そもそもその茶番を実行することは、ダンテに嘘をつくことになる。ルーウィンはダンテに嘘をつくのが苦手だった。あの大きな目で見つめられると、すぐにぼろがでてしまいそうになる。
カレンには悪いが、そんなことはしないし、するつもりもないと思っていた。
しかし、ルーウィンの考え方を変えるきっかけとなる出来事が起こった。
ダンテが仕事から帰る頃、それにあわせてルーウィンもカレンの小屋を出て宿屋へと向かった。
先についてしまったルーウィンは、カウンター席に座って足をぶらつかせながらマスターが仕事に取り掛かるのを見ていた。退屈そうに時間を持て余すルーウィンを気遣って、マスターが声を掛ける。
「なにか先に食べるかい?」
「いい」
ルーウィンはぶっきらぼうに返した。そう答えるなり腹の虫が鳴いて、マスターに笑われる。ルーウィンは顔を赤くして頬を膨らませた。早く帰ってこないかと、ルーウィンはダンテを恨めしく思う。
店の扉が開いて、ルーウィンは思わず振り返った。ダンテが帰ってきたのだ。
「ただいまぁ。はあ、今日も働いたぜ。マスター、飯」
「はいよ」
ダンテは疲れた様子でカウンターに座ると、すぐさま突っ伏した。
それを見てルーウィンは呟く。
「遅かったわね」
「腹減っただろ? 先に食べててもいいんだぞ」
「別にいい」
ルーウィンは言って顔を背けた。正直なところかなり空腹であったが、ダンテが帰ってくるまで我慢していたのだ。
ダンテもそれを承知で、ルーウィンの見えないところでマスターと顔を見合わせて笑った。
「まったく、素直じゃねえなあ!」
ダンテはルーウィンの頭をがしっと掴むと、ぐりぐりと頬ずりをした。紙やすりを押しつけられたような感覚に襲われ、ルーウィンは悲鳴を上げる。
「ぎゃあ! やめろ! なにすんのよ!」
ルーウィンは必死になって抵抗し、ダンテの魔の手から逃げ出した。ひりひりと痛む頬を押さえて壁際まで後ずさったルーウィンを見、ダンテは心外そうに肩を落とす。
「お前、なにもそこまで本気で嫌がらなくても」
「あんたのヒゲ痛いのよ! もう、二度と近づかないで」
大声を上げるルーウィンをダンテは恨めしげに眺める。
マスターも飲み物を注ぎながら言った。
「そうだぞダンテ。お嬢ちゃんのやわ肌には、あんたの剣山みたいなヒゲはちときついだろう」
「そうかあ? いや、難しい年頃になっちまったなあ、ウチの娘は」
「だれがあんたの娘なもんか!」
ルーウィンは叫んだ。しかしそのまま立ってばかりもいられないので、そろそろとカウンター席に戻る。しかしダンテとは隣に一つ空席を挟んだ。
「うわ、おじさん傷つくなあ。反抗期? ねえ、お前もう反抗期なの?」
「ダンテ、うざい。ちょっと黙れ」
ルーウィンはダンテを睨みつける。十歳児の冷たい視線を浴びて、ダンテはようやくしゅんとして小さくなった。マスターはそれを面白そうににこにこと眺めていた。
唐突に、入り口の戸が乱暴に開かれた。
ただの客、ではないようだ。男が三人、わらわらと店になだれ込んでくる。
その瞬間、ダンテの顔つきが変わったのをルーウィンは見た。ルーウィン自身も、ポケットを探ってナイフの存在を確かめる。
男たちは立ったまま、不自然にダンテを取り囲んだ。
「おい、お前。ギルド潰しのダンテだろ、違うか?」
相手がただのチンピラだったら、ダンテはとぼけきって終わりにすることが多々あった。しかし、目の前の男たちは事情が違うようだ。その目からは敵意がありありと見て取れ、ダンテに個人的な恨みを抱いていることがわかる。
「おれはガーナッシュのギルドに所属していた。こっちのやつはキャルーメル。隣のあいつはステラッカ。なあ、おれたちが何をしに来たかわかるよなあ?」
この光景は日常茶飯事だった。
男の述べた三つの街のギルドは、どれもここ数年でダンテがちょっかいを出したギルドだ。力試しといって押しかけ、腕に覚えのある者を募り、闘う。
