第十話 わかれ
アンを傍らに置き馬車の中でゆれる。
この馬車はどうやら囚人兵の輸送馬車のようで、徴兵によってか、罪を犯したる労働者へ罰として兵役に就かされるかした者共を戦地へ輸送する馬車であるようだ。
馬車は屋根もなく野ざらしであり、またさかんに激しく突く様に揺れるので走り出して一時間ほどで腰が痛くなる。
殆どの者は沈黙しているが中には会話をする者もいたが誰も皆ここから聞き取れるほどの声では喋っていない。
かく云う私達もその中の一組である。
「乗客」は髭を生やしたる中年の者やガタガタとしきりに体を震わせたる若者。又見るからに悪人であるぞと分かる悪臭も甚だしい男が主で、女子は私とアンと三十歳ほどの髪を後ろで束ねた女と数人のフードを深く被りたる女とくらいである。
その三十歳の女曰く女は戦地へ着いて二日後には餓えた男共の慰み物になるそうで顔を覚えられる前に看護兵として登録せんがためにローブを着、フードを深く被りけん、との事だった。
看護兵ならば野戦病院にて任に就くことが多く、野戦病院には魔術師が配属されている故、余り不届きなる行いは皆慎む傾向にあるそうだ。
それでも気立ての良い娘はその魔術師の枕で寝りけむことは悲しき世であるとアンと共に嘆くことゝなしつ。
我らがこの馬車で揺られん理由は一週間前までにさかのぼる。
あの日、アンと共にサシュワル同志の会合に招待され参加したるが、誰も革命の本質を理解しておらず、甚だ遺憾に思って大人気なく革命とはと熱弁を奮いたるに、大半は我に続いて諸活動大いに行い啓蒙、労働者階級の団結今かと云う段になって愚かにも貴族の金になびき、反革命分子ならん奴出づり貴族への密告により我ら牢獄へ打ち込まれ不公平な裁判によって「革命を企てしこと明白なり。革命なる思想を奴隷階級に広く扇動せしめたる事は貴族への冒涜反逆であり、そればかりか世界の秩序をも破滅に導く危険思想である」とし、幹部らはいづれも死罪または流刑、女は十年の慰安活動を命じられしことなりけり。
だがそれに心を痛めたのか、アンに想いを寄せん金髪殿下ハリックス・サラノフの尽力によりテリーフ民国北部での安全保障問題により最近開戦したイェグザン皇国との戦争に送られることになった。
刑罰の一つに戦地への兵役と云うのがあり、労働者階級から徴兵された兵で構成される奴隷軍団なる物に所属し前線で戦闘を行うものだそうだ。
労働者階級の軍医は貴重であり、一個大隊に一人いればその大隊は大変優遇されていると云うらしく、魔術師は魔術師の治療しかせぬということだそうだ。
兵科は軽装歩兵、パイク歩兵、騎兵、弓兵、看護兵、輜重兵と分かれているらしく、いづれの兵科に属するかは戦地の奴隷軍令部に到着してから振り分けられるそうだが、案外いい加減なところがあり希望すればどの兵科でもなることは出来るということらしい。
唯、余りにも適性が無い場合はもちろんはじかれる。
看護兵などは希望が多く男は大抵はいれない。
軍医は看護兵科に属する。
看護兵のなかでも医術の心得があるぞと魔術師に認めさせれば軍医の階級が得られる。
軍医は結構わがままが利くらしく、数の多い軽装歩兵科などは兵舎にすし詰めで鍵がかけられ自由も何もあったものぢゃ無いが軍医となるとその辺を散歩していてもとやかく云われぬそうだ。
とかくこの世界の戦争におけるドクトリンを知る良い機会であるなと思った。
私はこの世界の戦争のやり方を知らぬ。
というのも魔法なる未知の戦力が存在するわけであるので、その魔法が如何に戦場にて発揮されるかをこの目で確認せねば武装革命は成功などしない。
魔法の戦略的価値を見、戦術に如何に用いるかを知るまたとない好機であるなと思った。
生の戦場が見られるわけであるので「労農赤軍」の勝利の為に見学させてもらう事にしよう。
