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黄金が再び輝く時【全作品集】

泣き虫王女様、王位を捨て軍人になる

作者: 清月 郁

世界屈指の軍事大国、チュテレール王国。

その始まりは、争いの絶えぬ時代に民が鍬や包丁を手に立ち上がったことにある。

戦う意志を持つ者たちが集まり、明日を生きるために国を築いた。

今や数々の逸話と無敗の歴史を誇る強国として知られている。




ジャッドはその国の第二王女であり、末っ子だ。

しかし5歳の彼女は、とても国を背負える器ではなかった。


礼儀作法はなかなか覚えられず、勉強も苦手。

少し擦りむいたり、強い言葉を使うとすぐに泣き出してしまう。

優秀な兄姉とは正反対だった。



長男のリュカ王子は成績優秀で教師たちの寵児。

けれどその影で人を黙らせる噂も絶えなかった。


長女のマエル王女は8歳にして政治書を愛読する才女。

そのうえ、兄と張り合う気性の強さを持っていた。


あまりにも2人が優秀すぎて王城では派閥ができてしまい、裏で熾烈な戦いが繰り広げられていた。

そのせいかリュカとマエルも険悪で、毎日大喧嘩をして周囲を困らせていた。




そんな中、ジャッドは両親以外誰からも期待されなかった。

何をしようにも2人に劣ってしまうため、雲を素手で掴もうとしている気分だった。

更に世話役にも見放され、部屋に引き篭もっていることが多かった。

たまに国王や妃が気にかけて訪れるも、彼女の心はポッカリと空いたままだった。


「ひぐっ……お母様……私って、いらない子?」

「そんなことないわ」


泣いてしゃっくりをあげているジャッドの背中を、王妃は擦った。

両親以外の人から見放されることは、小さい子にとっては過酷だ。

だからそこ王妃は、幼い我が子の心の支えになろうと努めた。


「ジャッドはね、自分の強いところを見つけるのがちょっと大変なだけよ。

お母さんは信じてる、貴方はお兄ちゃんやお姉ちゃんよりも立派になれるわ」

「……ほ、本当?」


王妃は優しく頷いた。



しかしほどなくして、リュカとマエルは鬱憤をジャッドにぶつけるようになった。

虫を服の中に入れるような軽いものもあれば、大切なおもちゃを壊したり、水をかけたりすることもあった。

その度に彼女は泣きじゃくるも、逆に2人は面白がってしまう。


大人が見つければ止めに入ったが、いじめは次第に陰湿になっていく。

リュカがジャッドの髪を無理やり短く切ったことをきっかけに、ついに兄姉は彼女との接触を禁じられた。

それでも陰口や手紙による嫌がらせは続き、ジャッドは精神的に話せなくなってしまった。






ある日、ジャッドはいつものように一人で部屋にいた。

その時は、ただ上の空で孤独にチェスの駒を動かしていた。


そんな中、カタンと乾いた音が響く。

顔を上げると、小さな木刀が投げ込まれていた。


「……ちっ、人がいたのか」


聞き慣れない声だった。

ゆっくり振り向くと、窓から赤髪の少年が入ってきていた。

年はジャッドと同じくらいで、今にも喧嘩を仕掛けてきそうな顔をしている。


「それ、返せ」


ジャッドは恐怖で固まってしまった。

知らない子が目の前にいることで、頭がパンクしていた。

こういう時、一体どうすればいいのだろう?


