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【3】


【3】


 カレンと別れ、ルーウィンは村の端まで一人で向かった。


 村の北門の柱に背を預け、気だるげにルーウィンは立っていた。

 陽は傾き、空がオレンジ色に焦げている。空と雲とその影の織り成す、一刻一刻変わり行く景色を眺めながら、ルーウィンは一人待った。

 

 やっとのことで道の向こうから、がやがやと人の気配が近づいてくる。モンスターの駆除をしていた村人たちが帰ってきたのだ。その中にはダンテもいる。

 ダンテは遠目からルーウィンを見つけると、おーいと言って手を大きく振ってみせた。ルーウィンはすぐに返事を返さずそっけない振りをしたが、口元はつい緩んでしまう。ダンテを迎えにここまでわざわざやってきたのだが、それをダンテや村人たちに悟られたくはなかった。わからないわけがないのだが、子供なりの照れ隠しである。

 ダンテが目の前に来て、ルーウィンはそっけない風を装って声を掛けた。


「けっこうかかったのね」

「まあな。だが、このおれがいればモンスターも楽勝だぜ。なあ、みんな!」


 ダンテが村人たちに尋ねると、村人たちは大声を出して賛同した。


「いやあ、本当にあんたは強いよ! その腕っ節、その弓の腕前! 根無し草にはもったいないねえ」

「いっそこのままここに住んじまったらどうだい? モンスターの駆除をして、わしらの畑で採れたもので食っていけばいい」

「よせやい、そんなこと言われたらここから離れづらくなるじゃないか」


 村人たちはダンテを称え、ダンテはそれを素直に受け止め照れている。


「ほお、かわいい子だねえ。あんたも隅に置けないなあ」


 村人がルーウィンに興味を持ったようだが、ルーウィンは愛想よく笑うでもなく、ふいと顔を背けてしまった。それを見て、村人はおやおやと目を丸くする。


「あんたと違ってずいぶんと人見知りだね」

「やあ、悪いな。こらルーウィン、挨拶くらいしたらどうだ」


 ダンテが口を尖らせたが、ルーウィンはそのままそっぽを向いた。

 ルーウィンがダンテの子供ではなく、弟子だということはすでに知られているようだった。村人にちらちらと見られて、ルーウィンは少し機嫌が悪くなる。見世物じゃないわよ、と思う。

 

 ダンテは、その場に馴染むのが異様に早かった。それはいつものことであり、彼の才能であるとも言える。その土地柄のコミュニティには、ある種の縄張り意識のようなものがあり、例え助っ人として頼んだ冒険者でもよそ者扱いする村人はいるものだ。

 しかしダンテは、昨日今日初めて会いましたというレベルを通り越したやりとりをしてみせるのだ。


 腕っ節の強い陽気なダンテと、彼を頼りにその周りを囲む人々。

 実は、わりとよくある光景だった。だがしかし、この待遇も彼がギルド潰しだとわかるまでの話だ。 そのためルーウィンは、ダンテに群がる村人たちにいつも冷ややかな態度をとりがちだった。どうせ本当のことがわかれば、今までのことなどなかったかのように手のひらをひっくり返す。出て行けと追い立てる。


 それでも、ダンテは人々との交流をやめない。諦めない。

 仲良くなればなるほど、別れが悲惨なものになるというのに。


(……ダンテはバカだわ)


 どうせダンテは傷つく。相手も傷つく。それなのに。

 すると突然、ルーウィンは両頬を強い力で潰された。ダンテの片手でルーウィンは顔を押し潰され、面白い顔にされている。

 ルーウィンは状況を把握し、イラっとした。


「おいルーウィン、おれが皆にもてるからってそんなに拗ねるなよ。

 安心しろ! おれの一番はお前だからな!」


 ダンテが豪快に笑って、つられて村人も笑った。決して悪気は無く、「おじょうちゃんかわいいねえ」「ダンテは懐かれてるなあ」などと言われ、ルーウィンの恥ずかしさと怒りは頂点に達した。

 こうして寄ってたかって子ども扱いされるのが、ルーウィンは何よりも嫌いだった。


「調子にのるな!」


 ルーウィンはダンテの馬鹿力を必死に振りほどき、脛に思い切り蹴りを入れた。声にならない悲鳴を上げて、ダンテはその場にうずくまる。

 ルーウィンは捕まるまいと、さっさと走って先に行ってしまった。なかなか立ち上がらないダンテを見て、村人たちはまたひとしきり笑った。


「あらあら、ずいぶんお転婆だねえ。あんたを唸らせるなんて、あの子は将来大物になりそうだ」

「こらあ、ルーウィン!」


 ダンテは大声で叫んだが、すでにルーウィンの姿はなかった。ダンテは涙を浮かべながら、自分脛を何度もさすった。じんじんと続く悪質な痛みだった。


「痛てて。あんにゃろう、いったい何しに来たんだ」

「なにしにって、そりゃあんたを迎えに来たんだろう?」


 村人のうちの一人が、当然のように言ってのけた。


「だよなあ」


 ダンテは嬉しそうに、にんまりと笑った。












 ルーウィンもダンテも、結局帰るところは同じ宿屋の一室のため、ルーウィンの逃走にあまり意味は無かった。ルーウィンは先に宿に帰っていたが、ダンテから頭に痛くないげんこつをされただけで済んだ。