もちろん我々もそこで死ぬ可能性もあるわけだが、アンの
「先生と一緒ならば例へ灼熱地獄へ落つるとも何等不安は無し。先生と共に歩まん事はわたしの最上の仕合せです。」
の言葉に暫し恍惚としたが、アンの頭を撫でてやる間に我が心も決まった。
急ぎすぎた革命の火は小さくなってしまったが、幸いレシンらによるマスケット銃の生産や選抜した確実に裏切りの無い者達によるひそかな訓練などはいまだばれていない。
火が消えたわけではない。
赤旗は破れど赤旗をつくる材料は幾らでもまだあるということだ。
街を出る馬車に詰め込まれる前にレシンらと打ち合わせをし、逮捕を逃れた同志であるナジュム奴隷区の医者の一人であったサナツキーに、銃やトレビシェット、大砲などで武装した労農赤軍の組織化を委ねた。聴いた様な名前の所為かえらく信頼できる。実際に中々優秀な奴である。
暫くは地下に潜って私の帰りを待っていて貰う事で決着した。
なんだかんだでいまや私はブラゴーニエのレーニンのようになってしまった。
自分でまいた種であるが。
ちなみにあの日のやり取りはこんなのである。
「我々に残された道は唯一つ!
この街から脱出し、新たな共同体を作るのだ!」
「だが魔術師にすぐつぶされてしまうのでは?」
「だがこの奴隷区にいつまでも押し込まれていては我々の平和などありえない!」
「いや、まて。逃げていてもいずれは滅ぼされるのが落ちだ。この街の城を落とし、市街を制圧し此処を赤髪白髪の楽園に……」
「しかし真正面から戦って魔術師に勝てるのか?まずは我々の同志をもっと募って組織の拡大を……」
「そもそも我々は経済的地位向上につとめるべきではないのか」
部屋の中には男が12人。
部屋に入るなりそんな話し声が聞こえた。
私達は部屋に入り軽く紹介をしてもらった後、部屋の隅に居た。
どんな組織かと思ったら何という組織なのか。
というのもこの発言だけ見ても誰も革命の本質について理解をしているとは思えなかったからである。
革命は帝国主義の鎖の一番脆い所から起こる。
革命とは労働者階級が団結せねば成し得ない。
労働者階級の結束によって現体制派である貴族主義者を打倒する必要がある。
そのためには日和見的な平和革命など不必要。
階級社会の打倒をめざし、労働者階級を先導する指導的な革命政府が必要である。
「くだらん、帰らせてもらおう。行こうアン。」
「はい先生。」
帰ろうとすると一寸待って呉れと止められた。
では貴方は何か違う意見でもあるのかと問われた。
「我々は人間だ。金髪も赤髪も白髪も黒髪もみな人間だ。
ではなぜ、我々だけが虐げられているのか?」
「奴隷だから?」机に並ぶ一人が言う
「魔法が使えないからだ!」もう一人が立ち上がる。
「違う。
それはやつらが資本家であり、我々が労働者だからだ。
あの帝国主義者どもは我々を搾取する。
決して魔法が使えないからだとか言う下らない理由からではない。
労働はあらゆる富の源泉だ。
奴らはそれを購入して新たな付加価値の付いた商品を作り利益を上げる。
本来ならばその利益は我々労働者が作り出した物だろう?
労働者が作っているのだから。
ならばその富は労働者へ分配されなければならない。
ではその富は分配されたのか?
いや、されていない。
では何処に行ったのか。
資本家――つまり魔術士だ。
我々は搾取されているのだ。
何故搾取されるか?
階級の所為だ!
階級を打倒しない限り我々に日々のパンは、平和は、幸福は、誇りは、子供達の未来は訪れないのだ!
諸君は誤解している。
我々の目標は唯一つ!階級の打倒だ!階級の崩壊だ!
労働者階級、農民階級、ブルジョア階級、貴族階級。
それら凡ての階級という概念を打ち滅ぼすことだ!
ではどうやって打ち倒すか?
――武装革命だ!
