第2話『伝説のメガネの戦士!? メガネっこ誕生!』その2
しばし時は戻る。怪物出現前の美術室。
南雲八子は、ため息をついて筆を置いた。すでに後輩たち──明鏡燈と加賀美 風太郎は帰り、八子もそろそろ帰る時間であった。
ため息をついたのは、自分の絵のためだった。
「こんなの、私の絵じゃない……私に見えてる、世界じゃない……」
「ヴォン・デュオン・ビュール……いいですわね」
部屋の中で声がした。八子が声のする方を見て、絶叫しそうになった。誰かがその口を押さえ悲鳴を遮った。口を押さえた『腕』を見て、八子はさらに声にならない悲鳴を上げた。
「ヴァン・ジェヴォーオル、サルの霊長さん。わたくしの言葉きちんと伝わっておりますこと? 少し翻訳できていない部分があるかしらね?」
部屋に現れたのは、黒光りする外骨格に包まれた異形の怪人だった。すらりとした二本足で直立し、いやそれはいいとして、腕は左右二本ずつ。つまり合計で、六本の手足を持っていた。その異形は、淑やかな少女の声で喋っていた。身のこなしにも気品があり、透明な翅をマントの様に背中に纏っていた。だが何より奇怪なのは、人間とは全く違う目を持っているにもかかわらず、人間と同じような形のサングラスをかけていることだった。
八子の体を捕まえその口を押さえていたのは、反対に非常に無骨な見た目の異形だ。緑の体に角ばった顔、筋肉質な六本の手足。同様に、なぜかサングラスをかけていた。
「あなたは優れた『目』を持っていらっしゃるのね。私たちが見えることが、その証拠ですわ」
「う、む……むぐう」
「少し落ち着いたかしら? ホッパー、手を離して差し上げなさい」
ホッパーと呼ばれた武人風の異形が八子を解放した。
八子はその場にへたり込むも、まるで声を出せなかった。
「怖がらせるつもりはありませんでしたの。この姿はどうやら、あなたがたには刺激が強いようですわね」
「あな……あ、あなたは……」
「いい瞳ですわよ、本当に。わたくしをちゃんと見ているし、それに恐怖だけじゃない、わたくしの美しさも理解できている……」
すらりとした異形は、その長身をかがめて八子の顔を覗き込んだ。
「あなたにお願いがありますの。私と一緒に……世界を救うお手伝いをしてくださいな。この『バングラス』で」
異形がどこからか黒いフレームのサングラスを取り出し、八子に優しくかけた。
その瞬間、八子は絶叫した。体が、自分のものではなくなっていくような感覚に襲われたのである。それは事実そうだった。八子の体を黒い外骨格が覆っていき、そして──
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第2話『伝説のメガネの戦士!? メガネっこ誕生!』その2
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「おまえたちならきっとできる! いや、シカクのあるおまえたちしかできない! このメガネで、伝説のメガネの戦士『メガネっこ』になって!」
「私たち、しか……!」
異世界から来たタコ幼女・ネルネが差し出してきたのは、たぶん変身アイテム的なもの。
思わず伸ばした右腕を、風太郎が掴みました。
「待てって! なに自然に手に取ろうとしてんの!」
「いや、違うんです、風太郎、これはほんの出来心で手を伸ばしただけで」
「燈の好きなもの! オレが覚えてないとでも思ってんのか!? 今でも、好きなんだろ! メガキュア!」
メガキュアとはメガキュアシリーズの一作目のことであり、シリーズの通称でもあります。少女二人が女神の戦士メガキュアに変身し(ここら辺はシリーズごとに若干の設定違いはあるにせよ)悪と戦う変身ヒロインものです。
「好きだから、絵の練習も続けてたんだろ!? でも、それとこれとは話が別だ! ああいう怪物は、警察とかの仕事だろ!」
風太郎の言ってることは正しい。けど……
「コレジャナイ──────────!!」
謎の絶叫。クモの怪物の声でした。サングラスをかけたクモの怪物は、校舎の壁面に糸で何かを『描いて』いたのです。頭を抱えて苦悶していました。
「コンナンジャナイ──────────!!」
怪物が校舎を叩きました。校舎が震え、地面が揺れ、轟音が響きます。
「な、なんだ!?」「地震だ!」「みんな安全なところへ!」
慌てた声。怪物の姿が見えない人々には、地震としか思えないようです。
「あの建物ごとこわす勢い! まよてる時間はない! おまえたちがやらないなら、他さがす!」
私は、左手もネルネのメガネに伸ばしました。その腕も、風太郎に止められました。
「ダメだって! 本気の本気でダメだ!」
「心配してくれているんですよね。風太郎、あなたのそういう相手思いのところ、好きですよ」
