第3話『かけるメガネっこ!』その1
「南雲先輩!? どうして!?」
怪物が消えた場所に、美術部の南雲先輩が倒れていました。想像したくないですが、あの怪物に食われていた……とか!?
「『バングラス』……これがやつらのてぐち! その土地のヒトを、グラスセクト化する兵器!」
タコの幼女・ネルネが、地面に落ちた怪物のサングラスの残骸を拾いあげました。私の攻撃で既にフレームだけになっていたそれを、ネルネは髪の毛で捻り潰しました。
……まあ気がついてはいましたが、この子もどうやら人間ではないようですね。
「ええと、理解が追いついてないんだけどさ! そのサングラスみたいなのが、先輩を怪物に変えていたってことか?」
「合ってる!」
「さっき、お姉さんをやつらに殺されたって言ってましたっけ……。あなたが私たちの前に現れたことと、あの怪物たちと、関係があるってことですよね?」
ネルネは、一瞬泣きそうに顔を歪めました。すぐ目を伏せて落ち着いてしまいましたが。
「わたちたちの世界は、やつらに滅ぼされた。逃げて来れたの、ネルネだけ」
ネルネが私の目をじっと見つめて言いました。
「ラヴ、ちょっとせつめして!」
《はい 音声アシスタントのラヴです》
ネルネは私のかけているメガネに言っていた様です。私のメガネが、流暢でやや機械的な女性の声で話し始めました。そういえば、戦闘中もずっと話していた気がしますね。ラヴ、そういう名前だったんだ。シリーみたいなやつでしょうかね。
《我々はオクトポリス人 こことは違う『可能性』の地球で生まれた、頭足類の霊長です》
「とうそ……?」
風太郎が言い淀みました。私が続けました。
「頭足類、要するにタコってことですか?」
「タコ言うな!」
ネルネの髪が、うねうねと調子よく動き回るのはそういった理由でしたか。確かに髪が八本の束になっているし、よく見ると内側には吸盤のようなものもありました。
「節足動物……はわかる。虫のことだよな?」
「あとはエビやカニとかもそうですね」
「やつら、急にきた! オクトポリスに! そして……滅ぼした。ネネのねーねは殺された……」
《ネルネ様は、オクトポリスの第二王女でした ネルネ様の姉にして第一王女であったルル様は王宮の倒壊に巻き込まれました その直前、試験的に作られた時空転移システムにてネネ様をこの地球に飛ばしたのです》
風太郎がネルネと背の高さをそろえるように、中腰の姿勢になって頷きました。
「ネルネは王女様ってことなのか。でも最初、科学者とか言ってなかった?」
「オクトポリスでは! 科学者が! 一番偉い!」
「ん、ううん……」南雲先輩が、呻き声とともに目を覚ましました。
「……あ……あれ? え、えと、明鏡さん? あれ……それに加賀美さんも……あれ? なんで……? グラウンド……?」
「あ、あ、えーっと、っすね! 先輩、下駄箱のところでふらふらしてたんすよ! それで心配になって後つけてたら、校庭で倒れちゃって……! なあ、燈!」
風太郎が慌てて説明しますが、いささか無理がある気がします。
「寝ぼけて、たのかな……変な夢みてて……」
「ですです! 夢っすよ! 変な夢だったってことで!」
「あの、ごめんなさい。迷惑、かけました」
南雲先輩は立ち上がり、私たちに頭を下げました。
「あのっ……その……もしよかったら、金曜も部活なので……また見学に来てください……です……」
去っていきました。
「あのさ、燈」
「はい?」
「燈はすごいんだから、自分の好きなもの、隠したりしなくていいんじゃないか。少なくとも……オレはぜんぜん、変だなんて思ってない。あの先輩だってきっと……」
「……ありがと。でも、それって風太郎だからですよ」
ーーーー
門限のため、私は帰路を急ぎました。心配そうな風太郎と別れることになったけど、こればかりは仕方がありません。問題はこのタコの子ですが……。
「ただいま帰りました」
台所からおばあちゃんの声が聞こえます。
「おかえりなさい、燈さん。遅かったわね? 何かありましたか?」
「先生に頼まれごとをしていたんです。それで遅くなりました」
嘘ではないです。一部含みます。
「あら、そうだったのね。でもあまり遅くなってはいけないわ。お父さんも心配していたわよ」
「うぇ」
思わず声が出てしまいました。なんでこっちにいるの? 都合悪い……。
「燈か。来なさい」
「はい……パパ……」
答えてから小声で、着替え入れの中に隠したネルネに耳打ちをします。
「じっとしていてくださいね」
重い足取りで床の間に入ります。父の顔を見る気にはなれません。得をしないもの。
「こっちに来ていたんですね」
「ああ……隣町でプロジェクトがあるからな。しばらく実家から通うことにした」
しばらくいるんかい。
「そう暗い顔をするな。これでも褒めようと思っていたのに」
