表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
先生  作者: 鈴虫
新ver 改稿しました
14/20

第二話 りんね




生粹の讀書家で暇さへあれば本を讀んでゐた。


物事を中々決められず、所謂(いわゆる)「優柔不斷」とよばれる類であるが思ひ込みが激しく、かうだ、と決めたら突つ走る。


又何か作つたりするのが好きだつた。よく工作をした。

高校は工業系にすすんだので樂しませてもらつた。


純文學から機械力學、葉隱まで、何でも讀んでゐたので雜學だけは豐富だつたが、いかんせんテスト等ではまるで役に立たず、デストも下から勘定したはうが速い教科ばかりだつた。おかげで中學生の時分には、奇人變人のレッテルを貼られてゐた。


本を讀み漁るうちに自らの凡其の思想が形作られていつた。


我が國は何故自虐史觀(じぎゃくしかん)に捉われてゐるのか。教科書を開けば、他の國の出來事は「遠征」やら「平定」「併合」等と聞こえの良い言葉が用ゐられてゐる。

然しどう云ふことか豐臣の朝鮮出兵をはじめ數々の我が國の戰爭行爲に就いてはことあるごとに「侵略」と言ふ言葉が使はれてゐる。


「~のやうに日本がインドネシアを侵略し、占領すると外國からの非難の(こえ)が強まつた云々」


と云ふ文があるが、當時(とうじ)の世界情勢をどうみても非難の聲を強くしてゐるのは聯合國であり、其の聯合國(れんごうこく)は其の當時我が國と戰爭中であつたので、非難するのは當然である。敵對國に對して「よくやつた!よくぞ我が國の植民地を占領した!かの國こそが世界の模範だ!」と言ふとでも思つてゐるのか。そもそもスカルノの件などには一切觸れてゐない。


其のやうな賣國教育が行はれてゐるのは何故か。


其れはWGIPによる云々~だからこそ日本人の誇りを取り戻し、眞の獨立國家(しんのどくりつこっか)として振舞ふべきなのだ!


と言つた工合である。


樣は右派的思想に成つてゐた。と言ふことである。


其れに加へ、其のやうな性格なので、我が母校に國旗が掲揚されてない事に氣づくと單身、校長室までのりこんだものだ。


そんななので日本男兒(だんじ)ならばと言ふ理由で劍道も嗜んだ。


然し、高坊にも成ると其のやうな思想に對して疑問を抱くやうに成る。


日本を窮地から救ふにはどうすればよいか……最早末端にゐたるまで洗腦され荒廃した我が國を救ふには生半可な方法では不可能だ。


此の時期讀んでゐたのが「我が闘争」であつたので、最早ファシズムによつて國民を啓蒙し、先導をするしかない。と考へてゐた。


然し、其の當時のヒットラーのやうな政權奪取劇は展開できさうにない。


私は半ばあきらめて、教師にでもなつて平凡な日々を送るのも惡くない。と考へ始めてゐた。


そんなとき出會つたのが「資本論」やら「共産党宣言」なので、無論影響され、此の國を蝕む賣國奴も、所詮は階級鬪爭によるものだと悟た。


賣國行爲が生まれるのは工作員の所爲ではない。經濟(けいざい)的格差による階級鬪爭によつて引き起こされてゐる。


我が國は資本主義經濟に傾きすぎてゐる。富む者は益々(ますます)富んで行き、貧しいものは益々貧しくなつてゆく。

もう少しバランスをとる必要がある。

共産主義の實驗(じっけん)は失敗したが社會(しゃかい)主義色がとても濃い資本主義經濟ならどうか?と云ふのが當時(とうじ)高校2年時の思想であつた。


然しどちらにしても政權奪取をしなくてはそんなことも夢の中で終はつてしまふのでどうしたものかと考へ、いつ其のこと自分が議員に成り變革へんかくの旗手に成るか。などと考へてゐたが、我が國の選舉體制を鑑みるに此れまた不可能に近く、武裝革命しかないか……などと話の合ふ仲間内で話したりしたものだ。