「いっ」
風太郎が赤面して手を離しました。
チャンス! メガネをむんずと掴みました。
「あ!! おい!!」
「今伸ばさないと、きっともう二度と、こんなチャンスは来ないんです! 他の人に順番が回って、それっきりなんです! だからやらせてください! ここでやらなかったら、ずっと後悔する気がするんです……!」
必死に、風太郎に頼み込みました。
風太郎が私の目を見て、観念したように目を伏せました。
「約束してくれよ。危なくなったら、すぐに逃げるって」
「善処します」
ネルネの方に改めて向かい直り、手にしたメガネを掲げました。せっかくなので赤いメガネにしました。燈の名前が表すのは『ともし火』、炎の赤は私の色です。多分。
「おまえにまかせた!」
「お前じゃありません、明鏡燈です」
「あかり! がんばれ! それはメガネグラス・レッド!!」
メガネ……グラス……
ださ……
「どうすれば使うんですか? これをかければいいの?」
「そうだ! メガネだからな!」
意を決してメガネを交換します。そして目を細めました。度が入っていません。見えない。
「何も起きませんし、なんなら前より見えないですよ!?」
「スタートアップワードが必要! えと、おまえたちの言葉だと……『度を上げる』! もしくは『グラスアップ』! どちでもいいから、声に出してメガネをくいっと上げる!」
「『グラスアップ』!!」
度を上げるの方は絶対いやでした。
《生体登録開始 登録完了 度を調整します 変身工程を実行 『グラスアップ』》
メガネを上げた刹那、私の体を真紅の閃光が包み込みました。ガラスのかけらが漂う謎空間で、私の体が『変身』していきます。学校指定の靴はファンシーな赤い靴に、手には純白の手袋が、そして体には黒を基調にしたブレザー風の服、そして朱色のスカート。髪は自分だとよくわかりませんが、どうやらポニーテールなのは変わらず、色だけが燃える炎の色に変わっているようです。
謎空間は消え、私は風太郎とネルネの前に立ち尽くしていました。
「……ど、どう、ですか……?」
風太郎が私の姿をぽかんとした表情で見つめているので、急に不安になってきました。
「くやしいけど、かっこいいよ……」
思わず口角が上がりました。
《変身状態の名前を設定してください》
システム音声に名前を問われました。
「初期設定も大事だけど! グラスセクトとも戦って! 仇をとって!」
「あ、はい! そうでした!」
ネルネに言われるまで怪物の存在を忘れていました。変身した驚きが勝っていました。怪物はさいわい、豪快な壁ドンを中断し別の絵の作成に取り掛かっていました。
「今行きます!」
《名前は『イマイキマス』ですか?》
「違いますよ!」
駆け出して、すぐに驚愕しました。少しジャンプしたつもりが、気がつくと校舎の壁が目の前に迫っていたのです。
「あああああ!!」
思わず校舎に手を突き出し、反動で変な方向に吹き飛んで今度は校庭に叩きつけられました。校舎の方からは、何やら地震だなんだと騒ぎが聞こえてきます。まずい、下手すると私が校舎にとどめを刺すことになりかねません。私の周りでは、陸上部員たちが特に気にすることなく片付けをしていました。どうやら私の姿も見えていないし、声も聞こえていないようです。
私もあの怪物と同じで、周りの人からは見えなくなってるのでしょうか。
《名前は『あああああ』ですか?》
「だから違いますよ! めんどうくさいですねこのシステム!」
校舎に張り付いていたクモの怪物がこちらを見ました。改めて見ると気持ちの悪い造形をしていらっしゃいます。クモは平気だと思っていたけど、自分より大きいのは怖いです。思わずたじろぎます。
「ダレ……ワタシノ、エノジャマヲスルノハ……ダレエエエエエ!」
《名前を設定》
「ああ、もううるさい! ええと……メガネだから……メガ……いや、グラス? ってああああああああ」
クモの怪物が恐ろしい勢いで迫ってきていました。
《名前》
「あ、えと、《メガイインチョー》!!」
《設定を完了しました 変身状態名『メガイインチョー』で登録します》
間一髪、クモを人がいない方向へいなすことができました。できると思ったんです、校舎をはじいたこの力なら。
……どさくさの中でえらくダサい名前をつけてしまったような……いや、今は気にしないことにしましょう。あとから変更できるはずです、こういうものは。
「はーい陸上部集合」
「ワタシノエ……ゼンゼンチガウ……イヤダ……イヤダ!」
「終わりの挨拶するぞー」
クモの怪物が立ち上がりました。さいわいなことに、もうグラウンドから陸上部は撤収を始めました。
……あの怪物、絵がどうのこうのって言っているような……。気のせいでしょうか?
