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先生  作者: 鈴虫
改稿前  旧ver
12/20

第十二話 こひじ


己の周りには斬り捨てられし男共が5人ほど。


胸に義無く、

想いも無く、

信念無く、


唯々云はれるがまゝに、欲望すら抱かず剣を振るう者の末路である。


兵は命令されたから剣を振るうと云うのは間違いである。

其の振るう剣には例へ命令によるものであっても想いが込めれる。


それを無くして、振るう剣は大儀や信義、仁義、信念によって振るう剣に打ち折られる。


彼女は其れが在ったのだろう。

私が教えているとは云えまだ一月も経っていないが、二人の両手剣士を抜いた。


想い無くして出来ようか。


或は唯才能があったか。


彼女はあの時なんと想ったのか。

雪の冷たさで凍る白刃に男の赤を添えたときの感情は、恐怖か、嘲笑か、無心か。


抜き胴に右旋回にて男の首を飛ばしたる一刹那に何を想ったか。


精神論で以って戦いに勝利など出来るかと云はれそうだが、幾ら戦術や腕があろうとも心が弱くては斬れるものはない。

とにかく後で褒めておいてやろう。




空を仰げば曇り空。

雪がはらはらと降り積もり、兵の亡骸をも隠す。


件の魔術師は私とアンとの横を一寸此方を見た後歩いて去っていった。

石畳から生えたる氷の柱は魔術師の去る後割れて消えた。


暫し私とアンは兵達の亡骸の方を見ていた。


ふとアンを見ゆ。

彼女の赤髪と肩には一寸ばかり雪が積もっていた。


彼女は私が見ているのに気がついた後、私の肩に積もる雪を払って呉れた。

私も彼女の肩と頭に積もった雪を払ってやる。


其の日、負傷兵を看護せんと駆け回り、決起した隊も鎮圧側も判別無く治療して回った。


ジュリコフらは軽傷であり生き残ったが、部隊は壊滅判定を出しても良い損害であった。


魔術とやらの威力を見た。

個人の戦力としては極めて強力である。


個人で彼らと相対した時はどうしたものだろう。

其のときの状況にもよるが、幾ら自動拳銃を持っているとは云へ、勝機を見出すのは至難であろう。


しかしながら個人の力で戦争には勝てぬ。








日も沈んだ刻限になって兵舎の振り分けられた部屋に入る。


木製の建築物で所々腐食しており床が軋む。

しかし歩兵科の連中と比べれば良い方で、彼らは部屋も無く、広間でゴザをひいて寝るそうであるから大層衛生環境諸々が悪るそうである。


私とアンとは同じ部屋である。


部屋には2段ベットが二つありそれだけでもう殆どスペースは無い。


だが住人は二人だけであるので、結構自由なものである。


体を拭いて髪を梳きつつアンの身体を見る。

彼女は髪を三つ編みではなくそのままおろしている。


二人とも部屋の中で他に誰も居ないと見て裸である。


幼いが成長途中の其の体はなんとも美しい。


紅葉の様なのを見つめていたら抱きたい衝動に駆られる。


されども私は今女の体である。


その所為か男の其れとは違う感情が活発になる。


女子の肌を知る事も無く逝った身である私は先生と慕って呉れる彼女に何かせん。


師弟愛によるものか。

それとも家族に対する愛なのか。

あるいは恋心なのか。


己が得たいと想うよりも与えたいと想う心の方が大きい。

しかし、

その与えたいと云う想いをば得たいと想う。


恋愛と云うのが果して私と彼女の間に在るのだろうか。


私が恋心を抱くのはあの娘だけであるはずである。

私が彼女に抱く感情はあの娘に抱く其れとは違う気がする。


だが宿主無しには愛などあるわけも無く。