「褒め……る?」
「先生に頼まれていたと言うのは、信頼されていてこそだろう? 結構なことじゃないか。母さんからも、好調な成績だと聞いている」
母さんとは、私の母のことではなくおばあちゃんのことですね。母は夏くらいまで海外にいるみたいですし。
『聞いている』、ね。そうでしょうね。私から言ったことなんて無いですものね。言わされたことならありますけど。
「……何かあったのか?」
父が不思議そうに尋ねました。とっさには何も返せないまま、祖母から声がかかりました。
「高之さん、燈さん、ご飯の準備ができたわよ」
「ああ、今行く。早く着替えてきなさい」
「はい」
廊下に出ます。いつもこうです。あの人は、あのメガネの奥の瞳は、すべてを見透かしたように見つめてくる。だから怖いし、目を合わせたく無い。父の言うことの方が正しい……というのは私も利口だからわかります。だからこそ、嫌になってしまう。
「あかりのうち、これ木か!? 木の家なんてあるのか!?」
「ちょ!!」
着替え入れの口から、ネルネの顔がひょっこり出ていました。あわててネルネを着替え入れに押し戻します。
「燈さん?」
「いえ、なんでもありません、スマホから急に大きな音がなってしまって。着替えて来ますね!」
あわてて自室に戻ります。襖を閉めて、押し殺した声でネルネをしかりつけました。
「じっとしていてくださいとお願いしたはずです!」
「じっとしてた!」
「大声もだめです!」
「そうなのか」
ネルネは目を丸くしました。
「ネルネの姿、あかりたちしか見えてない。ネルネの声もあかりたちにしか聞こえてない。だから心配ない」
語気を強めてしまったことを反省し、ネルネを布団の上に解放します。
「かもしれません。ですが万一ということもあります。特に父の前では……。だから念のため、静かにしておいてください」
「わかた」
「いろいろ聞きたいのはやまやまですが、食事が先です。少し待っていてくださいね」
ーーーー
食後、自室。
ネルネは、窓にかじりついて外を見ていました。
「何を見ているんですか」
「タンサキ! 順調に飛んでる!」
「探査機? ああ、あの気球……」
「『気球が見えるヒトが見えるくん』だ!」
私も窓の外を見ます。ぼんやりと光る気球が遠くの空に浮かんでいました。
今思い出しました。視力検査の時に覗く謎の機械、あれの中に浮かんでいる気球に似てます。
「グラスアップ」
メガネのブリッジを上げてスタートアップワードをつぶやきました。瞬間、赤い閃光につつまれて私の姿が変わります。姿見の前に立ち、ようやっとゆっくりと自分の姿を確認できました。
真紅のメガネに炎の瞳。髪もまた赤く染まり、髪型こそポニーテールのままでしたがその長さは地面にも届きそうなほど長く、燃える焔のように大きくなっていました。
とはいえ後は赤いのはブーツと首元のリボンくらいであり、ブレザーのような見た目の服は(要所要所にフリルがありますが)黒を基調とした一見普通のものでした。差し色で赤いラインが入っているくらい。スカートは朱色で、末端はやはりフリルになっていました。
「なぜ変身した?」
「ただすメガネっこ! メガイインチョー!」
「それは何だ?」
勉強机の椅子に腰掛け、ネルネに尋ねました。
「ところでネルネさん、説明は風太郎にも一緒に聞いてもらいたいんですが、構いませんか」
「ふうたろ?」
「ほら、さっきまで私と一緒にいた男の子です」
「あー。大丈夫」
私はパソコンを立ち上げ、音声チャットを立ち上げました。約束通り、風太郎とチャットをつなぎます。
『なんで変身してるんだよ!?』
「あれ!? これカメラもオンになってます!?」
バレないと思っていたけど、秒でバレた以上は仕方がないことです。私は風太郎に理論整然と理由を言います。
「この姿に変身している状態なら、声が普通の人に聞こえないというのは先ほどの戦闘のときにわかりましたからね。家族にバレないためにも、念の為変身したということです」
『……さすがというかなんというか」
「そうでしょう」
『よくまあ瞬間的に、流暢な言い訳を思いつくもんだよな』
「さて! ネルネさん、説明をお願いしてもいいですか? この力は一体何なんですか? ……というより、なぜ『メガネ』なんですか?」
一番疑問に思っていることを聞きました。
「なぜ?」
何がわからないのかがわからない、という風にネルネが首をかしげました。
「メガネは文明の到達点! 科学の結晶! だからすごい力もってる! あたりまえ!」
メガネを直しながら首をひねります。どうしたものか。まるで意味がわからないと来ました。
『なんか大げさな話だなあ。メガネって、目の悪い人がかけるものだろ?』
「メガネなめるやつはメガネに死ぬ!」
そんな状況ある?