「クルシイ──────────!!」
クモの怪物の口から、高速で糸が吐かれました。でも、なぜか遅く感じます。問題なく避けられるスピード──
「燈! 大丈夫か!?」
風太郎の声。私の後ろに、風太郎がいる!? 私を心配して追って来た!?
今避ければ、風太郎に当たる!
どうすればと考える間も無く、私の左手を糸が絡めとりました。すごい力で引っ張られます。
「……ヴォエール? 今の攻撃、先ほどの反応速度ならよけられたはずですわよ」
直立歩行したアリ?のような怪人が、いつの間にかクモの隣に立っていました。
なぜかその怪人も、サングラスをかけていました。
「今度は何ですか!?」
「ヴァン・ジェヴォーオル。あなたがこの世界のシカク者というわけかしら。先ほどの質問、ぜひ答えていただきたいですわ。なぜ避けられる攻撃を避けなかったのでしょう?」
「愚問です! 昔から決まっています! 変身ヒロインは、守るものの前からは絶対にどかないものです!」
「なる……ほど……!」
アリの怪物はふるふると震えていました。何だって言うの?
いや、かまっている余裕がない。今はクモの方が大変なことになっています。徐々に、私はクモの怪物に引き寄せられてしまっているのです。距離が0になったらどうなるか、なんて想像したくもありません。少なくとも怪物とキスをすることにはなりそう。
タコの幼女、ネルネが私に叫びました。
「メガイインチョー! 力を解放して! その状態で、さらに『度を上げて』!」
「ねえ! その名前取り消せません!?」
軽口を言いつつ、しかし私も必死です、メガネを上げて叫びます。
「グラスアップ!」
《『グラスアップ』 グラス2に移行》
力が、私の右手にあふれました。手に、チョークのような形状の赤く光る何かが生成されました。
《イインチョーク 生成》
私の武器の名前をメガネが機械音声でしゃべりました。ご丁寧にどうも。
私はチョークを剣のかわりにして、左手を縛っていた糸を切り裂きました。張り詰めていた力が解き放たれ、私は後ろに尻餅をつきました。
「燈!? なんか、体が透けてるぞ!?」
風太郎の慌てふためいた声に私も自分の手をすぐに見ましたが、特に先ほどと変わった様子はありませんでした。
とはいえ、あまりグラスアップを多用する気がなくなったのも確かです。少なくとも、今の相手はグラス2で十分だという手応えがあります。
体勢を崩したのは私だけではなく、クモもそうでした。跳ね返った糸が、足に絡まっていました。
「サングラスを壊せばあの怪物を倒せる! 必殺技をつかて! 起動コードは『メガグラスアップ』!」
「慣れて来ましたね、そのださい名称シリーズも」
「メガイインチョーのがださくないか!」
「メガグラスアップ!」
《『メガグラスアップ』》
メガネから真紅の閃光が迸り、私の右手のチョークに注がれます。チョークから一条の赤い光線が、ちょうどレーザーのように飛び出しました。戦い方が、頭の中に描かれます。
「闇を割き、道を『ただす』焔、か……。いいじゃないですか!」
チョークを夕暮れ迫る大地に走らせます。このグラウンドは巨大なキャンバス、私の描きたいものを描いて魅せる! 赤い光が地面に描いた不死鳥は、今まさに怪物めがけて羽ばたき始めました!