 宿屋は一階が食堂、二回は宿部屋というのがよくある形だが、この村の宿屋の一階は酒場になっていた。村人たちの憩いの場で、ダンテも村人たちに混じって酒を飲む。ダンテはしばらくどんちゃん騒ぎを楽しみ、ルーウィンはその横で黙々と運ばれてくる料理を食べる。


 夜も更けて村人たちが帰ってしまうと、バーカウンターにはダンテとルーウィン、そして宿屋の主人であり通称マスターとの三人で飲み物を囲むのがお決まりだった。

 ダンテはビール、ルーウィンはもちろん健全なリンゴジュースだ。


「マスターは本当に宿屋の鏡だなあ」


 酔って顔を赤く染めたダンテがしゃっくり混じりに言った。


「なあに。旅に疲れた者はみな平等にお客様だよ。それがギルド潰しであろうとね」

「マスターしびれる! カッコイイー」


 ダンテはジョッキを掴むと、立ち上がってビールを一気に飲み干した。ぶはあと息を吐くと、その勢いのまま椅子に落ちるように座り、カウンターテーブルに突っ伏した。


 宿屋の主人は、ダンテをあの『ギルド潰しのダンテ』だとわかった上で対応してくれた。

 ここは宿屋であり、ギルド潰しには潰されることがないというのが主人の持論らしい。

 それは珍しいことだった。正体がばれた時点で、宿から出て行って欲しいと懇願されるのはよくあることだ。


「ついこの間の村なんて、助けてやったのにすぐ出てけだもん。やんなっちゃう」


 ルーウィンは思い出して唇を尖らせる。

 実際、数日前に悪質な金持ちから救ってやった村の人々は、ダンテの正体がわかるとすぐにでも出て行ってくれと言った。

 悪者をやっつけたのに、なんであたしたちが追い出されなきゃいけないのかと、ルーウィンは散々ごねた。しかしダンテは物分りがよく、さっさと荷物をまとめたのだった。

 悪いと思ったのか、僅かな食料を差しだす者もいて、ダンテは形式上の略奪行為もこなし、その村をあとにしたのだ。


「前から思ってたけど、あんたさあ」


 ルーウィンもジョッキを掲げてジュースを飲み干した。


「なんでどうせ別れちゃうのに、村の人と仲良くするの? 最悪、正体ばれたら石投げられて追い立てられることになるのよ」


 ダンテはちっちっちと指を振った。


「お前はわかっちゃいねえな。旅の醍醐味といえば、その土地の旨い食いもんと、その土地の人間との交流だ。これの良さがわかってこそ、真の冒険者ってもんよ」

「あんた、ギルド潰しなのに?」


 ルーウィンは間髪いれず言い放った。

 ダンテは少し寂しそうな顔をしたが、笑った。


「……そうだ。それでも、だ」

「ふうん」


 わからないなあと、ルーウィンは料理をつまんだ。

 ルーウィンは、頼れる仲間が一人いればそれでいいと思っていた。

 自分一人、ダンテ一人。二人が居れば、それでいいではないか。

 それでなんとか回していけるのだからと、ルーウィンは心底不思議に思う。


「マスター、おかわり」

「はい、どうぞ」


 マスターは愛想よく次のビールを差し出した。

 ダンテは立ち上がって喉を鳴らしながら再びジョッキを空にした。













 部屋の明かりは消され、ルーウィンとダンテはそれぞれのベッドで横になっていた。

 

 一仕事終えて、たらふく食べて、飲んで。これがルーウィンとダンテの「良いほうの」日常だった。お腹いっぱい美味しいものを食べ、ごろんと柔らかなベッドに横になるひと時は、なんとも言えず幸せだった。

 野営も野営で嫌いではないが、後片付けが面倒くさいのがネックだ。それにモンスターや人間に注意していなければならず、おちおち寝てもいられない。とはいっても、ダンテがうとうとしている横で、ルーウィンは丸くなって死んだように眠っているのが常のことなのだが。


(一箇所に腰を落ち着けたら、毎日ふかふかのベッドで眠れるってことね)


 いつもなら瞼が簡単に下がってきてしまうはずなのに、その日はなぜか目が冴えていた。

 ルーウィンは寝返りを打った。大して疲れてもいないので眠れない。

 この日はダンテの口から例の話が出ることはなかった。しかし、やはりいつもとどこか違うような気もする。なんとなく腹の奥のほうがぐるぐると回っているような、やり場の無い不安を感じた。

 