ルーウィンから見ればどのギルドも腰抜けで、あんな弱い冒険者ばかりのギルドに頼らざるを得ない地元住民たちを気の毒に思うことさえあった。しかしそんな弱い者ばかり集まるギルドでも、ギルドはギルド。貢献していたかはさておき、それなりに機能はしていたのだ。
そこにダンテが現れ、ギルド所属の冒険者たちをばっさばっさとなぎ倒す。たった一人の冒険者にギルド全員が敗れたとあっては、さすがに評判も落ちる。そのせいで仕事が入らなくなり、盗賊に身をやつす者も現れるという有様だ。
それは負けるほうが悪いのだ。
弱いくせに、腕っ節が要る仕事を生業にしているほうが悪いのだ、とルーウィンはいつも思う。
どうして別の生き方を考えられないのだろう、弱いくせに。
だから今目の前で、「頭数がいればなんとか勝てるだろう」とダンテに勝負を仕掛けてくる男たちを、ルーウィンは冷ややかな目で見ていた。
「……いいぞ。おたくらの気が済むまでやろうじゃないか。よし、表に出よう」
ダンテは腰を上げた。男たちはにやりと笑った。
ルーウィンはやれやれとため息をつく。ダンテと男たちは店の外へと出て行った。
続いて行こうとするルーウィンを、マスターが呼び止める。
「嬢ちゃん、飯は?」
「ほんとはすごく食べたいけど、後にする」
「いいのかい? 付いていったらダンテの連れだと分かってしまうよ」
「平気よ。宿屋の娘がギルド潰しの決闘を見学してる、っていうのでいつも通ってるから」
しかし、マスターはやや難色を示した。
「相手はたったの三人だよ。わざわざ様子を見に行く必要はないんじゃないかい? それに危ないだろう」
「でも、もしもってことがあるでしょ?」
マスターもダンテを心配してカウンターから出てきた。
ルーウィンは目配せをして、マスターも共にダンテの戦いを見届ける意思があるかを確かめる。マスターが頷いて、ルーウィンは店の扉に手をかけた。
「相手が呼びに来た人間だけとは限らないじゃない?」
外にはざっと十五人ほどの冒険者が待ち構えていた。マスターは思わず目を丸くする。
「ありゃりゃ」
「ほーら、言ったとおりでしょ」
思ったとおりだと、ルーウィンは腕を組んで外に出た。
皆それぞれ自慢の武器を振りかざし、ダンテに向かってくる気構えは万端のようだ。幸い当たりに村人たちはおらず、邪魔されることも余計に怯えさせることもない。
ダンテの正体がばれてしまわなければ、ここでの仕事ももう少し続けられそうだとルーウィンは思った。
「今日という日を、おれたちは待ちわびたぜ。あんたに仕返ししたいやつがこんなにもいるんだ。さぞ気分がいいだろうな?」
リーダー格らしき男が声を上げた。
ダンテは子供のように下唇を突き出して、不機嫌そうだ。
「これから一杯やろうってところだったのに、せっかくの気分がブチ壊しだ。おたくらもっと時間帯考えて来なよ」
「悪いな。こちとら盗賊ってわけでもないんでね。夜中の奇襲はマナー違反だろ」
「まあ、それもそうか」
ダンテは構えた。弓は持っていない。ダンテはいつもそうだった。弓を使うのは、相手との高尚な真剣勝負のときだけだと決めていた。
ダンテにとっての真剣勝負とは、モンスターとの命の取り合いや、盗賊討伐の依頼など。それ以外のダンテに対する「仕返し」は、全てただの児戯だと認識していた。
子供のケンカのようなものに、神聖な弓を使うまでもない。それは弓に対して失礼だというのが、彼の持論だった。
素手で立ち向かおうとするダンテに、リーダー格の男は苛立った。
「野郎ども、やっちまいな!」
盗賊顔負けの怒号で、男は叫んだ。他の男たちも一斉に声を上げる。そして一対十五の大乱闘が始まった。
一気に三人が襲い掛かってきた。男の一人が三日月刀を振り回す。ダンテは危なげなくそれをかわすと、男の手から三日月刀をはたき落とした。
驚いている男を掴み、襲いかかる二人に投げつける。
「三日月刀かあ。サーベルのほうが好みだな」
ダンテはにやりと笑う。
男たちは次々と攻めてきた。
体格が大きいくせに、ダンテは意外にも素早い動きをしてみせる。多少斬りつけられてしまうことはあっても、深く刺されるようなことはなかった。強靭な肉体と気力で、すべての攻撃を弾き飛ばす。敵の攻撃を逆手にとって返すというやり方も、彼の常套手段だった。
