『病弱』な幼馴染、そして終わり
ある日王家より一通の招待状が届いた。
『風空の月、六の日に昼餐会を行います。つきましては――』
そこに書かれていたのは婚約者ではなく、病弱故に中々公の場に出られない幼馴染の名前が書かれていた。どうやら王家は貴重な公式の場に招いてくれるという心遣いをして下さったようだ。
俺は、何も考えていなかった。
何故王家が把握しているのか、など。
考えていれば、せめて婚約者に相談でもしていれば良かったのに、何も考えていなかった結果――。
風空の月の六の日。
王城にある昼餐室に赴いたレドハルトは、幼馴染のアイネと共に豪奢な室内に圧倒されていた。
格調高い調度品は燭台一つでも高級感に溢れ、壁に掛けられた絵画は名の知れた画家の描いた風景画が季節に合わせて飾られていた。
招待されているのは同じ年頃の者たちで、よく見れば見知った顔もいるが、いずれも婚約者ではない女性を連れていた。
アイネはレドハルトが贈った淡い緑色のドレスを着ているが、季節に合わせてのことなのでどの令嬢達も爽やかな色合いのものを着ていた。
案内された席に座ると、アイネは興奮したようにレドハルトに体を寄せて話しかけて来た。
「凄いわ、レド。あたし、こんなの初めてよ」
「ああ。王家の方には感謝しなければな」
ひそひそと耳打ちをしてきたアイネは頬を赤く染めて目を輝かせている。
病弱な彼女は何時だってレドハルトを頼ってきていたので、婚約者に申し訳ないと思いながらもアイネの見舞いを優先してきた。婚約者もそれを理解してくれていて、出来た女性だと自慢に思っていた。
全員が揃って席に着いた後、暫くすると本日の主催者である王太子夫妻が入室され、全員で立ち上がって出迎えた。
「今日は招待に応じてくれて感謝する。気軽な昼餐の会だ。是非王室の食事を堪能してくれ」
レドハルトよりも八歳年上の王太子はにこやかに声を掛け、夫妻が椅子に座ると全員が揃って座った。
そこからは和やかな食事の場で、どの料理も美味しく食べることが出来た。
「さて。今日は皆に紹介したい者がいる。これまで公の場に出ることが出来なかった我が末の妹シェルリローズである」
扉が開き、入ってきたのは。
両側を侍女に支えられ、背後には帯剣をしていない女性騎士一人と、剣を二本腰に差している女性騎士。更に白衣を身にまとった女性の医師が付いている。
真っ白の顔色に、髪だって遠目からわかるほどに艶がない。
誰かがヒュッと息を飲んだ。
侍女がその彼女が座る為の椅子を用意していたが、過剰なほどのクッションが敷き詰められた大きな椅子。
王女が時間を掛けてそこに座ると、クッションに埋まるようになっていたが、ベッドのようで楽なのだろう、息が楽になっていた。
とても細くて、腕は肉付きが悪く、顔だってこけている。
「シェルリローズ、済まないな。寝ていなければならないのに」
「い、え……わた、くし、が……証です、から……ごほっ、はっ……」
「姫様。こちらの薬湯をお飲み下さい」
医師が差し出したカップを震える手で受け取り、ゆっくりと飲む王女は、時折咳き込みながらも何とか飲み干した。
「シェルリローズはとても病弱でね。生まれてからこの方満足に外を歩くことも出来ず、支えがなければ歩くのも難しいんだ。ただ、歩かなければ脚は衰えるから、支えてもらって訓練はしている」
王太子妃が王女の手を摩る。ゆっくりと声掛けをしていると、王女は言葉を発するのも辛いのか頷いて応えていた。
「胸も苦しく、よく咳き込んでいるんだ。その後は見ての通り、会話が難しくなる」
レドハルトは背中に冷や汗が流れるのを感じた。
「食も細く、具のないスープや薬湯が精一杯で、お菓子を食べたこともないんだよね」
病弱。胸が苦しい。食が細い。
レドハルトはその組み合わせを知っていた。何故なら、隣に座るアイネからよく聞いていたからだ。