「あ――」


少年は、ジャッドから強引に木刀を奪い取った。

そしてそのまま、ムスッとした顔を見せる。


「このことは内緒にしてくれ。

勝手に部屋に入ったってバレたら、父上の雷が落ちる」


そう言って彼は、そそくさと立ち去ろうとした。



しかしふと何か思い立ったかのように、急に立ち止まる。


「お前、暇か?」

「え?あ……」


突然の質問に、ジャッドはたじろぐ。

最近人と話していないせいで、言葉が出てこなかった。

しかし少年は構わず、彼女の顔をのぞき込む。


「暇そうだな?だったら付き合え」

「あ……う…………」


ジャッドは否定しようとした。

しかし恐怖が勝り、体が動かない。

断片的に声を漏らすだけの彼女を見て、少年はため息をついた。


「全く、世話の焼ける」


少年はジャッドを無理やりおんぶして、窓へ歩き出す。

そして頭が真っ白になった彼女を連れて、下の中庭に降りてしまった。




遠くから複数の大人の声が聞こえた。

どうやら近くの大広間で宴をしているらしい。


「退屈すぎるんだよ、あれ」


少年はボソッと呟いた後、ジャッドを降ろして近くに転がっていたおもちゃの銃を拾った。

どうやら親に連れられて宴に参加していたが、こっそり抜け出して遊んでいたようだ。


「俺、刀と銃を両方扱える剣士になりたいんだ。

それで練習していたんだが、銃が上手く扱えなくて。

むしゃくしゃして木刀振り回してたら、その……手が滑ってお前の部屋に飛んでった」


少年は顔を背けた。

自分の非を認めたものの、恥ずかしくなってしまった様子。


「……で、思ったんだ。

何十発撃っても的に当たらないのは、銃が壊れているせいなんじゃないかって。

だから試しに、お前に撃ってほしい。

もし本当に壊れてるなら、父上に新しいものを買ってもらえるし」


彼はもじもじしながら、コルクの弾を詰めた銃を差し出してきた。


ジャッドは思わず後ずさりした。

おもちゃだとしても、武器なんて触ったことがない。

扱い方もよく分からないし、そんな危ないものを持つなんて怖すぎる。


「……?この引き金を引けば撃てる」


それでも彼は試し撃ちして欲しいみたいだった。

どんなにジャッドがたじろいでも、決して引こうとはしない。

そんな少年の圧に負けて、ジャッドは渋々銃を受け取った。



少年はベンチの上に置かれた一個のリンゴを指さす。

どうやらそれを撃てと言いたいらしい。


おもちゃとはいえ、ジャッドにとってはかなり銃は重たかった。

銃の冷たさが手から体中に伝わり、緊張して手が震える。


しかし、少年の期待を裏切りたくなかった。

彼は戸惑うジャッドの様子を見ても、何も言わない。

そんな人は、両親しかいなかった。


だからジャッドは一度深呼吸をして、気持ちを何とか落ち着かせた。

そして意を決して、引き金を引く。




「ウソ……」


弾はリンゴに命中した。

しかも当たりどころが良かったのか、ベンチから転がり落ちた。

少年はそれを見て、口を開けたまま固まっている。


「……なぁ、何かおかしな所なかったか?

何かこう、銃が勝手に動いたとか」


ジャッドは首を横に振った。

正直問題があったのかは分からないが、少年に言われたことをしただけだった。



少年は大慌てでリンゴを元に戻し、ポケットからもう一個取り出して横に並べる。


「もう一回やってくれ!」


少年はジャッドの手に無理やり、何個ものコルクの弾を握らせた。

彼女は仕方なく弾を詰め、さっきと同じように銃を撃つ。



――今度も命中した。

しかも、二つとも。


「――――」


少年は絶句し、呼吸すら忘れていた。


「え……あ……ごめん……なさい…………」


ジャッドは振り絞るように謝罪の言葉を口にした。

しかし声が小さすぎて、彼の耳には届いていないようだった。


「ちっ、俺には才能がないのかよ!

最悪だ……またヴェル兄にからかわれる」


少年は爪を噛み始めた。

どうやらジャッドを責める気はないようだ。

むしろ自分の世界に入ってしまい、彼女の存在を忘れてしまっている。

ジャッドはそんな彼をおどおどと見つめていた。




そんな中、一人の偉そうな軍人がドカドカとこちらに歩み寄ってきた。


「アデル!」


どうやら少年の父親らしい。

少年は振り向いた途端に、顔を真っ青にした。


「貴様、こんな所で油を売っていたのか!戻るぞ!」


そういって父親は彼をひょいと担いだ。

アデル少年は「やめろ!」と必死に抵抗するも、大人の腕力には敵わない。


「あ……あの…………」


ジャッドは、勇気を振り絞って二人に声を掛けた。

そして押し付けられた銃と弾をゆっくりと差し出す。


「お前にやるよ。

俺が持っていても仕方ないみたいだしな」


そう彼が言うと、父親が顔を真っ赤にして拳骨を落とした。


「なんだその口の利き方は!

王女様に対して無礼にもほどがある!

