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先生  作者: 鈴虫
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13/20

第一話 せんせい

打ち鳴らされる音楽。

太鼓とラッパの音。

この音楽は先生が「赤軍擲弾兵せきぐんてきだんへい」と題して作曲したもの。


一見陽気な音楽だが、そのなかに気品がある。

だが戦場で奏でられると陽気さ気品さは感じられない。

あるのは一歩も引かず、銃剣を掲げ突き進む同志達の情熱のみ。


懐かしき故郷ふるさと、「ナジュム」近郊での会戦。

なだらかな平原。

膝丈ほどの緑色の草花を踏みしめ白い服に赤色の装飾が入った服を着た男達が音楽に合わせて行進する。


そういえば先生は緑色の事を青色と呼んでいた。

何故、緑なのに青色と呼ぶのかと聞いたら、なんでかな私にも分からんよ、といっていた。

自分でも分からないのに何故青というのだろう。

いまだに分からない。先生自身がわからないのだからわたしには最期の時が来ても分からないだろう。


どうも最近先生のような言い回しが多くなってきたな。


わたしは白服の男達のほぼ中央で、日本刀やまとがたなと先生が呼んだサーベルを携えて行進している。

本来ならば後方から指揮をしなくてはならない立場だが、無理を言ってここに立たせてもらっている。

なぜならわたしがこの手で、斬らなくてはならないから。

別に誰が命令したわけではない。戦略、戦術的に考えても、わたしが斬らなくてはならない道理は無い。

だが、わたしが斬るのは義理の為。

そして理由を問いたい。


ついぞその理由を聞かず此処まで来てしまった。

もはや斬り結ぶ剣戟けんげきの中で聞くしか無い。


わたしの直ぐ横に、空気を引き裂く音と共に相手の20ポンド砲が着弾し、大地がえぐれ、肉片となった同志が飛んできた。

青々とした草花が赤く、革命の象徴の色へと変貌を遂げる。


我が軍も砲兵隊が撃ち返す。

四方よもに撃ち出す砲声は雷鳴の如く、互いの戦列に地を降らす。


副官はわたしに大丈夫かとしきりに問うてくる。是非も無い。大丈夫に決まっている。

わたしは理由を聞き、自らの手で斬るか斬られるかされるまでたおれるつもりは無い。


兵士達は動揺する。だが戦列は崩れない。戦列を崩せば銃殺だ。逃げ出す者は反逆者、反革命分子とみなされる。

それよりも先に戦列が崩れれば相手の騎兵が突貫してくるだろうが。

兵たちはそれを分かっているのか、動揺しつつも足は止めず。


前方には黒服を着た者達が並ぶ。銃剣を掲げこちらに前進してくる。


その歩みはこちらよりも早足。しかし列が崩れるそぶりは無い。


黒服達の顔が見える。目が見える。

彼らの目は忠義に満ちた目。

彼らを率いる者への信頼の目。


今では彼らは反革命軍。

しかし此方よりも戦意は高く、統率が取れている。


空が青い。夕焼けであったらならば悲壮感があったかもしれない。しかし太陽は真上。

空の青さの中にこちらに向かって大きくなる丸いものが幾何十。

空の青さの中にあちらに向かって小さくなる丸いものが幾何十。


進めば進むほどそれは益々(ますます)互いに白と黒を崩れさせる。


黒服達の表情が見えた。

彼らは口を一文字に閉め、まっすぐに此方を見据えている。


わたしは全隊に止まれを命じた。


構えと叫ぶ。


サーベルを天へ向ける。

狙え。


黒服はまだ歩む。


サーベルを大地へ振り下ろす。

発砲。


砲兵のそれとは小さな音が連続して鳴り響き、辺りを白煙で包む。


黒服がたおれる。しかし、たおれたものの後ろから又黒服がその欠けた穴を埋めるように出てきて、行進が止まることは無い。


わたしは一列目をしゃがませる。


二列目に構えの号令。


狙え、

再びサーベルを天へ。


発砲。

サーベルが同志達のかばねの方へ向く。


再び白煙に包まれる。


黒服の姿が見づらい。


すると黒服は歩みを止めた。


一寸間があった後、向うから白煙が上がる。


刹那、同志達の白服が赤く染まる。


白服が紅白の服になる。


わたしは待てない。待てなかった。


「バイヨネットチャージ!」


マスケットを掲げる兵たちは銃剣突撃を。

隊長格の兵たちはサーベルを掲げ、黒服に迫る。


走る。躍進距離二十。


黒服もそれに呼応して銃剣で突貫してきた。


数の上では此方は相手の三倍。先生の教えてくれたランチェスターの法則に当てはめても、勝てる。


黒服の中央を見据える。

黒服の中でも突出して迫ってくる一隊があった。


わたし達は抜刀隊と呼んでいた。

長銃を持たず、サーベルで武装した突撃専門の部隊。


それはどの隊よりも雄雄しく、鬼神にも恥じない勇。