此方がどう想おうとあちらが如何して呉れるのかが問題ではないか。


何が何やら適当な語句も見当たらず。

水の入った桶に己の顔を望む。


「彼女」は美しく、彼女こそ私が純粋に得たいと想う。

「彼女」を得て私は仕合せになる。

「彼女」と想い合はなむ。

されど、

今の私は「彼女」であるのか。其の娘の皮を被っているだけの私か。


日暮れが来ると泣けてくる不思議さ。

夢に出づれば朝泣く不思議さ。


されども我とはもはや会う事も叶わぬ。


「彼女」の生きる前世を去った私が今更何を想わん。


一つ決別をした。


私はアンを後ろから抱擁し、頭を撫で髪を撫でた。


彼女は一寸驚いた様子だったが直ぐに気持ちよさそうに目を瞑り身を任せる。


私の背丈は145センチほど。

彼女の背丈は五尺ほどであるので私の顎が彼女の肩に乗る形である。



其の日はアンと共に枕を交わした。

ちょいとばかり布団を我が血で汚したが気にする者は居ないだろう。

破瓜は存外に痛い物であった。


彼女はしきりに私を求めた

私は彼女の望むようにした。


それこそが我が得えんとするもの。


彼女が望むがままにしてやるのが私が欲するものだと思ふ。


深く長い接吻の後「先生……」という呟きを発し、彼女は我が腕の中で夢に入る。








「お早う御座ゐます、先生。」

「お早う」


昨夜は何事も無かったかのように、彼女と二人で朝食を食おうと云う話になった。


軍の食事はどういうものなのかと楽しみにしていたら、トレーにパンと芋とを乗せて食いつつ患者の切開をしていると言うのは如何云う事か。


飯が不味いとはこう云う事である。


とは云え彼女が口に芋を頬張りもぐもぐとさせながら鋸で負傷兵の手足を切断し、手際よく「それ」をバケツに放り込んでゆく姿を見ていると心持が良い。

負傷兵は悶え、叫び、

看護兵らは俯いているが。


彼女へ微笑みかけると、切断部より噴出した血を浴び髪の色と目の色とに妙にマッチングしたその笑顔を私に返して呉れるのはこの貧相な食事の最大のおかずである。




患者もうまく片付けた後、例の決起した下士官の絞首刑が執り行われるとのことで魔術師が床に寝ている右手を切断したばかりの男を連れて行った。


彼は決起側の隊長かそこらだったのだろう。


しかしながら死に行く者の命を繋ぎ止めておいて其の命が目の前で奪われると云うのは飯が不味いなと思った。


とは云え、片輪になってしまった労働者に明るい未来が待っていたかどうかは知らぬ。



軍医とは練兵所内では暇なものである。

我が第2千人隊の遠征は一週間後であるそうで、新兵の訓練やらが練兵所の広場で行われている。


あまり風邪だとか腹痛だとかを訴えてくるものは居ないし、其の程度なら看護兵にまる投げしている。

この文明レベルの医者なんて普通はこの程度である。


医者で食っていくのが本懐ではないので、適当にやっておく。


暇であるのでアンの刀を見てやり、研いだりしてやった。


彼女が引っさげた刀の柄頭を握って、稽古をつけてくれと云って来たので、そんなら広場の隅を使わせて貰おうと思って手術着(焦げ茶色のローブ)のまま刀を引っさげて広場に向かった。


到着したらなにやら広場の中央に絞首台があり、そこに先ほどの右手のない男が吊るされている。


元気に走り回っているジュリコフに、あれはなんだと問うたら、見せしめのつもりだろうと返ってきた。

飯が不味いとはこの事である。



広場の隅のほうで彼女は刀を振るう。

三つ編みが揺れるのを見ていると心地よい。


技とは何か。


技とはある状況において其れを打開せしめる為の方程式である。


(これについては剣客物の小説や刃鳴○らすに詳しい)