其れに関連して、ヒットラーに心醉し始めてゐた。ネットに落ちてゐた「意思の勝利」を鑑賞した所爲だらう。案外自分は影響されやすい方だつたのか。


のめりこんだら突つ走る性格であるので、どうしても演説がしたくなつた。

丁度其の時期生徒會役員選舉があつたので其れに立候補しヒットラー式の演説をさせてもらつた。

演説後の拍手の量はすさまじく、いつもは寢てゐる諸氏も聞き入つて呉れたやうで、案外うまくいくもんだと驚いた。

生徒會は其の後一年間前期後期共に勤めさせていただき、集會のたびに演説をぶちかます機會(きくわい)が得られて其の年は樂しませて戴いた。

然し附いたあだ名が「演説の人」と云ふのは如何なものか。


兩親は私が小學生の時に離婚し、父が男手ひとつで面倒を見て呉れた。

母は別の男とくつついたやうだが、其れでも特段母が嫌ひなどとは思はなかつた。


私には想ひ人が一人いた。

とても可愛らしい娘で肩で切りそろへた緑髮に小柄な身長、性格も今時には珍しく撫子の樣な娘だつた。


進學先も決まり、さて此の學び舎とも後僅かで別れんと云ふ時期に、私は悶々としてゐた。


どうしても首相を斬り度くてしやうがなかつた。


野黨(やとう)第一黨が今までの与黨(よとう)の議席を上囘り、新たな政權に成つたのだが、次々施行される法が許せなかつた。


かやうな政府を許してよいものか。

今の政府ーいや政治家には何の信念も志もない。


誰も國家の(ため)に働かず、

利權の鬼と成り、

自らの保身に勤める。


そして其れに惑はされる臣民達。


誰も聲を上げず、

仁義は廢れ、

腐敗がまかり通る。


私は滿身の怒りに滿ちてゐた。


私の怒りは純粹な怒り、

邪惡なものに對する怒り、

義の爲の怒り。


誰かが此れを正さねばならぬ。


正さねば國が滅びる。

國が滅びると言ふことは日本人が死ぬと言ふこと。


そんなことは許してはならぬ。


かつて大和を、

故郷を、

家族を、

想ひ人を、

仁義を、

信じるもの護るために散つてゐた者の魂、


言ふならば、國家の魂が許さなかつたのだ。


誰も彼を斬らうしなひし、宮城(かうきょ)に向かつて切腹する者も居なかつた。

民衆も自ら敵性國家の絞首臺(かうしゅだい)に立つた事に氣づいてゐなかつた。

だから私がやるしかないと思つた。


義理を立てれば道理は引つ込む。

護國の鬼と成つて死ぬことによつて得られる生もある筈だ。


一首相を斬つたところで直ぐ何か變はるわけではない。然し變はる事のきつかけに成る筈だと確信してゐた。


私は自稱共産主義者に成つてゐたが、愛國の志を捨てたはけではなかつた。


そんなわけで大分前に倉庫で發見した軍刀(おそらく陸軍の九十四式であらう)を持ち出した。

先祖が歸國後箪笥の中に突つ込んでゐたものを、先祖の死後、物置のなかに於ておいた儘忘れ去られてゐたらしい。

不思議にも60年近く放置されてゐた割にはよい状態であつた。


自分の中で


「救國の志に答へて刀が再び力を取り戻したのか」


などて痛い事を考へつつ、妄想も大概にしておかないといけないが本當にさうなのではないかとしか思へなかつた。

何やら刀身が櫻色に發光してゐるやうな氣がする。

發光してるのはおそらく昂揚して幻覺を見てゐるにしても、状態が良いのは事實だ。


なにはともあれ手入れ用の打ち粉やらをネットで取り寄せた。


此のご時勢、ネットで何でもそろふものだ。


然し、得物があつても技術がない。

劍道をやつてゐたとは云へ、當日に成つて反射的に軍刀で面打ちなどした日には目も當てられん。

抑も劍道の構へと眞劍の構へは柄を握る位置が違ふのだ。


暫く考へあぐねてゐたが、戸山流などの動きを映像などから學ぶことにした。

樣は、服の上から致命傷を負はせる事が出來ればよい。


殘つた學業もそこそこに練習に(はげ)んでゐたら良い工合に成つてきた。

人間、なんとか成るもんだ。


斬るのはよいが身内に迷惑はかけられんと思ひ、父に其の旨を傳へると最初は驚嘆してゐたが直ぐに

「よしわかつた」

と返事をして呉れた。


さう云ふわけで斬つた後はお巡さんが出張つてくる筈なので、縁を切り、私物を處分したが、此れまた再び悶々としてゐた。

其の例の娘の事が頭からはなれなかつた。

此れから死なんとする時にかやうな想ひを抱くとは、人間不思議なものだ。

「ああ、一緒に月を眺めれたら如何程(どれほど)よいものか……」

などて呟く事數十囘數十囘(すうじゅっかい)