逆上した男の一人が、鎖の先に大きな鉄球のついたものを振り回しながら襲い掛かる。鉄球がダンテ目掛けて投げられ、間一髪のところで避けた。地面に開いた大穴を見て、ダンテはぽかんと口を開ける。
「うわ、危ないな。なんてもの持ってやがる!」
「鉄球の餌食になるがいい! 死ね、ダンテ!」
男は続けざまに鉄球を振り回す構えだった。鉄球は宙を飛び、不穏な音が空気を切る。
ダンテは器用にそれを避けた。
「ちっ、しぶとい男め!」
鉄球男はダンテを執拗に追った。
「おっとお、済まない!」
ダンテは、危険がおよばないよう退避していた他の男たちの群れに飛び込んだ。
鉄球男はダンテを必死に追っている。そして狙いたがわず、鉄球はダンテを追って飛んでいった。男たちの中に、である。
待機していた男たちから悲鳴が上がり、ダンテは砂ぼこりの立ち上ぼるなかからひょいと現れた。
混乱に陥っている男たちを、端から掴んで一人一人殴り倒す。あろうことか鉄球男の武器まで奪い、自分が鉄球を振り回す始末だ。
あれよあれよという間に男たちをばっさばっさとなぎ倒し、とうとうその人数を五人にまで減らしてしまった。
「調子に乗るなよ!」
残っただけあって、さすがに後の五人は少々腕があるようだ。
今までは人数が多すぎて連携が取れていなかったのも事実であった。五人に鋭い突き攻撃をされ、さすがのダンテも避けるので精一杯になってきた。
ルーウィンとマスターは、その様子をずっと店の壁際で見ていた。
ダンテの胸のすくような戦いぶりに、子供のようにはしゃいで応援していたマスターだったが、雲行きが怪しくなるにつれ徐々に不安げな表情になりつつあった。
ルーウィンはそろそろ潮時だと判断した。
少しぐらい手伝ったっていいだろう。ダンテが本当にピンチの時は、ルーウィンも目立たないように援護する。
それが二人の間の、暗黙のルールだった。
ルーウィンはすかさず矢を番えた。
「やめろ!」
ダンテが大声を上げた。
その声は空気を底から震わせたかのようだった。
ルーウィンは目を見開いた。
驚いた一人は隙を見せ、あっというまにダンテの拳の餌食となった。一角が崩れ、動揺したところを一気に畳み掛ける。
そこからは、あっという間だった。
地面には男たちが十五人倒れている。
ダンテは勝ったのだった。
「おお、お見事お見事! さすがはギルド潰しのダンテと言われるだけはある! やあ、本当に見事だった!」
全員が気を失っているのを確認した後、マスターは真ん中に突っ立っているダンテに駆け寄った。ダンテは肩で息をし、さすがに疲れた様子だった。
しかし、切り傷や多少の打撲はあるものの、血が流れ出すような傷は一つも負ってはいなかった。
「なあに、いつものことだ。なあ、ルーウィン? どうだ、今日もおれは格好良かっただろ?」
ダンテは歯を見せて笑った。しかし、ルーウィンは笑い返さなかった。
やめろと言ったのは、ルーウィンの手助けへの牽制だった。ルーウィンは舌打ちをして、大人しく番えていた弓ごと腕を下ろしたのだった。
手助けを、拒まれたのだ。
一仕事終えて爽やかにマスターと言葉を交わしているダンテとは裏腹に、ルーウィンの心に不安の影が忍び寄っていた。
広場に倒れた男たちを見て、村人たちはたいそう驚いた。しかしなんとかマスターが話をつけてくれ、村を襲った賊をダンテがたった一人で倒したのだということになったらしい。
宴を開こうとはりきる村人たちの厚意をダンテは珍しく断った。一人でこれだけの人数の相手をするのは、やはりそれなりに消耗するのだろう。皆で飲んでバカ騒ぎするよりも、今日は静かに飲みたいと言って、ダンテは誘いを断った。
そうして、宿屋のバーのカウンターには、ダンテとルーウィンとマスター三人きりになった。
「なあルーウィン」
「なによ」
「おれは間違っちゃいないよなあ」
あまりにも弱々しいセリフに、ルーウィンは思わず視線をダンテへと向けた。