仕合とは互いの勝機を奪い合うことにある。

技はその勝機に打ち込むための型である。


勝機とは、


先々の先


先の先



の先



の四つに分類される。

もちろん流派などによってはその数も解釈も違うが、私の似非剣術ではこのように考える。


「先々の先」とは

互いに先を狙っている際に、相手の起こりを発見し直ちに打ち込むこと。


「先の先」とは

相手が動く瞬間を狙って一瞬早く打ち込むこと。


「先」とは

相手が動く前に不意を突いて打ち込むこと。


「後の先」とは

攻撃を防いだ直後にあるいはそれを先読みして、切り返しの技を出すこと。



打ち込みの型、所謂、技はその勝機に適した動きのテンプレと考えれば分かりやすい。


想定した相手。

背丈六尺。

得物、打刀。

中段構え。


対して此方こちら

背丈五尺。

得物、打刀。

中段構え。


相手は「先」を狙い、此方の小手を斬ってくる。


――勝機、後の先


此方は右足を後ろへ、刀は八双の構えに近い位置まで、尚且つ右上方へ両の手を外す。体をひねる形になる。


相手の刀は虚しく空気を斬る。


その一寸も待たず、足腰を垂直に落としつつ刀を振り下ろす事によって、直ちに相手の小手へ打ち込む。


相手は攻撃中である為、此方の斬撃を防げない。


――『ひねり打ち』


此れが「後の先」の「技」である。


相手は小手を打たれ、此方の二の太刀を受ける事は出来ないので、好きな様に料理する。


と言う具合である。


と云っても、油断をしていたら此方も死が待っているので、突きを打ち込み鳩尾へ刺突するなどする。


ちなみによくフィクションなどで、互いに思い切り振り下ろした刀で刀の斬撃を音を鳴らしながら受けるシーンがあるが、刀で刀を受けるのは本当に非常時のみにした方が良い。

そんな事をすれば刃こぼれは当たり前、刀身もひん曲がるという残念な結末が待っている。

刀で刀を受けたい場合は、力技で受けるのではなく、相手の軌道をそらす、と云う感覚で受ける。



彼女はとても筋か良い。

というより才能があったのだろう。


数えで十四。学問も優秀、剣術もすぐ身につける。


振るう刀に彼女の猩々緋色の髪が映る。


彼女の赤色の瞳、紅色と云っても良いそれを見ゆ。

何を見ているのか。


見ゆるのみならば彼女が「想定した敵」を見ているのだろうが、心中は何を見ているのか。


彼女は可憐である。

真上にある太陽に照らされつつも、其の肌は白く、腕は細く其の細さは貧しさからよりもそれで十分であるからと考えさせる。


髪は赤色であり癖毛でもなく真っ直ぐに降りる其の髪を後ろで三つ編みに一つに束ねたる長さは腰の辺りまで降りる。

瞳は紅色であり、顔は西洋人らしい深さは無く、かと云って亜細亜人らしい平坦さもなく。

だがどこか日本人らしさもあり。

笑うと口元に現れる小さなしわが可愛らしい。


器量は十分。それで居て私を先生々々と云ってついてくる。


何の因果で出会ったのか。


彼女と私の交際は青白くもなく、桜の舞うことも無く、ほおずきの様。


なぜなら私は真の名前を述べることも無く、自らのこの身体でさえ紛い物である。


しかし彼女にはそれが本物である。

私は本物ではないが彼女には本物であるのだ。


この様な思考をしても仕様が無いことだ。


――ラメチャンタラ ギッチョイチョイデ パイノパイノパイ


彼女が何の歌ですかと首を傾げ小さく口をあけて問うてくる。




就寝時間になり部屋へ行く。


彼女と共に寝床に入りぬ。

私の横でうつ伏せになりつつ、羊皮紙の束とペンとを持ち私の話を書き留めるアンを眺めていたら、彼女はふいと此方を見つめて紅葉を散らしながら云う。


「先生、わたしはヒットレルさんをこいづる想ひは強くなり行き、最早離れ難き。社会を変えんと理想と大儀を語るこの身なれども先生を求める想ひの勝るのを赦したまへ。」


「何を云ひつるか。私はアンをづる想ひあってこそ。アンを想ふ愛の情の心は出会いし時より浅くはならぬに、君の望むならば如何な道をも共に歩まんを。」


そう云って接吻を交わす後、目に涙を浮かべつゝ「女子おなご同士であるのに愛し合ふなど、おかしい事でせうか」と彼女は問う。


私は男である。ならば何等おかしい事など無い。

身体は女子であるが。

だが思考や心までも女子にはなれぬ。


思考や心が男であるならば彼女が私を求める理由も不可思議なことも無く。

人は言の葉では説明できない事で惹かれ合う事もあるならば、言葉で以って表す事は難きともたとい身体は女子であろうとも男である私と女子である彼女が交際しうるのに迷いはいらぬ。


