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先生  作者: 鈴虫
改稿前  旧ver
4/20

第四話 せゝらぎ

貴様の好きにすると良い。

この地で静かに暮らしても良い。

悪行の限りを尽くし、この世を灼熱地獄へと落としても良い。


ここは国産みで忘れ去られた奇形児。

誰も目を向けたがらなかった、水へ流された忌み嫌われた子。


貴様は国を育てた。だから此処へ連れて来た。

水に流しても生き永らえ、苦しみながら生きてきたこの子も、貴様なら楽にできるかもしれない。

あるいは真っ当な所へ戻せるかも知れぬ。


これは本来、私が何とかしなくてはならない。

だから、絶対にして呉とは言わぬ。

わが子を育てゝ呉れた、礼だと思い、好きに来世を生きよ。



これはカイゼル髭の声か








私は目を覚ます。

夢だったのか。いや、ある意味カイゼル髭から手紙か。面と向かって言うのが恥ずかしいのは日本人であるということだ。

彼もまた大和民族だったのか。

しかし、そんなやんごとなきお方だったとは思わなかったな。

彼は私に大層なお願いをしたかったようだ。

絶対にして呉とはいわぬとは、して呉れと言うことか。

まぁ、良い。好きに生きよとのたまい給うたのだ。折角の来世だ。おもいきり楽しませてもらおう。


桶に入った水で顔を洗い、髪を整える。


水面に移る自らの顔を眺める。


うむ、今日も可愛い。


白装束を上に着ているのもどうかと思い、昨夜の食事の後着る物はないかと問うたら、松の木肌色のローブを呉れたので白装束の上に其れを着込んだ。


下着はアンのを借りた。(アンジュルペナと言う名前は長いので、食事中『アン』と呼んだら恥ずかしそうにしつつも特に不快に思っていなさそうだったので、これからはそう呼ぶことにする。)



軍刀はさげようと思ったが、冷静になって止める。

昨夜の食事の後、この剣とよく分からないもの(南部)は貴女のだろうと返して呉れた。

奴隷が帯剣するのは禁止されていると言う話だったが、持っている理由を聞かないで呉れたのは有難かった。


黒色、緑髪は珍しいとの事で面倒ごとを避けるためフードを被り、朝食代にと貰った金を持ち部屋を出て配食所へ向かった。


奴隷は皆軽装で、ローブなど着ないが、医者などは簡易治療具を懐に入れておくのと、外傷を防ぐ理由等から着る事もあるらしい。

もっとも、一番の理由は医者であると言う事を一目で分からせる事で監視員からあらぬ誤解を受けないようにすること、医者であることは奴隷達の仲でも希少な存在らしいので、先に医者であると言うことを誇示して他の者とのトラブルを避けることが目的だそうだが。

色が茶色なのは治療の際に付着した血を一々洗っているのは手間なので目立たないような色ということだそうだ。


食事は金を使う。金は労働の対価として支払われる。その金を食に当てようが娯楽に当てようが自由。

但し、金の量はすくないらしい。実際にその労働の現場を見ないと其れが妥当かどうかは判別できないが。


奴隷達は皆寝泊りはこの場所と同じような、石材と木でできた建物ですると言うことだ。収容棟はアルが担当している区域だけでも124棟ある。

一般には一部屋6人ほどで寝るそうだが、一部の者、丁度アルのような医者は治療等の為に個室が与えられる。診断室兼手術室兼私室世言うことだが、彼は患者が多いということで他にも六つほど治療用として部屋の使用を申請しているそうだ。