「栄養が取れないからこうして窶れてしまっているし、髪だってパサついている。歩くことも出来ないから外出はできない。でも、シェルリローズは心優しくてね、部屋を訪れるご令嬢達の話を聞くのがとても好きなんだ。例えば」
王太子の目が細まる。
「婚約者との約束を蔑ろにして、病弱な幼馴染の元へ行く、という話とかね」
室内の空気が緊張に満ちた。
「今日招いたのはね、病弱な幼馴染の所に行ってしまうもの達なんだ。私は思ったよ。随分と健康だね、と。全員顔色はいいし、肉付きも良い。髪だって艶があるし、馬車止めからここまでそれなりに距離があるけれど誰も休憩することなく歩いてきた。出された食事を残したものはいない。ところで聞きたいのだが。病弱な異性に呼び出されたら直ぐにそちらに行った紳士諸君。君達は医者なのかな?何故異性の部屋で二人きりになったのかな?」
王女のそばには同性しかいない。当然だ。異性と二人きりになるなど、婚約者でも結婚するまでは有り得ない。
だが、ならば何故幼馴染なら許されると思ったのか。
「私はね、妹の部屋ですら二人きりにはならないよ。血の繋がりのある家族でも、異性とは距離を保ち、必ず第三者がいるようにする。それが当たり前のことだ。私が異性と二人になって許されるのは妃だけだ。娘の部屋にだって必ず侍女がいる」
にこやかに問い掛けてくる王太子の言葉に答えられる者はいない。
既に「妹のようなもの」と言う理由は潰されている。血の繋がりがあってもしない事を、他人ならば余計にしない、と。
「シェルリローズはね、令嬢達の相談や嘆きを聞いて、本物の病弱を見せようと言ってくれたんだ。まあ、シェルリローズは極端かもしれないけれど、少なくとも息切れ一つせずにこの部屋に来た時点で健康だよ。病弱で有名なアロストル公爵家のフェリシア嬢はこの部屋に来るまでに最低でも五度は休憩を入れ、ここに来て椅子に座ると立ち上がれず、胃も弱いから柔らかいものを特別に調理して出しているが時に残す。彼女はこの部屋の天井画が見たいから根性で来るけれどね」
「フェリシアは病弱故に子を産めませんから自由に生きる事を許されていますもの。ふふ。病弱だと言っていたご令嬢の皆様。貴族の娘の役目は子を成すこと。お体が弱いというのは、結婚出来ないということで基本的にはみんな隠したがるのに、凄いわね?」
貴族の令嬢が跡取り息子に嫁ぐ場合に求められるのは、健康である。子を産む。それが何よりも優先されることだ。
自らが病弱なのだと喧伝する事は致命的で、結婚相手にはなれないというアピールだからこそ、少しでも良い家に嫁ぎたい令嬢は必死にそれを隠す。
それを忘れていたのか理解していなかったのか、この場にいた令嬢達の顔色が揃いも揃って悪くなった事に王太子は当然気付いた。
「さて。ここにそなたらを招いた理由は分かったと思うが、いずれも婚約者を蔑ろにし、健康的な娘の偽りに騙され、医者でもないのに異性の部屋で二人きりになった者達である。そなたらの婚約者の令嬢達からは婚約の破棄、解消を願われた。本来は家同士の話であるが、流石に数が多すぎる。特に、ラジェット伯爵家のステラリール嬢など、婚約の解消が出来ないならば出家するとまで言われてな」
ステラリール、それはレドハルトの婚約者である。
何故、王太子は特にと言ってステラリールの名を上げたのか、レドハルトには理解出来なかった。
「外出日、交流の為の茶会の日は必ず幼馴染の妨害にあいまともに話も出来なかった、と言っていた。調べてみれば、呼び出されるのは必ず二人で会う日で、情報を漏らしていたのは従者だとか?忠義者よな。他はさて知らず、そなたとステラリール嬢の婚約は王家が仲介したもの。それに横槍を入れて壊そうとするくらいにはそなたとそこの娘が結ばれて欲しかったそうだ。王命に逆らうなど、余程だがな」
レドハルトの血の気が引く。
忘れていた。そうだ、この婚約は、王家が関わっていた。だからこそステラリールとは結婚するのが当たり前だと考えていたが。