されど、

真名を隠す私は彼女と歩む筋は立つか。


いや、彼女にとっての真名が今の私ならばそれは語らずとも道理は立たぬか。


ならば、彼女の仕合せな風に。


私は彼女への接吻を以って答へと成した。




朝は刺すように寒く、空気中の水蒸気までもが凍ったかと思うほど。

救いはアンの体の温かさか。


寒さは強くなり、雪も激しさを増す。

手ぬぐい程とも思える雪が降り積もる。


この地域はそろそろ冬のようだ。


そんな中後三日で南へ行軍をしなくてはならないとは、満州へ行った先祖の心持が理解できそうな気がする。

今回は私達が露側なんだろうが。


「お早う」

「お早う御座ゐます、先生。」


朝食を取りに二人して廊下を歩く。


飯は各兵科ごとの炊事当番が行う。

看護兵科の当番が既に飯を用意しているようだ。

大鍋の中からスープを茶碗に入れて貰う。

このスープ、具が芋だけなのは最早気にせず。


雪も弱まった所で他の兵科の連中が訓練を開始しようとぞろぞろと外に出てゆくのを窓から見た。

兵舎の外に出ようと恐る恐る扉を開ければ、ヒュウッと雪が建物の中に入ってくる。

看護兵らが顔をしかめたのを見て、ちょいと会釈えしゃくして謝ったつもりで外に出る。


雪にブーツが4寸ほど沈み込む。

歩きづらいったらありゃしない。


後ろからアンに呼び止められ、外套を忘れてますよとにっこり笑って例の赤い外套を渡して呉れた。

着ようとしたら、彼女は外套を貸して下さいと手に取り、私に着させてくれた。


アンを傍らに野戦病院を設置するための機材を確認に行こうとしたら、目の前から魔術師が歩いてくる。


弱くはなったが雪が降っているのでこの距離からではよく人相が見えぬ。


どうも雪に足を取られる様子もなく、どうやら地面の上に己の踏みしめるところだけ氷の床を作って歩行しているようである。

しかし氷とは気温が低けりゃよいが、寒さもちょっと和らいできた所なので滑って転びやしないかと思う。


かの魔術師は此方に歩んできた。


其の服は青地のローブに赤色の装飾がされている。

ローブの下にはサーコート付きの鎖帷子を着込んでいるようで、そのサーコートも青地に赤の装飾がされている。

腰には三尺ほどの黄銅の杖を差している。


とそこで彼は盛大に前のめりに滑ってこけた。


手を衝いて受身をとろうとしたが、下は雪である。

そのまま雪の中へ沈んでしまった。


アンが右後方へ俯いて、くすくすと笑っていた。


中々起き上がらないので手を貸そうと思って彼の近くまで行き、手を差し出しながら大丈夫ですかと問うた。


見ると金髪の女性である。


彼女は赤面しつつ、「ああすまない」と云って立ち上がった。

すると何やら我に返ったように「奴隷に手を借りるなど」云々と云い始めたが、何やら無理して云っている様子。


よく見ると、どうやら先日の反乱軍を一挙に氷の柱で貫いたあの女魔術師である。


まぁ落ち着きんさいとうまくなだめたところでヒットレルとアンジュルペナは何処にいるか知っているかと問うので、ここで知らぬと云っても後で直ぐ分かることであるので、私であると名乗った。


すると彼女は、ハリックスからちょいと話を聴いているので軍令部の隊長室まで着いて来いとの事だった。

聴くに彼女がこの第2千人隊の千人隊長であるとの事だった。

なるほど先日のあの場所に現れたのも気まぐれではないということか。


アンが不機嫌そうに口を一文字にしていたので、嫌なら私だけ行って話しを聞いてこようかと云ったら、一寸ちょっと慌てた様子でついていきますと云った。























剣術の薀蓄やら。

共産趣味は暫しお休み。2、3話の間は剣術解説しつつ、剣客商売に精を出します。


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