今回の私に対する厚遇も、必要以上に申請しているからだそうで。


しかし、これだけの数、少なくともアルが担当する区域の人口は一万人を超えるはずだが、奴隷の主もこれだけの数の奴隷を管理するのは非常に困難なはずだ。

6人部屋とはいえ、自由な寝床がある所を見ると、古代ローマの奴隷制度の様な感じか。



食事を貰おうと並んでいたらやけに視線が飛んできて痛い程だったので早足で部屋に戻った。フード越しから見ても可愛いさがわかるのだろうか。困ったさんばかりである。

部屋の前にアンがいたので、アルを交えて三人で食おうと言う事になった。


窓からさしこむ太陽の光が炻器でできたコップの中に入った水を照らす。


黒パンを食いながら、おかずの代わりにとアルにこの街について簡単に説明して貰った。

「この街は魔術師達の住む市街と我々労働者どれいが住んで働く奴隷区に分けられます。

市街についてはまた今度お話しましょう。

奴隷区は様々な区に分かれています。

我々の住む居住区が五区、

鉄や銅や魔法石を採掘、製鉄し刀剣類や道具に加工するのが鍛冶区、彫金もここで行われます、

農作物や薬草、木材などの生産から酪農、牧畜などを行う農業区、

土器、炻器、陶器などの生産をする工芸区、布などの生産もここで行われます、

その他区を設けるまでも無い中小規模の物を生産をする総合区

に分かれていて、それら奴隷区は長大な城壁で囲まれています。

出入り口は北門と南門と西門のみで、それらは生産したものを運び出したり、監視員が巡回にでたり、新たな奴隷が入ってくるとき以外は開かれません。

ちなみに北門は市街と直通で一番警備が厳しいです。

ただ、鍛冶区の一部と農業区はとても広大なので、城壁でカバーしきれていませんが、街の外には追いはぎやらがウロウロしてるので、運よく脱出してもすぐに殺されます。

なので最近では脱出を企てる人は少ないです。」


ふとアンの方をみると、何やらブスーとしていたので、女子おなごは笑顔が一番だよ、笑顔のほうが素敵だと言ってやった。

なんだか妹が出来たみたいだ。どうせなら私の理想の女の子になってもらいたい。至極勝手なことだが。

ついでに言葉は言ノ葉と言っては自らの心を写すんだ、的なことを話してやったら、これまた感心した様子で、どこでそんな知識を得るのかと聞いてきたので、本を読むことだと言ってやった。