いつそのこと自分は死にに行くことを打ち明け、死地に行く前に抱かせて呉れたら此れほど嬉しい事はない、と思ふやうに成り、はたして傳へるべきか否か搖蕩たゆとう。

然し、私は何も傳へない事に決めた。

手紙くらゐはとも思つたが、此れから居なくなる男にかやうなものを貰つて何に成るのか。


うだうだとしてゐた心にけりをつけ、首都に向かふ。

もう12月で雪も降りさうだ。

五月十五日だとか二月二十六日に決行すれば、洒落が效くかなどて思つてゐたが莫迦らしいのでやめた。


父から――戸籍上はもう違ふが――餞別にと南部式と片道分の交通費を戴いた。

何故南部式があるのか不思議に思つたが、どうやら此れも同じ倉庫にあつたやうで、私よりも前に見つけて保管してゐたさうだ。

おそらく使はない(使へない)だらうがありが度く受け取つておく。


トレンチコートを羽織り、以前キャンプ用に贖入した折りたたみナイフをポケットに入れる。

軍刀は竹刀袋にいれて持つていつた。


雪の降る夜の中、首都に降り立つた私は、即刻首相官邸に向かふ。


離れてみてゐたが、どうやら此處で斬る事は出來なささうだ。

警備の(かず)が多すぎる。

素人の私が突貫しても刄は敵に屆かないだらう。


暫く思案して、首相の自宅附近へ移動する。

雪が肩を白く染めるころ、首相が歸つてきた。


其の時、首相が車を降りた其の一寸、首相に間があつた。


警護の者が3人居た。だがしかし、素人の私が斬れるのは今此の瞬間ををいて他にない。


勝機は在る。あの頭がお花畑の首相だ。だれも斬りに來るなどとは露にも思つてゐないだらう。


そして其の警護のものも、まさか此の國で辻斬り、此れほど價値のない者を殺さうとする者などいまいと思つてゐるに違ひない。


さう腦が考へてゐたときには、私は敵に向かつて躍進してゐた。


鍔を左手の親指で優しく押し出し、右手で柄をつかんで拔刀し、上段にかまへて疾走する。


あと六歩ほどで間合ひに入る。


狙ふは型どほりの袈裟斬り。

必殺を狙ふなら喉への刺殺、突きが良いのだが全力で走つて近づき突く、と成ると確實に當てる自信がない。

そんな自信のない未熟な技は使はない。

今は「確實(かくじつ)に斬る」ことが求められてゐるのだ。


警護の者が氣がついたのか此方の進路を妨げようと驅け出し始めたのが視界に入る。

別の者は此方を拘束する爲か驅け出さうと右足を踏み出したのが見える。

もう一人は首相へ手を伸ばすため車のドアから手を離す。


だが私は相手にはしない。

すれ違ひざまに斬つて応戰――等してゐては本來の目的に逃げられるかもしれない。

抑も私には彼ら專門職の腕には敵わぬ。


ならば我が目指すのは首相唯一人。他の者など知らぬ。


「天誅!」

と叫び跳躍する。


其の聲に氣づいた首相は此方に振りむかうと首を動かす。


此方の進路を妨碍しようとした者の間合ひに自分が入る。

此方へ向かつて驅け出した者は最後の跳躍をし私に迫る。

手を伸ばしたものは首相の右肩へ手を觸れんとしてゐた。


おそらく、二太刀目はないだらう。

一太刀で以つて斬るしかない。


左足で地を跳躍し、右足を前へ前へと押し出す。


全身の體重が高速で前へ移動する。


同時に上段に構へた軍刀を其の體重移動を利用して袈裟斬りの軌道で振り下ろす。


首を動かした首相は首と連動して體を此方に向けた。


彼は我が目を疑った。

此の現代社会で刀を持つて自らに切りかかろうとする者がいる。

其の刄は自らの目の前に迫っている。

――どう云うことだ?!

何故己が斬られる?

軌られなければならぬ?

――殺されるのか?

党を結成して爾來(じらい)党を支えつづけ、長年の野党生活を脱し与党につき、遂には首相にまで上り詰めたと言うのに!

慥かに不祥事はあつた。然し隣國との關係改善等の功績は大きい筈だ。

国民が望んだことも全てやったじゃないか!


だのに、何故目の前に刀を持つた男がいて、己を殺そうとしているのか。

――何故だ?