「メガネは! セカイを見ようとする意志そのもの! メガネを生み出した文明が、霊長の文明!」
全くわからない、と思いながら私は首を傾げました。
らちがあきそうにないので、音声アシスタントに聞くことにしました。
「ラヴさん。もう少しわかりやすく説明していただけますか」
《こんにちは 何かご用ですか?》
「はい、だから『メガネ』についてより詳しく説明してください」
《かしこまりました》
ラヴさんが流暢に説明を始めました。
《我々ヒトが認識する世界は、認識の限界による制約を常に受けています より深く世界を認識することで、それまで隠されていた世界の力を行使できるようになるのです そのためのデバイスこそが『メガネ』であり、『メガネ』を生み出すに至った文明がその星で支配的存在となることは必然なのです》
流暢になっただけで意味がわからないのは変わりませんでした。
「わかりました、ええ、いいです、認めます。メガネには強大な力があると。それは確かに体験しましたから。それでその……あの変な虫の怪物たちも、メガネ、というかサングラスみたいなものをかけてましたけど。あれも同じようなものなのね?」
ネルネが顔を険しくしました。
「ラヴ……あれを見せて」
《かしこまりました》
私のメガネから映像が投影されました。それは壁に像を結ぶでもなく、空間に奥行きのある映像世界を映し出すものでした。その映像は私をも包み、部屋は一瞬でその姿を消しました。
・・・
別世界にいるみたいです。どうやらここは海の中で、上空の海面から太陽光が都市を照らしていました。都市は近未来的ですが乱雑で、日照権をまるで無視したかのようないびつな形の高層ビルが林立していました。
次の瞬間、海面に巨大な黒い穴が穿たれ、そこに向かって海水が猛烈な勢いで流れ込んで行きました。思わず私も身構えましたが、映像の視聴者に過ぎない私は何も感じません。ですが、水は、都市は、そしてネルネによく似た姿の人々は、その穴になすすべなく吸い込まれていきました。
「我々はグラスセクト。全平行宇宙を『正し』、あまねく『メガネのくに』をもたらす使徒である」
海中に謎の声が響き渡り、海面からは黒いタガメのような姿の怪物が押し寄せて来ました。
穴から逃げ延びたタコ人間たちに怪物が迫っていきます。そして手に持ったサングラスを逃げまどうタコ人間たちに次々にかけていく。
その体が、黒い外骨格に覆われていき──新たな黒いタガメの怪物となってしまいました。
「『バングラス』を受け入れろ。お前たちはシンカに選ばれた存在……グラスセクトとなるシカクがある」
再び響く謎の声。
そこにネルネが──映像の中のネルネが飛び出してきました。
コーラルピンクのメガネを、くいとあげました。
「ぐらすあっぷ!」
しかし、何も起こりません。
「なんでだ!? ネルネはシカクないのか!?」
タガメの攻撃で、映像の中のネルネは吹き飛ばされてしまいました。
映像は移り変わって、ここは王宮らしき場所。ぼろぼろになったネルネが、よく似た姿のタコ少女から2本のメガネを受け取っていました。あれがお姉ちゃんだと、ネルネが私に教えてくれました。
「変身メガネ『メガネグラス』! これを使いこなせる『伝説のメガネの戦士・メガネっこ』を探すのよ!」
王宮の中にも怪物が押し入ってきました。
ネルネの姉は、ネルネを極彩色のゲートへと押し入れました。
「ねーね! いやだ! ネルネはまだ──」
崩壊する王宮と押しつぶされる姉の姿……。
・・・
そこで映像が途切れました。何の変哲も無い、もとの私の部屋です。
「……グラスセクト、それがあの怪物たちの名前なんですね。彼らが、あなたの故郷を……」