それを壊そうとすることは、反逆と同じだ。王命に逆らうのだから。
「ステラリール嬢は我が国きっての才媛。行く末は宰相かとも言われたほどの天才。故に、我が国に留める為に年回りが合い、彼女を守れるだけの揺るぎない家格を持ち、領地も王都に近いそなたを選んだのだが……見込み違いであった。あれは情の深い女だが、約束を守らない相手を嫌う。既に両手の指を超えるほど守られなかった約束に限界が来た。よって、ステラリール嬢の為にも婚約は解消とした。ステラリール嬢に瑕疵は無いからな」
婚約が解消された。
その事実にレドハルトはこめかみから汗を流していた。知らない。知らない。何故。いや、今説明があったでは無いか。
「そんな大事な婚約の横槍を入れた娘を求める家はあるのか」
「無いでしょうね。どの家も嫌がるでしょう。病弱なだけでも厄介なのに、王命での婚約を破綻させたのだもの。知らなかった、ではないわ。そもそも、婚約者のいる男性を自室に入れることがおかしいのよ。性に奔放だと思われているはずよ」
「まあよいか。今日のこの昼餐会は人生の良い思い出になったであろう?二度と公の場には出られなくなるのだから」
誰かが泣き始めた。
王家に、王族に、王太子にここまで把握されていて今後貴族としての未来は無くなったも同然だ。特にステラリールとの婚約が解消されたレドハルト、そしてそうなるようにしたアイネの未来は閉ざされたも同じだ。
男も女も考えが甘すぎるのだ。
従者も従者だ。情報漏洩を平然としていた。
内部情報の流出などあってはならないのに。
「私の治世にそなた達のような、常識知らずはいらないのだよ」
公の場に出ない王女シェルリローズは、王太子妃に手を擦られ、侍女や医師に容態を事細かに見られている。
レドハルトの脳裏にステラリールの顔が思い浮かぶ。何時からか彼女の顔から笑顔は消えていた。
許されていると思ったが、ステラリールは一度でも許しの言葉を発したことはなかった。勝手に許されたと思っていたのはレドハルトだった。
「ここにいる全員、婚約は解消されている。良かったな。婚約者がいなければ好きな時に会えるぞ?」
それ以降の記憶は朧気だが、帰宅すると従者はいなくなり、両親からは散々に罵られた。
従者が情報を遮断していたせいで、レドハルトがアイネの自室で二人になっていたことを両親は知らなかった。
恥知らず、愚か者、常識が無いと散々に言われたが、確かにそうだと思う。王太子に言われるまで気付けなかったのは間違いない。
王家に睨まれた男を嫡男として後継者に出来ないと言われた。かと言って平民として放逐しても下手にその血を扱われてはならない。
結果、領地の領主所有の農地で農民と同じ、耕作をする日々。アイネとはあの昼餐会を最後に会っていない。
あちらはあちらで、王命によって成立していた婚約を壊し、病弱と偽っていた事、王家から悪い意味で認識されたこと、他にも色々あるが、それにより出家させられた。身を寄せるのではなく、還俗手続きをせねば戻れぬように髪をばっさりと切られて。
幼馴染の言葉を疑うことなく受け入れ、婚約者を蔑ろにした代償は大きかった。
せめて、せめて招待状で婚約者ではなく無関係な幼馴染の名前があることに違和感を抱けていれば。ステラリールに一言でも言っていれば。
嘆いても時は戻らない。
勢いで書いたので整合性は深く考えていない。
ガチの病弱王女の話し相手、友達、のご令嬢達の中に「病弱な幼馴染」を優先する婚約者がいて、もう嫌だわ、って話になる。
王女は「本物の病弱を見せて差し上げるわ」と頑張った。
彼らの不運は、己の婚約者が王女様のお友達だったこと。王太子は、妻がもしも自分以外の男を幼馴染だからとか言って二人きりになったら……と思うだけで発狂しかけるくらいには大好き。
なので、見せしめにした。ステラリールの為にも。