……申し訳ございません、この馬鹿はたっぷりと説教しておきますので」


アデルは驚愕した。

どうやら相手が誰なのか分からないまま接していたらしい。

口を小刻みに震わせながら、ただ彼女をじっと見つめる。

二人はそのまま、彼女を置いて嵐のように去ってしまった。


ジャッドは唖然とする中、手元に残った銃を見つめる。

その瞳には長らく失われていた光が、僅かに戻っていた。






その後ジャッドは銃に夢中になった。

自分で的を用意して撃ち抜く度に、目を輝かせて大喜びした。

その爽快感は、彼女に初めて本当の笑顔を取り戻させた。


国王は、そんな楽しそうな彼女を見逃さなかった。

ジャッドが九歳になった時、国一の銃の名手を教師として招いた。

すると彼女の才能は瞬く間に開花し、僅か半年で師を圧倒するほどまでに成長してしまった。



三年後ジャッドは自分の意思で軍学校に入り、下宿することになった。

当初国王と王妃は反対したが、彼女の才能を前にしては頷くしかなかった。


入学後も彼女の快進撃は続く。

銃の訓練では歴代最高記録を更新し、兵法の筆記試験では常に上位。

しかしジャッドは決して驕らず、民と同じ目線に立ち誰に対しても誠実だった。


「ジャッド王女様は、この国の宝だ」


民の口から自然とそんな言葉が出るほど、彼女の実力と人柄は評価されていた。







そうしてやがて、ジャッドは18歳を迎えた。

まだ学生だが、この国では18で成人とされる。

特に王族は国を挙げて成人式を行うことになっていたため、彼女は6年ぶりに城に戻ってきていた。


「……あの泣き虫が帰ってきたそうですわ」


マエルはリュカにそっと耳打ちをした。

彼女は権力競争の影響を受け、臣下にさえ暴言を吐くほど性格がねじ曲がっていた。


それは、リュカも同じだった。


「あの役立たずがか?

頭が痛いな、せいぜい醜態をさらさなければいいんだが」


そう言って彼はクスクスと笑い始める。

彼は自分が確実に王位を継げるように、殺し屋を雇うなどありとあらゆる手を使ってきた。

そんな2人は、国民からは愛想を尽かされていた。



2人の耳に、複数の靴音が入ってきた。

どうやらジャッドが護衛を連れて向かってきているようだった。

兄姉は早速、どうやってバカにしようかと考えながら彼女の姿が見えるのを待った。


しかし2人はジャッドを見た途端に、血の気が引いた。




ジャッドの顔には、幼い頃の弱々しさが一切ない。

むしろとても凛々しく、まっすぐと前方を見据えている。

数多の経験を積んで自信を持った彼女は、王家としての気品に満ち溢れていた。


彼女が着ているものも、王家に代々伝わる軍服だ。

だがそれが、ジャッドをより彼女らしくしている。

正に、立派なチュテレール王国の軍人だったのだ。


「ごきげんよう、お兄様、お姉様」


ジャッドはしっかりとした口調で、二人に挨拶をした。

対してリュカとマエルは言葉を失い、汗だくになっている。

ジャッドはやさしく、2人に微笑みかけた。


「あ、あなた……

そ、そんな似合わない格好をしたところで、今更王座の争いに加わるつもり?