的な的なことをおかずにしつつ、朝食も食い終わった所でアルが、今日は酷い発熱をしている者が居るので其れの診察等に行くので着いて来て欲しいとの事なので、快諾した。


アルの指示で鋸やら針、薬草やらアルコールやらを鞄へ詰め込んでゆく。

どのような医学を持っているのか、高を括って医学の嗜みがあるとは言ったったものゝ、近代並みの技術であったならどうするか等と思案していたが、杞憂だったようだ。

道具やらから、ルネサンス期のヨーロッパ及びイスラム圏が少し入った並みの医療技術であることが伺える。

これならば私でも何とかなりそうだと安堵する。


そうしてアルと共に行くことになったのだが、アンは留守番らしく、不満そうにしていた。

アル曰く、呼吸に関する病で寝かせておくだそうだ。そういえばそこまで酷くは無いが咳をしていた気がする。後で診てやるか。



外に出てみると、太陽がまぶしい。

ずっと部屋で寝ていた訳であるから、目が明るさに慣れるまで少し掛かった。

目が慣れてくると、建物が視界に入った。


壁を石材で造り、傾斜がついた天井は木でできている。一定の間隔で乾燥させた糞と藁を混ぜ合わせたのを塗られている所がある。

30メートルほどで長い一階建。

建物の脇には横約30センチ幅に石材を敷き詰めた水道と思しき物が掘られており、遠くのほうまで水が流れている。それらは汚水のようだ。

なるほど、公衆衛生には気を使っているようだ。

カサブランカが水道に沿って植えられている。


私が花を見ていたら、

「綺麗で良い匂いの花でしょう?タタラアルバイダという花でね。汚水道ができてから匂いがくさいって言うんで、私らが良い匂いの花を植えたのよ。」

と見知らぬ女が話しかけてきた。

一体誰だろうと思い、アルに聞くに、農業区の労働者どれいのゼアニというそうだ。見た目は二十歳そこそこのグラマーな姉ちゃんである。

「あなた、アルのとこに運ばれた黒髪さんでしょう?随分酷い目にあったんだね、男が信じれなくなるかもしれないけど、見たところアルは大丈夫そうね。」

と余分な同情を受け苦笑しつつも何故私の事を知っているのか聞いた。

「そりゃ、担架でアルのところに血を流しながら運ばれてく女の子がいて、さらには黒髪の別嬪さんっていうんで少なくともこの区はみんな知ってるよ。」

これはフードを被る意味はなさそうである。黒髪は珍しいそうなのだからもう少し隠匿して運んでもらいたかったものだ。

それでグラマー姉ちゃんとアルを交えて、これからどうするのかと言う話を少しした後、時間だということで我々の歩む先と反対方向へ歩いていった。


道は舗装はされておらず、歩くたびに土ぼこりが立つ。

フードは要らないと思い、被らずに歩いていたら先々で、おお黒髪だの、可愛いだの、ちっちゃい子だなだのと言われて、視線もいやなので収容棟(労働者どれいたちは宿舎とよぶそうだ)を4つ行った所で被ってやった。可愛いのも困りものである。ふとアルが残念そうにした。


一寸間を空けたところでアルが、君は本当に可憐だからそのうち言い寄ってくる者があるかもと言うので、私は君しか見ていないよと冗談を言ってやったら、それからもごもごして何も言わなくなった。春いやつめ。


そんな笑談じょうだんを言っていたら、目的地に着いたそうで、148号棟の前でとまる。

中に入ると静かなものだ。皆出払っているようだ。


床の軋む音とブーツのヒールが鳴らす足音とを聞きながら歩くと、件の病人の部屋に着いた。


アルがノックをすると誰何すいかが帰ってきた。若い娘の声であった。

あれこれで来た何某なにがしだと答えるとドアが空いて中に入った。

すると白髪の強面の髭おやじがいた。儚げな少女を期待していたら、こういう目に嬉しくないものが飛び込んできたので落胆する。


お嬢ちゃんが例の黒髪さんかなどと自己紹介もそこそこに髭の話を聞く。

話に聞けば髭の娘さんが三夜ほど熱が下がらないそうだ。

その強面に似合わず小さくなって泣きそうにしている所を見ると、よほど娘が心配らしい。今日は労働もすっぽかし、代わりに息子に自分の分までやらせるそうだ。


今更ベッドのほうを見ると長い白髪が汗で肌にくっついている少女がいた。中々に整った顔立ちをしている。

アンもそうだが、この世界の病弱系少女は皆可憐であるな。


白髪少女は此方に首をむけ、

「あゝ、アルヘルワさん……よろしくお願いします。」

と挨拶した。

一寸のうち、私に気がついたのか新しいお医者様かと聞いてくるのでアルの助手であると答えた。


アルは、では失礼しますと首に手を当て脈をみた。

その後、白髪少女の心臓の鼓動を聞くためか、服をはだけさせ、胸に耳を当てようとした。


にしてもこの子は私の前世と同年代ほどに見える。

同年代の女の子の裸を見るのは初めてであるので自然と緊張して背筋が伸びる。

自分の体も女の子であるが言うならばそれはネカマのような感覚であり、本物の女の子とはいえない。

ついぞ女子おなごを抱くことなく黄泉の国へ行った身としては何やらコロンブスの気持ち。


このままでは刺激が強いと、アルに一寸待てと言って木の筒をその辺で調達して此れで聴いたほうが正確だといって渡した。


当初、不思議そうな顔をしたアルと髭と白髪少女であるが、直ぐにアルが此れはすごいといって、一同驚嘆する。髭も自ら試してみて驚く。

君は何故こんなことを思いついたのかと言っていたので、

なに、科学(化学)のおかげだと言っておいた。


アルは熱を冷ますために氷水の入った袋を額に乗せておいたらよいとしたが、念の為私からも少し診させてもらおう。


「ところで、えっと名前は何だったかな?」と問うたら

「サウサンって言います。」との事だった。

「良い、綺麗な名前だね。では、サウサンさん……?」

サン、さんと来て呼びづらいなと思っていたら、

「どうか……サウサンと呼びください」

「えと、では、サウサン。熱のほかに何か変わったことは無いか。そう、例へば頭痛や間接の痛み、黄色い液を吐いたり、腹痛がする、とかあるかな」

「えっと……お腹が痛いのとさっき……は、吐いちゃいましたです。」

なるほど、少しお腹を触診するかと思い、その旨をアルに話した。

アルは承諾したが、触って痛がった場合にあの髭が騒ぐといかんので髭に先にあれこれこういうことをしますと伝えた。


みぞおち辺りから下腹部を押してゆくと、右下の腹部を押した際に強く痛がった。

付け焼刃知識だがこれは盲腸ではないか?