我々、労働者階級が団結し、貴族主義者、資本家、金と権力に溺れた者を打倒することだ。
万国の労働者の不幸を取り除けるのは共産主義しかない。
「我々」は知識人にならねばならない。社会の仕組みを学び、思想を入れ替えろ!
そして革命の必然性を労働者達に教えるのだ!
しかし革命には階級社会の打倒をめざし労働者階級を先導する指導的な「前衛党」が必要である。
前衛党たる共産党が労働者を指導し、武力を持って権力を奪取するしかない!
そして権力を議会に引き継ぐ。
それが我々が未来を得る、唯一つの方法だ。
」
部屋が静まり返る。
突如、拍手が起こる。
サシュワルが最初だった。そして次々とその部屋にいる者達が続いた。
「そうだ。貴族を魔術師を斃さねば俺達に明日は無い。」
「革命だ!魔術師におびえてひもじく生きていくのはもうごめんだ。」
「共産主義!それこそが赤髪、白髪の希望だ!」
「そうだ!我々の理想郷。地上の楽園だ!」
「権力を議会に!」
「――しかし。
しかし魔術師に勝てるのか?」
一人の男が言った。
数人がざわつく。
気持ちは分かる。聞いた話だと魔術師は杖の一振りで爆発を起こし10人を殺すと言う。
私が昨日死合った男は魔法剣士といって魔術師の仲でもそれほど魔力が無いそうだ。故に火の玉を一個飛ばせる程度だったらしい。
しかし、打開策はある。
私が口を開く前にアンが一つ発言した。
「先生は昨日わたしの目の前で魔法剣士を斃しました。」
――一同驚嘆する。
それは本当かなどと聞かれるので、アンが気にするようなことは省略しつつ、昨日の事件を話した。
「我々も魔術師に勝てる。魔法が使えなくても勝てるのです。」
「我々の人口と魔術師の人口、どちらが多い?」
「わしらの方が多いよ。
この街だけで考えても、わしらは7万強。魔術師は2000人がやっとだろう。
ブルゴーニエ全体で考えると、確か我々は1億はいたはず。対して魔術師は国中集めても10万くらいか。」
発言したのはレシンだった。彼もメンバーだったのか。
「なら、勝てる。勝てるぞ諸君!」
如何にして?
と誰かが言う。
「我々の力は数!この街だけでも七万人は居るのだ。ではその七万、いや八万が武器を取ったらどうなる?たった2000人に止められるか?」
「いや、しかし実際に兵力になるのは八万もいないぞ。その数は女子供も数えてあるからな。」
顔に傷跡のある古参兵の様な男が言う。
「私達は皆全員兵士だ。労働者階級凡ての人が兵士になる。そして其れが可能になる武器もある。」
レシンはどうやら気がついたらしく、自らの持っていた羊皮紙を机の上に広げた。
その図面はクロスボウ、トレビシェットをはじめ、中世的な兵器が描かれていた。
一同ざわつく。
――改良したのか?
――これなら実用的だ。
などと声を出す者もいた。
しかし一方では、
しかしクロスボウは女子供ではひけぬ。
訓練も命令系統、指揮系統もなしに戦えるか。
そもそもそんな訓練などをしていては決起する前に見つかって叩きつぶされる。
そのような意見が出る。
しかし、問題は無いといっておいた。
私はレシンに黒色火薬は出来たんでしたよね、と言った。
肯定の意が返ってきた。
では、問題ないと言った。
私はここで一つ時代を進めるべく新たな武器を紹介した。
「武器の扱いは単純な弾込め、着火、引き金を引くだけ。
個人の能力に依存せず、使い方を覚えたら子供でも扱える。
訓練は音楽が鳴ったら歩くだけ、何があっても列を乱さず下士官の命令を聞いいておけばよい。
それだけで済む武器を考えてある。」
一同問う。
――如何な武器か?