首相のネクタイが赤く染まる。

「え?!」

其れが首相の最期の言葉だつた。


首相を斬つた。

私が腐敗の象徴と見立てた男を斬つた。

目的は果たした。

だが、私は此處で死なねばならぬ。

此の腐敗の象徴と屍を重ねねばならぬ。

此處で警護の者にわが身をあづけられようか。

此處から全速で以つて逃げ出せようか。

其れは爲らぬ。

其れは無責任。

自らの行ひに責任を取らねばならぬ。

責任をとらねば此の男を軌つても何も意味は無い。

――斬つた本人も其の場で果てる。

其れは義。

義を貫かねば意味は無い。

社會に何も變化は無い。

唯のテロリストで終はる。

其れは避けねばならぬ。

だから、私は此の場で死して、義を貫かねばならぬ。


右足を膝を折つて前に、左足は大きく後ろに、體は前傾姿勢で殘心


をせずに反動で左足を少し前に出し右足を後ろに。


斬つた反動で動かした足と腰にあはせて胴、腕が動き軍刀を上げる。

中段構への高さまで戻したら、其の速度を以つて左手で柄を握つた儘手首をかへし、右手は其のまま刀身を逆手で握り、軍刀を自分の腹に突き刺す。

腐敗の象徴の血と、おのれの血が混じる。


此方に驅け出した者が私を拘束せんと私の體をつかむ。


彼には焦りがあった。

自らの任務を果たせなかった。

何のためにいままで訓練してきたのか。

なんというザマだ

この国ではテロなど無いと高を括っていた。

その油断がこれだ。

ふと剣客の目をのぞいた。

信念に満ちた目。

この剣客に迷いはないのか。

よく見るとまだ十代ほどではないのか

なぜ其れほどまでに信念を抱けるのか。

この国で。

自分でもわかっている。あの首相はクソったれだったと。

自分はなぜあんなのを護っていたんだ。

自分が護るべきは、もっと違うものだったのかもしれない。


いかん。迷っていたら気がつかなかった。

この剣客は自らの腹に刀を突き立てている。

割腹するつもりか。

すると剣客は右手を離し、ナイフを取り出した。

この軌道は此方を突く軌道か!

近接格闘では此方に分がある。

このナイフは叩き落す。

己は己の仕事をこなす。



私は警護の動きなど氣にせず、右手を刀身から離し、峰を渾身の力で以つて叩く。


綺麗に一文字に斬れた。

腸はまだ出てきてゐない。


其のまま右手で折りたたみナイフを取り出す。


彼は私の手の軌道をそらさうと手首をつかんできた。


其のまま彼を突いた場合の動きに合はせて彼は私のナイフを無力化しようと動く。


然し私は其のやうな氣はなかつたので、其のまま自らの首にナイフを突き刺した。


同時に強引に宮城の方へ體を向けたところで體の力がスッと拔けた。




「斬り結ぶ 雪にやどれる 月影の 刹那の下こそ 我のまほろば」




視界が赤く染まり、ぼやけてくる中で私が見たのは雪に隱れる綺麗な月だつた。







氣がつけば彼岸花の花畑の中に斃れてゐた。

確かアスファルトの上で割腹したはずだが。


此處が黄泉の國か、靖國か。


等と思つてゐたら意識が遠のく。


腹部を見れば、臟物さへ出てゐないが一文字に切れてゐる。だが首は無傷だ。

どう云ふことか。


あれ此れ考へてゐたら思考能力が低下してきた。視界がかすむ。

視界がぼやけてくる中で見たのは此方に驅けてくる人影だつた。







気がつけば彼岸花の花畑の中に斃れてゐた。


これはデジャヴか。


腹を見たら特段傷はない。確か割腹したはずだが。

軍刀と南部は手に持つてゐたが、羽織つてゐるものが死人の着る白い着物、白裝束である。


ここが黄泉の國か、靖國か。


等と考へてゐたら、向かうに人の列が見える。


全員私と同じ死人の服だ。


日本人の習性か何となく最後尾に成らんで前にゐた、道端で井戸端會議をしてさうな奧さんに、

「ここは何処か」と問うたら

「あの世ですよ」と返って来た。

「今きたばかりなの?」と奥さん

「さうだと思ひます。氣がついたらあすこに斃れてゐたので 」と私

「まだ若いのに、かわいそうに」

「いえ、氣をつかはんでください。ところでこの行列はどこに續いてゐるんです? 」

「向うにあの三途の川があってね、その川を渡るための船を待ってるんだけどこれがまた本数が少ないらしくて……にも関らず搭乗審査が厳しいらしくて、すごいチェックされるのよ。なんだか前世でよい行いをした人はお金がもらえて、そのお金で船に乗れるそうだけど、お金がない人は泳いでわたれとか言うらしいのよ。で、泳いで渡った人は大抵おぼれちゃって、天国にも地獄にもいけないとか。わたし旦那をいつもこき使ってたからもらえる量が少ないかも……もおう、あの世にきてまで私に迷惑かけるなんて、なんて人なのかしらっ!」