「やつらも、メガネの力を手にした。だから、メガネの力でしか戦えない。」
ネルネが、計器の一つの中からコーラルピンクのメガネを取り出しました。そのメガネはレンズ部分に細かなヒビが入り、とても使える状態ではありませんでした。
「ネルネのメガネグラスは壊れたまま。なおそとしてるけど、ねーね抜きだとよくわからない……」
「やつらの目的は何なんですか。なぜあなたの故郷が? どうして私たちの世界も?」
「わからない。『平行宇宙を正す』ゆってた。そして、オクトポリスのみんなを怪物にした」
《グラスセクトについて現状でわかっていることはふたつ 彼女たちが節足動物から進化した、メガネをかけた高度な文明であること バングラスと彼らが呼ぶメガネで、他の生物を強制的にグラスセクト化してしまうことです》
私はさきほどのことを思い返しました。サングラスをかけていた巨大なクモ。同様にサングラスのアリ怪人。あれが高度に進化した虫の種族『グラスセクト』ですか。いや、クモとアリは全然違う生き物だと思うのですが……。
「まあだいたい理解して来た気がします。風太郎はどうですか」
『だいたいは。……危ないってことだよな』
風太郎が低いトーンで言いました。
『つまりこういうことだろ。ええと……その子の世界は……グラスセクトってやつらに、負けた』
風太郎が、ネルネの手前慎重に言葉を選んだのは私にもわかりました。
「なおさら、誰かが戦わなくちゃいけないじゃないですか。この力を使える誰かが」
『だからさ。燈じゃなくてもいいだろ。あの怪物の姿を見える人しか戦えないって言ってたけどさ、この狭い範囲内ですでにオレと燈で二人もいるんだ。もっといてもおかしくない。それに今、燈は嬉しそうに変身してるけどさ……その力が安全っていう保証はないだろ……!』
風太郎の口調は苛立っているようでした。
『なあ、ネルネ……だっけ。燈が変身して力を引き出せば引き出すほど……燈の体、透けて見えたんだ。今だって普通の人には声も聞こえないんだろ。それって……なんでなんだよ?』
こほん、とネルネが咳払いをしました。
「違う世界、見えるってことは、生きてる世界が違う、いうこと」
『えっと……難しいな。ラヴさん、教えてもらえる?』
《グラスアップを使うことで、より高次元の世界を観測できるようになります それはすなわち、通常の次元の存在ではなくなるということです》
風太郎がそれを聞いて言いました。
『力を使えば使うほど、燈がオレたちの世界から離れていく……ってことか。それって、よく考えなくたって危ないだろ!』
「危ないことだってくらい、わかってます! 私だってバカじゃありませんから!」
『じゃあなんでだよ! 変身ヒロインになるのが昔からの夢だったからか!? そんなことで命をかけるつもりかよ!』
「ええ、そんなことです。そんなことですよ!! でも風太郎には、関係ないじゃないですか! これは私が選んだことです!」
風太郎の言ってることは、正しい。
でも、風太郎なら、わかってくれると思ってしまった。
『……』
ぶつり、とチャットが途切れました。拳を机に叩きつけようとした直前に、今この状態で全力を出せばどうなるかを思い出し、自制して変身をときました。
これは、そういうすごい力なんです! きっと私の人生だって、変わる……!
そうだと言うのに、私は涙が止まりませんでした。
次回予告。傷心の燈と風太郎を、再びグラスセクトが襲います。風太郎の身に危機が迫って──!?
第4話『かけるメガネっこ!』その2
『ふたりはメガネっこ!』は、(主に)毎週土曜と日曜日のあさ8時30分更新です!