「しかと見なさい! 闇を明かす焔! メガネっこ・イマジナリーブレイズ!」
爆炎は逃げようとしたクモの額をとらえ、その黒のサングラスを一撃のもとに砕きました。
夕闇の中に、怪物の姿が溶けていきます。決まりました。
……今の口上、特におかしくなかったでしょうか? 大丈夫でしたよね?
「……ヴォン・デュオン・ビュール。すばらしい一撃でしたわ。見事です」
安堵は一転、激しい緊張に変わりました。そうだ、敵は一体ではなかった。黒いアリの怪物は、先ほどの攻撃に一切ひるむことなく同じ場所にゆらりと立っていました。
対して私は……どうやら今の一撃で、限界が近いようでした。
「今日はここでお開きにしましょう……暗くなっては、あなたのお姿も拝見できませんもの。お名前だけ、改めて伺ってもいいかしら?」
「私は……ええと……『ただす』メガネっこ、メガイインチョー! だ! です!」
「メガイインチョー、覚えておきますわ。わたくしの名前も覚えておいてくださいな。わたくしは、プリンセスグラスセクト・グルヴェイグ。全平行宇宙を『正し』、『メガネのくに』へと導く『グラスセクト』の使徒ですわ」
アリの怪人は翅を広げ、飛び去っていきました。
緊張が途切れ、私はグラウンドにへたり込みました。
体が閃光に包まれ、元の服に戻りました。
「燈! 大丈夫か!」
駆け寄って来た風太郎に、思わず声をかけます。
「風太郎! 怪我はありませんでしたか!?」
「こっちのセリフだ! いくら変身ヒロインに憧れているからって、本気でなろうとするなんて……控えめに言って、どうかしてるぞ!」
「ですねえ……でもまさか本当になれるとは思ってなかったから……」
風太郎が私に手を差し出しました。
その手を取って立ち上がります。
「でも……まあ……燈のそういうところは……すごいって思うっていうか……」
「あ!」
「な、何だよ!?」
「あそこ! 誰か倒れてませんか!?」
校庭の端を見て、私は慌てて走り出しました。
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「あまり私めを心配させないでください、姫。いくら新米といえ、あんな至近距離まで近づくとは。無茶が過ぎます」
「あら。今の彼女程度で、わたくしが傷つくと思って?」
地の底にある彼女たちの根城。縦横無尽に張り巡らされた巨大な『アリの巣』。この地球のどこかに、彼女たちは潜んでいる(都合、会話は地球側の言語で記述している)。
「それは思いませんが、姫に何かあっては。女王陛下も女王陛下でございます、このような最前線に姫をお送りになられるとは……」
「ふふ、今の言葉、わたくしを思ってのこととして聞かなかったことにいたしましょう。これも母のお考えなのです。いずれ長になるものであるなら、わたくしたちが成そうとしていることの本当の現実を見よと」
グラスセクトの王女・グルヴェイグは翅をひるがえし、空間に投影された『新米戦士』の立体映像に見とれた。
「ヴォン・デュオン・ビュール《ああすばらしい》! この世界に来て、本当に良かった! まさかいきなりここまでの逸材と出会えるなんて! 弱きもののため、攻撃をそらそうとするあの気高き愛情! 運命を感じずにはいられません! 彼女こそわたくしの『対のレンズ』に違いありませんわ!」
アリのプリンセスは映像の『彼女』を愛おしげに撫でた。
「必ず手に入れてみせますわ……メガイインチョー! そして一緒に、世界を救いましょうね♡」
次回予告! ネルネは何者!? 侵略者・グラスセクトとは!? ネルネが説明してくれるみたいです!
第3話『かけるメガネっこ!』その1
『ふたりはメガネっこ!』は、(主に)毎週土曜と日曜日のあさ8時30分更新です!