はっ!滑稽ですわね。

あなたみたいなクズが、国を治められるわけない!」


マエルは出まかせのように言葉を並べた。

リュカも彼女に賛同するように、首を縦に振る。

ジャッドはしばらく黙り込んだ。


「……確かに、私に王政は向いていないわ。

お兄様のような立ち振る舞いはできないし、お姉様のように博識ではないもの」


兄姉は勝ち誇ったように笑った。

しかしジャッドは弱気にならず、兄姉に覚悟したような顔を見せた。


「――だから私は、王位を譲るわ。

こんな狭苦しい場所にいるより、戦場で駆け抜けるのが性に合っているの。

私は私なりに国を導いて、皆の明日を守りたい」


リュカとマエルのこめかみに、血管がはっきりを浮かんだ。

ジャッドの言葉は二人にとって、井の中の蛙だと遠回しに言われているのと同意だった。

しかし当の本人は、一切動じず真顔を貫いている。


「貴様……よくも俺達にそんな侮辱ができたものだな!!」


リュカは感情任せに、ジャッドを殴ろうとした。



しかしその間に、ジャッドの護衛を任されたアデルが間に入る。

彼はリュカを一瞥すると、ゴミを見るような目で睨んだ。


「誰だ貴様は!?俺は王子だぞ!!」


リュカはアデルに怒りの矛先を変えた。

しかしアデルは禍々しい殺気を放ちながら、ためらいもなく腰の刀を抜く。

そして確実に、刃先をリュカの眉間に定めた。


「ひ、ひぃぃぃぃっ!!!」


リュカはその時、初めて身の危険を感じた。

アデルは本気で相手を殺すつもりで牽制している。

王家とか身分とかくそくらえと言わんばかりに。


マエルも彼の気迫に飲まれて、ガタガタと震え出した。


「じゃあ、またあとで」


ジャッドは怖気づいた2人を置いて、そのまま広場へと向かった。

アデルも大きな舌打ちをした後、刀を収めて彼女の後をついていく。

リュカとマエルはその場で、ただ呆然と立っていることしかできなかった。




2人の姿が消えるや否や、ジャッドは思わずクスクス笑いだした。


「初めて護衛らしいことをしたわね」

「……図に乗るな。

お前の指示通り、口を開くのを我慢してやったんだ。

ありがたく思え」


アデルはそう吐き捨てると、そっぽを向いてしまった。



彼は昔と変わらず、自由奔放で変わっている。

そのうえ幼い頃の素直さが抜けてしまい、独特な言い方も相まって更にきつい性格になった。

ジャッドの身分を知った今でも敬語を使わないし、「面倒だ」と言って護衛の仕事を放棄することも多い。


そんな無礼を、ジャッドは黙認していた。

むしろ、彼にそうして欲しいと願っていたまでもある。

幼い頃から変わらぬその態度に支えられ、ここまで来れたのだから。



そんな2人の前に、国王と王妃が姿を現した。

アデルは流れるように後方へ下がり、跪いて頭を垂れる。


「……お父様、お母様」


ジャッドは軍の敬礼をした後、両親に近づいた。


「聞いたぞ、王位継承の辞退する話。本気なのか?

私はお前こそが、この国を導くに最もふさわしいと思っているのだが」


国王はそう告げると、俯いてしまった。

どうやら彼は王の座をジャッドに次いでほしいと考えているようだ。

王妃も、悲しげな眼差しで彼女を見つめている。


「ごめんなさい、その点は譲れないわ。

私は民を導くより、兵士を導く軍の指揮官が向いているの」


ジャッドはきっぱりと、自分の意思を言葉にした。

2人は顔を見合わせて、小さく笑みを浮かべる。


「そう……貴方が自分の道を見つけたのなら、私達から無理強いはしないわ。

でも、ここは軍事大国。

軍人としてあなたが頂点に立っても、何もおかしくないわ」


国王は王妃の言葉に強く頷く。


「そうだ。それにお前は民に慕われ、王家の顔になっている。

王座のことはじっくりと考えてくれて構わない。

だがよく見るんだ、国民はお前を待っている」


国王に促されるように、ジャッドは広場を見渡せるベランダに出た。

そして目にした光景に、思わず息を呑む。




そこには、数万を超える人々が集っていた。

中には子供を肩車したり、建物の屋根に登ったりと誰もが一目ジャッドを見ようと必死だった。

リュカやマエルの成人式でも、ここまで国民が集まって熱気に包まれることはなかった。


民衆は彼女の姿を見た途端、大歓声を上げた。

そして口々に「ジャッド様万歳!」と高らかに声を上げる。

まるで国中が彼女を祝うように。



気付くとジャッドの目頭はとても熱くなっていた。


幼い頃は両親以外の人に認められることはなかった。

けれど今、これだけの人々が自分を讃えている。

それだけで胸がいっぱいになった。



突如、後ろにいたアデルが強く背中を押す。

振り返ると、彼は相変わらずどこか違う方向を向いていた。


(ふふっ、本当に素直じゃないのね)


ジャッドは、涙を滲ませながらも爽やかな笑顔を見せた。

そして前へと歩き出し、大型の銃を手にして皆の声に答えるように高く掲げる。



――その姿はまさしく、軍事大国チュテレールを率いる”君主”そのものだった。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

本作品は連載小説「黄金が再び輝く時」のサブストーリーです。

本編では戦乱の世で奔走する若者達を主軸に、主人公と共にジャッドとアデルの活躍も描いています。

少しでも楽しんで頂くけましたら、ぜひシリーズリンクから本編を覗いて頂けると嬉しいです。

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