ダンテはカウンターに突っ伏している。それもそのはず、ダンテの席には空になったジョッキが十杯ほど並べられていた。それらをマスターがカウンターの向こう側から手を伸ばして取り、片付けようとしている。
「どうしたの? 弱気なんて珍しいじゃない。なんかあった?」
「さっきあんなに大立ち回りしておいて、どうしたんだい? どこかのお嬢さんにでも振られてしまったのかな」
マスターは茶化したが、そんなことはないとルーウィンは思った。女性に声をかけても無視されるのはダンテにとって日常茶飯事である。
ダンテはカウンターの端に額をつけて、床を見つめていた。
その表情は読み取れない。
「おれは頭が悪いが、こんなちっぽけな脳みそでも唸って考えたんだ。こいつが正しい、こいつがおれにできる唯一のことだと、そう思ってるんだ。でもよ、やっぱりそうじゃないんじゃないか。自分のしてきたことは本当に正しかったのかと、不安になっちまう」
「ちょっと、あんた大丈夫?」
ルーウィンはダンテを強く揺さぶった。ダンテは顔をルーウィンの方へ向けられる格好となる。酔った顔は赤く色づき、瞼も重そうだった。
しかし、寝ぼけてはいない。
ダンテは太い眉の下の、大きな黒い瞳を酒に潤ませながら、ルーウィンをまっすぐに見つめた。
「なあルーウィン。おれはどうしたらいい?」
いつものルーウィンなら、その時のダンテの瞳に潜む不安に気づけたかもしれない。
しかし、ルーウィンはその時別のことを考えていた。ダンテの心の奥深くまで見抜く気力が、この日のルーウィンには残されていなかったのだ。
何を弱気なことを、とルーウィンはため息をついた。
そもそも、ダンテの言っている意味がルーウィンにはわからなかった。
「あたしに聞くな。悪酔いしたんでしょ、もう寝なさい。マスター、このおっさんにお水もう一杯」
そのやり取りを見て、マスターは思わず笑った。
「嬢ちゃん、すっかりダンテの女房だねえ」
「悪い冗談はよしてよ。早くちょうだい、お水」
ルーウィンはダンテに無理やり水を飲ませた。そして足元がおぼつかないダンテをなんとか二階の部屋に上げて、ベッドへと転がした。
息が酒臭いったらない。
ルーウィンの力仕事も露知らず、ダンテはうるさいいびきをかきながらそのまま気持ちよさそうに眠った。
そんなダンテを暗闇で見つめ、ルーウィンは焦燥感に囚われていた。
(やばいな。ダンテ、本気だ)
ルーウィンは唇を噛みしめた。今までダンテがルーウィンの援護を断ることなど、一度も無かった。 あの場面で援護を断る理由など、何一つない。
ルーウィンはその時のダンテの考えを瞬時に見抜いていた。
(本当に考えてるんだ。あたしを置いていくこと。あたしの援護で楽をしないように。援護が無くても油断しないで一人で戦えるように)
ルーウィンは自分のベッドに身を横たえた。
ルーウィンの気持ちなど知りもせず、ダンテは気持ち良さそうに夢を見ているのだった。
「カレン!」
早朝、ばたばたと飛び込んできたルーウィンに、カレンは目を丸くした。ルーウィン必死な目をしている。きっとお腹が空いているのだろうと、カレンは笑った。
「はいはい、今日はまだビスケット焼けてないの。もうちょっと後で」
「昨日言ってた話、あれ本当にやれる?」
予想外の言葉に、カレンは再び驚いた。
ルーウィンは言ってしまった後で、恥ずかしくなったらしく、やや顔を赤くしている。
「わたしが人質になって、ルーウィンが助けるって茶番劇?」
カレンが首をかしげるとルーウィンは頷いた。
ルーウィンはカレンに事の次第を話した。いよいよルーウィンも危機感を感じ始めたことを知って、カレンも真剣に話を聞いていた。
話し終わると、カレンは立ち上がった。
「いいよ。やりましょ! 二、三日時間をちょうだい。設定も考えたいし、盗賊役も頼まなきゃだし、下見もしなくっちゃ」
「ありがと。恩に着るわ」
ルーウィンは頬の力を緩ませた。
ダンテの気持ちを変えさせるべく、こうしてルーウィンとカレンの作戦会議は始まった。