箱人
白い日の昇る、年末の忙しいけれどどこか穏やかな冬の午後、玄関のベルが鳴って、私は箱人が来たことを知った。
「すいませーん、箱人ですー。」
まだ若い箱人なのだろう、青い声が部屋に響く。はーい、と返事を返して、私は玄関で彼を迎えた。
「年末は忙しいでしょう、箱人は」
「はは、いやそんなことないっすよ」
穏やかに笑っていた彼だが、じゃあ、早速お願いできますか、と私が言うと、瞬間、職人の眼になって、はい、と静かに返事をした。
彼は家にあがると、まっすぐに洗面所へ向かい口をすすぐ。
そしてついでに顔も洗い、ごしごしとタオルで粗く拭いた。
「さて、じゃあ箱そそぎさせていただきます。」
「お願いします。」
彼はそう言って小さく頭をたれると、洗濯機のふたを開けた。
箱そそぎの、はじまりだ。
大柄の青年は、たっぷりの粉石けんを口に含んで、もぐもぐと大きく咀嚼して、やがて彼自身が石けんになった。
「では、行ってきます。」
石けんの彼が笑いながら言うと、口からはぽこぽことシャボン玉が出た。
そして彼は洗濯機の大きく開いた口におじぎをするように身を屈め、つるんとドラムの中に入っていった。一時間もすれば、彼は洗濯機の排水ホースから真っ黒になって出てくるだろう。
私は甘いものを買いに、近所の和菓子屋へ出かけた。
和菓子屋に行く道の途中にある電器屋のショーウィンドウに山と積まれた箱型テレビの画面では、にぎやかに箱人のコマーシャルが流れていた。
「時代は、ハヤシ機構の箱人!ハヤシの箱人に任せれば、あなたが箱モノを管理するなんてことは一生・一切ございません!ハ・ヤ・シ・の・は・こ・じ・ん、ハ・ヤ・シ・の・は・こ・じ・ん!箱人が必要な際には、是非是非是非ともハヤシの箱人を!
~ハヤシのハコジン~」
少し音の外れたテーマソングと陽気で呑気な語り口がテレビの中で楽しそうにしゃべっていたが、そんな音は気にせず私は饅頭を求めにてきぱきまじめに歩いた。うっかり道草を食っていたら、あのお兄さんはきっと箱人の仕事をさっさと終えて、私がどこへ行ったのかと、少し怪しく思うに違いない。私は足を速めた。
行きつけの和菓子屋で饅頭を二つばかり買うと、私は行きと同じようにしゃきしゃき歩いて帰った。テレビの中の世界では、今度は女の子がおいしそうにジュースを飲んでいた。
木のドアを開け、見慣れた玄関で靴を脱いで、私は座らずお茶を沸かした。そろそろ彼も戻ってくるころだ。
5分も経っただろうか、やかんがけたたましく声を上げるころ、彼は無事排水されて帰ってきた。
彼の髪は黒く汚れ、顔も垢がついたようになっている。しかし彼は先ほどと変わらない様子で顔を洗い、ついでに今度は軽く髪もすすぎ、私に微笑んだ。
「洗濯機、けっこう汚れてましたけど、まだ元気に働けるって言ってましたよ。」
彼は私に洗濯機の言葉を届け、ふう、と息をついた。そんな様子がなんだか愛らしくて、私も彼に微笑みながら言った。
「たいしたものではありませんけど、お茶とお饅頭、よろしければどうぞ、お召し上がり下さい。」
彼は大きく、真夏の太陽のように笑った。
【了】