火縄銃である。本来は火打石式マスケットがよかったが、おそらくまだ生産は不可だろうということで先に火縄を推した。
火縄銃とはと問うので、銃と戦術の解説、レシンの作った黒色火薬の解説をした。
どうやらここに居るのは知識層であるようだったので飲み込みが早かった。
革命はいつもインテリが始めるのかと心でつぶやく。
「しかしそのような武器が量産できるのか?現物はまだか?」
現物は一週間以内に試作するといっておいた。
私の見た限り、ここの生産能力で火縄銃の量産は可能と判断していた。
ついで5ポンド砲、12ポンド砲の図面をその場で描いてやった。
どれも技術面ではここで生産可能であると判断している。
――重要なのは
「重要なのは、武器や戦術もそうだが、必要なのはこの計画を労働者全員が共有することだ。
武器製造、製造した武器の保管、ひそかな訓練、指揮系統の構築。
八万人全員の団結がなければ、成功はありえない。
」
そして、
「そして、もっとも重要なのは我々の存在、我々の思想を広めねばならない。
人民の関心を得ないことにはただの自己満足に過ぎない。
多くの支持者が必要だ。
我々の存在を気づかせるのだ。
党員も獲得せねばならない。
網領も定めねばならない。
君達のように字が読める者ならば、明確な網領が必要だ。
党員章、旗、シンボルが必要だ。
人々が希望を抱けるような、シンボル、象徴が必要だ。
知識層向けには説得力のある文を、
民衆には、希望を抱かせる言葉と象徴が必要だ。
」
「演説やテロが必要だ。
読み書きできる物にはビラもいい。
新聞を新たに作るのも良いかもしれない。
とにかく我々の存在に大衆が気づき、そして共感しうるような活動をしてゆくべきだ。まずはそれからだ。
そして魔術師達に我々を潰されない様にしなくてはならない。
奴らに密告する者には刑罰を。そして奴らの動きをつかんだ者は我々に密告を。隣人が裏切り者だった場合も我々に密告を。
そして英雄的革命精神のあふれるものは火薬樽、タール樽を魔術師に投げつけさせろ。
この街の労働者全員の団結あってこそ勝利は得られる。
」
その日以降魔術師への火のついたタール樽の投げ付けやらあらゆるところでの演説が起こった次第で、現在に至るわけである。
ところで私達が逮捕され戦地送りになったことに対し、アルは可哀想に一人泣いていた。
私は彼の心情を察し、アンは必づ護るから安心せよと云ってやり、唯一言「すまん」と云っておいたが、アルの気持ちになれば私がアンを巻き込んだわけで私を殴りたい心持であったかは知る由もなし。
彼が如何思ったか、その時如何いうことを考へたかはわからなかったが彼を見上げる私の瞳は真っ黒であっただろう。
アルは私を抱きしめて、如何云う事は無い、と云ったが、私の肩にはらはらと落つる涙に白装束は濡れた。
どうしようもなくなって私は爪先立ちで背伸びして軽くアルと口付けを交わした後、ごめん、と云った。
なんら憚りもなく行われた一連の動きに我ながら驚嘆したが、アルは紅葉を散らしつゝ動揺していたが流石アンの兄であり男である。すぐに「気をつけて」と云って濡れた頬を拭った。
押収を免れた軍刀と南部と医療用具一式及びダスモニ等の入った薬鞄を持ち、アンは刀「外刀」とフリントロックピストルと医療用具と薬鞄を持ち、二人ともローブを羽織り馬車に揺られる。
馬車の周りを行く魔術師の跨る馬の後ろに見ゆる村々と森林の上へ微かに雪の降るのを眺めつゝ
アンは私と微笑みながら言葉を交わし、如何なる危急存亡の秋であれども先生の傍らにて戦いぬかん。悲壮に思ふこと無しと云いはなつその姿は、傍から望めば真の師弟愛を見ゆる事ありなむ。
我が心は彼女に師弟愛を超え師弟の恋心をも感づる。
この三つ編み赤髪と我がみどりの黒髪とは何が因縁か然もあらん。
唯、先生先生と慕って呉れるアンは如何やら何時の間にか、我が命を投げ打つに相応しい大切なものになったようである。
雪隠れ 望む村落 息白し
忙しくて手をつけられず、久々に書きかけのを見たら何とつまらない文かと思い、削ったり付け足したり。
そのまま残っているのは、ヒットレルさんが演説してるところ辺り。
他の部分との文体の違いが目立ちます。
我ながらけしからん。