その旨を話し合うため、いったんアルと廊下に出た。髭が心配そうにつぶらな瞳で此方を上目遣いで見ていたが、大丈夫ですよとだけ言って出てきた。


「少し自信が無いのだが、彼女は盲腸ー虫垂炎かも知れん」

「それは何ですか?」

「む、えと説明するとだな……」


私は教科書どおりの事を説明した。しかしよくもまぁそんなスラスラと出て来るもんだと自分でも感心した。


「むむ、腹を開くんですか……」

「うむ、渋る理由はわかる。切開時の痛みと、周囲の衛生が保てないから開腹時の菌の侵入が心配なのだろう。」

「何か手が……?」

「ない。痛みは少し心当たりがあるが、衛生については魔法でも使って周りを覆う、殺菌のできた空間が作れればよいのだが」

私は死んだ時分はまだ高校生である。BJ先生のような道具も無ければ、流石にそんな知識も経験も無い。あるのは読んだ本の中のことだけである。


「体内に入った金属片やらを取り除く事はしたことがあるか。」

「あります。此処じゃしょっちゅうですからね。」

「そのときは切開などはどうしてるか。」

「急を要するので痛みだとか細菌だとかはお構いなしですね。酒を飲ませながら切り口に強い酒をぶっ掛けてやりながらやるしかないですね。」

「流石にあの子に其れは酷かな?」

「ま、まぁ、そう思います。」

「ところで私の腹を縫ったときはどうしたんだい?」

「ぐぬ、え、えっとだね……自分の、だ」

「聞かないでおくよ。まぁ、殺菌はしょうがない。酒をぶっ掛けよう。」

「痛みはどうすんです?まさか何もせずに斬ったら悶絶しますよ。」

「其れなんだが……なんていうか知らないが、アヘンだとかタイマだとかって聞いたことあるか。」

「アヘン?来たこと無いですね。」

どうやら言葉は通じても、ちょっとした名称等は通じないようだ。カサブランカ=タタラアルバイダの様に名前はうまく伝わらないようだ。

ふと、私は絵を描いてみようと思った。

羊皮紙とペン、インクを鞄の中に入れてきていたのでスケッチを描いて見せた。

「うーん、見たことあるような無いような……農業区の連中に聞いてみればわかるかもしれません。ちょいと朝出会ったゼアニに聞いてみましょう。」


ということで今日は一旦引き上げて、農業区やらを回るながらゼアニを訪ねるついでに歩きながら話そうということになった。

帰り間際に髭が土下座をしてきてアルが大層困っていた。

今更だが髭の名前はサシュワルという事を思い出した。


宿舎(収容棟)を出たとき、水のせせらぎの音が聞こえた。

目で見ると汚水そのものだが、目を瞑ると小川のような気がして、心が安らぐ。

意図したのかは分からないが夜寝るときに落ち着くのは此れのおかげか。


目を瞑り、小川のせせらぎの音が体に浸透する。

祖国日本の原風景がまぶたに浮かぶ。

ふと懐かしく思う。

あのころには気がつかなかった音に今気づく。


まだほんの僅かな時しか経っていないのに、何故だか何年か経っているような気がした。


少し先に歩んでいたアルが私が水道をみてボーッとしているのに気がつき、歩みを止めて此方に振り向く。

私の事を呼んでいた。


我にかえり、謝辞を述べて三歩後ろからついて行ってやった。

元、男である私が一番望んでいたシチエーションである。できれば前世であの子にこうして貰いたかった。

なので自分がそう振舞って、少しでも満足感を得る。少し楽しい。



アルを覗くと、その微妙な距離感の所為かアルは頬を染めていた。










せせらぎや百合の匂ひに誘われて

















最後は自分の理想の姿です。

医学に詳しくないのに突っ込んだところを書くと、これまたおかしなことになるので深くは突っ込まず物語の構成であったほうが良いと思うとこだけ書こうと努力しました。

医学について語りたいわけでは無く、剣戟がしたいので其れを盛り上げるために如何に色んな人物に背景を仕込むかって言うのがむつかしいですね。


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