などと會話してゐたら、ようやく審査の檢問所が見えてきた。


いくつか前にゐたチャラ男が金がないらしく、近くのご老人から金をせびろうとしてゐた。


ケシカラン奴だと思ひ、軍刀でぶつた叩かうとしたら(もちろん鞘に納刀したまゝ)彼は檢問官に河に突き飛ばされてゐた。


浮かんでこないやうで、溺れてひどい目にあふのは本當のやうだ。


さて、私の番が囘つてきて檢問官が言つた。


「どうやら君は別の便のようだ」

「どう云ふことです?」

「この紙を持ってあすこへ行きたまえ」指で場所を示しながら言う。


と言ふので、何やら一筆書いた紙を渡されその場所まで云つた。


明治時代の建物の樣な場所で直ぐわかつた。


中へ入るとモーニングを着た若い兄さんが

「何か御用か」と問ふので

紙を渡しつつ「ここへ行けと云はれた」と答へた。


「……お持ちください。」


と言ふことで暫く外を眺めて待つてゐたら、見事なカイゼル鬚をはやしたおじさんがしかめっ面でやつてきた。


「もう一度生き還つたとして、生き返つたそばから死ぬ以外に欲しいものはあるか。」

「どう云ふことです?」

「質問に對しての返答をしなければ成仏できんぞ。」


どう云ふ事かわからないが、話の流れからするとおそらく生き返らしてくれるのか。

前世の記憶は引き継ぐと言ふことをお願ひした。


折角なので來世は別の視點(してん)で樂しまさせてもらはう。


「女の娘の姿にしてください。」


容姿に就いての細かい注文をしてゐると、私が生前、月を一緒に見たいと思つてゐたあの娘と瓜二つの姿になつてゐた。まあ、さう云ふものだらう。

勿論一定の容姿になつたら不老に成ることは必須だ。しかし不死は遠慮しておかう。


後、勿論軍刀と南部式は持つて行く。


軍刀が刄こぼれ、折れたりしないやうにして欲しいと言ふのと南部も現役時代同樣に使へるやうにして欲しいとお願ひした。


「それだけでよいか?」


後、全ての言語を讀み書き會話(くわいわ)ができるやうにしてくれと頼んだ。

生前の英語のテストの英語などは下から勘定したはうが早いくらゐだつたので、これが叶ふなら有難いことだ。

これ以上は望まん。人外や超能力者になるつもりはない。不老の時點(じてん)で超人ではあると思ふが。


「さて、では切腹したまへ、介錯はしてやらう」


きつとこのカイゼル髭はキチガヒなのだらう。

いままでの會話からどうして切腹する必要が出てくるのか。


しかしあの世で死んだらどうなるのか。あの世のあの世なんてあるのだらうか。


カイゼル髭がポン刀を持つて來て素振りを始めた。


まあこの際何でも良いだらう。

あの世で死んだらどうなるかと言ふのも興味がある。

落ち着いたらこの體驗を基にした小説でも書いてみようか。


軍刀を拔き、モーニングの兄ちやんから渡された白い布を切つ先から20センチくらゐのところで刄に卷きつける。腹に刺した後、持つて動かすためだ。

切れないやうに卷きつけるのが中々難しい。


上着をはだけさせ、呼吸を整へる。


息を吸つたところで止める。


そして切つ先を腹に刺しこむ。


十分に入つたら


息を吐く。


痛みで動けなくなる前にそのまま一文字に掻つ捌く。


首を介錯しやすいやうに伸ばす。


すると肩に激痛が!


なんてことだ、カイゼル髭が介錯に失敗した!


「心靜かに!」


カイゼル髭を勵ます。なんと云ふことだ。この道のベテランかと思つたがちがふのか。いや、介錯は失敗することも多い。彼を責めても仕方がないだらう。


痛みが(つた)はつてきた。これ以上待てばその(へん)を臟物を引きずりながらのた打ち(まわ)つてしまふかもしれない。


等と思つてゐたら風を切る音と共に、私の視界は眞つ黒になり意識を失つた。


最期に見たのは窓の向ふに生えてゐた彼岸花だつた。







逝きつきて 美しきかな 黄泉の國 あはれこの身は 輪廻を彷徨ふ















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