その跳躍する隊の中に「先生」を見た。


上段に構えたその刀は太陽の光を映す。

風になびく黒髪、――先生から言うと緑髪か――がひどく美しく思えた。

何時いつまでも変わらない先生。あのときから変わらず、わたしが尊敬する先生のまま。

強いて言うなら隻眼となったくらい。

しかし残った片目は真っ直ぐにわたしの瞳を見つめている。


わたしは先生に向かって躍進する。

ふと、出会った頃を思い出した。

わたしは何時いつから先生と呼び始めたんだったろうか。









私は跳躍する。

白服の中に、ほぼ中央に、先生と呼んで慕つて呉れてゐた子が居た。


上段に構へ、跳躍する。

風が涼しい。


私は此處ここで死ぬ。

死なねばならぬ。

屹度きっと先生と慕つて呉れてゐた子に斬られねばならぬ。


此の際、勝敗は最早知つた事ではない。


あの子と斬り結ぶ事だけが今は望み。


あの子は理由を聞きたがるだらう。

だから懐に手紙を入れた。

あの子が私を斬つたら、見て呉れるだらう。


距離は後十歩ほど。


あの子は左脇で構へた。


當然だらう。あの子は私よりも背が高い。

出會であつた頃は同じくらゐだつたのだが。



「脇構え」とは別名「捨の構え」とも呼ばれる。

左脇構えからの斬撃は素早く逆胴を打てる。

然し、胴以外打てないのだ。

其れに比べ左脇構えにたいしては何處どこへでも打ち込める。

左脇構えを取る者に、打ち込まれた斬撃を防ぐ術は無い。

左脇構えとは變化へんかに乏しい、實用性じつようせいの無い構えである。


だのに、

何故あの子は左脇構えを取つたのか。

先生と慕つた師を斬るのに躊躇とまどひがあるのか?

其れとも自己の能力に自惚れてゐるのか?


否。


あの子はそんな阿呆では、子供ではない。


私は上段に構へてゐる。


「上段の構え」とは別名「火の構え」とも呼ばれる。

小手、胴や脛、全ての防禦ぼうぎょを捨て、相手の斬撃をかはすならば後ろへ下がるしかなく、命を惜しまぬ構え。


――私の最期にふさはしく、私の人生其のものだつた。


さう思ふことも出來る。


中段の構えなどの攻防の妙はなく、ただ攻撃一邊倒いっぺんとう

己の身は捨て置き、相手を先に斬る――若しくは(もしくは)相打ちと成らうとも一撃を加へる。

故に「火の構え」と呼ばれる。


攻撃手段は上方からの打ち下ろしのみ。

其の打ち下ろしを掛ける爲の勝機――其の機に最速の速さで以つて斬る。


此の絶對優位ぜったいゆういを誇る構えに、左脇構えをとる其の理由。


其れはあの子の技にある。

長い鬪爭とうそうの末、あの子は一つの技を生み出した。


單純に見れば、左脇構えよりの斬り上げである。


私が見た事のあるのは、ただ其れだけである。


背の低い私が上段で構へたならば、同時に斬りあへば先に刀がとどくのは私。

相手よりも背丈が低いと云ふことは相手との距離が短いと云ふこと。


どう云ふことか。

背が高い者が背丈の低い者にたいし、振り上げてから振り下ろして相手へとどくまでには、相手の背丈の小さい分刀が空氣を斬り裂く時間が長い。

對して背丈の小さい者が背丈の大きい者にたいして、振り上げから振り下ろしによつて相手にとどくのに空氣を斬り裂く時間は短くてすむ。


私の背丈は4尺八寸。あの子は五尺四寸。

私が上段を取る理由は此處にある。


()せんを狙ひ、後手に囘ればどうか。


いや、あの子は其処まで甘くは無い。

加へて此の體格差たいかくさである。押し切られるのは道理。

故に私はある意味、攻めるしかない。


然し其の體格差を利用し、私は上段からの先のせんのせん、先々の先を狙つた、最速の斬り下ろしを狙ふ。


あの子からすれば、後の先若しくは先の先を狙ひ、下から斬り上げれば私の突貫を黄泉への突貫に變へる事が出來る。


だが、甘い。


此處に來たばかりの私なら、躊躇ためらつて一歩引いたところを斬られるか、其のまま袈裟懸け、唐竹に斬りかかつて、下から斬り上げられて死んだだらう。

然し、私もまなんだ。

右目を犠牲にして何も學ばなかつたはけではない。


私は大上段に構へる。


勝機はフェイント。

後の先である。


今まさに斬らんと見せかけ、あの子の刀が目の前を掠めたところで小手を打つ。


等と考へてゐたのは兩目が在つた頃。


私は其のまま大きく跳躍する。

からだ體重たいじゅう全てを乘せて、跳躍する。


其の體重移動で得られる力を利用して軍刀を振り下ろす。


あの子の赤き瞳を見つめる。

三つ編みの赤髮が視界の端に見える。

出會つた時から變はらない髮。身體からだは成長し變はつたが、髮だけは變はらない。


ふと、出會つた頃……いや此處に來る前からの、事を思ひ出した。


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