 残念ながらこの歳になり、ルーウィンは今までの子供の素直さを持ち合わせていなかった。

 ダンテに面と向かって、「あたしを置いていくの?」とは聞けなかった。なによりその返答が怖い。 考え始めると目が冴えてしまって、何度もベッドの上を転がった。


「なんだ、眠れないのか」


 ルーウィンが眠れないでいるのを察したダンテが声を掛けた。ルーウィンは頷く。


「昔々」

「もう子供じゃない」


 唐突に物語を聞かせようと語り始めたダンテに、ルーウィンは躊躇せず言い放った。


「昔々、実はそう大して昔でもないちょっと前」


 ダンテは何事も無かったかのように、そのまま話を続けた。


「勇敢な冒険者たちがいた」


 ルーウィンは真っ暗で何も見えない天井を見つめた。初めて聞く話かもしれない、と思った。

 ダンテはいつもお姫様や王子様や魔法使いが出てくる物語をルーウィンに聞かせたがる。しかし当のルーウィンはそんな童話はまっぴらごめんだった。

 めでたしめでたし。幸せに暮らしましたとさ。ダンテがそう締めくくるたびに、「なにそれ、つまんない」を何度繰り返したことだろう。


 しかし、今日はなにやら違うようだ。

 冒険者の話だ。

 いつものような甘ったるい話じゃないといいなと、ルーウィンは思った。ダンテは少し掠れた声で、吟遊詩人のように朗々と、しかし静かに話し始めた。


「彼らは新天地を求め、北へ北へと進んだ。そして、ある孤島へと辿り着いた。そう、神の棲む島だ。彼らはその島に上陸を試みた。しかしそこで、勇敢な冒険者たちは、大変なものを見ちまったんだ」


 ダンテは間を空けた。

 いつものように、なにをもったいぶっているのかと、茶々を入れることも出来た。しかしルーウィンはそんな気分にならず、黙って大人しく聞いていた。

 しばらく待って、ルーウィンは眉間にしわを寄せる。

 それにしても、間が長い。

 なにをしているのかと、ルーウィンは思わずダンテを見た。暗くて表情は読み取れない。

 しかし、ルーウィンは相方の微妙な変化を感じとった。


(ためらってるの……?)


 話をするべきかどうかを? こんなたかが、自分を寝かしつけるような安っぽい話で?


 暗闇の中でルーウィンが自分を見ていることに気がついたダンテは、にやりと笑った。

 ごまかしたな、とルーウィンは思った。やがてダンテは口を開いた。


「その島には、神様がいたんだ。それは、冒険者たちが見てはいけないものだった」


 ルーウィンはため息をついた。なんだ、やっぱりいつものダンテだ、と。

 神様なんかいるわけない。しかし人知れず孤島に住んでいる神様とは、また地味な話だった。

 ふつう神様は、神々しい光を放ちながら空から降りてくるものである。神様の登場にがっかりしたルーウィンは、いつものように食って掛かった。


「なんで見ちゃいけないのよ?」

「昔から、神々しいものは人間なんかの目に触れちゃいけない。そういうもんだ」

「ふうん」


 漠然とした回答に、ルーウィンは適当に返事をした。


「あまりの眩しさに、視力を失った者もいた。神の怒りに触れて、脚や腕や、体のどこかしらに負傷する者が多数だった。冒険者たちは、孤島から逃げ帰った。そしてそれぞれ、今後の身の振り方を考えたんだ」

「みのふりかた?」

「これからどうしよう、どうやって生きていこう、ってこった」


 ルーウィンは目をぱちぱちさせた。どうしてそんなことを考えなければならないのだろう?

 自分を待ってくれる人の元に帰り、冒険に出る前のように暮らせばいいではないか。

 なぜ生き方を変えなければならないのだろう?


「なんで?」


 ルーウィンの純粋な問いに、ダンテは答えた。


「神を見たことで、彼らの世界は変わったからだ。今までと同じようには、生きていけなくなった」

「世界が変わる? ぼやっとしてて、よくわからない」


 ダンテは暗闇の中で頷いた。


「ある者は神に仕えると言い、ある者は神を見ぬふりをして隠れた。そしてある者は、北へ向かう冒険者の足止めをした。神様に近づくとバチが当たっちまうからな。神に見つからないように、こっそりと、地道に。できるだけ北へ向かう冒険者を減らす努力をした。ところがそいつは、ある日大変な拾い物をしちまった。それはなんと、赤ん坊で……」


 ダンテはそこまで話して、口を閉じた。隣のベッドからルーウィンの寝息がすうすうと聞こえてくる。


「なんだ、寝ちまったか」


 つい先ほどまで起きていたのに。ちょっと長い節を語って、ルーウィンの相槌を待たずに進めるとすぐにこうなる。せっかく人が、今まで話さなかったとっておきを用意したというのに。

 しかしダンテは、同時に安堵していた。

 この物語を最後まで話すべきかどうか、迷いがあった。


 ルーウィンは正しい選択をした。眠気に負けただけの話で、事実そんなものはなかったが、聞かないことが正しいことだった。


「つまらない話ほど、子供はすぐ寝ちまうもんだ」


 ダンテは一人呟いた。こんな話をしようとしたなんて、自分は何を血迷っていたのかと自嘲する。


「本当、くだらない話だ」    


  



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