第9話 追いつくための一週間
咲良から「来週の土曜日、空いてる?」とメールが来たのは、昨日の日曜の夜だった。
土曜日。
“来週”という猶予をもらったのは、実質「時間をくれた」ってことだと思ってる。
たぶん、あの子なりの優しさだ。
今すぐじゃなくていい。でも、逃げないで。
——そんなメッセージが含まれてる気がした。
だから俺は決めた。
この1週間、ちゃんと自分に向き合う。
ちゃんと“追いつく”。
ただ好きです、じゃ足りない。
あいつの想いは、そんな軽いもんじゃない。
8年間ずっと、俺の横に立って、振り向いてくれるのを待ってくれてたんだ。
逃げてた。
見てるつもりで、見てなかった。
気づいてるふりして、気づいてなかった。
俺は、“負けたくない”って言葉に全部押し込めて、
好きって気持ちまで蓋してた。
でも、あの子は違った。
言葉にはしなかったけど、
視線で、仕草で、心で、ずっと伝えてくれてた。
それを俺はずっと、ゲームのルールだと思って笑ってた。
本気で想ってくれてる相手に、本気を返さずに、
逃げてた。
本当は、追いつけないんじゃなくて、追いかけてすらいなかった。
それに、ようやく気づいた。
だから俺は変われる。
******
月曜。
登校は、ひとり。
でも、もう“誰かがいないこと”に対する焦りじゃない。
自分の足で立って、自分の意志で会いに行く。
それが“今の俺”にできることだってわかってる。
教室に入ると、咲良はいつも通り席にいた。
ノートを開いて、ペンを走らせている。
でも、ふとした瞬間に俺と目が合った。
ほんの一瞬だったけど、それだけで心がじんとあたたかくなる。
あの子の中で、まだ俺が終わってない。
それだけで十分だった。
******
火曜、水曜、木曜。
時間はじわじわと過ぎていく。
竹中なんかはニヤニヤしながら「今度は勝負の日か?」とか言ってきた。……なんでわかるんだよ。
「勝負って言うなよ。ちゃんと向き合うだけだ」
そう言ったら、竹中が「そっちの方が重くていいな」って笑った。
そう、これは“勝負”じゃない。
ただ、“ちゃんと好きな人に好きだって伝えるだけ”。
それが、どうしてこんなに怖くて、どうしてこんなに勇気がいるのか。
でもそれが、好きってことなんだって、今はちゃんとわかる。
******
金曜日の夜。
寝る前に、スマホを開いた。
咲良のアイコンが目に入る。
会話の履歴をさかのぼってみた。
しょうもない会話も、くだらない煽り合いも、
一見どうでもいいやりとりの中に、
“好きを隠した好き”がたくさんあった。
それを、やっと見つけられるようになった。
この1週間で、俺は少しだけ変われた気がする。
明日、全部伝える。
全部の“ごめん”と、全部の“ありがとう”と、
それから、俺の“好き”を。
******
土曜日。
空は晴れてた。
先週と違って、風もなく、やけにあったかい。
いつもならなんてことない、ただの休日の午後。
でも今日は、俺にとっては人生の分岐点みたいな日だ。
約束の時間、約束の場所——公園のベンチ。
俺たちが初めて「好きって言ったら負けゲーム」を始めた場所。
そして、あの子が「ゲーム、もうやめよっか」と言った場所。
ここで、終わらせる。
でもそれは、恋の終わりじゃない。
ふたりの恋の“本当の始まり”にするために、今日、言う。
「咲良、俺は——」
そのセリフを、何度も心の中で反芻しながら、
俺は公園の入り口に向かって歩き出した。